学位論文要旨



No 117234
著者(漢字) 中江,進
著者(英字)
著者(カナ) ナカエ,ススム
標題(和) 免疫応答の調節機構における炎症性サイトカインの役割 : 遺伝子欠損マウスを用いた解析
標題(洋)
報告番号 117234
報告番号 甲17234
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2430号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 甲斐,知惠子
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
内容要旨 要旨を表示する

 炎症反応は細菌などの感染源の除去や外傷による損傷組織の修復に必要であり、免疫系の活性化を伴う生体が持つ防御機構の一つである。炎症誘発物質の一つであるサイトカイン、中でもinterleukin-1(IL-1)やtumor necrosis factor α(TNFα)は炎症の誘導過程で様々な作用を示し、炎症性サイトカインと呼ばれている。

 IL-1やTNFαは急性炎症時における発熱誘導因子という位置付けだけでなく、免疫細胞の活性化にも大きく関与することが知られている。IL-1欠損マウスやTNFα欠損マウスの作製が1990年代に相次いで報告され、細菌感染に対する抵抗性などの急性炎症応答におけるそれらサイトカインの役割が明らかにされたが、慢性炎症応答に見られるような炎症に伴う免疫応答の活性化の分子機構については未解な部分が多い。IL-1には異なる遺伝子からなるIL-1αとIL-1βが存在し、また、IL-1とTNFαは互いに重複した作用を持つ。炎症及び免疫応答におけるIL-1α、IL-1βそしてTNFαの個々の機能についてもさることながらこれら3つの分子の役割の違いについてはそれぞれの遺伝子欠損マウスから得られた知見だけでは十分な理解が得られていないのが現状である。また、近年、IL-1やTNFαと類似の作用を有するサイトカインIL-17の登場で、それらサイトカインによる炎症及び免疫応答の惹起の分子機構がより複雑になってきている。

 そこで本研究では、免疫応答の調節機構における個々の炎症性サイトカインの役割とそれらサイトカインの協調的作用によって誘導されると期待される免疫応答の活性化を伴う炎症応答の分子機構を理解するために、1)炎症性サイトカインIL-1による免疫担当細胞の活性化の分子機構について、2)炎症性免疫応答におけるIL-1とTNFαの役割について、IL-1α、IL-1β、IL-1α/β、IL-1レセプターアンタゴニスト(IL-1Ra)、TNFα及びIL-1α/βxTNFα欠損マウスを利用して明らかにした。また、3)IL-17欠損マウスの新規作製及び免疫応答におけるIL-17の役割について評価を行った。これら欠損マウスを用いた種々の解析結果からIL-1α、IL-1β、TNFα及びIL-17によって繰り広げられる外来抗原に対する生体防御の分子機構について考察を行った。

1)IL-1による抗原特異的なT細胞及びB細胞の活性化の分子機構について

IL-1は古くからリンパ球活性化因子として知られ、T細胞のマイトジェン刺激に対する増殖応答を増強したり、in vivo投与により外来抗原に対するB細胞の抗体産生を増強する作用があることが知られている。しかしながら、その分子機構についてはまったく明確になっていない。IL-1α/β欠損マウスは外来抗原に対する抗体産生の障害を認めるが、IL-1の欠損はB細胞のマイトジェンに対する抗体産生能や増殖応答、T細胞のマイトジェンに対する増殖応答やサイトカイン産生能、抗原提示細胞の貪食能、抗原プロセシングや提示能といった個々の免疫担当細胞の基本的な機能には影響を及さなかった。すなわち、IL-1α/β欠損マウスでの抗体産生能の低下はそれら個々の免疫担当細胞の単独の機能に起因するものではないことが示唆された。一方、抗原提示細胞とT細胞、T細胞とB細胞との細胞間相互作用を介した抗原特異的なT細胞及びB細胞の機能がIL-1α/β欠損マウスでは障害されていることが明らかになった。抗原提示細胞の抗原/MHCII複合体とT細胞上のT細胞レセプターの相互作用によりT細胞上にIL-1レセプター(IL-1R)の発現が誘導され、また、抗原提示細胞から産生されたIL-1がT細胞上のIL-1Rを介してCD80/CD86-CD28シグナルとは非依存的に抗原特異的なT細胞の活性化を誘導し、そのT細胞上にCD40リガンド(CD40L, CD154)やOX40(CD134)の発現を誘導することにより、引き続きB細胞上のCD40を介して抗原特異的なB細胞の抗体産生応答を増強する分子機構が初めて明らかになった。

2)接触型過敏症応答におけるIL-1α、IL-1β及びTNFαの役割の違いについて

 アクセサリーによる金属アレルギーや漆による皮膚のかぶれなどに代表される接触型過敏症応答(CHS)はT細胞によって引き起こされる皮膚を介した炎症性の免疫応答の一つである。1990年代初頭の解析では、CHSの初期応答において、ランゲルハンス細胞(LC)がIL-1βを、ケラチノサイト(KC)がIL-1αとTNFαを産生することが知られており、また、それらの中和抗体投与の解析からCHSの発症にそれらサイトカインの関与が示唆されていた。事実、TNFR欠損マウスではoxazoloneによるCHSは抑制されることが示された。一方、IL-1β欠損マウスではoxazoloneと高濃度の2, 4, 6-トリニトロクロロベンゼン(TNCB)によるCHSは正常に誘導されるが、低濃度のTNCBでのみ抑制されることが報告された。これら欠損マウスの結果からもTNFαとIL-1βがCHSの発症に何らかの役割を演じていることは明白であるが、IL-1αの役割や類似の作用を示すそれら3つのサイトカインの特異的あるいは相補的な作用の明確な区分については全く理解されていない。

 高濃度TNCB感作によるCHSの発症は、IL-1β欠損マウスではすでに報告があるように野生型マウスと同レベルの誘導が見られるのに対し、IL-1α欠損マウスとIL-1α/β欠損マウスは同程度の抑制を認めた。CHSの発症において、皮膚から従属リンパ節へ移動した成熟LCがIL-1αを産生し、そのIL-1αがハプテン特異的なT細胞の活性化に必要であることが明らかになった。一方、IL-1βはハプテン特異的なT細胞の活性化よりもむしろハプテン特異的な抗体産生応答の促進に深く関わり、CHSで惹起される免疫応答においてIL-1αとIL-1βの作用に大きな特異性があることが明らかになった。また、TNFα欠損マウスもIL-1α/β欠損マウスと同程度のCHSの発症の抑制を認めた。しかしながら、TNFα欠損マウスはIL-1α/β欠損マウスと異なり、ハプテン特異的なT細胞の活性化は正常に誘導され、IL-1の作用とは異なるTNFαによるCHS誘導の分子機構が存在することが示唆された。IL-1はアレルゲン感作時のハプテン特異的なT細胞の活性化だけでなく、再感作時の皮膚局所でのTNFαの産生に必要で、局所で産生されたTNFαは炎症性免疫担当細胞の局所への浸潤に関わる接着分子やケモカインの誘導に大きく寄与していることが明らかになった。中でも、TNFαは皮膚の細胞に直接的に作用して活性化T細胞の浸潤に重要な役割をもつInterferon-γ(IFN-γ)-inducible protein 10 kDa (IP-10)の発現をIFN-γの作用とは非依存的に亢進させることにより、CHSにおける慢性炎症応答の誘導に関わることが明らかになった。

3)IL-17欠損マウスの作製とT細胞依存性免疫応答におけるIL-17の役割

 IL-17は1993年にcytotoxic T lymphocyte associated antigen-8としてT細胞のサブトラクションcDNAライブラリーからクローニングされ、Herpesvirus saimiriのopen reading frame 13にコードされるアミノ酸と相同性が高い糖タンパク質である。IL-17は活性化及び記憶CD4陽性T細胞に限局して発現し、T細胞の活性化に関わるリンパ球活性化因子として、また、マクロファージや上皮系及び内皮系細胞に作用してIL-1やTNFαといった炎症性サイトカインの他、ケモカイン、プロスタグランジンや一酸化窒素といった炎症性メディエーターの産生を誘導する炎症性サイトカインとして位置付けられている。In vitro培養系での解析では、IL-17はIL-1やTNFαと良く似た作用を示し、事実、IL-1とIL-17の細胞内シグナルは同一の因子tumor necrosis factor-associated factor 6(TRAF6)によって伝達されることが知られている。また、健常人では認められないが、関節リウマチ患者の滑膜液中や喘息患者の血中にIL-17が高濃度で検出されることが知られており、ヒト慢性疾患の発症との関わりが示唆されているが、生体内でのIL-17の役割については良く分かっていない。そこで、本研究では、IL-17欠損マウスを作製し、IL-17産生細胞であるT細胞に依存した免疫応答における生体内でのIL-17の役割を解析した。IL-17欠損マウスはCHS、遅延型過敏症(DTH)、気道過敏症(AHR)応答といったアレルゲン特異的な免疫応答が低下していることがわかった。IL-17はアレルゲン特異的なT細胞の活性化に必須であるだけでなく、B細胞による抗体産生にも重要な役割をもっていることが初めて明らかになった。一方、移植片対宿主応答(GVHR)に見られるような移植細胞による宿主アロ抗原に対する細胞障害において、移植細胞側のIL-17の欠損はアロ抗原特異的な細胞障害には影響を及さないことが分かった。関節炎、脳脊髄炎、大腸炎や自己免疫性糖尿病といった自己免疫疾患の発症との関わりについては現在調査中である。また、近年、IL-17はIFN-γを産生するTh1細胞やIL-4を産生するTh2細胞といったものでは発現しておらず、特殊なCD4陽性T細胞で産生され、また、TNFαを共発現していることが知られている。種々の免疫応答においてIL-17、TNFα及びIL-1との特異性や相補性を明らかにするために、現在、IL-17xTNFα、IL-1xIL-17及びIL-1xIL-17xTNFα欠損マウスの作製を手掛けており、これらを用いてさらなる解析を進める予定である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は序章、1〜5章、考察及び総括、引用文献からなる。1章はinterleukin-1(IL-1)による抗体産生とT細胞の活性化の分子機構について、2章は抗体産生応答におけるIL-1αとIL-1βの役割の違いについて、3章は接触型過敏症応答におけるIL-1αとIL-1βの役割の違いについて、4章は接触型過敏症応答におけるIL-1とtumor necrosis factor α(TNFα)の作用の違いについて、そして5章ではIL-17欠損マウスの作製とアレルギー応答におけるIL-17の役割について述べられている。

 IL-1やTNFαは急性炎症時における発熱誘導因子という位置付けだけでなく、免疫細胞の活性化にも大きく関与することが知られている。IL-1欠損マウスやTNFα欠損マウスの作製が1990年代に相次いで報告され、急性炎症応答におけるそれらサイトカインの役割が明らかにされた。しかしながら、これらサイトカインによる免疫細胞活性化の分子機構はまだ十分には理解されていない部分が多い。論文提出者は同じレセプターに結合してよく似た機能を発揮することが知られているIL-1αとIL-1β、同じくIL-1と重複した作用を示すことが知られているTNFαに注目し、これらのサイトカイン遺伝子欠損マウスを利用して、これら3つの分子の免疫系に於ける機能と役割分担を明らかにすることを試みている。

 1章では抗原提示細胞が産生するIL-1が抗原特異的なT細胞の活性化に必須であり、その機構はこれまでによく知られているCD28-CD80/CD86経路には依存しないことを初めて証明した。そしてIL-1はT細胞上にCD40LやOX40などの副シグナル分子を誘導することにより、T細胞とB細胞の細胞間相互作用を促進してB細胞の抗体産生を高めることを明らかにした。この成果は、これまで漠然としていたIL-1による免疫応答の促進機構を明確にしただけでなく、自然免疫による獲得免疫活性化の分子機構を明らかにした重要な知見である。

 2章では1章での解析を発展させ、抗体産生応答にはIL-1αよりもIL-1βが重要な役割を持っていることを明らかにした。IL-1α及びIL-1β欠損マウスを用いて、免疫応答におけるIL-1αとIL-1βの作用に明白な違いがあることを示した最初の報告である。

 3章ではアレルギー応答の一つである接触型過敏症応答において、抗体産生応答とは対照的にIL-1βよりもIL-1αが発症に重要な役割を果たしていることを明らかにした。これは、接触型過敏症の誘導過程で、皮膚のランゲルハンス細胞が抗原を補足し、リンパ節でT細胞に提示する段階で、ランゲルハンス細胞が産生するIL-1αがアレルゲン特異的なT細胞の活性化に必須であるためであることを示した。

 4章では、接触型過敏症の誘導におけるIL-1とTNFαの役割の違いをこれらのサイトカインの欠損マウスを用いて解析している。3章で示したようにIL-1はアレルゲン特異的なT細胞の活性化に必要であるが、TNFαは必須でないことが分かった。一方、局所の炎症誘導にはIL-1とTNFαはともに必要であり、その際IL-1の下流にTNFαが位置することを明らかにした。IL-1によって誘導されたTNFαは、炎症局所で種々の接着分子やケモカインを誘導することが分かったが、中でも活性化T細胞の浸潤を引き起こすケモカインであるIP-10の発現を誘導し、このIP-10を介して局所に炎症が惹起されることを示した。この成果はT細胞依存的な慢性炎症疾患に見られる炎症誘導の分子機構の解明に大きく寄与するものである。

 5章では炎症性サイトカインの一つであるIL-17の遺伝子欠損マウスを作製し、アレルギー応答における役割を検討している。IL-17は前出のIL-1やTNFαと良く似た生理活性をもち、IL-1やTNFαは炎症時にマクロファージや血管内皮細胞などから産生されるのに対し、IL-17は活性化及び記憶T細胞によってのみ産生される。IL-17欠損マウスを用いて、接触型過敏症や遅延型過敏症、及び気道過敏症における役割を調べたところ、IL-17はIL-1と同様にアレルゲン特異的なT細胞の活性化に必要であることが示された。また、IL-17はIL-1により誘導されることや、TNFαとは異なる作用を持つことが明らかにされた。この結果、IL-17は多くのアレルギー応答の誘導に重要な役割を演じていることが、初めて明らかとなった。

 以上、1章から5章で得られた結果からT細胞依存的な炎症性免疫応答におけるIL-1α/β、TNFα、及びIL-17の機能的特異性と重複性が明らかとなった。これらの知見は、様々な免疫不全や自己免疫病などの治療に大きく貢献することが期待される。

 本研究は岩倉洋一郎らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の立案をし、それに従って実験を遂行したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

 したがって、博士(農学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51149