学位論文要旨



No 117236
著者(漢字) 安田,琢和
著者(英字)
著者(カナ) ヤスダ,タクワ
標題(和) pltマウスにおけるT細胞反応増強機構の解析
標題(洋) Analysis of mechanisms of enhanced T cell responses in plt mice
報告番号 117236
報告番号 甲17236
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2432号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
内容要旨 要旨を表示する

 リンパ節、パイエル板、脾臓など2次リンパ組織のT細胞領域に発現しているケモカインCCL21(SLC : secondary lymphoid tissue chemokine)およびCCL19(ELC : EBV-induced molecule 1 ligand chemokine)は、T細胞や樹状細胞がこれらの2次リンパ組織へ遊走する現象に深く関与している。ナイーブT細胞はCCL21およびCCL19の共通の受容体であるCCR7(CC chemokine receptor 7)を発現しており、血流中から二次リンパ組織の高内皮細静脈を経てCCL21、CCL19を発現するT細胞領域へ遊走する。末梢組織で抗原を取り込んで活性化された樹状細胞もCCR7を発現し、輸入リンパ管を経てリンパ節T細胞領域へ遊走し、抗原特異的ナイーブT細胞の反応を促すと考えられている。plt(paucity of lymph node T cells)マウスではCCL21とCCL19の発現を欠き、ナイーブT細胞と樹状細胞の2次リンパ組織T細胞領域への遊走に異常が認められる。したがってpltマウスではin vivoに免疫してもT細胞反応がみられないか低下すると推測されたが、実際に検討してみるとT細胞反応の立ち上がりにやや遅延は見られたが反応自体はむしろ増強され、しかも極めて長期間持続していた。この現象のメカニズムを明らかにできれば、生体内で本来見られるT細胞反応の制御メカニズムを知る有力な手がかりになると考えられる。本研究ではpltマウスにおける免疫後のT細胞、樹状細胞の動態を解析し、in vivoT細胞反応における増強機構の解析を試みた。

第1章 ケモカインCCL21およびCCL19を欠損するpltマウスにおけるT細胞の活性化起因性細胞死の解析

 ニワトリ卵白アルブミン(OVA)を抗原とし、CFA(Complete Freund's Adjuvant)とともにマウス足蹠に免疫し、所属リンパ節である膝下リンパ節のT細胞について反応性を検討した。in vitroにおいてOVAで再刺激した際のT細胞増殖反応の測定を行うと、免疫後9日目には、pltと野生型マウスでともに同程度の高い反応性がみられた。その後、野生型マウスでは16日目から18日目の間で反応性の低下がみられたが、pltマウスでは20日目でも低下せず高い反応性が続いた。免疫後の所属リンパ節内のT細胞数を測定したところ、野生型マウスでは免疫後16日目をピークとする急激な増加がみられ、以後は急激に減少した。pltマウスでは免疫により増加した後、20日後にも減少せず増加したままであった。OVA特異的T細胞抗原レセプター(TCR)を構成することが報告されているVβ8とVβ14の発現をみると、これらのTCR-Vβ鎖を発現するT細胞はT細胞全体の増加と減少に合わせて増減がみられ、OVAに反応するT細胞にはみられないとされるVβ6陽性T細胞には免疫による増減はみられなかった。このことから、抗原OVAに反応するT細胞の増加が強く示唆された。

 野生型マウスで18日目以降に反応性が低下するのは抑制性細胞が出現するためであるという可能性がある。免疫後20日目の野生型マウスとpltマウスそれぞれの所属リンパ節細胞を混合して抗原に対する反応を見たところ、T細胞増殖反応の抑制はみられず、この可能性はないと考えられた。次に野生型マウスで免疫後の所属リンパ節において増加したT細胞の減少はアポトーシスによるのではないかとする可能性について検討を行った。野生型マウスでは、免疫後18日をピークとするアポトーシスを誘導されたT細胞の割合の増加がみられた。しかしpltマウスでのT細胞のアポトーシスの誘導率は、免疫前に比べ、むしろ減少していた。この時、免疫後18日目の所属リンパ節細胞で、TCR-Vβ8を発現するT細胞の割合がpltマウスでより、野生型マウスで多くみられた。このことから野生型マウスではOVAに反応して増加したT細胞にアポトーシスが誘導されたと考えられた。一方、pltマウスでは、抗原に反応したT細胞に誘導されるアポトーシスがわずかであったため、抗原に対する反応性が持続しているという可能性が示唆された。

 活性化されたT細胞の細胞死の機構として、T細胞レセプターへの繰り返し刺激によりFas-FasLの系を介し誘導されるActivation-induced cell death (AICD)が考えられていて、これにはT細胞自身による自殺も含まれるとされている。そこで、FasとFasLを発現するT細胞の割合を検討したところ、野生型マウスではどちらにも免疫後に増加がみられた。pltマウスではFasを発現するT細胞で免疫によりわずかな割合の増加がみらたが、FasLを発現するT細胞はむしろ減少していた。このことはpltマウスにおいてT細胞のアポトーシスの誘導が少ないことの説明となり得るかもしれない。

第2章 増強されたT細胞反応を呈するケモカインCCL21およびCCL19を欠損するpltマウスにおける樹状細胞の役割

 樹状細胞は、T細胞に抗原を提示し、免疫反応を開始させるという重要な役割を担っている。足蹠に免疫後の所属リンパ節内の樹状細胞数を測定したところ、野生型マウスでは免疫後14日目をピークとする増加がみられ、以後は減少していた。pltマウスでも同様の増加がみられたが、以後の減少は緩やかであった。増加した樹状細胞が足蹠に免疫された抗原を保持していることを検討するため、FITC標識OVAで免疫し、FITCを保持した樹状細胞の検出を試みた。野生型マウスでは免疫後14日目までFITCを保持したCD11c陽性細胞が検出されたが、20日目には減少していた。pltマウスでもそのような細胞がみられ、20日目にも存在が認められた。この長期間存在するpltマウスの樹状細胞が、T細胞の長期にわたる反応を助けているとも考えられる。所属リンパ節におけるアポトーシス樹状細胞を検討してみると、野生型マウスでは16日目をピークとするアポトーシスの誘導が認められたが、pltマウスでは明らかなピークは認められず、アポトーシスの誘導はあるとしても軽微であった。通常、抗原提示を行った樹状細胞は速やかな細胞死を迎えるとされているが、pltマウスでは、この細胞死を免れていると考えられる。樹状細胞は、自身が活性化したCD4陽性T細胞によってFas-FasLの系を介して細胞死が誘導されるとする機構が報告されているが、pltマウスで所属リンパ節に長期間存在するのは、FasLを発現したT細胞の割合が、免疫前に比べ、減少していることと関係があるかもしれない。

第3章 正常リンパ節移植によるT細胞反応の制御

 pltマウスでも、正常なリンパ組織を移植すればT細胞反応の制御が回復するかどうかを検討した。pltマウスの鼠蹊部に野生型マウスのリンパ節を移植すると、移植リンパ節へ一時的に細胞の流入が強くみられ重量が増加するが、その後減少して一定になる。一定になった後、足蹠に免疫をすると、免疫後30日目には、野生型マウスでみられたT細胞反応の制御がみられるようになった。pltマウスのリンパ節をpltマウスに移植したのでは、このような制御の回復はみられなかった。移植した野生型マウスリンパ節中のT細胞の割合が、免疫前に比べ、30日目では減少していることから、移植リンパ組織によるT細胞反応の制御が考えられた。この時、レシピエントであるpltマウスの所属リンパ節では、免疫前後でT細胞の割合に変化はみられなかった。

 pltマウスでは樹状細胞からT細胞への抗原提示の場であるリンパ節のT細胞領域の形成不全が報告されているにも関わらず、T細胞反応が誘導される。これは、野生型マウスでみられるような本来の領域ではないが樹状細胞とT細胞の接触があるためであると説明される。しかし、そのような接触では頻度や効率の低下が考えられる。このことが、その後のT細胞の活性化、さらには樹状細胞の動態に影響を与えている可能性がある。野生型マウスで細胞死が進行している時期の、pltマウスでのリンパ節構造および樹状細胞とT細胞の局在については、現在のところ明らかにできてはいないが、細胞死の際に正常リンパ節環境が重要であることは、第3章で示した移植実験の結果により示唆されている。

 以上の結果から、pltマウスにおける免疫後のT細胞反応の増強と長期にわたる持続は、所属リンパ節内でT細胞と樹状細胞のアポトーシスの誘導が軽微であったことから、各細胞の減少がわずかとなり、もたらされたと考えられた。そしてこのことはpltマウスのケモカインCCL21およびCCL19の欠損により生じるリンパ組織内でのT細胞と樹状細胞の局在および相互作用の異常が影響していると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 ケモカインCCL21およびCCL19は、2次リンパ組織へのT細胞や樹状細胞の遊走に関与しており、両ケモカインを欠損する、plt突然変異マウスでは、2次リンパ組織におけるT細胞と樹状細胞の減少および局在異常がみられるが、予想に反し、in vivoでのT細胞の抗原に対する反応性が増強し、しかも長期間持続することが報告されている。本論文は、このpltマウスにおける免疫後のT細胞と樹状細胞の動態を解析し、in vivo T細胞反応における増強機構の解析を試みたものである。

 第一章では、pltマウスにおけるT細胞の活性化起因性細胞死についての検討がなされている。皮下免疫後の所属リンパ節において、野生型マウスが、免疫後16日目から18日目の間にT細胞反応性が低下したのに対して、pltマウスでは18日目以降も高い反応性を持続したことが示されている。野生型マウスにおけるこの反応性の低下は、抑制性の細胞の出現によるのではないことが示されている。野生型、plt両マウスの所属リンパ節中で、抗原に反応し増加したT細胞の検出を行い、野生型マウスにおける反応性の低下は、この免疫によりいったん増加したT細胞の減少によることを明らかにし、pltマウスでは、そのT細胞の減少がみられないことを示している。さらに、T細胞の減少の機構として活性化起因性細胞死について解析を行い、免疫後、野生型マウスでは、活性化起因性細胞死を誘導されたT細胞の割合が増加し、一方のpltマウスでは低下していることを示した。また、活性化起因性細胞死の誘導に関与する分子、FasおよびFas ligandのT細胞上での発現が、野生型マウスではどちらも免疫後に増加していたが、pltマウスではFasを発現するT細胞が免疫によりわずかに増加し、Fas ligandを発現するT細胞はむしろ減少していたことを示した。これにより、pltマウスでT細胞の活性化起因性細胞死の誘導が少なく、抗原に対する反応性が持続したものと考察している。

 第二章においては、樹状細胞が抗原提示という免疫反応の開始に重要な役割を担い、さらにpltマウスにおいて、T細胞同様リンパ組織のT細胞領域へ遊走できないことを考慮し、pltマウスにおける樹状細胞の役割について検討を行っている。皮下免疫後の所属リンパ節において、pltマウスと野生型マウスとで、抗原を保持した樹状細胞の検出に成功し、その抗原を保持した樹状細胞が、野生型マウスでは、免疫後日を追うにつれ減少するのに対して、pltマウスでは、長期間存在していることを明らかにしている。また、その際の所属リンパ節でのアポトーシスを誘導された樹状細胞の割合が免疫前に比べ、野生型マウスでは増加していたのに対して、pltマウスでは同程度であったことを示した。このように、野生型マウスでと異なる動態を示したpltマウスにおける樹状細胞が、T細胞の長期にわたる反応の持続に影響を及ぼしているとする可能性について考察をしている。

 第三章では、適切なT細胞反応の制御には、正常なリンパ組織が重要であるとの仮説に基づき、野生型マウスのリンパ節を移植するとpltマウスにもT細胞反応の制御の回復がみられるのかということについて検討を行っている。pltマウスへ移植した野生型マウスのリンパ節へは、移植後、一時的にリンパ球の流入が強くなり、移植リンパ節の重量が増加するが、すぐ後には重量は減少し、50日後には、ほぼ一定値となることを見いだした。その移植リンパ節重量が一定となった後に、皮下へ免疫し、所属リンパ節でのT細胞反応性の測定を行っている。免疫後30日目には、野生型マウスのリンパ節を移植したpltマウスでも、野生型マウスにみられたT細胞反応の制御がみられ、pltマウスのリンパ節を移植したpltマウスではT細胞反応の制御の回復はみられないことを示している。また、免疫後9日目には、野生型マウスのリンパ節を移植したpltマウスで、野生型マウスおよびpltマウスと同様なT細胞反応性の上昇を認め、30日後でみられたT細胞反応性の低下が、移植操作によるものではないことを確認している。さらに免疫前後での、移植をした野生型マウスのリンパ節と、移植を受けたpltマウスの所属リンパ節に占めるT細胞の割合を調べ、移植リンパ節ではT細胞の割合が減少していたのに対し、pltマウスの所属リンパ節では、変化が認められないことから、T細胞反応の制御は、pltマウス自身のリンパ節にてではなく、移植リンパ節にて行われたのであるということを支持する結果を得ている。

 以上、本研究は、pltマウスのケモカインCCL21およびCCL19の欠損により生じるリンパ組織内でのT細胞と樹状細胞の局在および相互作用の異常が影響を及ぼし、それにより、免疫後のT細胞反応の増強と長期にわたる持続がもたらされたことを示した。本研究は、生体内で本来見られるT細胞反応の制御メカニズムの解明に重要な貢献をなすと期待され、審査員一同は、博士(農学)の学位を授与するに充分な資格を有するとの合意に達した。

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