学位論文要旨



No 117238
著者(漢字) 孫,偉勇
著者(英字)
著者(カナ) ソン,イユウ
標題(和) 細胞増殖関連分子PAL31の機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 117238
報告番号 甲17238
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2434号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 助教授 田中,智
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 助教授 久和,茂
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

私たち個体の生命は、細胞の増殖、分化、死のバランスの上に成り立っている。このバランスが失われると発生の異常や、ホメオスタシスおよび感染防御の異常に基づく、様々な病気を引き起こす原因になる。アポトーシスやプログラム細胞死は、ネクローシスと違い、死亡する細胞は自らの死に積極的に参加している。

細胞増殖は細胞周期に制御されている。細胞周期の研究は、その主たる制御機構であるサイクリン−CDK複合体活性の周期メカニズムを中心として、またその上流に位置するシグナル伝達機構や、下流に位置するDNA複製調節との三層構造として、その各々が密接に絡み合いながら進歩してきたが、実はこの各層の間にはまだまだ埋めがたいギャップが存在している。つまりどのような機構で細胞外からのシグナルが細胞周期エンジンに連結しているかという素朴な疑問に対する明快な答えはまだ得られていない。

PAL31はロイシンの繰り返し構造と核移行シグナルを持つ分子量31 KDaの蛋白質であり、またセリン/スレオニン・ホスファターゼ2A (PP2A)の阻害蛋白と相同性を持つ新規分子で、当研究室で胎仔神経細胞から発見された分子である。その性質と構造から、PAL31(Proliferation-Associated Leucin Rich Protein, MW31KDa)と呼ばれている。マウスPAL31はラットPAL31と98.9%の相同性をもち、種間でも高く保存されている。

第一章

PAL31の発現は、胎児脳以外では脾臓、胸腺で高く、免疫細胞においでも重要な役割を持つ可能性が考えられた。Nb2細胞はプロラクチンや成長ホルモンによって増殖が促進されるラットTリンパ腫由来の細胞株である。BAF3はIL-3依存性に増殖するラットBリンパ腫由来の細胞株である。プロラクチンおよびIL-3は共にJAK-STAT系およびRas-Raf系をシグナル伝達系に用いるため、プロラクチン受容体をBAF-3に発現させると、BAF-3はプロラクチンによっても増殖が促進される。Nb2細胞とBAF3細胞を用いて、まず、プロラクチン、IL-3および胎盤性プロラクチンメンバーの一つであるPL-IがPAL31の発現を誘導するか否かを調べ、PAL31のリンパ球系細胞の増殖における役割を検討した。PL-Iの組み換えタンパク質を作り、PL-I、プロラクチンおよびIL-3存在下でNb2細胞とBAF3細胞を培養し、細胞増殖に及ぼす影響とPAL31 mRNAの発現を調べた。これらの細胞の増殖とPAL31 mRNAの発現は、PL-I,プロラクチンおよびIL-3濃度依存的であることが明らかになった。一方、増殖刺激を加えない静止期においてはPAL31 mRNA発現量は低下した。次に、フローサイトメーターを用いてNb2細胞の各細胞周期におけるPAL31の発現を調べた結果、PAL31 mRNAの発現はG1/S期に増加し、S期にピークに達し、G2/Mにおいてもその発現が維持されていることが明らかになった。また、PAL31に対する特異的なポリクローナル抗体を作製しPAL31タンパクの増減を調べた結果、PAL31はS期に最も高く、しかも核に存在していることがわかった。これらより、PAL31の発現制御機構はプロラクチン、PL-I、IL-3の細胞増殖シグナルの下流に存在し、細胞周期依存的に制御されていることが明らかになった。

PAL31の機能をアンチセンスオリゴヌクレオチド(アンチセンス)を用いて解析した。培養Nb2細胞にプロラクチンの刺激と同時にオリゴヌクレオチドを添加し、48時間後に生存細胞の数を調べた結果、アンチセンス処理により生存細胞数が著しく減少することが明らかになった。この時、対照としたセンスオリゴヌクレオチド(センス)では細胞数に影響がなく、アンチセンスによりPAL31の蛋白質の発現は特異的に減少していることも確かめられた。したがって、PAL31は細胞の増殖に必須の分子であると考えられる。フローサイトメーターを用いた解析では、センスを導入したNb2細胞の69%がS期に入ったのに対し、アンチセンスを導入したNb2細胞は34%しかS期に入れなかったことから、PAL31はG1/S期への進入に必要な因子であると考えられた。

第二章

PAL31の発現制御可能な系を用いてPAL31の機能解析を試みた。Tet-off発現ベクターPTre2にFLAGPAL31を組み込んで、細胞株Rat1にトランスフェクションし、PAL31の発現がテトラサイクリン依存的に調節できる細胞Clone A34とClone B27を作製した。Clone A34とClone B27を、テトラサイクリンを0μg/mlから2μg/mlに増やして72時間インキュベートし、PAL31のタンパク量をウエスタンブロッティング法を用いて調べた結果、いずれもPAL31蛋白の発現はテトラサイクリン依存的に抑制されることが確認された。興味深いことに、PAL31を強制発現した細胞はS期へ進入する細胞が1.5倍に増え、細胞増殖も速くなった。第一章の結果とこの結果からPAL31は細胞増殖シグナル、特にG1/S期への進入を促進する因子であると考えられた。

Clone A34とClone B27を、0-2μg/mlのテトラサイクリンと72時間インキュベートした後、それぞれ抗ガン剤etoposideで24時間処理した。アポトーシスしたかどうかはHoechst33258を用いた蛍光染色で観察した。その結果、PAL31の発現により、アポトーシスに特徴的な核の断片化およびアポトーシス小体の形成は阻害されることが確認された。スライド1枚あたり400個の細胞を数えた結果、PAL31を発現するTet-off Rat1細胞におけるアポトーシスがPAL31の発現量依存的に減少した。またNb2細胞にアンチセンスPAL31をトランスフェクションさせ、48時間後、PIで染色し、フローサイトメーターにより測定したところ、DNAの含量の低下したアポトーシスの細胞が認められた。以上の結果から、PAL31はアポトーシスを抑制する遺伝子であると考えられた。

多くのアポトーシス誘導系において、ミトコンドリアからシトクロームcが放出される。シトクロームcの抗体を用い、ウエスタンブロッティング法を用いて調べた結果PAL31はこの過程を抑制していないことが確認された。その代わりに、アポトーシスの重要な媒体であるカスパーゼの活性を測定した結果、PAL31はカスパーゼの活性を抑制することが分かった。カスパーゼはアポトーシスが起こる際に細胞内で活性化されるシステインプロテアーゼであり,様々な細胞死の刺激によって活性化する。PAL31はカスパーゼの活性を阻害し、各種の細胞死を抑制することから,細胞死実行経路の主要な部分にPAL31が深く関与することが明らかとなった。

ところで、分子量31KDaのPAL31は、Rat1細胞において、etoposideにより引き起こされたアポトーシスでは、19KDaの断片が生じた。アポトーシスを引き起こす刺激によりカスパーゼのカスケードが活性化され、さまざまな細胞内タンパク質が分解される。PAL31は、カスパーゼ3により切断されるDXXDのアミノ酸配列をもつことから、カスパーゼ3により切断されることが考えられる。その可能性を検討するため、GSTPAL31の融合タンパクを精製し、in vitroでカスパーゼ3により切断されるかどうかを調べた。その結果58 KDaのGSTPAL31はカスパーゼ3により切断され、46KDaの断片を生じた。GSTは27KDaのタンパクであり、in vivoとin vitroの結果は良く一致したことから、PAL31は、カスパーゼ3により切断されることが分かった。しかし、カスパーゼの阻害剤であるZ-VADはPAL31の分解を阻害できなっかた。これを考え合わせると、PAL31の分解はカスパーゼ3により切断されることとカスパーゼ以外の未同定のPAL31分解因子が存在することが示唆された。

まとめ

以上の結果から、新規分子PAL31は細胞増殖とアポトーシスのバランスを保つために重要な遺伝子であると考えられる。すなわち増殖因子の刺激に応答して、PAL31が細胞周期特異的(G1/S期)に誘導された。さらに、アンチセンスを導入したNb2細胞は細胞増殖とS期への進入が阻害されたこと、またPAL31を強制発現したRat1細胞は細胞増殖とS期への進入が促進されたことから、PAL31は、細胞増殖機構、特にG1/S期への進入機構に関与していることが示された。増殖調節機構とG1/S期への進入機構の間に、PAL31が不可欠な因子として存在している点は興味深い。さらにPAL31を発現するTet-off Rat1細胞におけるアポトーシスがPAL31の発現量依存的に減少すること、アンチセンスPAL31がアポトーシスを起こすこと、またPAL31はカスパーゼの活性を抑制することから、PAL31は抗アポトーシス分子として機能していることが明らかとなった。アポトーシスの制御不全は多くのヒト疾患の病因に関与している。アポトーシスの実行因子カスパーゼの阻害タンパクであるPAL31は治療薬開発の標的となる可能性も考えられる。またPAL31はリンパ腫細胞での発現が高いことから、発癌機構との関連性も考えられる。今後の細胞周期研究および癌研究の新たな標的分子になる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、申請者らが新規に単離・同定した分子であるPAL31の機能解析の結果を論じたもので、二章より構成されており、要約すれば以下のようになる。

 第一章では、細胞増殖とPAL31の発現および機能との関係が解析された。まず、ラットリンパ腫由来細胞株(Nb2およびBAF3)を用い、これらの細胞におけるPAL31 mRNAの発現が、それぞれの細胞の増殖を促進する因子の濃度に依存して誘導されることを明らかにした。また、増殖刺激を与えない静止期ではPAL31発現量は低下していた。次に、フローサイトメーターを用い、Nb2細胞ではPAL31 mRNAの発現はG1/S期に増加し、S期にピークに達し、G2/Mにおいてもその発現が維持されていることを明らかとした。さらに、PAL31に対する特異的なポリクローナル抗体を作製しPAL31タンパクの増減を調べた結果、PAL31の発現量はS期に最も高く、しかも核に存在していることがわかった。PAL31の機能を、培養Nb2細胞にアンチセンスオリゴヌクレオチド(アンチセンス)あるいはセンスオリゴヌクレオチド(センス)を添加して解析した結果、センス処理区では細胞数に影響がなかった一方で、アンチセンス処理により生存細胞数が著しく減少した。また、センス処理したNb2細胞の69%がS期に入ったのに対し、アンチセンス処理区では34%しかS期に入れなかった。

 以上の結果より、PAL31の発現制御機構は細胞増殖シグナルの下流に存在し、細胞周期依存的に制御されていること、および、その機能がG1/S期への進入に必要な因子であることが示された。

 第二章では、PAL31の発現制御が可能な系を作出しさらにPAL31の機能解析が試みられている。まず、Rat1細胞株にPAL31発現ベクターを導入し、PAL31の発現をテトラサイクリン依存的に調節できる株A34とB27を作製した。これらの株でPAL31の発現を誘導すると、S期へ進入する細胞が約1.5倍に増えていた。また、PAL31の発現量依存的なアポトーシス像の減少も確認された。Nb2細胞のアンチセンス処理においても、アポトーシスを起こした細胞が認められていることから、PAL31はアポトーシスを抑制する機能も持つと考えられた。

 PAL31とアポトーシス誘導系との関係を解析した結果、PAL31はカスパーゼの活性を抑制することが明らかになった。カスパーゼはアポトーシスが起こる際に細胞内で活性化されるシステインプロテアーゼであり,様々な細胞死の刺激によって活性化する。PAL31はカスパーゼの活性を阻害し、各種の細胞死を抑制することから,細胞死実行経路の主要な部分にPAL31が深く関与することが示唆された。

 興味深いことに、アポトーシスを誘導したRat1細胞では、本来の分子量よりも低分子のタンパクが抗PAL31抗体によって検出された。アポトーシスを引き起こす刺激によりカスパーゼのカスケードが活性化され、さまざまな細胞内タンパク質が分解される。PAL31には、カスパーゼ3により切断されうるアミノ酸配列が含まれることから、カスパーゼ3により切断されることが考えられた。実際、GST-PAL31融合タンパクを精製し、in vitroでカスパーゼ3と共に反応させると、Rat1細胞で見られたものに相当する低分子量の切断片を生じた。このことから、PAL31は、カスパーゼ3により切断されることが分かった。しかし、カスパーゼの阻害剤であるZ-VADはPAL31の分解を阻害できなかった。これらを考え合わせると、PAL31はカスパーゼ3により切断されるが、それ以外の未同定のPAL31分解因子も存在することが示唆された。

 以上の結果から、新規分子PAL31は細胞増殖とアポトーシスのバランスを保つために重要な分子であると考えられる。アポトーシスの制御不全は多くのヒト疾患の病因に関与しており、アポトーシスの実行因子カスパーゼの阻害タンパクであるPAL31は治療薬開発の標的となる可能性も考えられる。またPAL31はリンパ腫細胞での発現が高いことから、発癌機構との関連性も考えられ、今後の細胞周期研究および癌研究の新たな標的分子になり得る。本研究による発見は、細胞周期および細胞死の執行機構を理解・解明していく上で重要な知見で、応用動物学領域に貢献しているところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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