学位論文要旨



No 117239
著者(漢字) 岸川,昭太郎
著者(英字)
著者(カナ) キシカワ,ショウタロウ
標題(和) 転写因子Sp1およびSp3によるDNAメチル基転移酵素Dnmtl遺伝子の転写制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 117239
報告番号 甲17239
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2435号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 千田,和弘
 東京大学 助教授 田中,寛
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 理化学研究所遺伝子材料開発室 室長 横山,一成
内容要旨 要旨を表示する

−緒言−

 哺乳類はその発生過程において、遺伝子の発現が時間的、空間的に調節されていることが知られている。それら遺伝子発現の調節機構を理解することは生物を理解する上で重要である。遺伝子の転写は、遺伝子発現の最初の段階であることから最も重要であると考えられ、遺伝子のプロモーター領域に存在するシスエレメントとそこに作用する転写因子群によって調節されている。さらに近年、クロマチン構造中のヒストンのアセチル化、メチル化、リン酸化およびDNAのメチル化などによるクロマチンリモデリングよっても発現が調節されていることが明らかとなってきている。

 遺伝子発現の調節機構の一つであるDNAのメチル化はDNA(シトシン−5)メチルトランスフェラーゼによって行われ、現在、酵素活性を持つものとしてDnmt1、Dnmt3aそしてDnmt3bの3種類が知られている。これらは、メチル化DNAの維持を行うDnmt1とde novoメチル化を行うDnmt3aとDnmt3bに分類される。しかしながらこれらのメチル化酵素の発現調節機構は十分に理解されていない。そこで我々は細胞周期のS期に転写の活性化と酵素活性の上昇が認めれ、ゲノムDNAのメチル化を維持していると考えられているDnmt1遺伝子についてその転写調節機構の解明を目的として解析を行った。

−第1章− Dnmt1遺伝子の転写活性化シスエレメントと転写因子の同定

 これまでの報告で、Dnmt1遺伝子は体細胞、卵母細胞、精母細胞において、それぞれ3種類のエクソン1を使い分けていることが明らかになっている。Dnmt1遺伝子の体細胞型エクソン1のプロモーター領域はTATA boxのないハウスキーピング遺伝子様の構造を持つことが知られているものの、その転写調節機構はほとんど明らかになってい。我々はまずDnmt1遺伝子プロモーター領域のシスエレメントとそこに作用する転写因子の同定を行った。

 Dnmt1遺伝子の5'末端上流域のレポーターアッセイによって、転写開始点を+1とした-173〜-120bpの領域内に転写を活性化するシスエレメントが存在することが示された。このシスエレメントを含む領域をプローブとし、核タンパク質を用いたゲルシフトアッセイを行った。その結果、3本のシフトバンドが認められ、シスエレメントに結合する転写因子の存在が認められた。続いて転写因子の詳細な結合領域を決定するため、転写因子結合領域の変異配列をコンペティターとして用いたゲルシフトアッセイで、-161〜-147bpの領域に転写因子が結合することが示された。我々はこの転写因子結合領域をGAモチーフと名づけた。さらに抗Sp1抗体と抗Sp3抗体を用いたゲルシフトアッセイでスーパーシフトが観察され、Sp1とSp3がこのGAモチーフに結合することが示された。抗Sp1抗体と抗Sp3抗体を用いたクロマチンIPによってSp1とSp3がin vivoでも、GAモチーフに結合することを確かめた。さらに、Sp1ファミリーを欠失したDrosophila SL2細胞でのSp1とSp3の発現コンストラクトを用いたレポーターアッセイによって、Sp1とSp3がDnmt1遺伝子の転写の活性化に働いていることがわかった。

−第2章− 転写因子Sp1、Sp3とコアクチベーターp300によるDnmt1遺伝子の転写活性化機構

 前章でDnmt1遺伝子の転写活性化に転写因子Sp1とSp3が関与していることを示した。この章ではDnmt1遺伝子の転写活性化にSp1とSp3がどのように働いているのか調べた。前章で同定したGAモチーフにSp1とSp3が別々に結合しているかどうか、GST-Sp1とSp3でのゲルシフトアッセイおよび抗Sp1抗体と抗Sp3抗体を用いた免疫沈降およびウエスタンブロット解析で調べた。それらの結果より、Sp1とSp3は別々にGAモチーフに結合し、それらの存在比によって結合が置き換わることが示された。

 近年、遺伝子の転写調節にはDNAに結合する転写因子だけでなく、直接DNAに結合しないコアクチベーターやコリプレッサーを含んだ転写複合体を形成して作用することが明らかになってきている。そこで我々は種々の転写因子群と複合体を形成して働いているp300のDnmt1遺伝子の転写への関与について調べた。NIH3T3細胞でp300を強発現させたレポーターアッセイによって、Dnmt1遺伝子の転写の活性化にp300が関与しており、Sp3とp300の共発現によってDnmt1遺伝子の転写がさらに活性化されることがわかった。また、免疫沈降およびウェスタンブロット解析とGST-プルダウンアッセイの結果より、Sp3とp300は直接複合体を形成していることが明らかとなった。また細胞周期における各因子の量の変動をウエスタンブロット解析によって調べたところ、G1期にSp1、early S期にSp3が多く存在し、G2/M期にはp300が少ないことが示された。

−考察−

 本研究においてゲノムDNAのメチル化を維持していると考えられているDnmt1遺伝子のシスエレメント(GAモチーフ)とそこに結合する転写因子Sp1とSp3を同定し、共に転写の活性化に働くことを示した。さらにSp1とSp3はGAモチーフに別々に結合し、その存在量比に依存して両因子が置き換わることを明らかとした。また、コアクチベーターp300とSp3が直接結合して転写の活性化に働いていることと、Dnmt1遺伝子の発現に関与する転写因子群の発現が細胞周期で変動することを示した。

 Sp1とSp3は別々にDnmt1遺伝子の転写の活性化に働き、転写のコアクティベーターであるp300がSp1ではなくSp3に作用することは、Dnmt1遺伝子の転写の調節が、活性化や抑制化に働く転写因子がシスエレメントに作用する、作用しないという単純な調節ではなく、転写の活性化だけでも異なる複数の転写因子により、細かく調節されていることを示している。また、細胞周期においてDnmt1遺伝子の発現に関与するSp1、Sp3、p300の発現量は変動しており、Sp1とSp3存在比によってGAモチーフへの各因子の結合が変わることから、Dnmt1遺伝子の転写は細胞周期において、G1期では主にSp1によって、early S期においては主にp300と結合したSp3によって行われていることが考えられた。

 細胞周期の各時期でのDnmt1遺伝子の発現機構とその発現に関与するSp1、Sp3、p300を初めとした各因子の詳細な解析を進めることで、Dnmt1遺伝子の転写の活性化だけでなくその発現機構が明らかとなると考えられる。さらにDnmt1遺伝子のプロモーター領域はTATA-boxを持たないCGリッチな配列でハウスキーピング遺伝子のプロモーター領域の特徴を持っており、Sp1、Sp3、p300は多くの遺伝子の発現に働いていることから、Dnmt1の遺伝子の転写調節機構は多くの遺伝子、特にハウスキーピング遺伝子で普遍的に行われることが考えられ、遺伝子発現での調節の一つのモデルになると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ほ乳類ゲノムDNAの後生的修飾であるDNAメチル化を担うDnmt1の遺伝子発現調節機構を、特に二つの転写調節因子(Sp1とSp3)の関与を中心に解析したものである。二章より構成される内容を要約すれば、以下のようになる。

 第1章では、まず、Dnmt1遺伝子の体細胞型エクソン1のプロモーター領域に含まれるシスエレメントと、それに作用する転写因子の探索が行われた。具体的には、Dnmt1遺伝子の5'末端上流域のレポーターアッセイによって、転写開始点を+1とした場合の-173から-120塩基の領域内に、転写を活性化するシスエレメントが存在することが示された。このシスエレメントを含む領域をプローブとしゲルシフトアッセイ(EMSA)を行った結果、3本のシフトバンドが認められた。これは、この領域に結合する因子が確かに存在することを示す。続いて、転写因子結合領域の変異配列をコンペティターとして用いたEMSAで、因子の結合領域がより詳細に解析され、それにより同定された-161から-147塩基の領域がGAモチーフと名付けられた。GAモチーフと既知の転写因子認識配列との相同性から、Sp1およびSp3の結合が推測され、これらに対する抗体を用いたEMSAでスーパーシフトが観察されたことから、Sp1とSp3がこのGAモチーフに結合することが証明された。さらに、抗Sp1抗体と抗Sp3抗体を用いたクロマチンIPによって、両転写因子がin vivoでもGAモチーフに結合することが確かめられた。これらの因子による遺伝子の転写の活性化は、Sp1ファミリーを欠失したDrosophila SL2細胞での発現コンストラクトを用いたレポーターアッセイによって確かめられている。

 第2章では、転写因子Sp1、Sp3とコアクチベーターp300によるDnmt1遺伝子の転写活性化機構が論じられている。GAモチーフに対するSp1とSp3の結合を、GST-Sp1とSp3を用いたEMSAと、抗Sp1抗体と抗Sp3抗体を用いた免疫沈降およびウエスタンブロット解析で調べた結果、Sp1とSp3は独立してGAモチーフに結合し、それらの存在比によって結合が置き換わることが示された。近年、遺伝子の転写調節にはDNAに結合する転写因子だけでなく、直接DNAに結合しないコアクチベーターやコリプレッサーを含んだ転写複合体を形成して作用することが明らかになってきている。そこで、種々の転写因子群と複合体を形成して働いているp300のDnmt1遺伝子の転写への関与について調べると、Dnmt1遺伝子の転写の活性化にもp300が関与しており、特に、それはSp3を介する活性化に特異的であることがわかった。免疫沈降およびウエスタンブロット解析とGST-プルダウンアッセイの結果より、Sp3とp300は直接複合体を形成していることが明らかとり、また、細胞周期における各因子の量の変動をウエスタンブロット解析によって調べたところ、G1期にSp1、early S期にSp3が多く存在し、G2/M期にはp300が少ないことが示された。

 以上の結果より、Dnmt1遺伝子の転写の調節が、活性化や抑制化に働く転写因子がシスエレメントに作用する、しないという単純な調節ではなく、転写の活性化だけでも異なる複数の転写因子により、細かく調節されていることが示唆される。また、細胞周期においてDnmt1遺伝子の発現に関与するSp1、Sp3、p300の発現量は変動しており、Sp1とSp3存在比によってGAモチーフへの各因子の結合が変わることから、Dnmt1遺伝子の転写は細胞周期において、G1期では主にSp1によって、early S期においては主にp300と結合したSp3によって行われていることが考えられた。細胞周期の各時期でのDnmt1遺伝子の発現機構とその発現に関与するSp1、Sp3、p300を初めとした各因子の詳細な解析を進めることで、Dnmt1遺伝子の転写の活性化だけではなく、その発現機構が明らかになると期待できる。さらにDnmt1遺伝子のプロモーター領域は、TATA-boxを持たないGCリッチな配列で、この特徴はハウスキーピング遺伝子のプロモーター領域に多く見られる。Sp1、Sp3、p300は多くの遺伝子の発現に働いていることが知られていることから、Dnmt1の遺伝子の転写調節機構は多くの遺伝子、特にハウスキーピング遺伝子にも普遍的であることが考えられ、遺伝子発現調節の一つのモデルになると考えられる。

 以上の発見は、細胞周期依存的遺伝子発現の制御機構を理解する上で重要な知見で、応用動物科学領域に貢献しているところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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