学位論文要旨



No 117241
著者(漢字) 奥野,孝浩
著者(英字)
著者(カナ) オクノ,タカヒロ
標題(和) Leishmania amazonensisを原因とする実験的リーシュマニア症の免疫学的解析と本原虫の病原性に関する研究
標題(洋) Immunological study on experimental leishmaniasis caused by Leishmania amazonensis and analysis of the pathogenicity of the parasite
報告番号 117241
報告番号 甲17241
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2437号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,治城
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 東京大学 助教授 松本,安喜
内容要旨 要旨を表示する

 リーシュマニア症とはサシチョウバエに媒介されるリーシュマニア原虫感染を原因とする人獣共通感染症である。本症は、感染原虫の種類と感染後の宿主免疫応答(Th1/Th2)により様々な病態を引き起こす。人で重篤な症状を示す重要な。L. amazonensis (La)は、同じ皮膚型で詳細に研究されているL. major(Lm)とは、宿主免疫応答やマウス感染感受性の点で大きく異なるとされる。本研究ではLa感染による実験的リーシュマニア症の免疫学的解析と宿主免疫応答の解析、Th1型免疫誘導とLa抵抗性の解析、病態悪化に関わる原虫抗原の解析を行った。最後に、標識遺伝子導入原虫の新規抗原虫薬剤選抜試験、原虫病原性解析等への応用可能性を示唆し、4章構成とした。

 第一章:Lm感染に対するマウス系統の感染感受性と宿主免疫応答については、これまでに詳細に調べられて来た。近交系マウスの内、BALB/cやSWR/Jでは進行性皮膚病変を形成し、その他ほとんどのマウス系統(CBA、C57BL/6、C3H、DBA/2)では自然治癒する。前者で液性免疫(Th2)、後者で細胞性免疫(Th1)の誘導が報告されている。一方、La感染感受性もTh1/Th2に相関があるとされるが、マウス系統の感染感受性はLmと大きく異なりBALB/cを始めCBA、C57BL/6を含むほとんどの系統が感受性とされる。しかし、CBA、C57BL/6については抵抗性という相反する報告もある。そこで本章では、BALB/c、CBA/J、C57BL/6、C3H/HeN、DBA/2の5系統を用い、マウス系統間のLa感染感受性および宿主免疫応答を比較解析した。各系統のマウス尾根部皮内にL. amazonensis MPRO/BR/72/M1845株の感染型プロマスティゴート原虫1x107を接種し、病変形成を測定した。BALB/cで最も大きく強い潰瘍形成を伴う病変を認めた。C3H/HeN、C57BL/6、DBA/2においても病変の形成が認められた。CBA/Jの病変進行は非常に緩慢であった。病変部、所属リンパ節である坐骨リンパ節および脾臓での寄生原虫数はBALB/cで最も多く、一方で、CBA/Jにおいては、病変部より少数の寄生原虫が検出されたが、坐骨リンパ節および脾臓においては検出限界以下であった。細胞性免疫の指標として行ったLaの可溶性抗原(SLA)に対する遅延型過敏反応(DTH)試験では、CBA/Jで強い反応を認めた。感染8週目でのSLAに対する脾臓由来リンパ球増殖反応はCBA/Jで最も強い反応が得られた。全ての系統でLm原虫感染初期の主要抗原とされるLeishmania homologue for activated C kinase (LACK)に対しては反応しなかった。SLAに対するリンパ球のIFN-γ産生は、CBA/Jにおいて454.3±60.3pg/mlと最も高値を示し、C3H/HeN、C57BL/6でそれぞれ127.7±121.0, 137±32.1 pg/mlであり、BALB/c、DBA/2では検出限界以下であった。血清中のTh2依存性抗体であるIgG1と、Th1依存性抗体であるIgG2aの比、IgG1/IgG2a比は、CBA/Jで低値を、その他の系統で高値を示した。以上の結果より、CBA/Jマウスではその他の系統のマウスより、病変形性が緩慢であり、病変部および所属リンパ節中の原虫数も少数に抑えられており、La感染においても、細胞性免疫の活性化と感染抵抗性が相関することが示唆された。

 次に、少数のLm原虫接種により感受性のBALB/cにTh1を誘導し抵抗性が付与されるという報告を参考にして、Laにおいて同様に少数(1×102, 1×103)の原虫接種実験を行った。1×102接種群では、接種後30週目でも病変形成を認めなかった事から感染が成立していないと考えられた。一方、1×103接種群では、接種後6週目より病変形性が認められた。本群のSLAに対するDTH反応は、接種後4週目には陽性であったが、その後8週目にかけて反応が低下した。これより病変形成にTh1低下の関与が考えられた。また、Laは、少数接種でも病変を引き起こす事からLmとは病原性が大きく異なると考えられた。

 第二章:第一章においてTh1型免疫反応の活性化がLa感染抵抗性に重要なことが示唆された。そこで、本章では、マウスへのリーシュマニア可溶性抗原(SLA)免疫によるSLA特異的Th1を誘導することによる、La感染抵抗性への影響を検討した。これまで原虫感染感受性マウスに対するSLAを用いた免疫実験では、抗原の接種経路によって、細胞性免疫と液性免疫の活性化パターンが異なることが報告されている。本実験では、投与が簡便で、近年細胞性免疫の活性化も可能とされている、アジュバントとしてコレラ毒素(CT)またはCTのBサブユニット(CTB)を用いたSLAの経鼻免疫によりTh1誘導を試み、そのLa感染抵抗性への関与を検討した。SLA+CT(A群)またはSLA+CTB(B群)免疫のBALB/c、C3H/HeN、C57BL/6の全ての系統で抗CT血清IgGの上昇を認めたが、抗CT血清IgAおよび抗SLA血清IgGの上昇を認めなかった。一方、SLAに対するDTHは全系統のA, B群で強く認めた。このことから。BALB/c、C3H/HeN、C57BL/6の全ての系統で経鼻免疫によるSLAに対するTh1誘導が可能であった。また、Th1誘導群へのLa接種では、C3H/HeNのA, B群とC57BL/6のA群で、対照群に比較して病変部のサイズの低下を認めた。BALB/cのA, B群とC57BL/6のB群の病変形成は対照群と差が無かった。BALB/c、C3H/HeNの結果から、SLAを用いたTh1誘導時のLa感染抵抗性はマウス系統により異なる事が示唆された。また、C57BL/6の結果から、CTとCTBのアジュバント効果が異なる可能性が示唆された。本章においてBALB/cにおいてSLAの経鼻免疫により誘導されたTh1型の免疫反応がLa感染においてなんら効果を示さなかったことは、前章のLaを1×103接種したBALB/cにおいて、一度誘導されたTh1が病変の形成に伴い消失したことと相関する結果である。細胞性免疫誘導のLa感染防御効果にマウス系統間で差があることは、今後この違いが何に起因しているのかを検討する必要がある。

 第三章:LACKはLmにおいて、マウスCD4陽性T細胞の標的分子の一つとして知られている。本研究では人で重篤な臨床症状を示し、Lmとは病原性の異なる重要なLaの病変形成へのLACKの関わりを調べた。原虫から得たmRNAを基にRT-nested PCR法を行い、LACK cDNAの塩基配列を決定した。既知LACK(L. major、L. braziliensis、L. infantum、L. chagasi、L. donovani)との比較により、塩基配列で97.3%、アミノ酸配列で98.7%以上の相同性を認め、この蛋白が種内で高度に保存されている事が確認された。Laに感受性のBALB/cに、精製した組換えLACK蛋白を接種した群では、PBS(-)接種群に比べ、その後の原虫接種による病変形成の早期化と病態の悪化が認められた事から、LACK抗原が、Laを原因とする本症でも病態の悪化に関わる重要な原虫抗原である事が示唆された。

 第四章:Laに、egfpまたはβ-galactosidase遺伝子を導入し、得られた組換え体、La/egfp, La/lacZの応用性について検討した。蛍光強度と基質(CPRG)添加後の吸光度を指標とした各々の導入遺伝子産物の活性は細胞外発育型プロマスティゴートで細胞数依存性であった。これら原虫を用いたamphotericin Bのプロマスティゴート型に対する原虫増殖阻害活性測定は、細胞数カウント、放射性物質取り込みといった従来法と比しても簡便で、得られたIC50は従来法での測定値とほぼ一致した。宿主マクロファージ感染型アマスティゴートにおける導入遺伝子産物の活性も各々のマクロファージ内の感染原虫数依存性であった事から、従来法の細胞数カウントではほとんど不可能な、アマスティゴート型における多数の被検物質の選抜を、La/egfp、La/lacZを用いて簡便に行うことが可能であると考えられた。また、プロマスティゴートの増殖測定に用いられている従来法では、共存するマクロファージの代謝の影響があり、アマスティゴートの増殖測定では正確な測定結果を得られないことが予想されるので、本研究で得られた外来遺伝子産物の活性を指標とした測定法は非常に有用性が高いと期待される。一方、X-Gal染色によりLa/lacZ感染マウス組織からの原虫検出は容易であり、La/lacZは感染原虫の宿主体内動態を知る上でも有効と考えられた。

 以上の結果は、Laの研究に有用な知見を与えると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、人で臨床上重要なL. amazonensis(La)感染を原因とするリーシュマニア症の抵抗性に関わる宿主免疫応答のマウスモデルを用いた解析を目的としている。一章において、La感染マウスモデル確立の為、マウス系統による感受性の違いを明らかにし、抵抗性に関わる宿主免疫応答を検討した。二章では、同じ皮膚型で詳細に研究されているL. major (Lm)で、細胞性免疫(Th2)誘導、細胞性免疫(Th1)抑制により、病態を悪化させるとされるLeishmania homologue for activated C kinase (LACK)のLa感染での病態への関与を調べた。三章では、La感染感受性マウスに経鼻免疫による原虫抗原特異的Th1を誘導し、La感染に対する抵抗性付与を試みた。四章では、感染原虫の宿主体内動態を検討し、原虫病原性の解析に寄与する事を目的とし、標識遺伝子導入原虫の作製とその利用可能性を検討した。

 第一章:La感染を原因とする本症は皮膚型とされるが、より重篤な皮膚粘膜型、内蔵型の患者からも分離報告があり、臨床上重要である。本症の免疫学的解析を行うに当り、マウスモデルが非常に重要であるが、La感染に対するマウスモデルについての詳細な検討はなされていない。本章では、BALB/c, CBA/J, C57BL/6, C3H/HeN, DBA/2の5系統を用い、マウス系統間のLa感染感受性および宿主免疫応答の解析を行った。尾根部皮内にLaの感染型プロマスティゴート原虫を接種し、各マウス系統の病変形成の経過と原虫感染8週目の病変部、所属リンパ節、脾臓の感染原虫数測定を行った。BALB/c, C3H/HeN, C57BL/6, DBA/2で進行性病変を認め、病変部、所属リンパ節、脾臓で多数の寄生原虫を認めたが、CBA/Jの病変進行は非常に緩慢で、所属リンパ節、脾臓の感染原虫は検出限界以下であった事から、前者はLa感染感受性、後者は抵抗性と考えた。Laの可溶性抗原(SLA)に対する遅延型過敏反応(DTH)試験、SLAに対する脾臓由来リンパ球増殖反応、血清IFN-γ産生、血清中のTh2/Th1各々の依存性抗体であるIgG1/IgG2aの比等の結果から、La感染抵抗性のCBA/JでTh1誘導が示唆され、Th1の活性化とLa感染抵抗性が相関することが示唆された。次に、少数のLm原虫接種により感受性のBALB/cにTh1を誘導し抵抗性が付与されるという報告を参考にして、Laで同様の実験を行った。少数原虫接種により、SLAに対するDTH反応は接種後4週目には陽性であったが、6, 8週目と反応が低下し、それに伴う病変形性が認められた。これよっても抵抗性とTh1の関与が示唆された。

 第二章:本章では、Laの病変形成へのLACKの関わりを調べた。原虫から得たmRNAを基に、LACKcDNAの塩基配列を決定した。既知LACK(L. major, L. braziliensis, L. infantum, L. chagasi, L. donovani)との比較により、塩基配列で97.3%、アミノ酸配列で98.7%以上の相同性を認め、この蛋白が種内で高度に保存されている事が確認された。La感染感受性のBALB/cに、精製した組換えLACK蛋白を接種した群では、PBS(-)接種群に比べ、原虫接種による病変形成早期化と病変悪化が認められた事から、LACK抗原が、Laを原因とする本症でも病態の悪化に関わる重要な原虫抗原である事が示唆された。

 第三章:第一章においてTh1の活性化がLa感染抵抗性に重要なことが示唆されたことから、本章では、SLA特異的Th1を誘導することでLa感染感受性のBALB/c, C3H/HeN, C57BL/6への抵抗性付与を試みた。Th1誘導抗原にSLAを、アジュバントとしてコレラ毒素を用いて経鼻により免疫を行った。SLAに対するDTHによりこれら系統の免疫群でのTh1誘導を確認した。Th1誘導群へのLa接種では、C3H/HeN, C57BL/6で対照群に比較して病変の軽減を認めた事から、これら系統ではLa感染抵抗性にTh1が重要である事が示唆された。BALB/cのTh1誘導群では対照群と差が無く、SLAを用いたTh1誘導時のLa感染抵抗性はマウス系統により異なる可能性が示唆された。

 第四章:感染原虫の体内動態を知る事は、病態と宿主免疫応答を検討する上で重要であると考えられる。そこで、本章ではegfpまたはβ-galactosidase遺伝子を導入Laを作製し、その利用可能性について、定性的、定量的解析を行った。マウス組織からの感染原虫の検出が容易である事、導入遺伝子活性を用いたプロマスティゴート、アマスティゴートの細胞数測定が可能である事が示された。

 以上本研究は、マウスモデルを用いて、宿主のLa感染を原因とする本症の抵抗性にはTh1の誘導が重要である事を明らかにした。また、遺伝子導入原虫の作製とその応用可能性を示し、La病原性解析の一助としている。これらの事は、人の臨床上重要なLa感染を原因とする本症の免疫学的解析を行うに当り、有益な知見を与えるものと考えられる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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