学位論文要旨



No 117244
著者(漢字) 朴,珠英
著者(英字)
著者(カナ) パク,ジュヨン
標題(和) ルートエンドファイトによる土壌病害防除および植物生育促進効果に関する研究
標題(洋) Plant disease suppression and growth promotion induced by root endophytes
報告番号 117244
報告番号 甲17244
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2440号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 助教授 山川,隆
 東京大学 助教授 中元,朋実
 東京大学 助教授 横田,明
内容要旨 要旨を表示する

 収益性の高いハクサイ、キャベツ、レタス等の野菜は専作化され、大規模で都市に供給されており、その結果、連作による深刻な土壌病害の大発生は大きな危機に直面している。本研究では、被害が最も多いアブラナ科野菜の土壌病害のうち、キャベツの萎黄病に着目し、生物的に防除できる有用微生物をスクリーニングした。同時に、各分離株のキャベツの生育に与える影響を調べ、キャベツの生育を促進するPlant Growth Promoting Fungi(PGPF)をスクリーニングした。スクリーニングを目的とした全ての対象はルートエンドファイトとし、本研究では、宿主植物に対して非病原性であり、植物根内に存在する全ての菌類をルートエンドファイトと定義した。全世代を植物体内で過ごす菌類と一部だけを過ごす菌類を区別するために、種子由来エンドファイトと土壌由来ルートエンドファイトの用語を用いた。前者は、種子に残り、次世代まで伝わるルートエンドファイトを言い、後者は土壌から植物の根に侵入し、ライフサイクルの一部だけを植物体内で過ごすルートエンドファイトを意味する。

1.キャベツ萎黄病の生物的防除微生物のスクリーニング

 キャベツの萎黄病は、Fusarium oxysporum f. sp. conglutinansによって起こる土壌伝染性病害であり、1899年スミスにより、アメリカで発見されて以来、世界各国に広がり、日本でも1967年からはキャベツの殆どの重要産地で発生し、被害も増大してきた。本研究では様々な植物の根から菌類を分離し、キャベツの萎黄病に対する生物的防除効果を調べ、有用菌株をスクリーニングした。20種類の野菜の根から種子由来もしくは土壌由来ルートエンドファイトを分離し、形態的な特徴に基づいて同定を行った。胞子を形成しないことで、形態的な特徴で同定ができない菌株はribosomal DNAの塩基配列を解析することで、同定を行った。これらの分離株を病原菌Fusarium oxysporum f. sp. conglutinansと共に接種することによって、各分離株の病原菌に対する拮抗性を調べた。Penicillium sp. S-34, Penicillium citrinum S-59, Epicoccum nigrum TC-33, Fusarium solani SS-6, Fusarium solani CM02, Fusarium oxysporum F-9501はポット試験でキャベツ萎黄病に対する強い抑制効果を示した。

2.アブラナ科野菜キャベツの生育促進微生物のスクリーニング

 生態系において、そこに生息する植物の根が完全に他の生物から影響を受けずに存在することは特殊な例を除いて有り得ない。土壌中には細菌、菌類、微小動物など多種多様な生物が生息し、植物根の表面、内部に定着、侵入して様々な影響を及ぼしている。根から土壌へ分泌される様々な物質の影響から、土壌中の植物根の周辺は特殊な微生物相になっており、その微生物相のうち、根に定着し植物に直接的もしくは間接的に好影響を及ぼすグループも知られるようになってきた。植物に好影響を及ぼすこれらの微生物を人為的に根に定着させることにより、植物の生育が促進したり、地下部もしくは地上部の病気も抑制される事例が報告されている。これら植物の生育を促進する微生物としては、共生微生物として知られているアーバスキュラー菌根菌が有名であるが、その他に植物生育促進根圏細菌(plant growth promoting rhizobacteria : PGPR)、植物生育促進菌類(plant growth promoting fungi : PGPF)と呼ばれる微生物グループも着目されている。

 殆どの植物に共生し、植物の生育を促進することで有名なアーバスキュラー菌根菌がアブラナ科植物には共生できないことからも、アブラナ科植物のPGPFの開発は期待されている。本研究ではアブラナ科野菜キャベツの生育を促進するPGPFをいくつかスクリーニングした。Aspergillus ochraceus S-61, Epicoccum nigrum TC-33, Fusarium solani SS-1, Fusarium oxysporum SS-2, sterile菌S-23, S-25, TT-52, TT-53の植物生育促進効果がポット試験で確認された。最も促進効果の高かったsterile菌4株に着目し、フィールド試験を行った結果、S-23, TT-52の強い植物生育促進効果が確認された。

3.アブラナ科植物の種子から分離されたsterile菌のアブラナ科植物生育促進効果

 S-23株はアブラナ科植物から分離された種子由来ルートエンドファイトであり、アブラナ科野菜キャベツの生育促進効果がポット試験でもフィールド試験でも確認されている。アブラナ科植物由来S-25株もポット試験でキャベツの生育促進効果を示したが、フィールドで強い効果を確認することはできなかった。これらのITS塩基配列解析の結果、S-23株もS-25株も外生菌根を形成すると知られているTricholoma robatum, Amanita sp.とそれぞれ98%、97%の相同性を示した。

 異なったリン酸レベル水耕液を用いたポット試験で、S-23株の植物生育に与える影響を調べた結果、土壌中のリン酸レベルが低い条件でキャベツの生育促進効果がより向上することが確認された。S-23株は、菌根菌性植物であるレタスを用いた同一ポット試験でも、土壌中のリン酸レベルが低い条件でレタスの生育を2倍以上促進した。S-23株の生育促進効果は、アーバスキュラー菌根菌Glomus intraradicesを接種した時より効果が高く、S-23株とGlomus intraradicesのコンビネーション接種は単独接種と比べ、高い効果を示さなかった。

まとめ

 殆どの植物には菌根菌が共生し、土壌由来病原菌から植物を守り、土壌中リン酸吸収を促進することで植物の生育にいい影響を与える。こう言った菌根菌が共生していないアブラナ科野菜は、日本で土壌病害の被害が最も深刻である。本研究では、ルートエンドファイトを用いて、キャベツ萎黄病を生物的に防除できる菌類をスクリーニングした。また、キャベツの生育を促進するPGPFをいくつかスクリーニングした。そのうち、アブラナ科植物から分離された種子由来ルートエンドファイトの生育促進効果に注目し、フィールド試験や異なったリン酸レベル水耕液を用いたポット試験を行った。その結果、アブラナ科植物由来S-23株は、フィールドでも高い効果を示し、植物のリン酸吸収を促進する効果が確認された。以上のことから、アブラナ科植物にはアーバスキュラー菌根菌が共生しない代わりに、その役割を果たす微生物が存在する可能性が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 収益性の高いハクサイ、キャベツ、レタス等の野菜は専作化され、大規模で都市に供給されており、その結果、連作による深刻な土壌病害の大発生は大きな問題となっている。本論文では、被害が最も多いアブラナ科野菜の土壌病害(キャベツの萎黄病)と長野県の農業において問題となっているレタスの根腐病に着目し、生物的に防除できる有用微生物をスクリーニングした。また、同時に各分離株のキャベツとレタスの生育に与える影響を調べ、植物の生育を促進するPlant Growth Promoting Fungi(PGPF)をスクリーニングした。本論文では、宿主植物に対して非病原性であり、植物根内に存在する全ての菌類をルートエンドファイトと定義し、全世代を植物体内で過ごす菌類と一部だけを過ごす菌類を区別するために、種子由来エンドファイトと土壌由来ルートエンドファイトの用語を用いている。前者は、種子に残り、次世代まで伝わるルートエンドファイトを言い、後者は土壌から植物の根に侵入し、ライフサイクルの一部だけを植物体内で過ごすルートエンドファイトを意味している。

 本論文は全体では6章より成る。第一章の序論に続いて第二および第三章では、様々な植物の根から菌類を分離し、キャベツの萎黄病に対する生物的防除効果を示す菌株をスクリーニングした。20種類の野菜の根から種子由来もしくは土壌由来ルートエンドファイトを分離し、形態的な特徴に基づいて同定を行った。次に、これらの分離株を病原菌Fusarium oxysporum f. sp. conglutinansと共に接種することによって、各分離株の病原菌に対する拮抗性を調べ、拮抗性を示す菌株をポット栽培で萎黄病抑制効果を確認したところ、6株の強い抑制効果を示す菌株Penicillium sp. S-34, Penicillium citrinum S-59, Epicoccum nigrum TC-33, Fusarium solani SS-6, Fusarium solani CM02, Fusarium oxysporum F-9501を得た。また、同様にレタス根腐病についても病害抑制効果を示す菌株をスクリーニングした結果、Penicillium citrinum S-59, F. oxysporum SS-2, F. solani SS-6, Fusarium sp. SS-7、SB06, sterile菌TT-53が根腐病抑制効果を示すことを確認した。これらの菌株のうちPenicillium citrinum S-59とFusarium solani SS-6は、キャベツ萎黄病とレタス根腐病,両方の土壌病害に対して60%以上の抑制効果を示した。

 第四章では、二章で分離された菌類を用いて植物生育促進菌類をスクリーニングした。ほとんどの植物に共生し、植物の生育を促進することで有名なアーバスキュラー菌根菌はアブラナ科植物には共生できない。このため、本論文ではアブラナ科野菜キャベツの生育を促進する菌類をスクリーニングした。その結果、Aspergillus ochraceus S-61, Epicoccum nigrum TC-33, Fusarium solani SS-1, Fusarium oxysporum SS-2, sterile菌S-23, S-25, TT-52, TT-53がキャベツの生育促進効果を示すことが確認された。そのうち、Epicoccum nigrum TC-33はキャベツの萎黄病を抑制しながら、キャベツの生育を促進した。最も促進効果の高かったsterile菌4株に着目し、フィールド試験を行った結果、S-23, TT-52の強い植物生育促進効果が確認された。次に、レタスについても生育促進菌類をスクリーニングしたところ、sterile菌S-23とFusarium sp. SB04の生育促進効果が確認された。これらで、sterile菌S-23はキャベツとレタスの両植物に対して、生育促進効果を示した。

 第五章では、キャベツおよびレタスの生長を促進する菌類の系統上の位置および生長促進のメカニズムについて解明する実験を行った。系統上の位置はリボソーム遺伝子のITS領域の塩基配列に基づいて決定したが、sterile菌S-23株およびS-25株は外生菌根を形成するとして知られているTricholoma robatum, Amanita sp.とそれぞれ98%、97%の相同性を示した。次に、Sterile菌S-23株が感染している植物根を染色し、顕微鏡で観察してみた結果、植物根のなかに侵入している菌糸や根を覆うネット状の構造が確認された。また、異なったリン酸レベル水耕液を用いたポット試験で、S-23株の植物生育に与える影響を調べた結果、土壌中のリン酸レベルが低い条件でキャベツの生育促進効果がより向上することが確認された。S-23株は、菌根菌性植物であるレタスを用いたポット試験でも、土壌中のリン酸レベルが低い条件でレタスの生育を2倍以上促進した。S-23株の生育促進効果は、アーバスキュラー菌根菌Glomus intraradicesを接種した時より効果が高く、リン酸レベルが低い条件でアーバスキュラー菌根菌の感染にも良い影響を与えることが確認された。S-23株とGlomus intraradicesのコンビネーション接種は単独接種と比べ、高い効果を示さなかった。

 以上、本論文はいくつかの植物の病害を抑制する菌類および生育を促進する菌類をスクリーニングして、その作用メカニズムを解明したものであり、審査員一同は学術上、応用上価値あるものと認め、博士(農学)の学位論文として十分な内容を含むものと認めた。

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