学位論文要旨



No 117246
著者(漢字) 江嵜,英剛
著者(英字)
著者(カナ) エサキ,ヒデタケ
標題(和) げっ歯類動物におけるグルタチオントランスフェラーゼによるアフラトキシン解毒の研究
標題(洋)
報告番号 117246
報告番号 甲17246
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2442号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 西原,真杉
内容要旨 要旨を表示する

 穀物汚染カビにより産生されるアフラトキシン(AF)B1は、強力な毒性及び発がん性を現すことが知られている。アフラトキシンB1は体内では主に肝臓において代謝を受け、肝臓ミクロソームのシトクロームP-450の働きによりAFM1、AFP1、AFQ1等の比較的毒性の低い代謝産物が産生される。一方、アフラトキシンB1エポキシドはこれらと同様にP-450の働きにより生成されるが非常に反応性に富み、DNAやたんぱく質などの細胞内の高分子化合物に結合し、その結果毒性や発がん性を引き起こす。AFB1エポキシドは肝臓サイトゾルに存在するグルタチオントランスフェラーゼ(GST)によりグルタチオン抱合体に変換され体外に排泄される。

 AFB1の毒性に対する感受性には、動物種差及び性差が存在することが知られており、ラットは感受性であるが、ハムスター及びマウスは耐性動物として知られている。ラットについては感受性に性差が認められており、雌は雄に比べ耐性である。また、これら動物種と同じげっ歯類動物であるマストミスについても、最近AFB1の毒性に対し著しく高い耐性を示すことが判明した。これまでの研究から、AFB1に対するGSTの活性とAFB1毒性に対する感受性との間に相関が認められ、GSTがAFB1に対する感受性の動物種差を決定する要因として重要な役割を担っているものと考えられている。

 本研究においては、マストミスを中心とするげっ歯類動物の肝臓とその他の臓器におけるAFB1に対するGSTの性質と意義を究明するために以下の研究を行った。

 1.肝臓ミクロソームとサイトゾルを用い、AFB1のエポキシ化活性及びAFB1−エポキシドのGST抱合活性等の代謝活性を調べ、マストミスと他げっ歯類動物(ラット、ハムスター、マウス)間の比較を行った。その結果、肝臓ミクロソームにおけるAFB1のAFM1等への酸化的代謝活性及びエポキシ化活性の動物種差はAFB1毒性感受性の動物種差と対応していなかったが、AFB1に対するGST活性の動物種差はAFB1毒性感受性の動物種差と対応していた。即ち、耐性動物であるマストミス、ハムスター、マウスにおいては、ラットに比して、肝臓サイトゾルのAFB1に対する感受性が高かった。一方、AFB1エポキシ化活性については、マストミスとハムスターにおいて比較的高いこと、AFM1等への酸化的代謝活性については、ハムスターにおいて他動物種より高いことがそれぞれ認められた。これらの成績から、ハムスターやマウスにおいてと同様に、マストミスにおいてはエポキシ化によって活性化されたAFB1がGSTにより効率よく抱合化、排泄されることによってAFB1の毒性に対して耐性を示すものと考えられた。

 ラットにおいてはGST活性に性差が認められ、雌は雄よりも高い活性を示した。GSTがホルモンによる発現調節を受けていることやエソキシキン等の薬剤の投与によりラット肝臓のGSTが活性化されることが既に知られていることから、ラットのGSTに及ぼすゼアラレノン、ゼラノール等のエストロゲン様物質とAFB1の曝露の影響を検討した。その結果、雄ラットにおいてはこれら物質の曝露の影響は認められなかったが、雌ラットにおいてはAFB1を投与することによりGST活性の上昇が認められ、とくに、新生時期にビスフェノールAまたはゼアラレノンに曝露したラットに顕著な上昇が認められた。

 2.AFB1の毒性は主に肝臓において発現されるが、肝臓以外の臓器についても、肺にがんを、また腎臓においては腫瘍を形成することが知られている。小腸、脳及び精巣についてもAFB1の毒性の影響を受けること、またはその可能性が示唆されている。これら肝臓以外の臓器におけるAFB1の特にGSTによるAFB1−エポキシドの抱合化活性を比較検討することを目的とし、1.で用いた動物種の肝臓以外の臓器について、ミクロソームのエポキシ化活性及びサイトゾルのGST活性をそれぞれ調べた。その結果、ラット以外の動物種では肺において比較的高いエポキシ化活性が確認された。雌マストミスについては腎臓にも高いエポキシ化活性が認められたが、GST活性も比較的高い活性を示したことから、GSTによる解毒が効率よく行われるものと考えられた。雄ハムスター及び雌雄ラットの腎臓にはGST活性が認められなかったことから、これらの動物種においては、AFB1毒性の影響が比較的強く発現するであろうと考えられた。全動物種において、小腸、脳、精巣のエポキシ化活性は低かった。小腸と精巣のGST活性は比較的高かったことから、小腸と精巣においてはAFB1−エポキシドの作用による毒性影響は小さいものと考えられた。また、マストミスは雌雄ともに小腸、腎臓、脳、肺において他動物種に比して高いエポキシ化活性を示したが、GST活性についても高い活性を示した。マウスについても小腸以外の臓器において高いGST活性が認められた。これらの動物種は肝臓同様に、それぞれの臓器においてもGSTによるAFB1−エポキシドの抱合が効率よく行われるものと考えられた。

 3.1.ではマストミスが肝臓においてAFB1に対する高いGST活性をもつことを明らかにした。AFB1の毒性に対して感受性であるラットはエソキシキンなどの薬剤を投与することにより肝臓のGST活性が上昇するが、これはGSTの発現の誘導によることが判明している。一方、AFB1に対して耐性動物であるマウスにおいては、この酵素が構成的に発現していることが知られている。このような酵素の量以外にも、活性の違いの理由としては質的な(比活性の)違いも考えられる。そこで、マストミスの肝臓GSTが他のげっ歯類動物と異質なものであるかどうかを調べる目的で、種々の基質を用いたGST活性測定、他の齧歯類動物種とのGST分子量比較、免疫反応、アミノ酸配列について他動物種との比較を行った。その際、マストミスと同様に高い肝臓GST活性を示したマウスを比較対照動物種として用いた。ラット、マウス、ハムスターにおいてはαクラスGSTがAFB1−エポキシドに対する高い抱合活性を示し、重要な働きをすることがこれまでの研究から分かっている。このことから、マストミスにおいてもαクラスGSTが高い活性を示すものと思われたが、このクラスのGSTと高い反応性をもつ基質を用いて反応したところ、他動物種と同程度の活性しか示さなかった。また、全クラスのGST活性及びμクラスGSTについても、他動物種と同程度の活性であったが、πクラスGSTについては他動物種よりも高い活性を示した。次にマストミス肝臓GSTを精製し、SDS-PAGEに供したところ、3本のバンドが確認された。ゲル上での分子量は、マウス、ラットなどの既知の肝臓GSTと同程度の24,000-26,000であった。SDS-PAGE上のたんぱくを、抗α、抗μ、抗πヒトGSTを用いてウエスタンブロットで解析した結果、マウスについてはいずれの抗体との反応も認められなかったが、マストミスについては抗α、抗μ抗体との間に反応が認められた。ゲル上のバンドをそれぞれ切り出してN末アミノ酸配列を解析した結果、一本のバンドについては既知のπタイプと一致する配列が見られ、残り二本のバンドについてはμタイプと一致する配列が認められた。後者のバンドについては抗原抗体反応において抗αヒトGST抗体と反応したことから、微量のαクラスGSTがバンド中に混在している可能性が考えられるが、もし、微量のαクラスGSTがマストミスで見られる高いGST活性を担っているとしたら、このαクラスGSTはAFB1−エポキシドに対して、既知のGSTよりも著しく高い活性を担っているとした考えられる。μクラスまたはπクラスGSTが高いGST抱合活性を担っているという可能性も考えられるが、これらのクラスが高い活性をもつという報告はこれまでに見られないことから、この場合には他の動物種のGSTとは異質なGSTをマストミスはもつものと考えられる。いずれの場合も、マストミスにおけるAFB1−エポキシドに対するGSTは、他の動物種のものとは異なる性質をもつものと推定される。

 以上、本研究により、マストミスを中心としてげっ歯類動物のAFB1に対するGST活性とその他AFB1代謝産物について、また、マストミスのGSTの特徴について新しい知見を得ることができた。即ち、AFB1の毒性に対して耐性を示すマストミスは、他のげっ歯類動物に比して高いGST活性を示すことが明らかにされた。また、肝臓についでAFB1毒性の影響を受けると考えられている肺及び腎臓も高いGST活性を示すことが認められた。これらの臓器において、マストミスはAFB1−エポキシドを速やかに抱合、排除することにより、AFB1の毒性に耐性を現わすものと考えられた。また、マストミスの肝臓GST中には他動物種と異なる性質を有するGSTが存在し、これがAFB1−エポキシドに対する高い肝臓GST活性に寄与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 穀物汚染カビにより産生されるアフラトキシンB1(以下AFB1)は、強力な毒性及び発がん性を現すことが知られている。AFB1は動物体内で、主に肝臓において代謝を受け、肝臓ミクロソームのシトクロームP-450の働きによりAFM1、AFP1、AFQ1等の比較的毒性の低い化合物に変換される。一方、AFB1エポキシドも同様にP-450の働きによりAFB1より生成され、DNAやたんぱく質などの細胞内高分子化合物に結合し、その結果毒性や発がん性を引き起こす。AFB1エポキシドは肝臓サイトゾルに存在するグルタチオントランスフェラーゼ(GST)によりグルタチオン抱合体に変換され体外に排泄される。

 AFB1の毒性や発癌性に対する感受性には動物種差が存在し、ラットは感受性動物であるのに対し、ハムスター及びマウスは耐性動物であることが認められている。マストミスも、AFB1の毒性に対し著しく高い耐性を示すことが見出されている。

 本研究は、ラット、ハムスター、マウス、マストミスの肝臓およびその他の臓器におけるGSTによるAFB1のグルタチオン抱合化による解毒を中心に、AFB1の代謝様式を比較究明することを目的とし、以下の知見を得た。

 1.上記動物の肝臓ミクロソームとサイトゾルを用い、AFB1のエポキシ化及びAFB1−エポキシドのグルタチオン抱合化等の代謝活性を測定した。その結果、肝臓ミクロソームによるAFB1のAFM1等への酸化的代謝及びエポキシ化の活性の動物種差は、AFB1の毒性と発癌性の動物種差と対応していなかったが、肝臓サイトゾルによるAFB1−エポキシドのグルタチオン抱合化の活性の動物種差は、AFB1の毒性と発癌性の動物種差と対応していた。即ち、耐性動物であるマストミス、ハムスター、マウスにおいては、ラットに比して、肝臓サイトゾルのAFB1に対するGST活性が高かった。一方、AFB1エポキシ化活性については、マストミスとハムスターにおいて比較的高いこと、AFM1等への酸化的代謝活性については、ハムスターにおいて他動物種より高いことがそれぞれ認められた。これらの成績から、ハムスター、マウス、マストミスは、エポキシ化によって活性化されたAFB1を、比較的効率よくグルタチオンに抱合し排泄することによって、AFB1の毒性や発癌性に対して比較的高い耐性を現すものと考えられた。

 2.肝臓以外の臓器におけるミクロソームによるAFB1エポキシ化活性及びサイトゾルのAFB1に対するGST活性をそれぞれ測定した。その結果、全動物種においてこれらの代謝活性は、肝臓の代謝活性よりも低い傾向が認められた。これら臓器の中では、AFB1エポキシ化活性はいずれの動物種においても、肺と副腎において比較的高いことが認められた。一方、GST活性は、マストミスとマウスにおいては、小腸、腎臓、肺、精巣において比較的高いことが認められたことから、マストミスとマウスのこれら臓器においては、GSTによるAFB1エポキシドのグルタチオン抱合化が比較的効率よく行われるものと考えられた。

 3.肝臓GSTの生化学的性質を究明するために、AFB1エポキシド以外の基質に対するGST活性を測定するとともに、マストミスとマウスについてはGSTたんぱくを精製し、その電気泳動パターン、抗GST抗体との反応性、アミノ酸配列を調べた。その結果、マストミスのサイトゾルは、πクラスGSTと高い反応性を示す基質であるエタクリン酸に対して、他動物種に比して高い活性を示した。マストミスとマウスのGSTたんぱくはいずれも、SDS-PAGE上で分子量24,000-26,000の位置に3本のバンドを出現した。それらバンドは、マウスについては抗α−、抗μ−、抗π−ヒトGST抗体のいずれとも反応しなかったのに対し、マストミスについては抗α−または抗π−ヒトGST抗体と反応することが認められた。しかし、それらマストミスのバンドには、μまたはπクラスGSTの既知N末アミノ酸配列と一致する配列が見出されたが、αクラスGSTと一致する配列は認められなかった。以上の結果から、マストミスについては、従来より認められていたげっ歯類動物のαクラスGSTとは異なる性質を持つGSTがAFB1に対する高いグルタチオン抱合化活性を担うものと推定された。

 以上、本研究により、げっ歯類動物の動物種差に着目したGSTによるAFB1の解毒の特徴が明らかにされたことから、審査委員一同は、この論文が学位論文(獣医学)として価値があるものと認めた。

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