学位論文要旨



No 117253
著者(漢字) 菊池,栄作
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,エイサク
標題(和) 16S rDNAの塩基配列を利用したヒト腸内に生息するClostridiumの検出・同定法の開発
標題(洋)
報告番号 117253
報告番号 甲17253
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2449号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
 東京大学 助教授 原澤,亮
 理化学研究所微生物系統保存施設 室長 辨野,義巳
内容要旨 要旨を表示する

 Clostridiumはヒト腸管内に生息する優勢菌であり、ヒトの健康に多大な影響を与えている。Clostridium属に所属する菌群は、分類学上多様性に富んでおり、菌の形態学的特徴および生物・生化学的性状所見による従来の分類の再検討の必要性が生じた。近年、細菌のDNA内保存領域である16S rDNA塩基配列を標的としたclusterという概念を用いた再分類が精力的に進められている。これまで腸管内に生息するClostridiumを検出するには、培地を用いて菌を分離し、菌の形態や生物・生化学的性状所見により同定する手法が用いられてきたが、従来の方法により腸管内におけるClostridiumの生態を把握することは多くの時間と労力を要し、また高度な技術と経験が必要とされた。近年、腸管内に生息する菌の検出に分子生物学的手法が導入され、16S rDNA塩基配列を標的としたプライマーを用いたPCR法による菌の検出法の開発が進んでおり、現在Clostridium perfringens、C. difficile、そしてC. clostridiiformeに対する菌種特異的プライマーの報告がある。

 今回ヒト腸管内に多く生息し、分類学的、生態学的および機能学的に重要であり、なおかつ多くのclusterに所属するClostridium 13菌種を選択し、それらに対する菌種特異的プライマーの作製を行い、ヒト糞便から分離した菌株の菌種を同定する方法およびヒト糞便からPCR法を用いて直接Clostridium 13菌種を検出する方法の開発を行った。

 第一章にて、選択したヒト腸管内に多く生息するClostridium 13菌種に対する菌種特異的プライマー、CIPER(C. perfringens)、CIBUT(C. butyricum)、CIPAR(C. paraputrificum)、CIBIF(C. bifermentans)、CIDIF(C. difficile)、CISOR(C. sordellii)、CICLO(C. clostridiiforme)、CINEX(C. nexile)、CISPH(C. sphenoides)、CIIND(C. indolis)、CIINN(C. innocuum)、CIRAM(C. ramosum)、CICOC(C. cocleatum)を作製した。全てのプライマーに関して、アニーリング温度(60℃)をはじめ、PCRの諸条件を統一することが出来、PCR法で同時にClostridium属13菌種の検出が可能となった。

 続いて、プライマーの特異性の確認を標的としたClostridium属13菌種の基準株、参照株(group 1)、group 1の13菌種以外のClostridium属菌種の基準株(group 2)、ヒト腸内に生息するClostridium属以外の菌群(group 3)、そしてヒト糞便から分離し、菌の形態学的特徴や生物・生化学的性状所見により同定を行ったClostridium分離株(group 4)を用いて行った。Group 1、2において、10種類のプライマー(CIPER、CIPAR、CIDIF、CISOR、CINEX、CISPH、CIIND、CIINN、CIRAM、CICOC)を用いたPCRで、プライマーが標的とした菌種の基準株および参照株にのみバンドが出現した。PCR法でバンドが出現しなかったClostridium butyricum JCM 7838、C. clostridiiforme NCTC 7155については、それぞれの菌種の基準株との16S rDNA塩基配列の相似度が97%未満であり、両菌株はそれぞれC. butyricum、C. clostridiiformeと同種ではないと考えられた。また、やはりPCR法でバンドが出現しなかったC. bifermentans NCTC 6927、C. bifermentans NCTC 6929については、16S rDNA塩基配列の相似度は97%以上であったが、DNA-DNAホモロジーは70%未満であり、両菌株ともにC. bifermentansと同種ではないと考えられた。今後、PCR法においてバンドが出現しなかったこれらの菌株の系統分類学的な位置付けを検討する必要がある。Group 3、4において、CIBUT、CISOR、CIINNプライマーを用いたPCR法で、菌の形態および生物・生化学的性状により、それぞれのプライマーが標的とした菌種と同定されなかったいくつかの菌株で非特異的なDNAの増幅が確認されたが、それらはPCR産物のサイズにより、プライマーが標的とした菌種と判別が可能であった。また、Group 4においてPCR法でバンドが出現しなかった菌株Clostridium clostridiiforme Q-34、C. nexile F-17、C. nexile J-13、C. indolis Q-34、C. difficile K-8については、プライマーが標的とした菌種の基準株との16S rDNA塩基配列の相似度は全ての菌株で97%未満であり、菌の形態および生物・生化学的性状所見により同定を行った結果と異なる同定結果を得た。以上より13種類全てのプライマーで高い特異性が確認され、PCR法でプライマーが標的とした菌種を容易に同定することが可能と考えられた。

 第二章では、ヒト腸内に生息するClostridium属菌の生態を正確に把握するために、第一章で作製したプライマーを用いて、直接ヒト糞便から菌を検出するための前段階として、多くのPCR阻害物質が存在するヒト糞便から、直接Clostridium属菌のDNAを抽出する方法の検討を行った。Benzyl chloride法、N-acetylmuramidase法、Guanidine isothiocyanate法、Heat denatured法、Beads法、そしてBeads+Benzyl chloride法を用いてヒト糞便からのDNA抽出効率の比較、検討を行った。その結果、Beads+Benzyl chloride法が最も高いDNA抽出効率を示した。Clostridiumの細胞壁は強固であり、物理学的手法および化学的手法を併用しなければ、十分なDNA抽出効率は望めないことが強く示唆された。また、プライマーが標的とする菌種が存在しない糞便に既知量の菌液を接種して、Beads+Benzyl chloride法を用いてDNAを抽出し、CIPER、CIBUT、CIPAR、CIDIFプライマーを用いてPCRをおこなったところ、ヒト糞便1g中に標的とした菌が104個程度存在すれば、菌が検出可能であることが明らかになった。

 第三章では、実際にヒト糞便を用いて、作製したプライマーを用いたPCR法およびnested PCR法を実施して菌の検出を行い、培養法による菌の検出結果と比較を行った。その結果、従来の培養法よりもPCR法は菌の検出感度が高いこと、さらにnested PCR法を実施すれば、菌の検出感度が飛躍的に上昇することが判明した。

 また、ヒト糞便から分離した菌株に関して、プライマーを用いたコロニーPCR法と従来の菌の形態学的特徴および生物・生化学的性状所見を用いて同定を行ったところ、それぞれの同定結果がほぼ一致し、プライマーの特異性および信頼性を改めて確認することが出来た。

 以上の結果より、ヒト腸管内に生息するClostridium属菌を、Beads+Benzyl chloride法を用いてヒト糞便から抽出したDNAをテンプレートとし、菌種特異的プライマーを用いたPCR法またはnested PCR法を実施すれば、ヒト糞便から直接菌種レベルで検出することが可能である。また、分離菌株の同定手段として、プライマーを用いたコロニーPCR法は十分に使用出来ると考えられる。PCR法は簡便かつ短時間で菌を検出、同定することが可能であり、今回作製したプライマーは、様々な菌が混在するヒト腸管内におけるClostridiumの生態の解明に大きく寄与するものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 Clostridiumはヒト腸管内に生息する優勢菌の一つであり、ヒトの健康に多大な影響を与える。また、Clostridium属に所属する菌群は、分類学上多様性に富んでおり、近年、細菌の16S rDNA塩基配列を元したclusterという概念を用いた再分類が進展している。これまで腸管内に生息するClostridiumを検出するには、培地を用いて菌を分離し、菌の形態や生物・生化学的性状所見により菌種を同定する手法が用いられてきたが、従来の方法を用いて腸管内のClostridiumの生態を把握するには、多くの時間と労力を要し、また高度な技術と経験が必要とされる。

 今回ヒト腸管内に多く生息し、分類学的、生態学的および機能学的に重要であり、なおかつ多くのclusterに所属するClostridium 13菌種(C. perfringens、C. butyricum、C. paraputrificum、C. bifermentans、C. difficile、C. sordellii、C. clostridiiforme、C. nexile、C. sphenoides、C. indolis、C. innocuum、C. ramosum、C. cocleatum)を選択し、それらに対する菌種特異的プライマーの作製を行い、ヒト糞便から分離した菌株の菌種を同定する方法およびヒト糞便からPCR法を用いて直接Clostridium 13菌種を検出する方法の開発を行った。本論文は3章から構成され、各章の要約は以下のとおりである。

 第一章では、選択したヒト腸管内に多く生息するClostridium 13菌種に対する菌種特異的プライマーを作製した。続いて標的としたClostridium属13菌種の基準株、参照株31株(Group 1)、group 1の13菌種以外のClostridium属菌種の基準株9株(Group 2)、ヒト腸管内に生息するClostridium属以外の菌群25株(Group 3)、そしてヒト糞便から分離し、菌の形態学的特徴や生物・生化学的性状により同定を行ったClostridium分離株20株(Group 4)を用いて、作製したプライマーの特異性の確認を行った。Group 1において、菌の形態および生物・生化学的性状により、各プライマーが標的とした菌種と同定された菌株でバンドが出現しなかった菌株があったが、それらの菌株とプライマーが標的とした菌種の基準株との16S rDNA塩基配列の相似度あるいはDNA-DNAホモロジーを測定したところ、それぞれ97%未満、70%未満であった。Group 2において、全てのプライマーについて、PCR法でバンドは出現しなかった。Group 3、4において、菌の形態および生物・生化学的性状により、それぞれのプライマーが標的とした菌種と同定されなかったいくつかの菌株で非特異的なDNAの増幅が確認されたが、それらの菌株はPCR産物のサイズにより、プライマーが標的とした菌種と判別が可能であった。また、Group 4においてPCR法でバンドが出現しなかった菌株は、プライマーが標的とした菌種の基準株との16S rDNA塩基配列の相似度は全ての菌株で97%未満であり、菌の形態および生物・生化学的性状により同定を行った結果と異なる同定結果であった。以上の結果より、13種類全てのプライマーで高い特異性が確認され、PCR法でプライマーが標的とした菌種を容易に同定することが可能と考えられた。

 第二章では、ヒト腸管内に生息するClostridium属菌の生態を把握するために、第一章で作製したプライマーを用いて、直接ヒト糞便から菌を検出するための前段階として、多くのPCR阻害物質が存在するヒト糞便から、直接Clostridium属菌のDNAを抽出する方法の検討を行った。Benzyl chloride法、N-acetylmuramidase法、Guanidine isothiocyanate法、Heat denatured法、Beads法、そしてBeads+Benzyl chloride法を用いてヒト糞便からのDNA抽出効率の比較、検討を行った。その結果、Beads+Benzyl chloride法が最も高いDNA抽出効率を示した。また、プライマーが標的とする菌種が存在しない糞便に既知量の菌液を接種して、Beads+Benzyl chloride法を用いてDNAを抽出してPCR法をおこなったところ、ヒト糞便1g中に標的とした菌が104個程度存在すれば、菌が検出可能であることが明らかになった。

 第三章では、実際にヒト糞便で作製したプライマーを用いたPCR法および一度16S rDNAを増幅した後に菌種特異的プライマーを用いるnested PCR法を実施して糞便から直接菌の検出を行い、培養法による菌の検出結果と比較した。その結果、従来の培養法よりもPCR法は菌の検出感度が高いこと、さらにnested PCR法は、菌の検出感度が飛躍的に上昇することが判明した。また、ヒト糞便から分離した菌株に関して、作製したプライマーを用いたPCR法による同定と従来の菌の形態学的特徴および生物・生化学的性状による同定を行ったところ、それぞれの同定結果がほぼ一致し、プライマーの特異性および信頼性を改めて確認することが出来た。

 以上、本論文は16S rDNA塩基配列を利用して作製したプライマーを用いて、分離菌株の同定およびヒト糞便から直接Clostridium属13菌種をPCR法またはnested PCR法により検出する方法を開発したことで、様々な菌が混在するヒト腸管内に生息するClostridiumの生態を簡便かつ短時間に明らかにすることが可能となったと考える。これらの知見は、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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