No | 117254 | |
著者(漢字) | 後藤,裕子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ゴトウ,ユウコ | |
標題(和) | ネコ免疫不全ウイルス感染症におけるウイルス動態に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the viral dynamics in feline immunodeficiency virus infection | |
報告番号 | 117254 | |
報告番号 | 甲17254 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第2450号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ネコ免疫不全ウイルス(FIV)は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)と同様レトロウイルス科レンチウイルス属に分類され、感染ネコにヒトのHIV感染症に類似したさまざまな免疫異常を引き起こすことが知られている。FIV感染症による免疫異常にはウイルスの感染とそれに伴うリンパ球減少症が深く関与していることが示唆されているが、両者の関連については未だ不明な点が多い。そこで本論文では、FIV感染症におけるウイルス動態に焦点をあて、その病態との関連について検討を行った。第1章ではFIV自然感染ネコ体内における血漿中ウイルスRNA量の変化について検討した。第2章ではFIV自然感染ネコにおけるリンパ球動態を検討することによりリンパ球減少症のメカニズムについて考察し、さらに血漿中ウイルスRNA量との関連について検討した。さらに第3章ではFIVの増殖を制御する新規治療法の開発を目的として、FIVのレセプターであるケモカインレセプターに対する新規アンタゴニストに関し、そのFIV増殖抑制効果について検討した。 FIV感染症の病期はHIV感染症と同様に、急性期(AP)、無症候キャリアー(AC)期、持続性リンパ節腫大(PGL)期、エイズ関連症候群(ARC)期および後天性免疫不全症候群(AIDS)期の5つに分類されている。これらの病期は臨床症状に基づいて分類されており、客観的な臨床マーカーがないことが問題となっている。そこで第1章では、FIV自然感染ネコにおける血漿中ウイルスRNA量の測定を行い、臨床病期および予後との関連について検討した。血漿中ウイルスRNA量はreal time sequence detecting systemによる簡便で感度の高い方法を用いて測定した。FIV自然感染ネコ33頭において測定を行った結果、血漿中ウイルスRNA量は臨床病期の進行に伴い上昇しており、とくにAIDS期のネコにおいて著しい高値を示した。また、血漿中ウイルスRNA量によってこれらの症例を2群にわけてそれぞれの生存期間を比較したところ、高ウイルス量群(≧106 copies/ml)の生存期間は低ウイルス量群(<106 copies/ml)の生存期間よりも有意に短いことが示された。さらに、8頭の症例について経時的に血漿中ウイルスRNA量を測定し、その推移と臨床症状の変化との関連を検討した。血漿中ウイルスRNA量は臨床症状が変化しなかった個体においてはほぼ一定に保たれていたのに対し、臨床症状の進行が認められた個体においては症状の進行に伴って上昇することが示された。本章の結果から、血漿中ウイルスRNA量は臨床病期を診断する臨床マーカーとして有用であり、臨床症状の進行や予後を判断する上で重要な情報を提供するものと考えられた。また、血漿中ウイルスRNA量の高値と臨床症状がよく相関していたことから、ウイルス増殖の活性化と臨床症状の発現の間には密接な関わりがあるものと考えられた。 FIV感染ネコにおける免疫不全症においてはリンパ球減少症が大きな役割を果たしていることが以前から知られていたが、リンパ球が減少するメカニズムおよびリンパ球減少症とウイルス増殖との関連については明らかにされていなかった。そこで第2章では、リンパ球が減少するメカニズムについて、リンパ球のアポトーシスとリンパ球の増殖の二つの側面からの検討を行い、それらと血漿中ウイルスRNA量との関連について検討した。FIV自然感染ネコにおける末梢血リンパ球のアポトーシス細胞率をDNA含量の測定によりフローサイトメーターで検討したところ、アポトーシス細胞率はARC期のネコにおいては上昇していたが、AC期のネコにおいては変化していないことが示された。一方、末梢血リンパ球の増殖細胞率をbromodeoxyuridine (BrdU)の取り込みによって検討したところ、AC期およびARC期のいずれのFIV感染ネコにおいても非感染ネコとの差は認められなかった。これらの結果から、AC期においてはリンパ球のアポトーシスおよびリンパ球の増殖のいずれも亢進していないため、両者は平衡を保っているものと考えられた。一方、ARC期においては、リンパ球の増殖は変化していなかったが、リンパ球のアポトーシスが亢進していることによってリンパ球減少が進行するものと考えられた。FIV感染症において、リンパ球数はAC期においては変化していないが、臨床症状の発現するARC期以降に減少することが臨床的に認められている。本章における結果は、ARC期以降において臨床的に認められるリンパ球減少症の機構を説明するものと考えられた。また、AC期の末梢血リンパ球においては、アポトーシス細胞率と増殖細胞率の間に正の相関が認められた。したがってリンパ球のアポトーシスに対する反応としてリンパ球増殖が起こっているものと考えられた。さらに、末梢血リンパ球におけるアポトーシス細胞率および増殖細胞率と血漿中ウイルスRNA量との関連を検討したところ、血漿中ウイルスRNA量とアポトーシス細胞率の間に相関は認められず、血漿中ウイルスRNA量と増殖細胞率との間に正の相関が認められた。本研究の結果から、FIV感染症におけるリンパ球減少症には、リンパ球増殖の低下でなく破壊の亢進が関与していること、またリンパ球細胞死のメカニズムとしてアポトーシスが重要であることが示唆された。さらに、これらリンパ球動態はウイルス動態と関連して変動していることが示され、抗ウイルス薬治療によってウイルス量を減少させることによりリンパ球減少を抑制阻止できる可能性が示唆された。 第1章および第2章の結果から、高い血漿中ウイルスRNA量が臨床症状、予後、およびリンパ球動態と関連していることが示され、FIV感染症においてウイルス増殖を抑制する治療法が臨床症状および予後の改善に有効である可能性が示唆された。しかし、これまでに開発されたほとんどの逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤などの抗ウイルス薬はFIVに対して明らかな抗ウイルス効果を持たないことが示されている。そこで第3章では、新規に開発されたCXCR4アンタゴニストのFIV増殖抑制効果について検討を行った。近年、HIV感染症のコレセプターの一つであるCXCR4がFIVのレセプターとしても機能していることが示され、さらにCXCR4のリガンドであるSDF-1がその競合拮抗作用によってFIVの増殖を抑制することが報告された。しかし、SDF-1は炎症性ケモカインであることから、生体内に投与することは非常に困難であると考えられている。そこで第3章では、生理活性を持たないCXCR4アンタゴニストであるT22およびその誘導体であるT134とT140のFIV増殖抑制効果について検討した。まず、CXCR4を発現しているネコのリンパ系細胞株(3201)を用い、抗CXCR4モノクローナル抗体の結合に対するT22の効果をフローサイトメトリーにより検討した。抗CXCR4抗体によって検出される蛍光強度はT22の添加によって明らかに低下したことから、T22が抗CXCR4抗体と競合拮抗的にネコCXCR4に結合することが示された。さらにネコTリンパ系細胞株であるKumi-1細胞にT22、T134、T140を添加した状態でFIV Sendai-1株(subtype A)を感染させたところ、3つのCXCR4アンタゴニストはいずれもそのウイルス増殖を抑制することが示された。FIV Yokohama株(subtype B)、およびFIV Shizuoka株(subtype D)を用いた場合にも、Sendai-1株と同様にKumi-1細胞におけるウイルス増殖はこれらCXCR4アンタゴニストの添加によって著しく抑制された。いずれのウイルス株を用いた場合にも、3つのアンタゴニストのなかではT22が最も高いFIV増殖抑制効果を有していることが示された。さらにT22のFIV増殖抑制効果は濃度依存的であった。本章の結果から、CXCR4アンタゴニストがFIV増殖抑制効果を有しており、その増殖抑制効果は日本に分布する主なsubtypeであるA、B、Dのいずれにおいても認められることが示された。したがって、T22は日本において分離されるFIV株のほとんどに対して増殖抑制効果を有しているものと予想され、抗FIV治療薬として有望であると考えられた。また、CXCR4はT細胞指向性HIVコレセプターとして利用されていることから、T22はHIV感染症の新規治療薬としても有望と考えられており、その開発に向けてネコにおけるFIV感染症の系が有用な動物モデルとなり得るものと考えられた。 本研究では、FIV感染症の病態についてそのウイルス動態の観点からの一連の検討を行った。第1章および第2章では、リンパ球減少症を主体とするFIV感染症の病態にウイルス動態が深く関与していることを明らかとし、第3章ではウイルス増殖の制御による新規治療法の確立に有用な知見を見い出した。本研究は、ネコにおけるFIV感染症ばかりではなくHIV感染症の制圧に向けて、有効な治療法確立のための重要な知見を提供するものと考えられる。 | |
審査要旨 | ネコ免疫不全ウイルス(FIV)は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)と同様レトロウイルス科レンチウイルス属に分類され、感染ネコにヒトのHIV感染症に類似したさまざまな免疫異常を引き起こすことが知られている。FIV感染症による免疫異常にはウイルスの増殖とそれに伴うリンパ球減少症が深く関与していることが示唆されているが、両者の関連については未だ不明な点が多い。そこで本論文では、FIV感染症におけるウイルス動態に焦点をあて、その病態との関連について検討を行った。 第1章では、FIV自然感染ネコにおける血漿中ウイルスRNA量の定量を行い、臨床病期および予後との関連について検討した。FIV自然感染ネコ33頭において測定を行った結果、血漿中ウイルスRNA量は、臨床病期の進行に伴い上昇しており、とくにAIDS期のネコにおいて著しい高値を示した。また、血漿中ウイルスRNA量によってこれら症例を2群に分けてそれぞれの生存期間を比較したところ、高ウイルス量群(≧106 copies/ml)の生存期間は低ウイルス量群(<106 copies/ml)の生存期間よりも有意に短いことが示された。さらに、8頭の症例について経時的に血漿中ウイルスRNA量を測定し、その推移と臨床症状の変化との関連を検討した。血漿中ウイルスRNA量は、臨床症状が変化しなかった個体においてはほぼ一定に保たれていたのに対し、臨床症状の進行が認められた個体においては症状の進行に伴って上昇することが示された。本章の結果から、血漿中ウイルスRNA量は、臨床病期を診断する臨床マーカーとして有用であり、臨床症状の進行や予後を判断する上で重要な情報を提供するものと考えられた。 第2章では免疫不全において大きな役割を果たすリンパ球減少のメカニズムについて検討した。末梢血リンパ球のアポトーシス細胞率と増殖細胞率の測定を行ったところ、AC期においてはリンパ球のアポトーシスとリンパ球の増殖はいずれも亢進していなかった。この両者が平衡を保っているためにAC期にはリンパ球の減少がほとんど認められないものと考えられた。一方、ARC期においてはリンパ球の増殖は変化していなかったが、リンパ球のアポトーシスが亢進していることが示された。その結果、両者の平衡が保たれないためにリンパ球減少が進行するものと考えられた。さらに、末梢血リンパ球におけるアポトーシス細胞率および増殖細胞率と血漿中ウイルスRNA量との関連を検討したところ、血漿中ウイルスRNA量はアポトーシス細胞率と相関しなかったが、増殖細胞率と正の相関をしめした。これらの結果から、FIV感染症におけるリンパ球動態はウイルス動態と関連して変動していることが示され、抗ウイルス薬治療によってウイルス量を減少させることによりリンパ球減少症を抑制できる可能性が示唆された。 第1章および第2章の結果から、ウイルス増殖の活性化は臨床症状や予後およびリンパ球動態と関連していることが示され、FIV感染症においてウイルス増殖を抑制する治療法が臨床症状および予後の改善に有効である可能性が示唆された。そこで第3章では新規治療薬の開発を目的とした基礎的研究を行った。近年、ケモカインレセプターであるCXCR4がFIVのレセプターとして機能していることが示され、さらにそのリガンドであるSDF-1が競合拮抗作用によってFIVの増殖を抑制することが報告された。しかし、炎症性ケモカインであるSDF-1を治療薬として生体内に投与することは困難である。本研究では、生理活性を持たないCXCR4アンタゴニストであるT22およびその誘導体であるT134、T140のFIV増殖抑制効果について検討した。T22、T134、T140を添加した状態でネコTリンパ系細胞株にFIVを感染させたところ、これら3つのCXCR4アンタゴニストはいずれもウイルス増殖を抑制することが示された。このFIV増殖抑制効果は日本に分布する主なFIV subtypeであるA, B, Dのいずれに対しても認められた。いずれのウイルス株を用いた場合にも、3つのアンタゴニストのなかではT22が最も高いFIV増殖抑制効果を有していた。本章の結果から、T22は日本において分離されるFIV株のほとんどに対して増殖抑制効果を有しているものと予想され、抗FIV治療薬として有望であると考えられた。また、CXCR4はT細胞指向性HIVのコレセプターとして利用されていることから、T22はHIV感染症の新規治療薬としても有望と考えられ、その開発に向けてネコにおけるFIV感染症の系が有用な動物モデルとなり得るものと考えられた。 以上、FIV感染症の病態についてそのウイルス動態の観点から一連の検討を行った本論文は、学問的に、また応用上価値ある論文であり、審査員一同は博士(獣医学)の学位論文に値するものと認めた。 | |
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