No | 117257 | |
著者(漢字) | 畠間,真一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハタマ,シンイチ | |
標題(和) | ネコフォーミーウイルスの分子生物学的研究 | |
標題(洋) | Molecular Biological Studies on Feline Foamy Virus | |
報告番号 | 117257 | |
報告番号 | 甲17257 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第2453号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | フォーミーウイルス(FV)は、レトロウイルス科・スプーマウイルス属に分類され、これまでにネコの他、ウシ、ヒト、チンパンジー、ゴリラ、ヒヒ、アフリカミドリザル、アザラシ、ハムスターなど多くの動物種に、その存在が報告されている。ネコフォーミーウイルス(FFV)は、1969年に喉咽頭癌のネコリンパ節初代培養細胞から初めて分離され、それ以来世界各国で分離報告がなされた。一般的な感染経路は、唾液や咬傷による個体間の水平感染と、胎盤を介した母子間での垂直感染である。ネコに対する病原性や他の病原因子との相互作用等は、これまでのところ報告されていない。FVに近縁のヒト内在性レトロウイルスの存在も報告されているが、ネコに存在するかは不明である。FFVは、ネコ腎臓由来株化細胞のCRFK細胞に感染すると、合胞体形成、細胞の泡状化(これが「フォーミー(泡)」の由来)など、細胞変性効果(CPE)を誘導するが、そのCPEから生き残る細胞も出現し、持続感染状態になる。このようにin vitroでは強力にCPEを誘導し、in vivoでは免疫系から終生排除されないにも関わらず病原性が見られないことは、FVの研究により、レトロウイルスの病原性発現機構を解明する上で、大きな手掛かりが得られると思われる。 近年、FV研究は分子レベルで急速に進みつつあり、レトロウイルス属に分類される他の科と多くの点で違うことが明らかになってきた。レトロウイルス科のウイルスは通常、感染性ウイルス粒子中にRNAのゲノムを持つが、FVはRNAゲノムではなく逆転写後のDNAゲノムをも持つ。またFVはレトロウイルス属の中で、ゲノムサイズが一番大きく、構造遺伝子の他にいくつかの調節遺伝子をもち、非分裂細胞にも感染するという特徴も持つ。一般に病原性が無く、非分裂細胞にも感染するという特徴は、FVが新しいレトロウイルスベクターの候補として、卓越した安全性と利便性を備えていることを示している。本研究では、FFVの持続感染機構の解明とFFVを骨格とした新しいレトロウイルスベクターシステムを構築することを目指して、転写機構の解析および感染性遺伝子クローンの作製を行った。 第一部 脱アセチル化酵素阻害剤(トリコスタチンA)によるFFV持続感染細胞からのウイルスの再活性化 FFVは、生体内で持続感染しており、感染したネコからは終生ウイルスが分離できる。一方、in vitroにおいては、FFV持続感染細胞株が樹立可能である。この持続感染機構を調べるために、FFV持続感染細胞株において、FFVの複製に影響を及ぼす因子について、3株(Coleman, S7801, Sammy-1)のFFVを用いて検討を行った。まずこれら3株をCRFK細胞に感染させ、生残細胞からそれぞれの株の持続感染細胞株を樹立した。これらを、ヒストンの脱アセチル化酵素特異的阻害剤であるトリコスタチンA (TA)とSodium Butyrate、脱メチル化剤である5-Azacytidineでそれぞれ薬剤処理したところ、TA処理によって3種類のFFV株の持続感染細胞のうち、Coleman株持続感染細胞においてCPEの誘導と、培養上清中へのウイルス産生量の濃度依存的増大が示された。一方、5-AzacytidineやSodium Butyrateで処理した場合には、いずれのウイルス株にも目立ったウイルス産生の上昇は見られなかった。また、ヒトフォーミーウイルス(HFV)を持続感染させたハムスター腎臓由来細胞株(BHK-21)に対しては、いずれの薬剤も効果を表さなかった。したがって、Coleman株の再活性化には、TA特異的なヒストンのアセチル化が影響することが確認された。さらにプロモーター領域の塩基配列を調べたところ、FFV 3株の内部プロモーター(IP)領域には大きな違いは認められなかったが、LTRのU3領域内にあるプロモーター領域(nt.615-641)では、Coleman株と比較して、S7801株やSammy-1株に17塩基対の欠損が見つかった。TAによるColeman株LTRの特異的活性化はβ−Galアッセイでも確認され、TA特異的なColeman株のウイルス産生増強作用には、この領域の関与が示唆された。以上の結果から、FFV持続感染細胞からウイルスの再活性化には、少なくともヒストンのアセチル化とU3プロモーターの配列が影響していることが推察された。 第二部 FFV急性感染および持続感染における遺伝子発現の比較 FFV持続感染機構の更なる解明を目指して、急性感染、持続感染およびTAによる再活性化状態での各遺伝子の発現パターンを比較した。これまでの報告(Meiering et al., 2001)では、急性感染でLTRプロモーターおよびIPの両ウイルスプロモーターが活性化されているのに対し、持続感染では高いIP活性を保持したままLTRプロモーター活性だけが下がると考えられていた。これは、異なる細胞株を用いてプロモーター活性を比較した結果であるため、同じ細胞株(CRFK)で急性感染細胞と持続感染細胞を作製し、転写産物の発現パターンを調べたところ、以前の報告とは異なる結果が得られた。LTRプロモーターに由来する10.5、8.9、7.6および5.6kbのmRNAは、いずれの感染細胞でも強く発現していたが、IPに由来する2.6、2.2および2.0kbのmRNAは、持続感染細胞での発現が抑えられていることが分かった。これは、持続感染ではIP活性が抑制されていることを意味している。また、TAによる持続感染細胞からのウイルス発現の増強は、IPの活性化を特徴とした急性感染状態への移行ではなく、持続感染のRNA発現パターンを維持したままゲノムに挿入されたLTRプロモーターを直接活性化することによると考えられた。持続感染細胞では、IPに由来する遺伝子翻訳産物の発現も減少しており、このことからもIP活性の抑制が確認された。さらに、pol、env mRNAの発現パターンにも、急性感染と持続感染で違いが見られたことから、FFVの急性感染と持続感染では複製システムに違いがある可能性が示唆された。これらFFVの転写および翻訳パターンの違いは、in vivoにおけるFFVの急性感染と、それに続く持続感染の複製システムの違いを表していると考えられる。 第三部 FFV感染性クローン及びHFVとのEnv組換えウイルスの作製と塩基配列の決定 FFV複製システムの解明と、ウイルスベクターへの応用を目指して、感染性FFV遺伝子クローンの作製と塩基配列の決定を行った。FFV Coleman株持続感染CRFK細胞から抽出したDNAをもとに、FFV特異的プライマーペアを用いたLA-PCRを行い、5' LTR-gag-pol、env-bel-3' LTRおよび全長をコードする3種類の遺伝子をクローニングした(pSKY1.0、pSKY2.0およびpSKY3.0)。またFFV S7801株全長をコードするプラスミドも同様に作製し(pSKY5.0)、全塩基配列を決定した。pSKY3.0およびpSKY5.0は、11,694および11,660塩基をコードし、予想される各遺伝子産物をFFV FUV株と比較したところ、約82〜97および83〜97%と高い相同性を示し、HFV-N株とは約18〜60および34〜60%であった。各プラスミドはCRFK細胞に導入後、TA処理を行うことで感染性ウイルスクローンを効率良く回収でき、pSKY1.0とpSKY2.0を同時に導入した場合、導入後4日目に103TCID50/mlのウイルスクローンが回収された。一方、全長をコードするpSKY3.0またはpSKY5.0を用いた場合には、導入後3日目に、>106、>103TCID50/mlの高力価のウイルスをそれぞれ回収することが出来た。さらに、pSKY3.0のenvおよびbel-1の5'側一部を含む領域をHFVの相同遺伝子と組換えたプラスミド(pSKY4.0)を作製し、BHK-21細胞でのウイルス発現を調べたところ、105TCID50/mlのウイルスを回収できた。ウイルス発現は、培養細胞におけるCPEの他、PCR、ウエスタンブロッティングによっても確認した。SKY3.0およびSKY4.0は、それぞれCRFK、BHK-21細胞でのみ明瞭なCPEを形成するが、in vitroでの感染性は広い宿主域にわたることが示された。またSPFネコに接種後30日で、血清中にGagに対する抗体価と、末梢血リンパ球からgag、env、bel-1に対する特異的遺伝子が検出された。したがってこれらは、in vivoにおいても複製可能であることが示唆された。 本研究によって、ヒストンのアセチル化は、FFV Coleman株持続感染細胞からのウイルス発現を増加させることが示された。また、FFVの急性感染システムおよび持続感染システムの違いは、FFVゲノムに存在する2種類のプロモーター(LTRとIP)の活性化パターンに大きく表れていたが、TAをFFV持続感染細胞に作用させた場合に、急性感染の複製システムへ復帰しないことが示された。一方、TAを用いることでFFV DNAクローンから効果的に感染性ウイルス粒子を回収することが可能となり、今後FFV転写システムの解明を行う上で有用なツールになると思われる。近年、FVによる遺伝子導入用ベクターの高い潜在能力が報告されており、本研究がレトロウイルスベクターの安全性と利便性の向上にも大きく貢献できるものと考えている。 | |
審査要旨 | ネコフォーミーウイルス(FFV)は、非病原性レトロウイルスであり、分裂細胞だけでなく非分裂細胞にも感染し、宿主ゲノムへウイルス遺伝子を挿入することから遺伝子治療用ベクターとしての応用が期待されている。しかし、内在性レトロウイルスによって自己増殖性ウイルスが出現する可能性や、有効な感染性ウイルスクローンが樹立されていない点等が問題となっている。本研究は、FFVを骨格とした新しいレトロウイルスベクターシステムを構築することを目指して、持続感染機構の解明、転写機構の解析および感染性遺伝子クローンの作製を行った。論文の内容は、以下の3章より構成される。 第1章 脱アセチル化酵素阻害剤(トリコスタチンA)によるFFV持続感染細胞からのウイルスの再活性化 FFVの持続感染状態からウイルス再活性化に影響を及ぼす因子について検討するために、in vitroでのFFV持続感染モデルを作製し、3種類のアセチル化剤またはメチル化剤を培養上清に添加した。ヒストンの脱アセチル化酵素阻害剤であるトリコスタチンA(TA)をFFV持続感染細胞に添加した場合に、FFV Coleman株のLTRプロモーターが活性化され、持続感染細胞から培養上清中へウイルス産生量が濃度依存的に増大することが示された。しかし、5-AzacytidineやSodium Butyrateでは目立った効果が見られなかった。ヒストンのアセチル化によるFFVの再活性化はColeman株に特異的であり、S7801株やSammy-1株、ヒトフォーミーウイルス(HFV)では効果的ではなかった。ウイルス株間で薬剤感受性に違いが認められた原因には、LTRプロモーター内の欠損領域(nt. 615-641)や、Gagの開裂様式の違いが関与する可能性が示された。 第2章 FFV急性感染および持続感染における遺伝子発現の比較 FFV転写機構の解明を目指して、急性感染状態、持続感染状態およびTA添加による再活性化状態での各遺伝子の発現パターンを比較した。転写産物の解析から、それぞれの感染細胞では特徴的なmRNA発現パターンが示された。その転写パターンを元に、急性感染ではウイルスゲノム内に存在が報告されている2種類のプロモーター(LTRプロモーター:LTRと内部プロモーター:IP)の両方が活性化されるのに対して、持続感染ではIPの活性が特徴的に低下していることが考えられた。このことは、翻訳産物の解析によっても確かめられた。またTA添加によるウイルスの再活性化は、細胞の形態的には急性感染状態へ移行しているにも関らず、実際には持続感染の転写パターンを維持したままゲノムに挿入されたLTRが直接活性化されていることがわかった。本研究によって、in vivoにおけるFFVの急性感染状態とそれに続く持続感染状態では異なる複製機構を利用する可能性が示された。 第3章 FFV感染性クローン及びHFVとのEnv組換えウイルスの作製と塩基配列の決定 FFVをウイルスベクターへ応用することを目指して、感染性FFV遺伝子クローンの作製と塩基配列の決定を行った。FFV Coleman株感染性クローン(pSKY3.0)およびS7801株感染性クローン(pSKY5.0)は、それぞれ11,694および11,660塩基をコードし、プロトタイプであるFUV株と高い相同性を示した。両プラスミドはCRFK細胞に導入後、TA処理を行うことで感染性ウイルスクローンが効率良く回収され、導入後3日目に、それぞれ>106、>103TCID50/mlの高力価のウイルスを産生した。また、pSKY3.0のenvおよびbel-1の5'側一部を含む領域をHFVの相同遺伝子と組換えたプラスミド(pSKY4.0)は、BHK-21細胞へ導入後TA処理を行うことで、105TCID50/mlのウイルスを産生した。SKY3.0およびSKY4.0は、それぞれCRFK、BHK-21細胞でのみ明瞭なCPEを形成するが、in vitroでの感染性は広い宿主域にわたることが示された。またSPFネコに接種後30日で、血清中にGagに対する抗体価と、末梢血リンパ球からgag、env、bel-1に対する特異的遺伝子が検出された。したがってこれらは、in vivoにおいても複製可能であることが示唆された。 以上本論文は、FFVの転写機構の解明と感染性ウイルスクローンの樹立に成功しており、今後レトロウイルスベクターの安全性と利便性の向上にも大きく貢献できるものと考えている。従って審査委員一同は、本論分が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。 | |
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