学位論文要旨



No 117259
著者(漢字) 藤原,俊介
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,シュンスケ
標題(和) イヌの免疫疾患におけるTh1/Th2サイトカインブロファイルに関する研究
標題(洋) Studies on Th1/Th2 cytokine profiles in dogs with immunologic diseases
報告番号 117259
報告番号 甲17259
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2455号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 中山,裕之
 東京大学 助教授 大野,耕一
内容要旨 要旨を表示する

 マウスのクローン化CD4+ヘルパーT細胞(Th)は、そのサイトカイン産生パターンから、機能的に異なる2種類のサブセットに分類できることが1986年にMosmannらにより報告された。Th1細胞はIL-2、IFN-γ、TNF-βを主に産生して細胞性免疫の誘導に関与し、Th2細胞はIL-4、IL-5、IL-6を主に産生し、体液性免疫の活性化に関与する。これらのサブセットはその後ヒトにおいても存在することが確認され、現在では種々の疾患においてTh1/Th2バランスの不均衡が存在することが報告されている。例えば、アレルギーや全身性の自己免疫疾患はTh2優位な状態にあり、逆に臓器特異的な自己免疫疾患はTh1優位であることが多い。近年ヒトにおいては、これらの疾患におけるTh1/Th2バランスの不均衡を是正するような治療法が検討されている。一方イヌでは、免疫異常による疾患が臨床的に大きな問題になっているにも関わらず、それらのサイトカインプロファイルに関してはほとんど研究が行われていない。そこで本論文では、イヌの種々の免疫疾患におけるTh1/Th2サイトカインプロファイルを明らかにするため、第1章では炎症性腸疾患(IBD)の自然発症例における粘膜面でのサイトカインプロファイルの検討を行い、次いで第2章ではアトピー性皮膚炎(AD)の自然発症例における末梢血単核球(PBMC)でのサイトカインプロファイルの検討を行い、さらに第3章ではヒトのスギ花粉症の動物モデルである実験的スギ抗原感作犬における末梢血単核球(PBMC)でのサイトカインプロファイルの検討およびDNAワクチンがTh1/Th2バランスに及ぼす効果の検討を行った。

 IBDは慢性消化器症状を示すイヌにおいて高頻度に認められる疾患であり、その発生には粘膜面での免疫学的な異常が存在することが示唆されているが、その病因は未だ明らかではない。ヒトにおけるIBDは潰瘍性大腸炎(UC)とクローン病(CD)の二つに大別され、粘膜面でのサイトカインプロファイルの解析から、UCはTh2型、CDはTh1型の疾患であることが示唆されている。そこで第1章では、イヌのIBDの自然発症例における粘膜面でのサイトカインプロファイルの検討を行った。内視鏡下で得た十二指腸粘膜サンプルにおける各種サイトカインのmRNAの発現量をreal-time PCRによって定量したところ、IBD症例においては健常犬と比較してIL-6のmRNAの発現量が有意に増加しており、IFN-γとTGF-β1のmRNAの発現量が有意に減少していた。また、IL-1とIL-5のmRNAの発現はIBD症例において増加傾向にあった。さらに、健常犬では認められないIL-4のmRNAの発現が、IBD症例の13頭中2頭で検出された。これらの結果から、イヌのIBDの粘膜面においてはTh2型の免疫応答が主体であることが示され、そのサイトカインプロファイルはヒトのUCにおけるものと類似していた。さらに経口免疫寛容に重要なサイトカインであるTGF-β1のmRNAの発現が低下していたことから、その病態に免疫寛容の破綻が存在することが示唆された。近年、ヒトのIBDに対する抗サイトカイン療法に注目が集まっており、イヌのIBDにおいて抗サイトカイン療法を開発する上において、本章の結果はきわめて有用な知見を提供するものと思われる。

 ADは皮膚における環境中のアレルゲンに対するI型過敏症であり、イヌでもヒトと同様に慢性皮膚炎の主要な原因となっている。イヌおよびヒトにおいて、ADの感作抗原としてはハウスダストマイト(HDM)が最も高頻度に認められている。第2章では、HDMに自然感作されたイヌのAD症例におけるPBMCのTh1/Th2サイトカインプロファイルを検討した。分離直後のPBMCにおける各種サイトカインのmRNAの発現を定量したところ、AD症例においては健常犬と比較してTNF-αのmRNAの発現が有意に低下していた。IL-4のmRNAの発現はAD症例12頭中1頭でのみ認められ、健常犬では認められなかった。次に、これら症例から分離したPBMCをHDM抗原存在下および非存在下で24時間培養し、各種サイトカインのmRNAの発現を定量したところ、AD症例の9頭中7頭において抗原特異的なIL-4の発現誘導が認められた。これらの結果から、イヌのADのPBMCにおいては抗原特異的なIL-4の産生が認められ、本疾患が全身的なTh2型の免疫反応による疾患であること、および末梢血中に抗原特異的なTh2細胞が存在することが示された。TNF-αの発現低下の理由は不明であるが、ヒトのADにおいても同様な所見が認められているため、イヌのADに特異的なものではないと思われた。以上のことから、イヌのADに関与する免疫反応が明らかになると同時に、イヌのADはヒトのADの良い自然発症モデルとなるものと考えられた。

 スギ花粉症はスギ花粉抗原に対するI型過敏症であり、ヒトでは季節性のアレルギー性鼻炎および結膜炎が高頻度に認められる。イヌにおいてはアトピー性皮膚炎の症例の約10%がスギ花粉抗原によって感作されていることが報告されており、自然感作および実験感作によるスギ感作犬はヒトのスギ花粉症の動物モデルとして注目されている。そこで第3章では、実験的にスギ花粉抗原によって感作したイヌにおいて、PBMCにおけるサイトカインプロファイルを測定するとともに、スギ花粉抗原のDNAワクチンがTh1/Th2サイトカインバランスに及ぼす影響を検討した。分離直後のPBMCにおける各種サイトカインmRNAの発現をreal-time PCRによって定量したところ、実験的感作犬においては健常犬と比較してIL-8とTNF-αのmRNAの発現量が有意に増加しており、IFN-γmRNAの発現量が有意に減少していた。さらに、実験的感作犬および健常犬のPBMCをスギ花粉抗原存在下で24時間培養し各種サイトカインのmRNAの発現を定量したところ、実験的感作犬でのみIL-4 mRNAの発現が誘導された。また、実験的感作犬においては健常犬と比較してIL-2のmRNAの発現量が有意に増加していた。実験的感作犬では炎症性サイトカインであるIL-6およびTNF-αのmRNA量が培養後に有意に減少しており、IL-4による炎症性サイトカインの抑制が示唆された。次に、実験的感作犬を3群に分け、スギ花粉抗原の主要アレルゲンであるCryj1の遺伝子を導入したDNAワクチンを高用量あるいは低用量で毎月1回計5回投与し、遺伝子を導入していないDNAワクチンを投与したコントロール群を設定した。PBMCにおけるIL-4とIFN-γのmRNA量を比較したところ、各群間における明らかな発現の違いは認められなかった。以上の結果より、この実験的感作モデルにおいては抗原特異的にリンパ球の増殖とTh2型反応が起こっているものと思われた。また、分離直後のPBMCにおいて単球由来の炎症性サイトカインのmRNAが増加していたことから、恒常的に単球が活性化しているものと思われた。抗原特異的なIgEの存在や皮内反応の陽性化に加えて、抗原特異的なIL-4の産生が確認されたことから、この実験的感作モデルはヒトのスギ花粉症研究の良い動物モデルになるものと思われた。DNAワクチンによるTh1サブセットの誘導は本研究では認められなかった。今後は、実験的感作の方法についてさらに検討を進めるとともに、DNAワクチンの臨床応用に向けたさらなる研究が必要であるものと考えられた。

 本研究では、イヌの免疫疾患におけるTh1/Th2サイトカインプロファイルに関する一連の研究を行った。第1章ではIBDの病態を理解するために重要な所見を明らかにし、第2章および第3章ではアレルギー性疾患のサイトカインプロファイルを解明した。最近になって、リーシュマニア感染犬におけるTh1サブセットの存在が報告され、今回の研究結果と合わせて考えた場合、イヌにおいてもヒトやマウスと同様のTh1/Th2サブセットが存在することが示唆された。また、これらのイヌの免疫疾患においてヒトの類似疾患と同様のサイトカインプロファイルを認めたことから、サイトカインおよびサイトカインレセプターを標的とした治療法の開発において、イヌの免疫疾患はヒトの免疫疾患の好適な動物モデルとなり得る可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

 マウスやヒトのCD4+ヘルパーT細胞(Th)は、そのサイトカイン産生パターンから、機能的に異なる2種類のサブセットに分類できる。Th1細胞はIL-2、IFN-γ、TNF-βを主に産生して細胞性免疫の誘導に関与し、Th2細胞はIL-4、IL-5、IL-6を主に産生し、体液性免疫の活性化に関与する。ヒトでは種々の免疫疾患においてTh1/Th2バランスの不均衡が存在することが報告されており、このTh1/Th2バランスの不均衡を是正するような治療法も検討されている。一方イヌでは、免疫異常による疾患が臨床的に大きな問題になっているにも関わらず、それらのサイトカインプロファイルに関してはほとんど研究が行われていない。

 そこで本論文の第1章では、イヌの炎症性腸疾患(IBD)症例における粘膜面でのサイトカインプロファイルの検討を行った。内視鏡下で得た十二指腸粘膜サンプルにおける各種サイトカインmRNAの発現量をreal-time PCRによって定量したところ、IBD症例においては健常犬と比較してIL-6 mRNAの発現量が有意に増加しており、IFN-γとTGF-β1のmRNAの発現量が有意に減少していた。また、IL-1とIL-5のmRNAの発現はIBD症例において増加傾向にあった。さらに、健常犬では認められなかったIL-4のmRNAの発現が、IBD症例の13頭中2頭で検出された。これらの結果から、イヌIBDの粘膜面においてはTh2型の免疫応答が主体であることが示された。さらに、イヌのIBDにおいては経口免疫寛容に重要なサイトカインであるTGF-β1のmRNAの発現が低下していたことから、その病態に免疫寛容の破綻が存在することが示唆された。今後、イヌのIBDにおいて抗サイトカイン療法を開発する上で、本章の結果はきわめて有用な知見を提供するものと思われる。

 第2章では、ハウスダストマイト(HDM)に自然感作されたイヌのアトピー性皮膚炎(AD)症例から分離した末梢血単核球(PBMC)のTh1/Th2サイトカインプロファイルを検討した。分離直後のPBMCにおける各種サイトカインのmRNAの発現を定量したところ、AD症例においては健常犬と比較してTNF-αのmRNAの発現が有意に低下していた。IL-4のmRNAの発現はAD症例12頭中1頭でのみ認められ、健常犬では認められなかった。次に、これら症例から分離したPBMCをHDM抗原存在下および非存在下で24時間培養したところ、AD症例の9頭中7頭において抗原特異的なIL-4の発現誘導が認められた。これらの結果から、イヌのADにおいては末梢血中に抗原特異的なTh2細胞が存在することが示され、イヌのADはヒトのADの良い自然発症モデルとなるものと考えられた。

 第3章では、実験的にスギ花粉抗原によって感作したイヌにおいて、PBMCにおけるサイトカインプロファイルを解析するとともに、スギ花粉抗原のDNAワクチンがTh1/Th2サイトカインバランスに及ぼす影響を検討した。分離直後のPBMCにおける各種サイトカインmRNAの発現を定量したところ、実験的感作犬においては健常犬と比較してIL-8とTNF-αのmRNAの発現量が有意に増加しており、IFN-γmRNAの発現量が有意に減少していた。さらに、実験的感作犬および健常犬のPBMCをスギ花粉抗原存在下で24時間培養したところ、実験的感作犬でのみIL-4mRNAの発現が誘導された。また、実験的感作犬においては健常犬と比較してIL-2のmRNAの発現量が有意に増加していた。次に、実験的感作犬にスギ花粉抗原の主要アレルゲンであるCryj1の遺伝子を組み込んだDNAワクチンを高用量あるいは低用量で投与した群およびCryj1遺伝子を含まないDNAワクチンを投与したコントロール群について、PBMCにおけるIL-4とIFN-γのmRNA量を比較したが、各群間における有意な発現量の相違は認められなかった。以上の結果より、この実験的感作モデルにおいては抗原特異的なTh2型反応が起こっていることが示され、ヒトのスギ花粉症研究の良い動物モデルになるものと思われた。しかし、本研究ではDNAワクチンによるTh1型反応の誘導は認められず、DNAワクチンの臨床応用に向けたさらなる研究が必要であるものと考えられた。

 以上、イヌの免疫疾患におけるTh1/Th2サイトカインプロファイルに関する本論文は、学問的に、また応用上価値ある論文であり、審査員一同は博士(獣医学)の学位論文に値するものと認めた。

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