学位論文要旨



No 117260
著者(漢字) 峯畑,健一
著者(英字)
著者(カナ) ミネハタ,ケンイチ
標題(和) サイトカインによる造血発生の制御
標題(洋) Regulation of hematopoietic development by cytokines
報告番号 117260
報告番号 甲17260
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2456号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 今川,和彦
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 助教授 稲葉,睦
 東京大学 助教授 田中,智
内容要旨 要旨を表示する

<序文>

個体の発生のなかで、造血細胞は欠かすことのできない存在であり、その発生、分化は他の多くの細胞分化に先駆けて解明されてた。これらの造血細胞は、胎仔期の大動脈−精巣−中腎領域(aorta-gonad-mesonephros region/AGM region)から発生し、胎仔肝で増殖、後に脾臓および骨髄に造血の場が移行することが知られています。この造血発生および、造血組織での血液細胞の増殖、分化は、様々な因子によって制御されていることが多くの研究者によって明らかにされている。今論文では、AGM領域を用いた初代培養と、その初代培養に必須の因子であるオンコスタチンMの遺伝子欠損マウスを用いることにより、それぞれの因子の造血に関する役割を解析した。

<M-CSFのAGM培養での造血における役割>

機能的なM-CSFの産生を欠いた変異マウスであるOP/OPマウスを用いてAGM分散培養を行った。OP/OPマウスのAGM分散培養において血球細胞は未分化な状態に維持されており、wild typeのマウスに比べてCFU-Mixコロニーが増加していることが観察された。さらに、造血に関与するサイトカインの産生について、OP/OPマウスのAGM分散培養系の付着細胞を用いて解析を行ったところ、IL-6,LIF,OSM,G-CSFの産生が下がっていることを確認した。このOP/OPAGM培養系にM-CSFの添加を添加すると、産生される血球細胞の分化はwild typeと同程度に促進される。このことは、血球分化に必要なサイトカインがM-CSFによって誘導されないためにサイトカインが作用できず、血球の分化の阻害が起こったのではないかと考えられた。

 血球分化に必要なサイトカインの産生低下以外に、ヘマンジオブラストからの血球/血管分化という観点にたって考えると、この培養系において血管内皮細胞への分化に影響が観察することができる可能性が考えられた。このヘマンジオブラストから血管内皮細胞分化を検討するため、血管内皮細胞のマーカーであるFlk-1,VE-cad,ICAM-2の発現をOP/OPマウスのAGM培養系の付着細胞について解析した。その結果、Flk-1,VE-cadや他の血管内皮細胞のマーカーの発現が低下している一方で、血管内皮の正常な分化に必要と考えられるVEGFの受容体のひとつであるFlt-1の発現や血管内皮に特有に起こるアセチル化LDLの取り込みに関しては変化がなかった。このことからOP/OPマウスにおいて血管内皮様のクラスターの形成は認められたが、その分化が部分的に阻害されていると考えられた。実際に野生型のAGM培養系に可溶性のFlt-1を強制発現させた場合、産生されてくる血球細胞が、より未分化な状態に維持されていることが観察された。これはヘマンジオブラストからの血球/血管分化にVEGFの作用が影響していることを示唆するものであると考えられる。実際に、VEGFをこの培養系に添加すると、可溶性Flt-1を強発現したときとは逆に、未分化な血球によるコロニー形成の低下が見られた。また、AGM分散培養系の血管内皮細胞のクラスターに多く発現しているpodocalyxin-like protein-1 (PCLP-1)を発現している細胞とストローマ細胞であるOP9細胞との共培養させることにより、M-CSFの存在下、非存在下において、血管内皮細胞の分化を検討したところ、M-CSFは、血管の成熟に促進的に働くとがしめされた。さらに細胞染色およびRT-PCRの解析により、このヘマンジオブラストを含むと考えられるPCLP-1陽性の細胞集団は、M-CSFの受容体であるc-fmsを発現していることを明らかとした。これらの事実から、野生型のAGM分散培養系において、M-CSFが直接的にヘマンジオブラストに作用し、VEGFとFlk-1の相互作用を増強させ、血管内皮の分化が進行していくというモデルを考案することができた。

<オンコスタチンM(OSM)遺伝子欠損マウスを用いた造血に関するOSMの機能>

上記のように、AGM領域での造血過程の一面を再現することができる培養系で必須であるOSMの遺伝子欠損マウス解析した。

このマウスは生後も生存しており、外見上異常な点は発見できなかった。しかしながら、このマウスの末梢血を解析したところ、赤血球数および血小板数の減少が見られ、他のIL-6サイトカインファミリーには見られない異常であった。さらに、骨髄中の赤血球の前駆細胞であるCFU-Eの減少、および血小板の前駆細胞である巨核球の減少も認められた。これとは反対に、脾臓における造血は未分化な段階から促進されており、髄外造血がこのマウスにおいて亢進していることが示唆された。造血細胞は、造血組織中に存在する造血支持細胞と相互作用することによって、その増殖や分化が制御されていることが知られている。OSMが直接造血細胞に作用しているわけ打破ないことがわかったため、この遺伝子欠損マウスにおいてみられる赤血球系の異常は、このストローマ細胞を介している可能性がある。事実、OSM遺伝子欠損マウスの骨髄におけるCFU-F(造血支持細胞の個数をはかる指標)が増加していること、また、脂肪蓄積を行う条件で培養した場合に、野生型よりも脂肪蓄積しやすいことなどから、骨髄中の造血支持細胞の細胞集団やその性質が変化していることが示唆された。

また、OSMの受容体であるOSMRβが巨核球細胞上に発現していることから、血小板産生にはOSMは直接関与していると考えられる。

このようにOSMは胎仔期の造血発生においては、培養系で見られるような重要な役割が相補されてしまうと考えられるが、成体での正常な造血を行うために、特に血小板や赤血球の産生において重要な役割があり、造血支持細胞を介してその役割を果たしていると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、AGM領域の初代培養系を用いたマウス胎仔の造血発生におけるサイトカインの関与について述べられている。また、この初代培養系において、造血細胞の増幅にOncostatin M (OSM)が必須である。このサイトカインのin vivoにおける造血への関与を解明するために、遺伝子欠損マウスを用いて解析した。

 まず始め(第3章)に、成体型造血の起源であるAGM (aorta-gonad-mesonephros)領域の初代培養系を用いて、造血発生におけるM-CSFの作用とそのメカニズムについて述べられている。M-CSFを欠いたマウス(op/opマウス)を用いて、AGM領域の初代培養を行ったところ、未分化な血液細胞が多く含まれていた。付着細胞から産生される造血サイトカインの低下が認められる一方で、この培養系で存在する血液細胞と血管内皮細胞の共通前駆細胞であるへマンジオブラストでの、Flk-1,VE-cad,ICAM-2の発現が低下していた。VEGFの受容体であるFlk-1を阻害した場合、op/opマウスで見られた場合と同様に、未分化な血液細胞が増加していた。さらに、ヘマンジオブラストと考えられる細胞集団にM-CSFを作用させると、より成熟した血管内皮細胞へと分化することから、M-CSFはAGM初代培養において、Flk-1の発現を調節することによって、VEGFの作用を二次的に調節しており、血液細胞の増幅、正常な分化を支えていることが明らかとなった。

 次に第4章では、先に述べた初代培養系において、造血細胞の増幅に必須な遺伝子であるOSMの遺伝子欠損マウスの解析を行っている。この遺伝子欠損マウスは、培養系で得られた様な知見とは一致せず、生後も正常に発達することがわかった。しかしながら、このマウスの骨髄における造血は、正常個体に比べて、赤血球系の前駆細胞と巨核球系の細胞集団の低下が認められた。OSMの受容体であるOSMRβは、巨核球系の細胞に発現していることから、巨核球の発生に対しては、直接的に作用していることが考えられた。一方で、赤血球系の細胞に対して、OSMは増殖やコロニー形成に作用しないことがわかった。このことから、赤血球系の細胞に対して、OSMは骨髄支持細胞を介して作用していることが予想された。実際、OSMは骨髄から得られた付着細胞に対して、増殖、あるいは増殖阻害作用があることが認められている。さらに、OSM遺伝子欠損マウスのCFU-Fが増加や脂肪を蓄積するような薬剤に対して感受性が上昇しているといった異常が認められている。

また、一方で第二の造血組織である脾臓においては、正常マウスよりもその造血は亢進しており、骨髄での造血低下によって二次的に髄外造血が亢進していることが示唆された。この様な現象は、他のIL-6サイトカインファミリーの遺伝子欠損マウスで認められている異常とは微妙に違っており、OSMのin vivoでの造血作用が、他のファミリーのサイトカインと違っていることを示唆している。

 造血系に異常を持つ遺伝子欠損マウスや変異マウスを用いた解析は、その原因となる組織の同定や、分子メカニズムに関して未だ不明な点が多い。論文提出者は初代培養系を用い、成体型造血の起源であるAGM領域における造血機構に対するin vitroでのM-CSFの作用機構について解明した。また、IL-6サイトカインファミリーの一つであるOSMの遺伝子欠損マウスを用いて、その造血に関する作用をin vivoで解明した。この様に、論文提出者が行った研究から得られた知見は、血液学の分野に大きく貢献するものと考えられる。

 なお、本論文の第3章の内容は、向山洋介、関口貴志、原孝彦、宮島篤との共同研究として、Bloodに発表したが、本研究においては論文提出者が主体となって実験および考察を行っている。同様に、第4章の内容は、竹内眞樹、関根圭輔、関口貴志、平林陽子、井上達、Peter J. Donovan、原孝彦、宮島篤との共同研究として、投稿準備をしているが、論文提出者が主体となって行った実験である。従って、論文提出者の寄与が十分であると判断し、博士(獣医学)の学位を授与できると認める。

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