学位論文要旨



No 117261
著者(漢字) 茂木,一孝
著者(英字)
著者(カナ) モギ,カズタカ
標題(和) シバヤギを用いた成長ホルモンパルス発生機構の神経内分泌学的解析
標題(洋)
報告番号 117261
報告番号 甲17261
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2457号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 教授 澤崎,徹
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 助教授 山内,啓太郎
内容要旨 要旨を表示する

 成長ホルモン(GH)は、体成長促進や代謝調節、乳汁分泌促進など多様な生理作用を持つホルモンである。GHは下垂体から末梢血中へ種に固有のパターンで律動的に、すなわちパルス状に分泌されているが、GHの生理作用の発現はそのパルスパターンに依存している。そのため、GHパルス発生機構を明らかにすることは、GHの分泌異常に起因する病態の解明や、GHによる資源動物の機能制御法の開発にとっても極めて重要である。GHの分泌には視床下部から下垂体門脈へと分泌される神経ペプチドであるGH放出ホルモン(GHRH)とソマトスタチン(SRIF)が大きな役割を果たしており、GHパルスは前者による促進的作用と後者による抑制的作用の相反的な制御の結果として発生するものと想定されている。しかしながら、下垂体門脈からの連続的な採血が困難であること、GH分泌がストレスにより容易に抑制されることなどから、GHRH、SRIFの分泌動態とGHパルスとの関係は依然として明確ではない。さらに近年、GHの分泌が脳内、あるいは消化管由来の多くのペプチドにより影響を受けることが明らかになってきている。なかでも、視床下部における摂食促進因子として同定されたニューロペプチドY(NPY)がGH分泌抑制作用をもつことや、GH分泌促進作用をもつ合成ペプチドとして開発されてきたGHセクレタゴーグ(GHS)の受容体に対する内因性リガンドとして胃から単離されたグレリンが摂食促進作用を併せもつことなどが明らかとなり、摂食とGH分泌との関係が改めて注目されている。また、やはりGH分泌促進作用をもつ神経ペプチドとして知られるガラニンの視床下部での発現が脂肪食負荷で高まることが報告され、GHパルスが消化管からの情報や体内の栄養環境により修飾を受け、代謝の合目的的制御に与っている可能性が考えられている。

 本論文は、脳脊髄液を連続的に採取して神経ペプチドの動態を経時的にモニターできる中型実験動物であるシバヤギを用いて、本モデル動物のGHパルスの特徴を解析するとともに、複数の神経ペプチドの分泌動態とGHパルスとの関係を検討することにより、GHパルスの発生機構や修飾機構を解明することを目的としたものである。本論文は5章から構成され、第1章では上記のような本研究の背景と目的を論じた後、第2章から第4章まで以下のような実験を行い、第5章において総合的な考察を行った。

 第2章においては、雄シバヤギにおけるGHの分泌動態を詳細に解析し、さらに春期発動後の去勢、あるいはGHS、アスパラギン酸(Asp)の静脈内投与がGH分泌へ及ぼす影響を検討した。頸静脈に留置したカニューレより15分毎に24時間に渡って採血を行い、血中GH濃度を測定した結果、雄シバヤギにおける典型的なGH分泌は約5時間間隔で規則的に発生する20 ng/ml以上の振幅をもつ大きなGHパルス(ラージパルス)と、その間に存在する約1時間間隔の小さなピーク(スモールパルス)から構成されることが明らかとなった。去勢によって両パルスの間隔には変化は見られなかったが、個々のラージパルスの振幅が増加し、持続時間が短縮した。しかし、各パルスの曲線下面積は変化しなかった。このようにラージパルスの形状はアンドロジェンの影響を受けており、去勢による代謝の変化には直接的なアンドロジェン作用の欠失とともに、GHのパルスパターンの変化が関与していることが考えられた。なお、無処置雄、去勢雄ともに、少数例ながらスモールパルスの規則性は維持されているもののラージパルスが5時間よりも短い間隔で頻発した個体や、あるいは逆にラージパルスが全く認められない個体もあり、ラージパルスは栄養状態やストレスなど個体の置かれた状況を反映していることが示唆された。

 GHSとAspの静脈投与によっては、投与直後に大きなGHパルスが発生するとともに、その約5時間後に次のラージパルスが発生した。つまりラージパルスのリズムがリセットされることが明らかとなった。これらの結果は、血中のグレリンやアミノ酸など末梢からの情報がラージパルスの発生リズムを規定する因子として大きな役割を果たしていることを示唆している。

 第3章においては、第3脳室に留置したカニューレから脳脊髄液を15分毎に採取してGHRH、SRIF及びNPYの濃度を測定し、GHパルスや摂食との関連を検討した。まず、GHRHとSRIFの動態を解析した結果、両者はほぼ同期して約1時間間隔でパルス状に脳脊髄液中に放出されていることが明らかとなった。また、全てのGHパルスの83%はSRIFの下降期に発生していた。これらのことから、GHのスモールパルスはSRIFのGH分泌抑制作用の解除によるリバウンド現象によって誘起されることが示唆された。GHRHはGH合成促進作用などを介して、下垂体のGH分泌能を維持していることが考えられた。

 一方、NPYはGHRH、SRIFとは異なる分泌動態を示し、その基底レベルが約2.5時間周期で上下動を繰り返していることが明らかとなった。また、NPY分泌の上昇と自発的な摂食行動がほぼ同期していることが初めて明らかとなり、この結果はNPYが生理的な摂食促進因子であることを強く支持するものである。さらに、GHのラージパルスとNPYの減少が同期していることが明らかとなった。ラージパルスが約5時間間隔で発生する典型例では、NPYの減少が常にラージパルスの発生を伴っているわけではなかったが、ラージパルスが5時間より短い間隔で発生するような個体では、NPY分泌が減少する毎にGHラージパルスが発生していた。NPYはGH分泌に対して抑制的に作用することが知られていることから、NPYの抑制解除がラージパルスを誘起することが示唆された。また、これらの結果より、摂食制御系とGH分泌制御系はリンクしており、食間期にGHラージパルスを発生させ代謝の恒常性を維持するような仕組みが存在することが考えられた。

 第4章においては、上述のようにGH分泌抑制作用をもつNPY、またGH分泌促進因子として知られるグレリンとガラニンを第3脳室内に投与し、脳脊髄液中の神経ペプチド、及び血中GHの動態を解析し、それらの作用機構を検討した。NPYを第3脳室内に投与したところ、脳脊髄液中のGHRH濃度は顕著に上昇したが、SRIF濃度には特に変化は認められなかった。また、血中GH濃度にも明確な変化は見られず、ラージパルスの発生もNPY投与後には抑制されていた。したがって、NPYはSRIFを介さず下垂体に対して直接に作用してGH分泌を抑制する一方、GHRHを介してGHの分泌能自体は維持しているという2面的な作用を有することが示唆された。

 グレリン及びガラニンはともにGH分泌を促進したが、グレリンのGH分泌促進活性は投与後1時間の積算値にしてガラニンの約10倍と強力なものであった。両者はGHRH分泌を同程度促進したが、SRIF分泌には影響しなかった。しかし、ガラニンが脳脊髄液中へのNPY分泌を顕著に促進したのに対し、グレリンはNPY分泌に影響しなかったことから、両者のGH分泌促進活性の差にはNPYが関与していることが示唆された。第2章におけるGHSの効果と併せて考えると、グレリンは消化管からの情報を視床下部へ伝達し、その強力なGH分泌促進活性でラージパルスのリズムの形成に関与していることが考えられた。一方、ガラニンはおそらく末梢の脂質代謝などの情報を仲介し、GHパルスを修飾していることが考えられた。

 以上、本論文の研究により、雄シバヤギにおけるGHパルスはそれぞれ約5時間、1時間を周期とするラージパルス、スモールパルスから構成され、特にラージパルスの発生はアンドロジェンやアミノ酸などの影響を受けており、GHの生理作用の発現に重要であると考えられた。また、GHRHとSRIFは約1時間間隔で同期して放出され、GHのスモールパルス発生に関与していることが示唆された。一方、NPYの放出は約2.5時間周期の変動を示し、上昇期は摂食行動と、下降期はラージパルス発生と同期しており、栄養摂取と内分泌環境が協調的に制御されていることが示唆された。ただ、NPYの下降期に常にラージパルスが発生するのではないことから、ラージパルスの5時間周期を形成するにはさらに他の因子の関与が必要であると考えられ、今後の検討課題として残された。さらに、ラージパルスのリズムの形成には消化管からの情報や末梢の栄養環境がグレリンやガラニンなどのペプチドを介して影響を与えており、代謝の恒常性維持に貢献していることが示唆された。本研究で得られた知見はシバヤギのみならず哺乳類一般へと適用できるものと考えられ、ヒトにおける低身長や肥満の治療、資源動物における成長促進や乳量増進などにも貢献できるものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 成長ホルモン(GH)は、体成長促進や代謝調節、乳汁分泌促進など多様な生理作用を持つホルモンである。GHは下垂体からパルス状に分泌され、GHの生理作用の発現はそのパルスパターンに依存しているため、パルス発生機構を明らかにすることは、GHの分泌異常に起因する病態の解明や、GHによる資源動物の機能制御法の開発にとっても極めて重要である。GHパルスはGH放出ホルモン(GHRH)による促進的作用とソマトスタチン(SRIF)による抑制的作用の相反的な制御の結果として発生するものと想定されているが、両者の分泌動態とGHパルスの関係は依然として明確ではない。さらに近年、摂食促進因子として同定されたニューロペプチドY (NPY)がGH分泌抑制作用をもつことや、GH分泌促進作用をもつGHセクレタゴーグ(GHS)の受容体に対する内因性リガンドとして胃から単離されたグレリンが摂食促進作用を併せもつことなどが明らかとなり、摂食とGH分泌との関係が注目されている。本論文は、脳脊髄液を採取して神経ペプチドの動態を経時的にモニターできる中型実験動物であるシバヤギを用いて、GHパルスの発生機構や修飾機構を解明することを目的としたものである。本論文は5章から構成され、第1章では上記のような本研究の背景と目的を論じた後、第2章から第4章まで以下のような実験を行い、第5章において総合的な考察を行っている。

 第2章においては、雄シバヤギにおけるGHの分泌動態を詳細に解析し、さらに去勢、あるいはGHS、アスパラギン酸(Asp)の静脈内投与がGH分泌へ及ぼす影響を検討した。その結果、雄シバヤギにおける典型的なGH分泌は約5時間間隔で規則的に発生する大きなGHパルス(ラージパルス)と、その間に存在する約1時間間隔の小さなピーク(スモールパルス)から構成されることが明らかとなった。去勢によって両パルスの間隔には変化は見られなかったが、個々のラージパルスの振幅が増加し、持続時間が短縮した。GHSとAspの静脈投与によっては、投与直後に大きなGHパルスが発生するとともに、その約5時間後に次のラージパルスが発生し、ラージパルスのリズムがリセットされることが明らかとなった。

 第3章においては、脳脊髄液を採取してGHRHとSRIFの動態を解析した結果、両者はほぼ同期して約1時間間隔でパルス状に脳脊髄液中に放出されていることが明らかとなり、GHのスモールパルスはSRIFのGH分泌抑制作用の解除により誘起されることが示唆された。一方、NPYは約2.5時間周期で上下動を繰り返し、その上昇と自発的な摂食行動が同期し、減少とGHのラージパルスが同期していることが明らかとなり、NPYの抑制解除がラージパルスを誘起することが示唆された。また、摂食制御系とGH分泌制御系はリンクしており、食間期にGHラージパルスを発生させ代謝の恒常性を維持するような仕組みが存在することが考えられた。

 第4章においては、GH分泌抑制作用をもつNPY、またGH分泌促進因子として知られるグレリンとガラニンを第3脳室内に投与し、それらの作用機構を検討した。NPYを第3脳室内に投与したところ、脳脊髄液中のGHRH濃度は顕著に上昇したが、SRIF濃度には特に変化は認められなかった。グレリン及びガラニンはともにGH分泌を促進したが、グレリンのGH分泌促進活性はより強力なものであった。両者はGHRH分泌を同程度促進したが、SRIF分泌には影響しなかった。しかし、ガラニンが脳脊髄液中へのNPY分泌を顕著に促進したのに対し、グレリンはNPY分泌に影響しなかったことから、両者のGH分泌促進活性の差にはNPYが関与していることが示唆された。

 以上、本論文の研究により、雄シバヤギにおけるGHパルスはそれぞれ約5時間、1時間を周期とするラージパルス、スモールパルスから構成されていることが明らかとなった。また、GHRHとSRIFは約1時間間隔で同期して放出され、GHのスモールパルス発生に関与していることが示唆された。一方、NPYの放出は約2.5時間周期の変動を示し、上昇期は摂食行動と、下降期はラージパルス発生と同期しており、栄養摂取と内分泌環境が協調的に制御されていることが示唆された。さらに、ラージパルスのリズムの形成には消化管からの情報や末梢の栄養環境がグレリンやガラニンなどのペプチドを介して影響を与えており、代謝の恒常性維持に貢献していることが示唆された。本研究で得られた知見はヒトにおける低身長や肥満の治療、資源動物における成長促進や乳量増進などにも貢献できるものと考えられ、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものとして認めた。

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