No | 117262 | |
著者(漢字) | 森本,啓子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モリモト,ケイコ | |
標題(和) | 硬膜外鎮痛を用いた周術期疼痛管理の評価法に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 117262 | |
報告番号 | 甲17262 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第2458号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 疼痛は生体の防御機構の一つであるが、術後の疼痛はその程度が高度であり、手術からの回復を遅らせたり、不安や恐怖、循環動態の変化など生体に悪影響を及ぼす。そのため、周術期の動物の疼痛管理は獣医学領域においても極めて重要な課題である。 最近、獣医学領域においてもオピオイドを含む様々な薬剤を用いた術後鎮痛法が開発され、応用されている。それらの中で、オピオイドや局所麻酔薬を硬膜外に投与する硬膜外鎮痛が、少量の薬剤で長時間の鎮痛効果を得ることができ、かつ副作用も少ないことから本邦においても臨床応用が始められている。しかし、モルヒネなどの麻薬はその取り扱いに免許を必要とするなどの規制があり、広く普及するにはいたっておらず、代替法の開発が急がれている。 一方、動物の疼痛管理法の開発には、その疼痛のレベルや鎮痛法の効果を評価することが極めて重要である。しかし、動物の疼痛の評価は非常に難しく、これまでにも動物の姿勢や行動のスコアリング、血中コルチゾール濃度、心拍数や血圧などの測定が試みられてきたが、未だその方法は充分には確立されていない。 手術侵襲による疼痛によって自律神経系を介し、呼吸、循環、代謝が反射性に変化することは良く知られている。手術に対する生体の反応は自律神経系機能の変化と非常に密接に相関しているため、自律神経系機能の変化を測定することによって、動物における疼痛レベルや硬膜外に投与した薬剤の鎮痛効果を評価できる可能性がある。最近、心電図データを用いた心拍の間隔の解析から、自律神経系機能の変動を評価する心拍変動解析の有用性が報告されている。心拍変動解析は、心電図の記録が非侵襲的で簡便であることから、これによって自律神経系機能の変化を解析することが可能になれば、疼痛や鎮痛薬の効果を自律神経系機能の変動を通して知ることができ、動物の新しい周術期の疼痛管理のための評価法になり得るものと思われる。しかし、現在のところ心拍変動解析を用いた自律神経系機能の変化により、動物の疼痛や鎮痛効果の評価を行った報告はない。 このような背景から、本論文ではまずラットを用い、体性痛および内蔵痛の評価法を応用してブピバカインとブプレノルフィンを単独または組み合わせて用いた場合の硬膜外鎮痛の効果を、モルヒネと比較して評価した。次に、安定した鎮痛効果を示したモルヒネの硬膜外投与について、心拍変動解析を用いた自律神経の変化とその鎮痛効果との相関を検討した。次にラットにおいて長期的な自律神経系の変化を見るため、テレメトリーシステムを用いて意識下および軽手術を行った場合の、硬膜外鎮痛が自律神経系機能に与える影響を検討した。これらの結果をもとに、犬の実際の手術症例に対し、同様の心拍変動解析を行い、自律神経系の変化を検討し、この方法が術後疼痛の評価法として使用できるか否かについて考察した。 第1章では、序論として、術後鎮痛の重要性と硬膜外鎮痛法について、および疼痛評価法、手術侵襲による自律神経系機能の変化、本研究の目的について述べた。 第2章では、オスのSprague-Dawleyラット(350-550g)(N=7)を用いて体性痛の評価法としてすでに確立されているTF(Tail-flick)testおよび内臓痛の評価法としてのCD(Colorectal distension)testにより、局所麻酔薬のブピバカイン(62.5、125、250、500μg/kg)、本邦では非規制のオピオイドであるブプレノルフィン(5、10μg/kg)、モルヒネ(100μg/kg)、さらにブピバカイン(125μg/kg)とブプレノルフィン(5、10μg/kg)の組み合わせの4種の薬剤を硬膜外投与し、これらの鎮痛効果について、投与後2時間まで測定した。 その結果、モルヒネ、ブピバカインとプブレノルフィンの組み合わせを投与した群では、いずれも投与後から対照としての生理食塩水投与群(生食群)と比較して有意な鎮痛効果が発現し、その効果は測定時間内は持続した。また、モルヒネおよびブピバカイン(125μg/kg)とブプレノルフィン(10μg/kg)の組み合わせについてはさらに長時間である12時間後まで測定を行い、その鎮痛効果について検討した。その結果モルヒネ投与群では、高い鎮痛効果が120分間持続し、その後緩やかに鎮痛効果が減弱した。これらの結果から、非規制のブプレノルフィンと局所麻酔薬ブピバカインの組み合わせは、モルヒネと同等な鎮痛効果を示すが、その鎮痛持続時間からすると、モルヒネ単独投与が好ましいという成績が得られた。 次に、ラットの自律神経系の変化を心拍変動解析によって検討した。その結果、TF testと同様の熱による体性痛刺激では、交感神経系の一過性の興奮(体性−交感神経反射)が起こった。モルヒネ硬膜外投与群では、投与後60分で体性痛刺激による交感神経の興奮は抑制され、投与後90分以降では交感神経系の活動自体も抑制されることが明らかとなった。これらの結果から、体性痛刺激に伴う自律神経系の変化は、モルヒネ投与による鎮痛効果の発現と関連して変動すると考えられ、心拍変動解析が鎮痛効果の評価法として有用である可能性が示唆された。 一般に手術後の鎮痛を考えると、さらに長時間の効果発現が要求される。そのときの鎮痛効果の評価が心拍変動解析によって可能か否かを評価するため、第3章においては、同様のラットでテレメトリーシステムを用い、長時間(投与後96時間)の測定を行った。まず硬膜外鎮痛に用いた薬剤自体のラットに及ぼす影響を検討するために、あらかじめテレメータ送信器を設置したラットを用いて、意識下で硬膜外に鎮痛薬投与を行った。その結果、心拍変動解析による自律神経系の成分で、薬剤の硬膜外投与によって有意に変化したものはなく、意識下での硬膜外への鎮痛薬投与によっては自律神経系機能に変化は起こらないことが示唆された。 さらに、テレメータ送信器設置という軽手術後にこれらの硬膜外鎮痛薬の投与を行った場合についてみると、硬膜外にモルヒネを投与した群では生食群と比較して、HFが高く、LF/HFが低くなっており副交感神経系が優位になっていると考えられた。このことは、術後に硬膜外へ投与したモルヒネなどの鎮痛薬によって交感神経系の抑制が出現した可能性を示唆する。しかし、このような副交感神経系優位な状態は、意識下で硬膜外鎮痛を行った場合には見られなかったことから、手術に対する生体反応として生じた交感神経系の興奮状態下で、モルヒネやブピバカイン・ブプレノルフィンの硬膜外投与は、交感神経系を抑制し副交感神経系を優位にする働きがあると考えられた。 これらの結果から、第4章ではより侵襲の大きい実際の犬の臨床手術症例を用いて手術ならびにその時の硬膜外鎮痛の自律神経系への影響を検討した。まず、前投与薬、吸入麻酔、硬膜外鎮痛薬の自律神経系への影響を検討するため、実験犬を用い、麻酔のみを行った場合の変化をホルター心電計を用いて記録したデータをもとに解析した。その結果、アトロピンを前投薬として投与した群(MB-At-OI)では、前投薬投与から抜管後2時間までは副交感神経系の活動を反映するHFが有意に減少していたが、それ以降は他群と有意差はなかった。硬膜外にモルヒネあるいはブピバカインとブプレノルフィンを投与した群(MBM-OI, MB-bupi+bupr-OI)では、鎮痛薬を投与していない群(MB-OI)とほとんど同様の自律神経系機能の変動パターンを示した。このことから、前投薬や硬膜外鎮痛薬の違いによっては自律神経系へ及ぼす影響にほとんど差がないと考えられた。 次に同様の方法で実際の手術症例犬を対象に、術後の自律神経系機能の変化を検討した。その結果、術後にブトルファノールの筋肉内投与を行ったMB-OI-but群では、術後にHF成分が減少しLF/HFが上昇していることから、交感神経系が優位になっていたと考えられ、鎮痛が十分ではなかったことが示唆された。薬剤の硬膜外投与を行ったMBM-OI, MB-bupi+bupr-OI群では、術後にHF成分が上昇しLF/HFが減少していることから、副交感神経系優位になっていたと考えられ、術後疼痛による交感神経系への刺激がこれらの硬膜外鎮痛によって抑制されたものと考えられた。また、ブピバカイン・ブプレノルフィンの硬膜外投与は、モルヒネとほぼ同等の鎮痛効果を示すことが示唆された。 これらの結果から、心拍変動解析によって得られる各成分は、前投与薬や基礎吸入麻酔の自律神経系に対する直接的な影響はあるものの、術後の疼痛や硬膜外鎮痛の自律神経系機能に与える影響を反映しており、術後の疼痛程度の評価法として応用できる可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 疼痛は生体の防御機構の一つであるが、術後の疼痛は、手術からの回復を遅らせたり、不安や恐怖、循環動態の変化など生体に悪影響を及ぼす。これらの抑制のために種々の鎮痛法が開発されてきたが、それらの中でオピオイドや局所麻酔薬による硬膜外鎮痛は、少量の薬剤で長時間の鎮痛効果を得ることができ、かつ副作用も少ないことから注目されている。しかし、モルヒネなどの麻薬はその取り扱いに規制があり、本邦では広く普及するにはいたっておらず、代替法の開発が急がれている。 一方、動物の鎮痛法の開発には、その効果の評価が極めて重要であるが、動物の疼痛の評価は非常に難しく、これまでにも動物の姿勢や行動のスコアリング、血中コルチゾール濃度、心拍数や血圧などの測定が試みられてきたが、未だその方法は充分には確立されていない。 最近、心電図データを用いた心拍の間隔の解析から、自律神経系機能の変動を評価する心拍変動解析の有用性が報告されている。心拍変動解析は、心電図の記録を基にしており、これによって疼痛や鎮痛薬の効果を自律神経系機能の変動から解析できれば非侵襲的で実施の容易な評価法になり得るものと思われる。 このような背景から、本論文ではまず第2章において雄のSprague-Dawleyラットを用い、体性痛および内臓痛の評価法を応用し、種々の濃度のブピバカインとブプレノルフィンを単独または組み合わせて用いた場合の硬膜外鎮痛効果を、モルヒネ(100μg/kg)と比較して評価した。 その結果、モルヒネ、ブピバカインとプブレノルフィンの組み合わせを投与した群では、いずれも投与後から対照とした生理食塩水投与群(生食群)と比較して有意な鎮痛効果が発現し、その効果は投与後2時間持続した。また、モルヒネおよびブピバカイン(125μg/kg)とブプレノルフィン(10μg/kg)の組み合わせについてはさらに12時間後まで測定を行い、その鎮痛効果について検討した。その結果、非規制オピオイドであるブプレノルフィンと局所麻酔薬ブピバカインの組み合わせは、モルヒネと同等な鎮痛効果を示すが、その鎮痛持続時間はモルヒネより短いことが示された。 次に、ラットの自律神経系の変化を心拍変動解析によって検討した。その結果、熱による体性痛刺激では、交感神経系の一過性の興奮(体性−交感神経反射)が起こった。モルヒネ硬膜外投与群では、投与後60分で体性痛刺激による交感神経の興奮は抑制され、投与後90分以降では交感神経系の活動自体も抑制されることが明らかとなった。これらの結果から、体性痛刺激に伴う自律神経系の変化は、モルヒネ投与による鎮痛効果の発現と関連して変動すると考えられ、心拍変動解析が鎮痛効果の評価法として有用である可能性が示唆された。 第3章においては、ラットにテレメータ送信器を外科的に装着し、まず硬膜外鎮痛に用いた薬剤自体のラットに及ぼす影響を検討するために、意識下で硬膜外に鎮痛薬投与を行った。その結果、心拍変動解析による自律神経系の成分で有意に変化したものはなく、意識下での硬膜外への鎮痛薬投与によっては自律神経系機能に変化は起こらないことが示唆された。 さらに、テレメータ送信器設置という軽手術後にこれらの硬膜外鎮痛薬の投与を行った場合についてみると、硬膜外にモルヒネやブピバカイン・ブプレノルフィンを投与した群では、副交感神経系が優位になっていた。このことは、これらの硬膜外鎮痛によって交感神経系の抑制が出現した可能性を示唆した。 これらの結果から、第4章では実際の犬の臨床手術症例を用いて手術ならびにその時の硬膜外鎮痛の自律神経系への影響を検討した。まず、各薬剤の自律神経系への影響を検討するため、実験犬を用い、犬に広く用いられているミダゾラム・ブトルファノールを前投与し、イソフルランの吸入麻酔を行い、併せて硬膜外鎮痛を行ったときの心拍変動解析をホルター心電計を用いて記録したデータをもとに実施した。その結果、前投与薬や硬膜外鎮痛薬の違いによる自律神経系への影響にはほとんど差がないと考えられた。 次に実際の手術症例犬を対象に、術後の自律神経系機能の変化を検討した。その結果、同麻酔法で手術を行い術後にブトルファノールの筋肉内投与を行った群では、術後に交感神経系が優位になっていたと考えられ、鎮痛が十分ではなかったことが示唆された。モルヒネあるいはブピバカイン・ブプレノルフィンの硬膜外投与を行った群では、術後に副交感神経系優位になっており、術後疼痛による交感神経系への刺激がこれらの硬膜外鎮痛によって抑制されたものと考えられた。また、これらの解析からブピバカイン・ブプレノルフィンの硬膜外投与は、モルヒネとほぼ同等の鎮痛効果を示すことが示唆された。 以上の成績から、心拍変動解析によって得られる各成分は、術後疼痛や硬膜外鎮痛の自律神経系機能に与える影響をよく反映しており、術後疼痛程度ならびに鎮痛法の評価法として十分に応用できる可能性が示唆された。 以上要するに、本研究は犬に対する新しい硬膜外鎮痛法を開発し、同時にその鎮痛効果の評価法としての心拍変動解析の有用性を示したものであり、学術上、応用上、その貢献は少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の論文として価値あるものと認めた。 | |
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