学位論文要旨



No 117263
著者(漢字) 矢来,幸弘
著者(英字)
著者(カナ) ヤギ,ユキヒロ
標題(和) 気管平滑筋の収縮性に及ぼすKCaチャネルの役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 117263
報告番号 甲17263
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2459号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 唐木,英明
 東京大学 教授 西原,真杉
 東京大学 助教授 尾崎,博
 東京大学 助教授 桑原,正貴
内容要旨 要旨を表示する

 気管平滑筋細胞において静止膜電位は-45〜-60mVと細胞外に対して陰性を示す。この電位は細胞内外のイオンの濃度勾配により生じるもので、静止時に最も透過性が高いイオンはK+イオンであり、K+チャネルの活動は静止膜電位に強い影響を与える。K+チャネルは活性化して開くと膜電位は陰性側へ深く傾き(過分極)、逆に閉じると膜電位は陽性側に向かい浅くなる(脱分極)。現在、数多くのK+チャネルが同定されているが、気管平滑筋で存在が確認されているものはCa2+感受性K+チャネル(KCaチャネル)、遅延整流電流K+チャネル(Kdrチャネル)およびATP感受性K+チャネル(KATPチャネル)などの数種類に過ぎない。このK+チャネルの中では、KCaチャネル、特にコンダクタンスの大きいKCaチャネル(BKCaチャネル)が気管平滑筋の外向き電流に強く関与していると考えられている。

 KCaチャネルは細胞内へのCa2+の流入および細胞膜の脱分極によって活性化されるチャネルで、種々の組織に分布しており、他の組織に比べて平滑筋表面において非常に高密度に分布していることが知られている。また、KCaチャネルはGタンパクや種々の細胞内セカンドメッセンジャーによっても制御されていると考えられている。気管平滑筋においてKCaチャネルの活性化は、膜を過分極し収縮を抑制する作用を持つ。実際、KCaチャネルはβアドレナリン受容体刺激によって活性化されることが知られており、KCaチャネルの活性化は平滑筋弛緩薬の作用機序の一端を担っているものと考えられている。このβアドレナリン受容体刺激薬は気管支喘息の治療薬として用いられていることから、気管支喘息の治療においてKCaチャネルの活性化が臨床上重要な意味を持つものと思われる。反対に、KCaチャネルの抑制は膜を脱分極させて平滑筋弛緩作用を抑制する。ムスカリン受容体刺激がKCaチャネルを抑制するなど、KCaチャネルの抑制は収縮薬の作用機序の一つと示唆する報告もある。近年、好酸球から分泌されるmajor basic protein (MBP)などの炎症性物質もKCaチャネルの抑制を通して気管平滑筋を収縮させることが示唆されており、気管支喘息における気道閉塞などの病態発現機構としてもKCaチャネルが重要な役割を担っていることが推測される。

 このように、KCaチャネルは気管平滑筋収縮および弛緩反応の調節に重要な役割を担っており、気管支喘息の病態発現機構の解明や、治療の開発にとっても重要な研究課題であると考えられる。しかしながら、KCaチャネルが気管平滑筋における収縮および弛緩作用に及ぼす影響に関する詳細な研究は行われていない。本研究では、モルモットの気管平滑筋を用いてKCaチャネルが気管平滑筋の収縮性に及ぼす影響について細胞内情報伝達機構の関与を含めた機序に関して明らかにすることを目的とした。

 KCaチャネル、KdrチャネルおよびKATPチャネルの阻害薬が気管平滑筋に及ぼす影響について検討した。静止状態の気管平滑筋において、KATPチャネルの阻害薬であるglibenclamideおよびSKCaチャネルの阻害薬であるapaminを投与しても収縮反応は認められなかった。Kdrチャネルの阻害薬である4-APを投与すると高濃度において収縮反応が認められたが、高濃度においてはムスカリン受容体を阻害するという報告もあり、薬物の副作用も考えられる。BKCaチャネルの阻害薬であるtetraethylammonium ions (TEA)、charybdotoxin (ChTX)およびiberiotoxin (IbTX)を投与するとオッシレーション様の収縮が認められた。したがって、静止状態では特にBKCaチャネルが重要な役割を果たしていることが示唆された。

 特に顕著な反応が認められたChTX投与によって誘発されるオッシレーション様収縮についてそのメカニズムをCa2+の動態を中心に検討した。ChTX投与により誘発されるオッシレーション様収縮は細胞外液のCa2+濃度が0mMでは認められなかった。電位依存性Ca2+チャネル(VDC)の阻害薬であるnifedipine投与によっても抑制されたことから、このChTX投与により誘発されるオッシレーション様収縮には細胞外液からのCa2+流入、とくにVDCからのCa2+流入が必要不可欠であることが明らかとなった。また、ChTX投与により誘発されるオッシレーション様収縮はryanodineによってオッシレーション頻度が顕著に増加し、thapsigarginによって細胞内Ca2+ストアを枯渇させるとオッシレーション様収縮から持続性の収縮に変化したことから、ChTXにより誘発されたオッシレーション様収縮は細胞内Ca2+ストアに取り込まれたCa2+がryanodine受容体から放出されることによって引き起こされることが示唆された。また、このChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮はPKCの活性化薬であるPMAによって亢進され、反対にPKCの阻害薬であるBMIによって抑制されることから、PKCがChTX投与により誘発されるオッシレーション様収縮を修飾していることが明らかとなった。これらの結果より、ChTXは細胞膜を脱分極しVDCからのCa2+流入を促すことで、SRのryanodine受容体およびPKCを活性化してオッシレーション様収縮を誘発することが示された。

 一方、TEAおよびChTXによって誘発されるオッシレーション様収縮はシクロオキシゲナーゼ(COX)の阻害薬であるindomethacinによって抑制されることから、この収縮におけるCOXの関与を検討した。COXはアラキドン酸からプロスタグランジン(PG) G2という中間体を経てPGH2を産生する酵素であり、2つのアイソエンザイムの存在が認められている。COX-1は構成型遺伝子としていろいろな器官に発現しているのに対し、COX-2はエンドトキシンやサイトカインによって刺激された細胞に誘導型として存在し、大量のPGを産生する要因となることが知られている。ChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮はCOX-1の選択的阻害薬であるvaleryl salicylate (VSA)の投与では影響を受けないが、COX-2の選択的阻害薬であるNS-398の投与によって完全に抑制された。また、タンパク合成阻害薬であるcycloheximideの前処置によってもChTXにより誘発される収縮は完全に抑制された。マウスの気管平滑筋を使った実験ではあるがChTX処置によってCOX-2のmRNAの発現が亢進されることも確認された。しかしながら、IL-1α/βKOマウスではCOX-2のmRNAの発現は誘導されなかった。ChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮はIL-1β投与により亢進され逆にIL-1ra投与により抑制された。これらの結果から、ChTXはCOX-2の発現を誘導し、そのCOX-2が活性化されることによってオッシレーション様収縮が誘発されることが示され、ChTXのCOX-2の誘導にはIL-1βの関与していることが示唆された。また、気管平滑筋をChTXで処置することによりPGE2の産生が有意に上昇し、ChTXによって誘発されるオッシレーション様収縮はEP1受容体の阻害薬であるSC-51322によって完全に抑制されたことから、ChTXによって誘導されたCOX-2はPGE2を産生し、その産生されたPGE2がEP1受容体を刺激することでオッシレーション様収縮を誘発することが明らかとなった。

 アラキドン酸カスケードの初発酵素はホスホリパーゼA2 (PLA2)であり、PLA2が膜リン脂質からアラキドン酸を遊離するステップはアラキドン酸代謝系全体を作動させる重要な律速反応であるため、ChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮においてもPLA2の役割について検討する必要性があるものと考えられた。ChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮はcPLA2の阻害薬であるarachidonyl trifluoromethyl ketone (ATK)によって抑制されたため、この収縮にはcPLA2によって遊離されるアラキドン酸が必要であることが明らかとなった。また、ChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮はMEKの阻害薬であるPD98059またはp38の阻害薬であるSB202190の投与によって阻害されたが、アラキドン酸を加えることによってオッシレーション様収縮が回復した。cPLA2の活性化にはMEKおよびp38が関与しているという報告があるため、ChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮においてもMEKおよびp38がcPLA2の活性化に関与していることが考えられた。また、アデニル酸シクラーゼの阻害薬であるSQ-22536およびPKAの阻害薬であるH-89によってChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮が抑制された。これは、ERKおよびp38を介したPLA2によるアラキドン酸代謝が抑制されたためではないかと推察された。

 本研究により、モルモットの気管平滑筋においてKCaチャネルは膜電位およびCa2+動態の制御のみならず、COX-2の誘導においても重要な役割を担っていることが明らかとなった。本研究の成果は気管平滑筋の収縮機構の解明および気道の病態生理学的な研究において新たな論点を提供するものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 KCaチャネルは気管平滑筋収縮および弛緩反応の調節に重要な役割を担っており、気管支喘息の病態発現機構の解明や治療の開発にとっても重要な研究課題であると考えられる。本研究では、モルモットの気管平滑筋を用いてKCaチャネルが気管平滑筋の収縮性に及ぼす影響について細胞内情報伝達機構の関与を含めた機序に関して明らかにすることを目的として行われた。

 まず、KCaチャネル、KdrチャネルおよびKATPチャネルの阻害薬が気管平滑筋に及ぼす影響を検討した。静止状態の気管平滑筋において、KATPチャネルの阻害薬であるglibenclamideおよびSKCaチャネルの阻害薬であるapaminを投与しても収縮反応は認められなかった。Kdrチャネルの阻害薬である4-APを投与すると高濃度において収縮反応が認められた。一方、BKCaチャネルの阻害薬であるtetraethylammonium ions (TEA)、charybdotoxin (ChTX)およびiberiotoxin (IbTX)を投与するとオッシレーション様の収縮が認められた。したがって、静止状態では特にBKCaチャネルが重要な役割を果たしていることが示唆された。

 ついで、ChTX投与によって誘発されるオッシレーション様収縮についてそのメカニズムをCa2+の動態を中心に検討した。ChTX投与により誘発されるオッシレーション様収縮は細胞外液のCa2+濃度が0mMでは認められなかった。電位依存性Ca2+チャネル(VDC)の阻害薬であるnifedipine投与によっても抑制されたことから、このChTX投与により誘発されるオッシレーション様収縮には細胞外液からのCa2+流入、とくにVDCからのCa2+流入が必要不可欠であることが明らかとなった。また、ChTX投与により誘発されるオッシレーション様収縮はryanodineおよびthapsigarginに対する反応性から、ChTX誘発オッシレーション様収縮は細胞内Ca2+ストアに取り込まれたCa2+がryanodine受容体から放出されることによって引き起こされることが示唆された。また、この収縮にはPKCが修飾要因として関与していることが明らかとなった。これらの結果より、ChTXは細胞膜を脱分極しVDCからのCa2+流入を促すことで、SRのryanodine受容体およびPKCを活性化してオッシレーション様収縮を誘発することが示された。

 一方、オッシレーション様収縮はシクロオキシゲナーゼ(COX)の阻害薬であるindomethacinによって抑制されることから、この収縮におけるCOXの関与を検討した。ChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮はCOX-1の選択的阻害薬であるvaleryl salicylate (VSA)の投与では影響を受けないが、COX-2の選択的阻害薬であるNS-398の投与によって完全に抑制された。また、タンパク合成阻害薬であるcycloheximideの前処置によってもChTXにより誘発される収縮は完全に抑制された。また、ChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮はIL-1β投与により亢進され逆にIL-1ra投与により抑制された。これらの結果から、ChTXはCOX-2の発現を誘導し、そのCOX-2が活性化されることによってオッシレーション様収縮が誘発されることが示され、ChTXのCOX-2の誘導にはIL-1βが関与していることが示唆された。また、ChTXによって誘導されたCOX-2はPGE2を産生し、その産生されたPGE2がEP1受容体を刺激することでオッシレーション様収縮を誘発することが明らかとなった。

 ChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮はcPLA2の阻害薬であるarachidonyl trifluoromethyl ketone (ATK)によって抑制されたため、この収縮にはcPLA2によって遊離されるアラキドン酸が必要であることが明らかとなった。また、ChTXにより誘発されるオッシレーション様収縮はMEKの阻害薬であるPD98059またはp38の阻害薬であるSB202190の投与によって阻害されたが、アラキドン酸を加えることによってオッシレーション様収縮が回復した。このことからオッシレーション様収縮においてもMEKおよびp38がcPLA2の活性化に関与していることが考えられた。

 本研究により、モルモットの気管平滑筋においてKCaチャネルは膜電位およびCa2+動態の制御のみならず、COX-2の誘導においても重要な役割を担っていることが明らかとなった。

 以上を要するに、本論文は気管平滑筋の収縮機構の解明および気道の病態生理学的な研究において新たな論点を提供するものと考えられ、その成果は学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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