学位論文要旨



No 117265
著者(漢字) 朴,相熙
著者(英字)
著者(カナ) パク,サンヒ
標題(和) キムチから分離されたLactococcus lactis subsp. lactisとEnterococcus faecium JCM 5804Tが産生するバクテリオシンの特性
標題(洋) Characteristics of bacteriocins produced by Lactococcus lactis subsp. lactis isolated from Kimchi and Enterococcus faecium JCM 5804T.
報告番号 117265
報告番号 甲17265
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2461号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 日本獣医畜産大学獣医畜産学部 教授 澤田,拓士
 東京大学 助教授 原澤,亮
内容要旨 要旨を表示する

 バクテリオシンは細菌が産生する抗菌性タンパク質である。古典的な抗生物質と異なり、広範囲のスペクトルを持つものもあれば狭いスペクトルを持つものもある。nisinは最も広く研究されているバクテリオシンであり、現在50以上の国で食品の保存料として用いられている。また、nisinは獣医および医療分野において治療薬の候補として考えられている。例えば、牛の乳腺炎治療やヒトの消化性潰瘍の治療薬として可能性を持っている。nisinは抗生物質耐性菌に対しても効果があると期待されている。

 バクテリオシンに対するより詳細な研究は、効果的な食品保存料や抗菌性物質としての利用につながると考えられる。種々の分離源からのバクテリオシンの検索は有望な方法であるが、食品由来のバクテリオシンを産生する菌として乳製品由来の乳酸菌に関する報告多い。しかし、伝統的な発酵食品に含まれている乳酸菌や基準株ではバクテリオシンに対する研究は進んでいない。

 本研究の目的は、伝統的な発酵食品および種々の材料から病原菌を抑えるバクテリオシンを産生する細菌を検索し、そのバクテリオシンの特性を明らかにすることである。本研究は3つの章からなる。:(1)バクテリオシンを産生する菌株の検索、(2)キムチから分離されたLactococcus lactis subsp. lactisが産生するnisin Zの特性と抗菌スペクトル、(3)Enterococcus faecium JCM 5804Tが産生するenterocinの特性と抗菌スペクトルである。

 第1章では種々の材料から病原菌や抗生物質耐性菌を抑制するバクテリオシンを産生する細菌を検索した。バクテリオシン感受性菌株Lactobacillus plantarum NCDO 955およびListeria monocytogenes、Clostridium、vancomycin耐性Enterococcus (VRE)、methicillin耐性Staphylococcus aureus (MRSA)、Salmonella Enteritidis、E. coli0157:H7、Campylobacter jejuniを標的菌としてpatch testとagar spot testを用いて検索した。漬物、キムチ、味噌、飼料添加物、ヒトおよび鶏の糞便から分離された1602菌株の中18の分離菌がいずれも1つの標的菌に対して抗菌効果を持つことが判明した。12株がLactobacillus、5株がLactococcus lactis subsp. lactis、1株がPseudomonas fluorescensであった。バクテリオシンを産生する菌が分離されたのはキムチと漬物だけであった。このうちLactobacillusはClostridiumや食品由来病原菌や抗生物質耐性菌に対して抗菌活性がなかったが、Lactococcus lactis subsp. lactisはListeria monocytogenes、ClostridiumやVREに抑制効果を示した。漬物から隔離されたPseudomonas fluorescensはpatch testとagar spot testでMRSAとSalmonella Enteritidisに抑制効果を示したが、broth培養では抑制効果が確認できなかった。

 また,バクテリオシン産生に関して検討されていなかった基準株や参照株について検討した。Weisella 6株、Lactococcus4株、Lactobacillus28株、Enterococcus 13株、Leuconostoc 3株について抗菌性物質の産生の有無について調べた。その結果Enterococcus faecium JCM 5804Tでバクテリオシンの産生が確認された。

 第2章では第1章でキムチから分離された、バクテリオシン感受性菌株Lactobacillus plantarum NCDO 955に効果的な抗菌作用を示す5株のLactococcus lactis subsp. lactisが産生するバクテリオシンの特性を検討した。そのバクテリオシンはClostridiumやL. monocytogenes、VRE、MRSAを抑制し、LactococcusやWeisella、Enterococcus、Leuconostoc、Lactobacillusといた近緑の乳酸菌に対してもこの抗菌効果を示した。しかしながら、グラム陰性の病原菌には効果が見られなかった。このバクテリオシンは幅広いpHの条件と高温にも比較的安定であったが、100℃1時間または115℃で15分の熱処理をすると活性を失った。また、プロテアーゼ処理により活性を失って、ライソザイムやリパーゼやカタラーゼやβ−グルコシダーゼ処理に対しては活性が残った。Tricine-SDS-PAGEでこのバクテリオシンは3.5kDaのnisin Zと同じ位置にバンドが検出された。さらにnisin遺伝子特異的プライマーを用いてPCRとdirect sequence methodでこのbacteriocinに関与する遺伝子配列を調べたところ、分離菌株はnisin Zを生産する遺伝子を持っていることが確認された。しかしながら、分離菌株のnisin分泌に関与するnis Bの塩基配列はnisin Zを産生するLactococcus lactis JCM 7638と比較して2つの塩基が異なっていた。その塩基差による分離菌株のnisin ZとLactococcus lactis JCM 7638のnisin Z間の特性の差は認められなかったが、キムチからの分離菌株の中でnisin Zを産生するLactococcus lactisが見つかったのは本研究が最初である。キムチから分離されたLactococcus lactis subsp. lactisが産生するnisin Zは今まで報告された他のnisin Zと比べてプロテアーゼや熱に対して異なる特性を示した。そのプロテアーゼ感受性はヒトや動物の腸内フローラに影響を与えない安全な食品保存料として利用される可能性を示している。

 また、本研究で見出されたnisin耐性菌のLactobacillus、Leuconostoc、Enterococcus、MRSAの耐性機構は最近のnisin耐性菌研究によると菌細胞膜の脂質あるいはテイコン酸の変化であると考えられる。nisinを実際に治療に用いるためにはnisin耐性機構に関するいっそうの研究が必要と考えられる。

 第3章では第1章で確認されたE. faecium JCM 5804Tの産生するバクテリオシンの特性を検討した。そのバクテリオシンはLactobacillus、Enterococcus、Clostridium、Listeria monocytogenes、VREを抑制したが、グラム陰性菌、Weisella、Leuconostoc、Lactococcus、MRSAに対して効果は認めなかった。このバクテリオシンは幅広いpHの条件と高温にも比較的安定であったが、100℃1時間または115℃15分で活性を失った。また、プロテアーゼ処理に対して感受性、ライソザイム、リパーゼ、カタラーゼ、β−グルコシダゼ処理に対して抵抗性があった。Tricine-SDS-PAGEによるとバクテリオシンの分子量は4kDaであった。既知のenterocin遺伝子特異的なプライマーを用いてPCRおよびdirect sequence methodでこのbacteriocinに関与する遺伝子配列を調べたところ、enterocin A、enterocin B、enterocin P類似遺伝子を保有することが明らかになった。近年、enterocin Aとenterocin Bを生産するE. faeciumに対する報告はあり、enterocin Aとenterocin Bは相乗作用によって乳酸菌、病原菌を抑制することも知られている。また、enterocin Pは別のE. faeciumがenterocin 50とともに産生すると報告されている。しかし、3種のenterocinを産生する菌株としてE. faecium JCM 5804Tは初めての報告ある。この株は3種のenterocinを産生し、これらの相乗作用によって乳酸菌、病原菌を抑制する可能性があると考えらた。

 以上の成績は、バクテリオシンを食品保存料と抗菌性物質として応用するための研究に重要な知見を与えると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 バクテリオシンは細菌が産生する抗菌性タンパク質である。最も広く研究されているバクテリオシンの一つ、nisinは50以上の国で食品の保存料として現在用いられている。また、獣医および医療分野において治療薬の候補として考えられて、牛の乳腺炎治療やヒトの消化性潰瘍の治療薬として可能性を持っており、抗生物質耐性菌に対しても効果があると期待されている。バクテリオシンの研究は、効果的な食品保存料や抗菌性物質としての利用につながると考えられる。

 本論文の目的は、種々の材料からバクテリオシンを産生する菌株を検索し、そのバクテリオシンの特性を明らかにすることである。本論文は3章から構成され、各章は以下のとおりである。

 第一章では種々の材料から病原菌や抗生物質耐性菌を抑制するバクテリオシンを産生する細菌を検索した。バクテリオシン感受性菌株Lactobacillus plantarum NCDO 955およびグラム陰性の病原菌3株、グラム陽性の病原菌3株、抗生物質耐性菌5株を標的菌として検索した。種々の材料からの分離菌1602株のうち、キムチと漬物からバクテリオシンを産生する18株が分離された。12株がLactobacillus、5株がLactococcus lactis subsp. lactis、1株がPseudomonas fluorescensであった。この内LactobacillusはL. plantarum NCDO 955だけを抑制したが、Lc. lactis subsp. lactisはグラム陽性の病原菌にも抑制効果を示した。漬物から分離されたP. fluorescensはbroth培養では標的菌の抑制効果が確認できなかった。

 また、バクテリオシン産生に関して検討されていなかった基準株や参照株54株について検討したところ、1株Enterococcus faecium JCM 5804Tでバクテリオシンの産生が確認された。

 第二章では第一章でキムチから分離された5株のLc. lactis subsp. lactisが産生するバクテリオシンの特性を検討した。そのバクテリオシンはグラム陽性の病原菌であるListeria monocytogenes、Clostridium perfringens、C. difficile、vancomycin耐性Enterococcus (VRE)、methicillin耐性Staphylococcus aureus (MRSA) 4株中1株および近緑の乳酸菌に対して抗菌効果を示した。このバクテリオシンは幅広いpHの条件と高温にも比較的安定であった。プロテアーゼ処理により活性を失い、ライソザイムやリパーゼやカタラーゼやβ−グルコシダーゼ処理に対しては安定であった。Tricine-SDS-PAGEでこのバクテリオシンは約3.5kDaのnisin Zと同じ位置にバンドが検出された。さらにnisin遺伝子特異的プライマーを用いてPCRとdirect sequence methodでこのバクテリオシンに関与する遺伝子配列を分析したところ、分離菌株はnisin Zを生産する遺伝子を保有していることが確認された。しかし、分離菌株のnisin分泌に関与するnis Bの塩基配列はnisin Zを産生するLc. lactis JCM 7638と比較して2塩基が異なっていた。キムチからの分離菌株の中でnisin Zを産生するLc. lactisが見つかったのは本研究が最初で、今まで報告された他のnisin Zと比べてプロテアーゼや熱に対して異なる特性を示した。そのプロテアーゼ感受性はヒトや動物の腸内フローラに影響を与えない安全な食品保存料として利用される可能性を示唆している。

 第三章では第一章で確認されたE. faecium JCM 5804Tが産生するバクテリオシンの特性を検討した。そのバクテリオシンはLactobacillus、Enterococcus、C. perfringens、C. difficile、L. monocytogenes、VREを抑制したが、グラム陰性菌、Weisella、Leuconostoc、Lactococcus、MRSAに対して効果は認めなかった。このバクテリオシンは幅広いpHの条件と高温にも比較的安定であった。プロテアーゼ処理に対して感受性、ライソザイム、リパーゼ、カタラーゼ、β−グルコシダゼ処理に対して抵抗性があった。Tricine-SDS-PAGEによるとバクテリオシンの分子量は約4kDaであった。既知のenterocin遺伝子特異的なプライマーを用いてPCRおよびdirect sequence methodでこのバクテリオシンに関与する遺伝子配列を分析したところ、enterocin A、enterocin B、enterocin P類似遺伝子の3種の異なる遺伝子を保有することが明らかになった。近年、enterocin Aとenterocin Bを生産するE. faeciumに対する報告があり、enterocin Aとenterocin Bは相乗作用によって乳酸菌、病原菌を抑制することも知られている。また、enterocin Pは別のE. faeciumがenterocin 50とともに産生すると報告されている。しかし、3種のenterocinを産生する菌株としてE. faecium JCM 5804Tは初めての報告ある。この株は3種のenterocinを産生し、これらの相乗作用によって乳酸菌、病原菌を抑制する可能性があると考えらた。

 以上、本論文は乳酸菌のバクテリオシンを食品保存料と抗菌性物質として応用するための研究に重要な知見を与えると考えられる。よって審査員一同は、本論文が獣医学博士の学位論文として価値あるものと認めた。

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