学位論文要旨



No 117266
著者(漢字) マルコッティ,ヴァレリア
著者(英字) Malcotti,Valeria
著者(カナ) マルコッティ,ヴァレリア
標題(和) UVB照射に対するWBN/ILA−Htラットの背部皮膚の反応に関する病理学的研究
標題(洋) Pathological studies on the dorsal skin responses to UVB-irradiation in WBN/ILA-Ht rats
報告番号 117266
報告番号 甲17266
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2462号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 体表面を覆う皮膚は、その表面積から考えて、哺乳動物最大の器官の一つであり、環境化学物質に日常的に暴露されている。皮膚は異質な細胞集団から構成されており、同時に多様な機能を有する動的な器官である。近年、成層圏のオゾン層の破壊により紫外線量の地表到達量が増加し、加えて、人工的日焼けの流行、医療用の紫外線照射の普及などにより、ヒトが紫外線に暴露される機会が増えて来たところから、紫外線による皮膚障害の可能性が高まって来ている。紫外線はその波長によりAからCまで3種類に分類されるが、中でも紫外線B(UVB)は290〜320nmの波長を有し、真皮浅層まで達し、表皮のみならず真皮にもDNA傷害を基盤とする種々の障害をもたらすことが報告されている。しかし、UVB照射による皮膚傷害の最大の問題である皮膚癌の発現機序ならびに前癌病変については未だ不明な点が多い。

 ところで、WBN/ILA-Htラット(HtRs)は日本で開発されたWistarラット由来の貧毛ラット(Ht:常染色体性優性遺伝子)で、被毛が少なく、皮膚の組織構造がヒトに類似しており、また、剃毛の必要がないため、皮膚毒性研究に多用されている。本研究では、UVB長期照射による皮膚発癌に関する研究の第一歩として、UVB誘発急性病変および皮膚癌の前駆病変を明らかにする目的で、HtRsの背部皮膚にUVBを1ないし2回および3ヶ月間連続照射し、それに対する皮膚反応を多角的に検索した。論文は以下の2章からなる。

第1章 UVB照射による急性皮膚反応

 HtRsの背部皮膚にUVB(10kJ/m2)を単回または異なる間隔(12、24、48時間)で2回照射し、皮膚の形態学的変化を検索するとともに、単回投与後のサイトカイン(Th1-related IFN-γ and IL-2; Th2-related IL-4 and IL-5; TGF-β1)の動態をreverse transcriptase-polymerase chain reaction(RT-PCR)法を用いてmRNAレベルで検索した。

 第1回目の照射後12から24時間にかけて照射部皮膚に紅斑が認められた。第1回目の照射の12あるいは24時間後に第2回目の照射を行うと、紅斑はより早期に発現し、その程度も強く、また、真皮の毛細血管の拡張と水腫および肥満細胞を含む炎症性細胞浸潤もより高度に観察された。ただし、48時間後に第2回目の照射を行った群ではこうした病態の増強は認められなかった。

 表皮では第1回照射後に日焼け細胞が出現した。日焼け細胞の核は組織切片上で断片DNAを検出するTUNEL法に陽性を示し、また、アポトーシスに特徴的な電顕像を示すことから、アポトーシスに陥った表皮細胞の集団であると考えられた。第1回目の照射の12あるいは24時間後に第2回目の照射を行とこれらの変化は増強したが、48時間後に第2回目の照射を行った群では、表皮過形成がより顕著であったことを除き、組織反応の程度は単回照射の場合とほぼ同様であった。このことは、上記の真皮の所見と併せて考えると、皮膚病変はUVB照射後48時間でほぼ回復することを示唆している。

 電顕観察では、UVB照射3時間後に表皮の有棘細胞および基底細胞のミトコンドリアの腫大・空胞化が認められた。6時間後になるとアポトーシスの特徴を示す細胞が認められ、同時に、明瞭な核小体を有する表皮細胞が基底層および基底上層に出現した。12時間後には明瞭な核小体を有する細胞が増加し、表皮基底細胞層に細胞間水腫が認められた。

 また、単回投与の12および24時間後にはサイトカイン(IFN-γ、IL-4、IL-5、TGF-β1)のmRNAの発現レベルの上昇が観察され、CD4+T細胞の関与が示唆された。

 以上の結果から、UVB照射に対する皮膚の急性反応として、血管拡張と水腫、表皮細胞のアポトーシス、および、各種サイトカインの発現を伴う炎症性細胞浸潤が観察されることが示された。

第2章 UVB照射による亜慢性皮膚反応

 HtRsの背部皮膚にUVB(10kJ/m2)を毎日3カ月間照射し、皮膚の形態変化、血中IgGおよびIgEレベル、ならびに、がん遺伝子(H-ras)およびサイトカイン(Th1-related IFN-γ and IL-2; Th2-relatedIL-4 and IL-5; TGF-β1)の発現の推移をmRNAレベルで検索した。

 照射開始1カ月後には表皮と毛包上皮の過形成および錯角化が認められ、時間の経過とともにその程度は増強し、その結果、表皮は顕著に肥厚し、また、真皮層に乳頭状に突出した。表皮の肥厚部、特に真皮への突出部の細胞はpleomorphismを示し、真皮内へのmigrationを示唆する所見も観察された。真皮浅層では照射開始1カ月後に水腫、肥満細胞浸潤、線維芽細胞増殖が観察され、3カ月後には水腫と肥満細胞浸潤がより顕著になり、膠原線維の変性もみられた。水腫は表皮へも広がり、表皮細胞の解離も認められた。

 電顕的検索では上記の光顕的変化を裏付ける所見が得られた。特に、表皮−真皮間基底膜および基底細胞−基底膜間のhemidesmosomeの消失が、皮膚水腫の進行に伴って顕著になった。表皮細胞のpleomorphismや核分裂像および核小体の腫大ならびに真皮へのmigrationを示唆する像も顕著に認められた。ランゲルハンス細胞は照射3カ月後でも確認された。真皮に浸潤した肥満細胞は時間の経過に伴ってその多くが脱顆粒を呈した。また、変性した真皮浅層の膠原線維の径は減少し、配列の異常がみられた。

 増殖細胞のマーカーであるproliferating cell nuclear antigen(PCNA)陽性表皮細胞は照射開始1カ月後より増加し、2カ月後にプラトーに達した。また、表皮細胞の腫瘍化に関連していると考えられているH-rasの発現も上昇した。さらに、個体差があるものの、血清IgE値が照射開始2カ月後以降上昇傾向を示した。対照群に比べて、UVB照射期間中、IFN-γ、IL-2、IL-4およびIL-5のmRNAの発現レベルは高かったが、TGF-β 1mRNAの発現レベルは2カ月後まではむしろ低く、3カ月後に高くなった。

 以上の結果から、UVBの長期照射はTh1およびTh2関連サイトカインの発現、血清IgEの上昇および肥満細胞の脱顆粒など、過敏症反応を誘導するばかりでなく、表皮細胞の増殖、pleomorphism、真皮へのmigrationならびに腫瘍関連遺伝子(H-ras、TGF-β1)の発現など、腫瘍化の進行も誘導することが示された。

 本研究によりUVB照射に対する急性および亜慢性の皮膚反応の性状と推移が明らかにされ、紫外線による皮膚傷害、特に皮膚発癌の発現機序を考える上で有用な知見が得られた。さらに、皮膚科学領域におけるHtRの有用性が再確認された。

審査要旨 要旨を表示する

 皮膚は体表を被う最大の器官であり、環境化学物質に日常的に暴露されている。近年、オゾン層の破壊により紫外線の地表到達量が増加し、紫外線による皮膚障害の可能性が高まっている。紫外線は波長によりAからCまで3種類に分類されるが、中でも紫外線B(UVB)は290〜320nmの波長を有し、真皮浅層まで達し、表皮、真皮にDNA傷害を基盤とする種々の障害をもたらすことが知られている。一方、WBN/ILA-Htラット(HtRs)はWistarラット由来の貧毛ラット(Ht:常染色体性優性遺伝子)で、被毛が少なく、皮膚の組織構造がヒトに類似しており、また、剃毛の必要がないため、皮膚毒性研究に多用されている。本研究では、UVB長期照射による皮膚発癌に関する研究の第一歩として、HtRsの背部皮膚にUVBを1ないし2回または3ヶ月間連続照射し、誘導される皮膚反応を多角的に検索した。

第1章 UVB照射による急性皮膚反応

 HtRsの背部皮膚にUVB(10kJ/m2)を単回または異なる間隔(12、24、48時間)で2回照射し、皮膚の形態学的変化を検索するとともに、単回投与後のサイトカイン(Th1-related IFN-γ and IL-2; Th2-related IL-4 and IL-5; TGF-β1)の動態をRT-PCR法を用いてmRNAレベルで検索した。

 第1回照射後に真皮の充血水腫、炎症細胞浸潤および表皮細胞アポトーシス(日焼け細胞)が観察された。第1回照射の12あるいは24時間後に第2回目の照射を行うとこれらの変化は増強されたが、48時間後に行った場合は、表皮過形成が顕著であったことを除き、その組織像は単回照射の場合とほぼ同様であった。

 電顕観察では、照射3時間後に表皮有棘細胞および基底細胞でミトコンドリアの腫大・空胞化が認められた。6時間後ではアポトーシス細胞が認められ、核小体明瞭な細胞が基底層および基底上層に出現した。12時間後にはこれらの細胞が増加し、基底細胞層に細胞間水腫が認められた。

 単回投与の12および24時間後にはサイトカイン(IFN-γ、IL-4、IL-5、TGF-β1)mRNAの発現レベル上昇がした。

 以上の結果から、UVB照射に対する皮膚の急性反応は、血管拡張と水腫、表皮細胞アポトーシス、および各種サイトカインの発現を伴う炎症性細胞浸潤であることが示された。

第2章 UVB照射による亜慢性皮膚反応

 HtRsの背部皮膚にUVB(10kJ/m2)を毎日3カ月間照射し、皮膚の形態変化、血中IgGおよびIgEレベル、ならびにがん遺伝子(H-ras)およびサイトカイン(Th1-related IFN-γ and IL-2; Th2-relatedIL-4 and IL-5; TGF-β1)mRNA発現の推移を検索した。

 照射1カ月で表皮の過形成および錯角化が認められ、時間の経過とともにその程度は増強し、その結果、表皮は顕著に肥厚、真皮層に乳頭状に突出した。同部の表皮細胞はpleomorphismを示した。真皮浅層では照射1カ月で水腫、肥満細胞浸潤、線維芽細胞増殖が観察され、3カ月では水腫と肥満細胞浸潤がより顕著になり、膠原線維の変性もみられた。

 電顕的検索では基底細胞−基底膜間hemidesmosomeの消失が、皮膚水腫の進行に伴って顕著になった。表皮細胞のpleomorphismも認められた。真皮肥満細胞の多くは時間の経過に伴い脱顆粒を呈した。真皮膠原線維径は減少し、配列の異常もみられた。

 増殖細胞のマーカーであるproliferating cell nuclear antigen(PCNA)陽性表皮細胞は照射1カ月で増加し、2カ月にプラトーに達した。また、表皮細胞でのH-rasの発現も上昇した。個体差があるものの、血清IgE値が照射2カ月以降上昇傾向を示した。IFN-γ、IL-2、IL-4およびIL-5のmRNA発現レベルは1ヶ月以降上昇したが、TGF-β1は2カ月までは低く、3カ月で上昇した。

 以上の結果から、UVBの長期照射はTh1およびTh2関連サイトカインの発現、血清IgEの上昇および肥満細胞の脱顆粒など、過敏症反応を誘導し、さらには表皮細胞の増殖、pleomorphism、真皮へのmigrationならびに腫瘍関連遺伝子(H-ras、TGF-β1)の発現など、腫瘍化の進行も誘導する可能性が示された。

 本研究によりUVB照射に対する急性および亜慢性の皮膚反応の性状と推移が明らかにされ、紫外線による皮膚傷害、特に皮膚発癌の発現機序を考える上で有用な知見が得られた。さらに、皮膚科学領域におけるHtRの有用性が再確認された。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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