学位論文要旨



No 117267
著者(漢字) 池上,仁
著者(英字)
著者(カナ) イケガミ,ヒサシ
標題(和) ラットにおける血管拡張剤誘発動脈炎に関する病理組織学的および免疫組織化学的研究
標題(洋) Histopathological and Immunohistochemical Studies on Vasodilator-induced Arteritis in Rats
報告番号 117267
報告番号 甲17267
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2463号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 助教授 桑原,正貴
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 動脈における中膜壊死と外膜での炎症を特徴とする壊死性動脈炎は、ヒトや動物でしばしば認められ、発症機序の一つとして血管壁への物理的傷害が挙げられている。壊死性動脈炎は、実験動物でも多様な化学物質、特に血管拡張剤(dopamine(DA1)agonist:fenoldopam, dopamine; phosphodiesterase inhibitor:caffeine, theophylline; dopamineβ-hydroxylase inhibitor; serotonin(5-HT2)agonist; adenosine agonist)によって誘発されることが知られている。化学物質誘発壊死性動脈炎は、一般に化学物質による中膜傷害に基づく中膜壊死が引き金となり、外膜における炎症は中膜壊死に対する反応性の変化であると考えられているが、その病理学的性状と進展過程、特に炎症反応の性状と推移に関する詳細な知見はほとんど明らかにされていない。

 本研究では,血管拡張剤によってラットに誘発した動脈炎を対象に、炎症関連因子としての血漿因子やサイトカインの動態を含む炎症反応の性状と経時的推移の詳細を明らかにすることを主たる目的とし、病理組織学的および免疫組織化学的検索を行った。併せて、血管拡張剤誘発ラット動脈炎のヒトおよび動物で観察される壊死性動脈炎のモデルとしての有用性について検討した。

 1.Fenoldopam誘発ラット動脈炎の病理組織学的および免疫組織化学的性状

 Dopamine(DA1)agonistであるfenoldopamをF344ラットに24時間静脈内持続投与し、腸間膜動脈、膵動脈および精巣動脈に一過性の壊死性動脈炎を惹起した。炎症反応を詳細に検討するため、炎症細胞のマーカーであるED-1(マクロファージ)、CD3(T細胞)およびCD20(B細胞)ならびに炎症性血漿因子であるIgG, IgMおよびC3に対する抗体を用いて免疫組織化学的検索を実施した。

 病理組織学的には,顕著な中膜平滑筋細胞の壊死および出血が投与終了直後から1日後(1D)にかけて観察されたが、こうした変化は7Dにはほぼ消失した。外膜における炎症細胞浸潤は投与終了直後には軽度であったが、3および5Dには顕著になり、線維芽細胞の増殖およびコラーゲンの増加を伴っていた。外膜における炎症細胞浸潤は7Dには減弱し、14Dには終息した。また、3および5Dの炎症細胞浸潤の増強に一致してED-1陽性細胞の顕著な増数がみられたが、CD3陽性細胞およびCD20陽性細胞は試験期間を通じて少数認められたに過ぎなかった。

 IgG, IgMおよびC3ならびにfibrinの沈着は、投与終了直後および1Dには中膜壊死領域にみられたが、3および5Dには内皮と内弾性板との間の好酸性硝子様基質および平滑筋細胞内の好酸性球状体に一致してみられるようになり、14Dには検出されなくなった。3および5Dには外弾性板に間隙がみられるようになり、間隙周囲の外膜にはIgG, IgMおよびfibrinの沈着が確認されたが、7Dには外弾性板の間隙は認められなくなった。上述した所見から以下の可能性が示唆された。まず、外膜における血漿因子の出現および炎症細胞浸潤がほぼ同時期に一過性に認められたことから、外膜における炎症反応は血漿因子が外弾性板の間隙から外膜に漏出したことにより増強されたものと考えられた。次に、IgGおよびIgM等の発現部位および経時的推移から,中膜平滑筋細胞に認められた好酸性球状体および内皮と内弾性板との間に認められた好酸性硝子様基質は、中膜における炎症反応と関連して、壊死に陥った中膜平滑筋細胞および血漿因子から生じた可能性が示唆された。また、IgG, IgM等の血漿因子は炎症のピークに一過性に認められたことから、免疫複合体の形成はほとんど起こっていないものと考えられた。内皮と内弾性板の間に認められた好酸性硝子様基質はヒトの壊死性動脈炎でもしばしば観察されており、本血管炎モデルはそうした物質の形成過程を解析する上でも有用であると考えられる。

 また、本動脈炎モデルでは、1および3Dに内皮細胞の肥大が観察された。免疫組織化学的には、肥大した内皮細胞の細胞質でvon Willebrand factor(vWF)およびfactor VIIIに対する強度の陽性反応が観察され、電子顕微鏡による検索では、粗面小胞体の増数および核小体の腫大が認められた。これらの結果から、内皮細胞の肥大は内皮細胞におけるvWFおよびfactor VIII蛋白の合成亢進と関連している可能性が示唆された。また、内皮細胞におけるvWFおよびfactor VIII蛋白の合成亢進は、中膜壊死および出血に反応して惹起されたものと考えられた。こうした内皮細胞の変化は、壊死性動脈炎では初めて得られた知見である。

 さらに、本実験の結果から、Fenoldopam誘発ラット動脈炎は、本化学物質の血管拡張作用に基づく物理的な中膜傷害が引き金となっているものと考えられ、ヒトや動物の壊死性動脈炎の基本的なモデルとして有用であると考えられた。本モデルを基盤に、免疫異常等による壊死性動脈炎の修飾機構に関する検討が可能になるものと思われる。

 2.FenoldopamおよびTheophylline誘発ラットにおける炎症性サイトカインの動態

 種々の炎症性疾患で炎症局所の浸潤細胞でinducible type of nitric oxide synthase(iNOS)の発現の増強が観察されるところから、iNOSは炎症過程に深く関与していると考えられている。iNOSの発現の増強は急性炎症のごく初期の段階でも認められている。しかし、動脈炎の進展過程におけるiNOSの発現動態に関する報告は乏しい。一方、transforming growth factor-β1(TGF-β1)およびbasic fibroblast growth factor(bFGF)がiNOSの発現を抑制する可能性が示唆されているが、動脈炎の進展過程で同様なことが起こるか否かについては何ら情報がない。そこで、本実験では、fenoldopamおよびtheophyllineを用いた2種類のラット血管拡張剤誘発動脈炎モデルを対象に、動脈炎の進展に伴うiNOS, bFGFおよびTGF-β1の発現の動態を免疫組織化学的に検索した。すなわち、第1のモデルとして、fenoldopamをラットに24時間静脈内持続投与し、3Dを炎症のピークとする一過性の動脈炎を惹起した。また、第2のモデルとして、fenoldopamを24時間静脈内持続投与した後、引き続いてtheophyllineを反復経口投与することにより、持続性の動脈炎を惹起した。

 検索の結果、theophyllineの投与の有無とは無関係に、両モデルともに、iNOSの発現はfenoldopam投与後5および8Dに外膜の中膜壊死に接した部位の多数のED-1陽性細胞で、また、bFGFの発現は1および3Dに外膜の多数のED-1陽性細胞で、それぞれ顕著に認められた。iNOSの発現のピーク時には、外膜に浸潤した単核細胞の細胞質でnitrotyrosine(iNOSの代謝産物の一種)が検出された。一方、TGF-β1の発現は3Dまでは認められず、5D以降に少数のED-1陽性細胞で認められたに過ぎなかった。なお、本動脈炎モデルでは、iNOSやTGF-β1の主たる産生源はED-1陽性のマクロファージであることが示された。

 上述した所見から、iNOSの発現はbFGFの発現がピークに達した後に増強されることが示され、今回のラット動脈炎モデルにおいてはbFGFが炎症初期におけるiNOSの発現を抑制した可能性が示唆された。iNOSの生物学的意義やbFGFがどのような機序でiNOSの発現を抑制するのかについては、文献等を含めて、未だ不明な点が多いが、近い将来iNOSの生物学的意義が明らかになれば、bFGFによるiNOSの発現の抑制機序も自ずと明らかになるものと思われる。

 また、iNOSやbFGFの発現の推移と病理組織学的変化の推移とを併せ考えると、iNOSの発現は中膜平滑筋壊死が引き金となった可能性が示唆された。さらに、bFGFの発現は、一方で、外膜における線維芽細胞の増殖に深く関与しているものと考えられた。

 以上、ラットにおける血管拡張剤誘発動脈炎に関する病理組織学的および免疫組織化学的研究によって、物理的中膜傷害を契機とする壊死性動脈炎の病理学的性状と進展過程、特に炎症反応に関する詳細な情報を提供することが出来た。本血管炎モデルは、ヒトや動物で観察される壊死性動脈炎の進展過程を解析する基本的なモデルとして有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 中膜壊死と外膜の炎症を特徴とする壊死性動脈炎は、ヒトや動物でしばしば認められ、発症機序として血管壁への物理的傷害が挙げられている。壊死性動脈炎は、多様な化学物質、特に血管拡張剤によって実験動物に誘発されることが知られている。化学物質誘発壊死性動脈炎は、化学物質による中膜傷害の結果、中膜壊死が生じ、これに反応して外膜炎がおこると考えられているが、その病理学的性状と進展過程、特に炎症反応の性状と推移に関する知見はほとんどない。本研究では,血管拡張剤誘発動脈炎を対象に、血漿因子やサイトカインの動態を含む炎症反応の性状とその経時的推移の詳細を明らかにすることを目的に病理組織学的および免疫組織化学的検索を行った。

1.Fenoldopam誘発ラット動脈炎の病理組織学的および免疫組織化学的性状

 血管拡張作用を有するDopamine agonist、fenoldopamをF344ラットに24時間静脈内持続投与し、腸間膜動脈、膵動脈および精巣動脈に一過性の壊死性動脈炎を惹起した。炎症細胞のマーカーであるED-1(マクロファージ)、CD3(T細胞)およびCD20(B細胞)ならびにIgG、IgMおよびC3に対する抗体を用いて免疫組織化学的検索を実施した。

 中膜平滑筋細胞の顕著な壊死および出血が投与終了直後から1日後(1D)にかけて観察されたが、この変化は7Dにはほぼ消失した。外膜の炎症細胞浸潤は投与終了直後には軽度であったが、3および5Dには顕著になり、線維芽細胞とコラーゲンの増加を伴っていた。外膜の炎症細胞浸潤は7Dには減弱し、14Dには終息した。3および5Dの外膜の炎症細胞浸潤の増強に一致してED-1陽性細胞の顕著な増数がみられたが、CD3陽性細胞およびCD20陽性細胞は試験期間を通じて少数認められたに過ぎなかった。IgG、IgM、C3ならびにfibrinの沈着が投与終了直後および1Dに中膜壊死領域にみられ、14Dには消失した。さらに3および5Dには外弾性板に間隙がみられ、間隙周囲の外膜にはIgG、IgMおよびfibrinの沈着が確認されたが、7Dにはこの間隙は認められなくなった。また、1および3Dに内皮細胞の肥大が観察された。肥大した内皮細胞の細胞質はvon Willebrand factor(vWF)およびfactor VIIIに対して陽性であった。電子顕微鏡検索では、粗面小胞体の増数および核小体の腫大が認められた。

 上述した所見から、外膜における炎症反応は血漿因子が外弾性板の間隙から外膜に漏出したことにより増強されたものと考えられた。また、IgG, IgM等の血漿因子は炎症のピークに一過性に認められたことから、免疫複合体の形成はほとんど起こっていないものと考えられた。内皮細胞の肥大は内皮細胞におけるvWFおよびfactor VIII蛋白の合成亢進と関連している可能性が示唆された。また、内皮細胞におけるvWFおよびfactor VIII蛋白の合成亢進は、中膜壊死および出血に反応して惹起されたものと考えられた。

2.FenoldopamおよびTheophylline誘発ラットにおける炎症性サイトカインの動態

 種々の炎症性疾患において炎症局所の浸潤細胞でinducible type of nitric oxide synthase(iNOS)の発現増強が観察されるところから、iNOSは炎症過程に深く関与していると考えられている。しかし、動脈炎の進展過程におけるiNOSの発現動態に関する報告は乏しい。一方で、transforming growth factor-β1(TGF-β1)およびbasic fibroblast growth factor(bFGF)がiNOSの発現を抑制する可能性が示唆されている。本研究では、2種類の血管拡張剤(fenoldopam、theophylline)をラットに投与して動脈炎を誘発し、iNOS、bFGFおよびTGF-β1の発現動態を免疫組織化学的に検索した。

 fenoldopamを単独で24時間静脈内持続投与、またはfenoldopam24時間静脈内持続投与後、引き続いてtheophyllineを反復経口投与することにより、持続性の動脈炎を惹起した。iNOSの発現はfenoldopam投与後5および8Dに外膜内層のED-1陽性細胞で、またbFGFは1および3Dに外膜のED-1陽性細胞で、それぞれ顕著に認められた。iNOSの発現のピーク時に外膜に浸潤した単核細胞でnitrotyrosine(iNOSの代謝産物)が検出された。TGF-β1の発現は5D以降に少数のED-1陽性細胞で認められたに過ぎなかった。これらの現象はtheophyllineの投与とは無関係であった。

 以上のことから、iNOSの発現はbFGFの発現がピークに達した後に増強されることが示され、炎症初期にbFGFがiNOSの発現を抑制した可能性が示唆された。また、iNOS、bFGFの発現および病理組織学的変化を併せ考えると、iNOSの発現は中膜平滑筋壊死よる可能性が高いと考えられた。さらに、bFGFの発現は外膜における線維芽細胞増殖に深く関与しているものと思われた。

 以上、ラットにおける血管拡張剤誘発動脈炎に関する病理組織学的および免疫組織化学的研究によって、物理的中膜傷害を契機とする壊死性動脈炎の病理学的性状と進展過程、特に炎症反応に関する詳細な情報を得ることが出来た。本血管炎モデルは、ヒトや動物で観察される壊死性動脈炎の進展過程を解析する基本的なモデルとして有用であると考えられた。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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