No | 117268 | |
著者(漢字) | 滕,俊琳 | |
著者(英字) | TENG,JUNLIN | |
著者(カナ) | トウ,シュンリン | |
標題(和) | 神経細胞形態形成における微小管関連蛋白2と1B(MAP2・MAP1B)の分子遺伝学的研究 | |
標題(洋) | Molecular Genetic Analyses of Microtubule Associated Protein 2 and 1B (MAP2 & MAP1B) on Neuronal Morphogenesis | |
報告番号 | 117268 | |
報告番号 | 甲17268 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1876号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 概要 神経系に発現している微小管関連蛋白(Microtubule Associated Proteins : MAPs)は、微小管に結合して存在する一群の蛋白であるが、生体内での機能は不明であった。その中で、MAP2とMAP1Bは成長過程の神経細胞に多量に発現しており、形態形成における機能的なグループをなしている可能性がある。この研究では、MAP2, MAP1B各々を欠失したシングルノックアウトマウス及び両者を欠失したダブルノックアウトマウスを作成し解析した。シングルノックアウトと比較してダブルノックアウトマウスの脳には重篤な構造異常が見い出された。すなわち、神経細胞移動の障害による著明な層構造の形成異常と神経突起(特に樹状突起)の伸長障害を呈した。これらの神経細胞の微小管では成長円錐内部での束化及び突起内でのspacingが障害されていた。以上から、神経系の形態形成においてMAP2とMAP1Bは機能的なグループをなし、微小管のorganizationを通じて樹状突起伸長と細胞移動に重要な役割を持つことが示された。 序論 神経細胞は、刺激を受容する樹状突起、細胞体、そして刺激を伝達する軸索及びシナプスというように高度に形態分化した細胞である。こうした特徴ある神経細胞の形態形成においては、細胞骨格系とりわけ微小管が必須の役割を果たす。微小管関連蛋白(Microtubule Associated Proteins : MAPs)は微小管に結合して存在する一群の蛋白であり、細胞内で微小管の形成、維持、ダイナミックな変化を調節すると予想されている。神経系において発現している主要なMAPsとして、MAP1A, MAP1B, MAP2, Tauが知られているが、それらの生体内での機能については不明な点が多い。我々はこれらの蛋白を欠失したミュータントマウスを作成し、解析することを通じて、MAPsの生体内での機能についての知見を得ようと試みた。 今回我々は、これらの中で特にMAP2とMAP1Bに注目した。両者とも発達過程における樹状突起に多量に発現していることが免疫組織学その他の手法によって明らかにされており、樹状突起形成に何らかの形で関与していることが予想される。この問題についてin vivoでダイレクトに検討するために、標的遺伝子組み替え法を用いて作成したMAP2及びMAP1B欠失マウス、更に両者を欠失したダブルノックアウトマウスを作成し、細胞生物学的に詳細な解析を行った。 方法と結果 MAP2及びMAP1Bシングルノックアウトマウスは、筆者が所属する研究室で樹立したマウス系統を用いた。いずれの系統においても、樹状突起の粗大な形成異常は報告されていない(Harada et al., MOL. BIOL. CELL 9:902 Suppl., 1998; Takei et al. J CELL BIOL. 150:989-1000, 2000)。我々はMAP2とMAP1Bの機能がoverlapしている可能性を考え、まず両系統のかけ合わせによってダブルヘテロ(MAP1B+/-MAP2+/-)マウスを作り、このマウス同士の交配によってダブルノックアウトマウス(MAP1B-/-MAP2-/-)を得た。出生後24時間以内までにダブルノックアウトマウスの全例が死亡した。このマウスの脳の組織切片や、脳から樹立した培養神経細胞を用いて神経細胞の形態や脳の構築に異常がないかどうか調べた。ダブルノックアウトマウスの神経細胞では、神経突起、特に樹状突起の伸長が著しく阻害されていることがわかった。また面白いことに、この神経細胞の成長円錐は異常に拡張してしまっていて、その中の微小管は通常のようなtight arrayを形成せず、微小管の束化が阻害されている事が示唆された。電子顕微鏡を用いて神経突起中の微小管領域の構造を観察したところ、通常みられるパラレルな微小管の配列が失われ、微小管の側面が相互にいたるところで接触してしまっていることがわかった。これはMAP2とMAP1Bが神経突起中で微小管と微小管の間のスペーサーになっていることを示唆する。この微小管のdisorganizationがvesicle transportに影響している可能性を考え、アデノウイルスベクターで導入したGAP43-GFPをマーカーとしてtime-lapse解析を行ったが、vesicle transportは正常に保たれていることがわかった。従って、ここで観察された神経突起の伸展の異常は、vesicle transportの異常を介したものではなく、むしろ成長円錐における微小管のdisorganizationが直接成長円錐の前進運動に影響を与えていることが示唆される。更にダブルノックアウト及びMAP1Bシングルノックアウトの神経細胞にMAP2C(MAP2のアイソフォームのひとつ)をアデノウイルスベクターを用いて導入したところ、神経突起の伸長が回復したところから、MAP1BとMAP2の機能がoverlapしていることが確認された。 神経突起の異常の他に、ダブルノックアウトマウスの脳では、大脳皮質、海馬、小脳、オリーブ核その他の部位に層構造の乱れが顕著であった。この層構造の乱れの原因を調べるために、BrdUを用いたneuronal birth date analysisを行った。その結果、大脳皮質では、neuronal migrationが著しく遅れていることが判明し、MAP1BやMAP2の神経細胞移動における寄与が示唆された。 結論及び考察 1.神経系の形態形成とりわけ樹状突起形成においてMAP2及びMAP1Bは相補的に重要な役割をする。 2.MAP2及びMAP1Bは神経細胞の成長円錐で微小管をorganizeし、tight arrayを形成する。 3.2の過程が障害されると、成長円錐の運動性が低下し、神経突起の伸長障害を引き起こすと考えられる。 4.ダブルノックアウトマウスの脳では、神経細胞のmigrationの遅れが生じ、その結果、層構造が損なわれている。神経細胞がmigrationをする際に伸ばすleading processの伸長が不十分である可能性が考えられるが、この点については更に詳細な検討を必要とする。 | |
審査要旨 | 本研究は神経細胞形態形成において重要な役割を果たしていとると考えられる微小管関連蛋白(Microtubule Associated Proteins : MAPs) 2と1B (MAP2・MAP1B)の生体内での機能を明らかにするため、標的遺伝子組み替え法を用いて作成したMAP2及びMAP1B欠失マウス、更に両者を欠失したダブルノックアウトマウスを作成し、細胞生物学的に詳細な解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.MAP2とMAP1Bダブルノックアウトマウスは出生後24時間以内までに全例が死亡した。このマウスの脳の組織切片を観察したところ、MAP2及びMAP1Bシングルノックアウトと比較して重篤な構造異常が見い出された。すなわち、神経細胞移動の障害による著明な層構造の形成異常と神経突起(特に樹状突起)の伸長障害を呈した。 2.ダブルノックアウトマウスの脳では、大脳皮質、海馬、小脳、オリーブ核その他の部位に層構造の乱れが顕著であった。この層構造の乱れの原因を調べるために、BrdUを用いたneuronal birth date analysisを行った。その結果、大脳皮質では、neuronal migrationが著しく遅れていることが判明し、MAP1BやMAP2の神経細胞移動における寄与が示唆された。 3.脳から樹立した培養神経細胞を用いて神経細胞の形態を比較した。ダブルノックアウトマウスの神経細胞では、神経突起、特に樹状突起の伸長が著しく阻害されていることがわかった。また面白いことに、この神経細胞の成長円錐は異常に拡張してしまっていて、その中の微小管は通常のようなtight arrayを形成せず、微小管の束化が阻害されている事が示唆された。更にダブルノックアウト及びMAP1Bシングルノックアウトの神経細胞にMAP2C(MAP2のアイソフォームのひとつ)をアデノウイルスベクターを用いて導入したところ、神経突起の伸長が回復したところから、MAP1BとMAP2の機能がoverlapしていることが確認された。 4.電子顕微鏡を用いて神経突起中の微小管領域の構造を観察したところ、通常みられるパラレルな微小管の配列が失われ、微小管の側面が相互にいたるところで接触してしまっていることがわかった。これはMAP2とMAP1Bが神経突起中で微小管と微小管の間のスペーサーになっていることを示唆する。 5.微小管のdisorganizationがvesicle transportに影響している可能性を考え、アデノウイルスベクターで導入したGAP43-GFPをマーカーとしてtime-lapse解析を行ったが、vesicle transportは正常に保たれていることがわかった。従って、ここで観察された神経突起の伸展の異常は、vesicle transportの異常を介したものではなく、むしろ成長円錐における微小管のdisorganizationが直接成長円錐の前進運動に影響を与えていることが示唆される。 以上から、本論文は神経系の形態形成とりわけ樹状突起形成において、MAP2とMAP1Bは機能的なグループをなし、成長円錐で微小管のorganizationを通じて樹状突起伸長と細胞移動に重要な役割を持つことが示された。また、ダブルノックアウトマウスの脳では、神経細胞のmigrationの遅れが生じ、その結果、層構造が損なわれていることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、微小管関連蛋白MAP2とMAP1Bの生体内での機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |