学位論文要旨



No 117270
著者(漢字) 山口,聡子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,サトコ
標題(和) 分裂酵母の細胞周期と分化におけるFizzy関連蛋白Srw1pの機能と制御
標題(洋) The role and regulation of the Fizzy-related protein Srw1p during the cell cycle and differentiation in fission yeast
報告番号 117270
報告番号 甲17270
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1878号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 渡邉,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

真核生物では、細胞周期の進行と分化の前のG1期停止の両方において、サイクリン依存性キナーゼ(Cdk)の活性の調節が大切である。通常細胞は、G1期で環境をモニターし、増殖を続けるか、増殖を停止して分化するかを決定する。栄養源が枯渇してきた場合、細胞が増殖を停止して分化するためにはCdk活性の抑制が不可欠である。

分裂酵母は細胞周期を理解する上で非常に良いモデル生物である。分裂酵母のサイクリン依存性キナーゼCdc2pは、G1/SとG2/Mの両方の進行に必須であり、その活性化と不活性化のためにいくつかの異なった制御を受けている。まず、その活性にはサイクリンとの結合が必要である。Cdc13pは生存に必須の分裂期サイクリンであり、Cig2pはG1/S期の主なサイクリンであるが、その欠損株では代わりにCdc13pがG1/S期の進行を行う。一方、Cdc2p蛋白自体は、15番目のチロシン(Tyr15)のりん酸化によって負の制御をうけている。Tyr15はG1期後半にWee1p, Mik1pという二つのキナーゼによりりん酸化を受け不活化されるが、G2期に入るとCdc25フォスファターゼによる脱りん酸化を受け活性化され、これが分裂期への進行開始を促す。また一方で、Cdc2pはRum1pというCdk抑制因子が直接結合することによって不活化される。

 分裂酵母を用いて、Cdc2キナーゼの活性を抑制する因子を遺伝学的にスクリーニングを行った。Cdc2キナーゼ活性が過剰な場合、細胞は未熟な段階で分裂期に突入する(分裂期カタストロフィー)。このような温度感受性変異株の一つ、rad1-1wee1-50ts株を宿主として選び、その分裂カタストロフィーの多コピー抑制因子として、新規遺伝子srw1+(suppressor of rad wee)を単離した。シークエンス分析により、srw1+は556のアミノ酸からなる、高度に保存されているFizzy関連蛋白の一員をコードしていることがわかった。srw1+を低レベルで発現すると、分裂期カタストロフィーが抑制され、細胞は増殖を続けることができたが、srw1+を高レベルで発現すると、細胞分裂が停止しちょうどcdc13破壊株のように、DNA合成期の繰り返しをまねいた。このことからsrw1+はCdc2p/Cdc13p複合体の活性を抑制する働きがあることが示唆された。srw1破壊株は細胞増殖中には何らの欠陥を示さなかったが、分化において明らかな欠陥を示した。破壊株は窒素源枯渇に際してG1期に停止することができず、接合することもできなかった。接合能はG1/S期サイクリンであるcig2+の破壊あるいはCdc2キナーゼの不活化によって回復された。このことは、Srw1pはCdc2p/Cig2pの活性を抑制するか、拮抗するかの働きがあることを示唆している。

次に、Srw1pによるCdc2pの活性抑制機構について調べた。はじめにCdc2pのTyr15のりん酸化との関係を調べた。srw1破壊株は生存に全く影響が見られなかったが、Wee1キナーゼを不活化したところ、致死であった。mik1Δwee1tsの株とは対照的に、srw1Δwee1tsの二重変異株は特に低窒素源の培地で分裂カタストロフィーに突入した。このことは、Srw1pが窒素源枯渇時に活性化されてCdc2p/Cdc13p活性を抑制する働きがあることを示唆している。また、srw1+の発現はmik1Δwee1tsの分裂カタストロフィーを抑制することから、Srw1pはMik1, Wee1キナーゼとは独立して機能することが示唆された。同様に、Tyr15の制御を通じて細胞周期をS期の初期で停止させるハイドロキシウレア(HU)がsrw1Δwee1tsの分裂カタストロフィーを抑えたこと、Tyr15が置換されたりん酸化不能型のCdc2pが特にsrw1破壊株に強い毒性を示したことから、Srw1pはTyr15制御とは異なった制御機構に関与していることが示唆された。

Cdk抑制因子rum1+の破壊株はsrw1破壊株と非常に似た表現型を示すため、Srw1pがRum1pを通じて働いている可能性を試した。srw1+の過剰発現はrum1破壊株の接合能、およびG1停止能を部分的に回復することができた。したがって、Srw1pの機能はRum1pに依存していないと結論づけられた。

次に、Srw1pがCdc13pを通じて働いている可能性を試した。cdc13+の過剰発現は、wee1ts単独変異株にはそれほど強い作用を持たなかったが、srw1Δwee1ts二重変異株では制限温度下でも多くの細胞が分裂期カタストロフィーをおこしたために、srw1破壊株ではCdc13pを抑える機能が低下していることが予想された。このことは生化学的な実験により確認された。野性株では窒素源枯渇によるG1停止に伴い、Cdc13pおよびCig2pが分解されることでCdc2p活性が抑制され、これらのサイクリンの過剰発現はG1停止能の欠陥をもたらすことが報告されている。srw1破壊株では窒素源枯渇時、あるいは細胞周期変異株を用いたG1期停止時にCdc13pが分解されずに残ることがわかった。一方でCig2pはsrw1破壊株でも野性株同様に分解されていた。これらの結果から、Cdc13pがG1停止の際のSrw1pの標的であることが示唆された。一方、接合能の消失とは異なりG1期停止能の不全は、cig2+の破壊によっては回復されなかった。そればかりか、cig2+の破壊はCdc13pの分解も回復しなかった。このことから、Srw1pは間接的にCdc2p/Cig2p活性を抑制あるいは拮抗することによって接合を促し、Cdc13pの分解を促すことによってG1停止を引き起こしていると考えられた。

 Cdc13pのような細胞分裂サイクリンは細胞増殖中の分裂期からの脱出時と、G1停止時の両方で分解されることが知られている。しかし、これらの分解が同じシステムによって行われているのか否かは、如何なる生物種においても明らかではなかった。解析の結果、Srw1pはG1期停止時のCdc13pの分解に必須であったが、分裂期脱出の際のCdc13pの分解には係わっていないことがわかった。したがって、Cdc13pの分解には、細胞増殖中の分裂期脱失時と分化前のG1期停止時とで独立した二つのシステムが働いていることになる。

 すでに述べたようにSrw1pは細胞分裂を抑えるが、それ単独の破壊株では分裂カタストロフィーが全く観察されない。そこで、Srw1pの活性は増殖中の細胞では抑制されていると仮定した。まず、特異抗体を作製し、62kDのSrw1p蛋白が増殖中の細胞に複数のバンドとして検出されることを示した。脱りん酸化処理の結果から、Srw1pは増殖中の細胞ではりん酸化されていることがわかった。蛋白量は細胞周期を通じて一定であり、Srw1pは細胞周期を通じてりん酸化されていた。Srw1pがCdc13pの分解に必要とされるG1停止期でのりん酸化状態を調べたところ、G1停止、Cdc13pの分解の時期に一致してSrw1pが脱りん酸化されることがわかった。このことから、脱りん酸化型のSrw1pが活性化型であることが示唆された。

Srw1pのりん酸化はCdc2pあるいはCdc13pの活性に依存していたため、Srw1pは増殖中の細胞ではCdc2p/Cdc13p複合体によってりん酸化されていると結論づけた。Cdc2p/Cdc13p複合体によるりん酸化は、S期開始の直前におき、それと一致してCdc13pが蓄積し、S期の開始をもたらす。Cdc2p/Cdc13p複合体によるりん酸化は、in vitroのキナーゼアッセイでも示された。Srw1pは全長に、4つのCdkりん酸化コンセンサスを持つ。これらの4つのS/T-P-X-R/Kのセリンまたはスレオニンをアラニンに置換することによって、りん酸化不能型のsrw1(srw11A2A3A4A)を構築した。このりん酸化不能型のSrw1pを野性型のSrw1pと比較した結果、このりん酸化はSrw1p蛋白を不安定化する、つまり分解をもたらす働きがあることがわかった。したがって、このりん酸化は、Srw1pによるCdc13p分解促進を抑制することによって、細胞周期の順序だった進行を保障するのに重要な役割を持つと考えられた。以上述べたように私は、Srw1pがCdc2p活性の制御を通じて、細胞が増殖から分化へ切り換える時に鍵となる働きをすることを示した。

 Srw1pのホモログは、近年さまざまな生物種で報告されている。出芽酵母のHct1/Cdh1、ショウジョウバエとカエルののFizzy関連、哺乳類のCdh1などである。いずれの生物種でもFizzy関連蛋白は、分裂期サイクリンの分解を促進する働きがあることが示されている。特にショウジョウバエ及びカエルではちょうど分裂酵母と同様、G1期に特異的に分裂期サイクリンの分解を促進することで分化を促す作用があることが示されており、分裂酵母のSrw1pの分化の開始を制御する機能は高等生物まで高度に保存されていると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は真核生物の増殖および、増殖と分化の切り換えにおいて、中心的な役割を果たすと考えられるサイクリン依存性キナーゼ(Cdk)の制御機構を明らかにするため、分裂酵母で遺伝学的スクリーニングを用いて新規制御因子を単離し、生物学的機能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.Cdc2pキナーゼの未熟な活性化により、分裂期カタストロフィーで致死となる温度感受性株rad1-1 wee1-50の多コピー抑圧因子をスクリーニングした結果、新規遺伝子srw1+(suppressor of rad wee)を単離した。srw1+は556のアミノ酸から成る、真核生物において高度に保存されているFizzy関連蛋白の一員をコードしていることがわかった。

2.srw1+の穏やかな発現はさまざまな株の分裂期カタストロフィーを抑圧することが示された。一方、srw1+の高度な発現は細胞分裂を停止し、DNA合成期の繰り返しをまねくことが示された。このことからsrw1+の発現はCdc2p/Cdc13p(分裂期サイクリン)複合体活性を抑制することが示唆された。

3.srw1+破壊株を作成したところ、増殖には全く異常を示さなかったが、分化に異常を示した。窒素源枯渇に際して、破壊株はG1期に停止することができず、接合も不能であることが示された。接合はcig2+サイクリンの破壊あるいはCdc2pキナーゼの不活化により回復されることが示された。

4.srw1+破壊株はCdc2pキナーゼの15番目のチロシン残基(Tyr15)を抑制的にりん酸化するWee1pキナーゼを不活化した条件で致死であった。srw1Δwee1-50二重変異株は分裂期カタストロフィーで死に、この形質は窒素源枯渇下で増強が認められた。

5.srw1+の発現は、Tyr15の制御が失われている時でも分裂期カタストロフィーを抑圧できること、srw1Δwee1-50二重変異株の分裂期カタストロフィーがハイドロキシウレアで抑圧されることなどから、srw1+はTyr15の制御とは独立してCdc2pの抑制に働くことが示された。

6.srw1+の発現は、Cdk抑制因子(CKI)であるRum1pの破壊株のG1停止能、接合能を抑圧できることが示された。またsrw1Δrum1Δ二重破壊株では、逆に細胞はG1期に停止しやすくなることが示された。

7.窒素源枯渇、あるいはcdc10温度感受性株を用いた実験でサイクリンの分解を調べた結果、srw1+は、G1期におけるCdc13pの分解に必須であることが示された。さらに、srw1+破壊株を用いて詳しく細胞周期の解析を行った結果、破壊株では増殖中の細胞で、分裂期からの脱失、およびその際のCdc13pの分解に全く欠陥がないことが示された。このことから、Cdc13pの分解には独立した2つ以上の系が働いていること、Srw1pは分化前のG1期特異的なCdc13p分解の促進因子であることが示された。

8.Srw1p活性が増殖中の細胞では抑制されている可能性を考え、Srw1p蛋白全長を抗原として抗体を作成した。62kDaのSrw1p蛋白が増殖中の細胞で複数のバンドとして検出されることが示された。フォスファターゼ処理を行った結果、Srw1pは増殖中の細胞では、細胞周期を通じてりん酸化されていることが示された。

9.Srw1pがCdc13pの分解に必須となる、G1停止時のSrw1p蛋白のりん酸化状態を検出したところ、Cdc13pの分解の時期と一致してSrw1pの脱りん酸化がおこることが示された。

10.Srw1pのキナーゼを同定するため、cdc2温度感受性株でSrw1pのりん酸化状態を調べたところ、Srw1pのりん酸化はCdc2pキナーゼ活性に依存することが示された。さらに、cdc13を不活化する実験により、Srw1pのりん酸化は、Cdc2p/Cdc13p複合体の活性に依存することが示された。

11.G1/S期の進行の際に、S期の開始にさきがけて、Srw1pのりん酸化がCdc13pの蓄積と同時におこることが示された。同様に、減数分裂の進行において、Srw1pのりん酸化、脱りん酸化の時期は、Cdc13pの分解、蓄積の時期と一致してそれぞれ、減数分裂前DNA合成直前、減数第二分裂直後におこることが示された。

12.Cdc2キナーゼおよび、Cdc13と結合したCdc2pを免沈した結果、両方ともSrw1pをin vitroにてりん酸化できる活性を持つことが示された。

13.Srw1pの蛋白には4か所、Cdkによるりん酸化コンセンサスサイトがみとめられた。これらのサイトのセリンまたはスレオニンをアラニンに置換することによって、りん酸化不能型の変異株を構築した。この結果、Srw1pは実際にこれらのサイトでりん酸化を受けていることが示された。

14.野生型とりん酸化不能型のSrw1pの蛋白の安定性を比較したところ、りん酸化は蛋白を不安定化する働きがあることが示された。

15.りん酸化不能型の株の解析を行った結果、一倍体の細胞が容易に二倍体化することが判明した。つまり、このりん酸化が細胞周期の順序だった進行の保障に重要な役割を果たすことが示された。この形質は、Cdc13pの同時発現により抑圧され、またりん酸化不能型の株ではCdc13p蛋白がより不安定であることも示された。

以上、本論文は分裂酵母において、Cdkの制御について、真核生物を通じて高度に保存されたFizzy関連蛋白の一員をコードする新規遺伝子srw1+を単離し、その分化における役割と制御機構を解析した。本研究は、これまで未知に近かった、真核生物の増殖と分化の切り換え機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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