学位論文要旨



No 117271
著者(漢字) 小池,宣也
著者(英字)
著者(カナ) コイケ,ノブヤ
標題(和) Per1発現制御に関わるタンパク質複合体の解析
標題(洋) Analysis of protein complexes involved in regulation of Per1 expression
報告番号 117271
報告番号 甲17271
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1879号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 助教授 菅野,純夫
内容要旨 要旨を表示する

 生物には概日リズムとよばれる行動や代謝活動を支配する周期約24時間のリズムが見出される。概日リズムは生体内の内因性の時計(体内時計)によって自律的に支配されている。現在までに、概日リズムを支配している遺伝子がいくつか同定されてきており、哺乳類とショウジョウバエでは、時計細胞の構造と機能には著しい違いが観察されるにも関わらず、両者共通の時計遺伝子が機能していることが明らかになってきた。ショウジョウバエではtimeless (tim)遺伝子とperiod (per)遺伝子が概日リズムを支配することが知られている。per及びtim遺伝子の発現には日周変動が観察され、その維持にはdCLOCK及びdBMAL1が転写の誘導に、PER及びTIMが抑制に機能している。Cryptochrome (CRY)は光依存的にTIMと結合し、光によるTIMの分解に関与している。また、Casein kinase Iε(CKIε)のホモログであるDouble-time (DBT)はPERをリン酸化することで、PERの分解を促進している。哺乳類においても、Per1、Per2、Per3遺伝子の発現には、時計細胞の存在する脳視床下部の視交叉上核において、日周変動が観察される。Per遺伝子群の発現日周振動は、Clock、Bmal1、cry1、cry2、tauなどの現在得られているすべてのリズム変異体において、著しく影響を受ける。また、Per1遺伝子破壊マウスやPer2遺伝子変異マウスが行動の概日リズムに異常を示すことからも、Per遺伝子群の発現日周リズムが哺乳類の概日リズム形成に必須であると考えられている。Per1遺伝子の発現には、CLOCK及びBMAL1が正の転写因子として機能している。CLOCK及びBMAL1はヘテロダイマーを形成し、Per1プロモーター上に存在するE-Box (CACGTG)配列に結合して、Per1の転写を促進している。一方、転写抑制には、cry1及びcry2が機能していることが、cry1及びcry2遺伝子破壊マウスによる遺伝学的解析や、Per1発現レポーターを用いた生化学的解析によって知られている。それにもかかわらず、PER1、PER2、PER3、TIMを含めた、転写抑制の詳細な分子機構までは明らかにされていない。

 本論文では、まず、Per遺伝子の転写抑制因子として期待される、ショウジョウバエtim遺伝子のヒト及びマウスホモログを単離決定した(それぞれhTIM1、mTim1)。hTIM1及びmTim1は、それぞれ、1208アミノ酸、1197アミノ酸のORFを支配していた。hTIM1及びmTIM1とショウジョウバエのTIMとのアミノ酸配列を比較したところ、PERとの結合領域を含む5つの領域で良く保存されていた。hTIM1とmTIM1のアミノ酸配列は約84%一致していた。FISHの結果、それぞれは、染色体上12q13、10D3にマップされ、両生物間のシンテニーであることが明らかになった。これらの結果からhTIM1とmTim1はショウジョウバエtimの構造ホモログであると結論された。ノーザン解析の結果では、ヒト及びマウスの多くの組織において、単離されたcDNAの全長にほぼ一致した長さを有するpoly(A)+RNAのバンドが確認された。マウスの脳でのTim1の発現レベルは、SCNにおいて高かった。しかしながら、その発現量にはショウジョウバエtimに見られるような、明暗及び恒暗条件下で日周変動が観察されなかった。また、TIM1と、現在まで知られている哺乳類時計分子PER1、PER2、PER3、CLOCK、BMAL1、CRY1、CRY2、CKIεのいずれとの相互作用も検出することはできなかった。さらに、哺乳類培養細胞におけるPer1発現リポーター解析では、TIM1はCLOCK、BMAL1によるPer1転写誘導にも、CRY1やCRY2による転写抑制にも影響を与えなかった。これらのことから、哺乳類TIM1は、一次構造の類似性にも関わらず、時計分子としての機能を維持しておらず、哺乳類では、他のタンパク質がTIMの代わりにPer1の転写制御を担っていることが示唆された。

 そこで、Per1の転写制御分子機構を解明するため、Per1の正負の転写制御に関わる時計分子間の相互作用を解析した。哺乳類培養細胞を用いたtwo-hybrid解析では、PER1、PER2、PER3のいずれも、CLOCKとBMAL1の相互作用に影響を与えなかったが、CRY1又はCRY2によって、この相互作用はほぼ完全に阻害された。このことから、Per1の転写は、正の転写因子であるCLOCKとBMAL1の相互作用をCRYが阻害することで抑制されると考えられた。一方、CRY1及びCRY2をbaitにしてtwo-hybrid解析を行なった結果、これらはPER1、PER2それぞれと相互作用するものの、CLOCK、BMAL1又はCLOCK-BMAL1複合体との相互作用を検出することはできなかった。さらに、ウサギ網状赤血球抽出液のin vitro翻訳系で合成したCRY1、CRY2、CLOCK、BMAL1を用いた免疫沈降法による解析では、CRY1及びCRY2だけではCLOCK-BMAL1複合体形成に影響を与えなかった。これらの結果は、CLOCK-BMAL1複合体によるPer1の転写を抑制する為には、CRY1とCRY2以外にも必要な分子が介在していることを示唆している。そこで、CLOCK、BMAL1、CRYを過剰発現させた哺乳類培養細胞を使って、免疫沈降法によって、BMAL1及びCRYと相互作用している分子をスクリーニングした。その結果、約27kDaのタンパク質が、CLOCK-BMAL1-CRY複合体に含まれ、このタンパク質が、それぞれ、BMAL1、CRYと相互作用していることを見出した。これらのことから、CRYはこの27kDaのタンパク質を介してCLOCK、BMAL1複合体と結合することで、CLOCK-BMAL1複合体によるPer1の転写に対する抑制能を発現していると考えられた。

 以上の結果、哺乳類TIMは、その一次構造上でのショウジョウバエTIMとの類似性にも関わらず、哺乳類の他の時計分子との相互作用を検出できなかった。また、Per1の転写制御においてもその関与が認められなかった。哺乳類Per1発現誘導にはショウジョウバエと同様にCLOCK-BMAL1ヘテロダイマーが機能しているものの、転写抑制には、ショウジョウバエとは異なり、TIMではなくCRYが関わっていた。本研究では、CRYがCLOCK、BMAL1と直接相互作用するのではなく、27kDaの未知のタンパク質を介して相互作用していることを見出した。即ち、この27kDaのタンパク質を介した、CLOCK、BMAL1、CRYからなる複合体形成が、Per1の転写抑制機構を構成していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、哺乳類の概日リズム形成に必須であると考えられているPer1遺伝子の発現制御機構を明らかにするため、まず、この遺伝子の転写抑制因子として期待されるショウジョウバエtim遺伝子のヒト及びマウスホモログ(hTIM1及びmTim1)を単離決定した。さらにPer1発現制御に関わるタンパク質複合体をtwo-hybrid法及び免疫沈降法で解析した。これらの研究により、下記の結果を得ている。

1.ショウジョウバエTIMのアミノ酸配列と類似した2つのヒトEST及び1つのマウスEST配列をもとに、RT-PCR、cDNA Libraryのスクリーニング、5'-RACE,3'-RACEを行い、約4.3kbのhTIM1及び、約4.4kbのmTim1 cDNAを単離しその一次配列を決定した。hTIM1及びmTIM1とショウジョウバエのTIMとのアミノ酸配列は、PERとの結合領域を含む5つの領域で良く保存されていた。また、hTIM1とmTIM1のアミノ酸配列は約84%一致していた。FISHの結果、それぞれは、染色体上12q13、10D3にマップされた。これらの結果からhTIM1とmTIM1はショウジョウバエTIMの構造ホモログであると結論された。

2. hTIM1とmTim1の発現をノーザンブロットで解析したところ、ヒト及びマウスの調べた限りのすべての組織において発現が観察された。また、マウスの脳でのTim1の発現レベルをin situ hybridization法で解析したところ、哺乳類の時計細胞であるSCNを含む脳全体で強く発現していたが、その発現量にはショウジョウバエtimに見られるような、明暗及び恒暗条件下で日周変動が観察されなかった。

3.Two-hybrid解析ではTIM1と、現在まで知られている哺乳類時計分子PER1、PER2、PER3、CLOCK、BMAL1、CRY1、CRY2、CKIeのいずれとの相互作用も検出することはできなかった。さらに、哺乳類培養細胞におけるPer1発現リポーター解析では、TIM1はCLOCK、BMAL1によるPer1転写誘導にも、CRY1やCRY2による転写抑制にも影響を与えなかった。これらのことから、哺乳類TIM1は、一次構造の類似性にも関わらず、時計分子としての機能を維持しておらず、哺乳類では、他のタンパク質がTIMの代わりにPer1の転写制御を担っていることが示唆された。

4.哺乳類培養細胞を用いたtwo-hybrid解析では、CLOCKとBMAL1の相互作用が、CRY1又はCRY2によって、ほぼ完全に阻害されることを見出した。一方、CRY1及びCRY2をbaitにしたtwo-hybrid解析では、これらはPER1、PER2それぞれと相互作用するものの、CLOCK、BMAL1又はCLOCK-BMAL1複合体との相互作用を検出することはできなかった。さらに、ウサギ網状赤血球抽出液のin vitro翻訳系で合成したCRY1、CRY2、CLOCK、BMAL1を用いた免疫沈降法による解析では、CRY1及びCRY2だけではCLOCK-BMAL1複合体形成に影響を与えなかった。これらの結果は、CLOCK-BMAL1複合体によるPer1の転写を抑制する為には、CRY1とCRY2以外にも必要な分子が介在していることを示唆していた。

5.CLOCK、BMAL1、CRY1を過剰発現させた哺乳類培養細胞を用いた免疫沈降によって、BMAL1及びCRYと相互作用している分子をスクリーニングしたところ、約27kDaのタンパク質が、CLOCK-BMAL1-CRY複合体に含まれており、このタンパク質が、それぞれ、BMAL1、CRYと相互作用していることを見出した。これらのことから、CRYはこの27kDaのタンパク質を介してCLOCK-BMAL1複合体と結合し、CLOCK-BMAL1-CRY-27kDaタンパク質複合体が、Per1の転写抑制に機能していると考えられた。

以上、本論文では哺乳類TIM1はその一次構造上でのショウジョウバエTIMとの類似性にも関わらず、哺乳類概日リズムへの関与は見出されなかった。哺乳類Per1発現誘導には、ショウジョウバエと同様にCLOCK-BMAL1ヘテロダイマーが機能しているものの、転写抑制には、ショウジョウバエとは異なり、TIMではなくCRYが関わっていた。本研究では、CRYがCLOCK、BMAL1と直接相互作用するのではなく、27kDaの未知のタンパク質を介して相互作用していることを見出した。即ち、この27kDaのタンパク質を介した、CLOCK、BMAL1、CRYからなる複合体形成が、Per1の転写抑制機構を構成していると考えられた。本研究は未だ明確にされていない哺乳類Per1発現制御分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク