学位論文要旨



No 117272
著者(漢字) 山田,洋一
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヨウイチ
標題(和) インプリント遺伝子の網羅的同定へのゲノム的アプローチ
標題(洋) A genomic approach toward comprehensive identification of imprinted genes
報告番号 117272
報告番号 甲17272
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1880号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 金井,克光
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景及び目的

 哺乳類ゲノムには、由来する親の性に依存して特定のアレルからのみ発現が見られるインプリント遺伝子が少数存在する。インプリント遺伝子には、細胞の増殖や分化、個体発生、さらには高次行動の制御などに重要な役割を果たしているものが多く、稀な遺伝病のみならず糖尿病、アトピー、躁鬱病などの頻度の高い疾患や種々の悪性腫瘍の発症に関与しており、医学生物学の広い分野から注目を集めている。またインプリント遺伝子の生物学的存在意義に関しては、これまでに様々な仮説が提示されてきたにも関わらず、いずれも証明には至っていない。これらのことからより多くのインプリント遺伝子を単離し、それらに共通な特徴を見いだすことは、その生物学的存在意義や様々なヒトの疾患の原因解明に大きく寄与するものと思われる。

 インプリント遺伝子の近傍には、アレル特異的にメチル化されるゲノム領域Differentially Methylated Region (DMR)或いはメチル化インプリントが存在し、インプリンティングの成立維持への関与が示唆されている。これまでに同定されたDMRは、互いに配列上での相同性は示さないが、CpGアイランド様配列でしかも縦列反復構造をとるという特徴を共有している。通常のCpGアイランドは遺伝子のプロモーター近傍に存在しメチル化を免れているが、その例外がDMRと不活化X染色体上のCpGアイランドである。これらでは一方のアレルのみがメチル化されており、メチル化を解析するとメチル化アレルと非メチル化アレルの共存を示す「混合型メチル化パターン」を示す。

 さてゲノムプロジェクトによる高精度ゲノム配列情報が得られつつある現在では、データベース検索でゲノム中のCpGアイランドを網羅することが可能である。したがってこれらのCpGアイランドに関して、混合型メチル化を識別できる方法でメチル化を簡便に検討出来れば、網羅的なDMR検索とそれに基づくインプリント遺伝子探索の途が開けるはずである。そこで私は最も高精度の配列情報が利用可能なヒト21番染色体を対象にCpGアイランドの網羅的メチル化解析を行い、インプリント遺伝子探索の有効性を検証することにした。

結果

1) Hpall-McrBC PCR法の開発

 まず私は、混合型メチル化を検出する簡便な方法としてHpall-McrBC PCR法を独自に考案した。Hpallは非メチル化DNAを切断する制限酵素であり、McrBCはこれとは逆にメチル化DNAを選択的に消化する酵素である。Hapll-McrBC PCR法では、HpallまたはMcrBCによって消化したゲノムDNAを用いて標的配列のPCRを行う。この際にアンプリコンがHpallおよびMcrBCの認識部位を含むようにプライマーを設定しておく。標的配列が完全にメチル化されている場合は、McrBCで消化されるがHpallでは消化されない。したがって後者で処理したDNAからのみ増幅が見られる。逆に標的配列が完全にメチル化を免れている場合はHpallで消化されるので、McrBC消化DNAからしか増幅が見られない。つまりHpall消化DNAからの増幅はメチル化アレルの存在を、McrBC消化DNAからの増幅は非メチル化アレルの存在を示す。したがって両方のアレルが共存する場合(混合型)は、どちらの処理をしたDNAからも増幅が見られるはずである。私はこの考えに基づき条件を検討し、実際に既知インプリント遺伝子中のDMRが予想通りに検出されることを確認してこの方法の有効性を確認した。

2)ヒト21番染色体CpGアイランドの系統的メチル化解析

 次に私は、配列情報が最も正確なヒト21番染色体から一定基準で抽出した146個のCpGアイランドのメチル化状態を上記のHpall-McrBC PCR法を用いて正常人末梢白血球DNAを対象に検討した。定説どおり、大半のCpGアイランド(110個)は非メチル化のパターンを示したが、完全メチル化パターンを示すものが20個と混合型メチル化パターンを示すものが16個と予想外に高率に見い出された。

 正常組織中でもメチル化を受けているCpGアイランドの構造的特徴を検討したところ、Harrプロット解析で顕著な縦列反復構造が検出されたCpGアイランド21個のうち17個(80%)がメチル化を受けていることが判明した。反復構造を定量的に表現するために、反復単位長、反復回数、そして反復単位間の配列相同性を考慮したスコアを設定したところ、このスコアが高いアイランド程、メチル化される率が高いことが示された。これまでにDMRと反復構造の関連は指摘されていたが、今回の結果はDMRに限らず反復構造とメチル化の相関が示された。

3)新規DMRの同定

 上記の解析で同定された混合型メチル化パターンを示すCpGアイランド16個に関して、メチル化がアレル特異的であるか否かをSNPを利用して検討した。その結果、これまでに2つのCpGアイランドについてアレル特異的メチル化が証明された。うち一方に関しては母親由来アレルがメチル化されることも判明した。この結果は、このアプローチで実際にDMRが同定できることを示すものであり、その近傍からの新規インプリント遺伝子の同定が期待される。

考察

 これまでのインプリント遺伝子の系統的単離法は、近縁種間における多型を利用してアレル特異的発現やメチル化をディスプレイする方法や、単為発生及び雄核発生胚を用いて発現アレルやメチル化アレルを濃縮する方法が主流であった。したがって、従来の方法はマウスにしか適用が難しく、ヒトへの応用は実際上不可能であった。またこれらの方法には、全ての遺伝子やCpGアイランドを漏れなくカバーすることはできないという欠点があった。

 一方で、私が提唱したアプローチは、ヒトゲノム情報を基盤に独自に考案したHpall-McrBC PCR法によってCpGアイランドのメチル化状態を漏れなく迅速に検討するというもので、上記の問題を克服するポストシークエンス時代によく適合したアプローチであるといえる。

 この方法を用いて私は21番染色体を対象に染色体全体に渡ってCpGアイランドのメチル化を検討したが、このような系統的解析はこれまでに例がない。その結果、通説と異なってCpGアイランドには正常細胞中でもメチル化を受けるものがあること、特に縦列反復構造を有するCpGアイランドがDMR以外でもメチル化を受けやすい傾向があることが明らかになった。

 この事実の生物学的意義は今後の研究の課題であるが、実用的には、例えば私が導入したスコアを利用してメチル化される可能性の高いCpGアイランドを選択し、これらに絞ってHpall-McrBC PCR法による解析を加えることで、更に高速に新規DMR候補が同定出来ることを意味している。しかも急速に蓄積しつつあるSNP情報の利用でアレル特異的なメチル化の検証も日に日に容易になりつつある。したがって、私の考案したアプローチによって、ヒトインプリント遺伝子の同定が大きく進展し、ひいてはその生物学的意義や疾患との関連の理解が深まることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ヒトにおけるインプリント遺伝子やその発現制御領域であるallelic differentially methylated region (DMR)の網羅的同定法を独自に開発し、これを用いて実際にヒト21番染色体上に二つの新規DMRを初めて同定したものであり、以下の結果を得ている。

1、 ヒト21番染色体ゲノム配列から、長さ400bp以上、GC含有量50%以上、CpG配列の出現頻度0.6以上の基準を満たす149個のCpG island (CGI)をプログラムを用いて情報学的に抽出した。

2、 DMRの候補と考えられるメチル化アレルと非メチル化アレルの混在型アイランド(compositely methylated island: CMI)を他のメチル化状態のCGIから簡便に区別するために、Hpa II-McrBC PCR法を独自に開発した。そして既知のDMRを用いて、この方法が確かにCMIを他のメチル化状態のアイランドから区別可能なことを確認した。

3、 上記1において抽出した149個のCGIのメチル化状態を上記2において開発したHpa II-McrBC PCR法により検討するために、個々のCGIを個別にPCR増幅するための特異的primer配列をプログラムと手設計により抽出した。このprimer対を用いて、149個のCGI中147個について実際に、ヒトゲノムからPCR増幅を確認できた。

4、 増幅可能であることが確認できた147個のprimer対を用いて、Hpa II-McrBC PCR法により、147のCGIのメチル化状態を検討した。その結果、CGIは通常メチル化を受けないという通説どおり、大半(110個)のCGIはメチル化を受けていなかったが、21個は両アレルとも完全にメチル化を受けており、DMRの候補と考えられるCMIも16個存在した。

5、 以前よりDMRには、しばしばタンデムリピート配列が存在することが指摘されてきたが、DMR以外のCGIについも同様なことが言えるかはこれまで全く検討されていなかった。そこでHarr plot解析とタンデムリピート配列検出プログラムを用いて、メチル化とタンデムリピート配列の相関性を検討した。この結果、完全にメチル化されているCGIとタンデムリピート配列の相関の有意性を統計的に示すことができた。

6、 Hpa II-McrBC PCR法によりCMIと判定した16個のCGIのうち12個について、実際にこれらがCMIであるか否かをbisulfite sequencing法をもちいて検討した。この結果、12個中、6個が実際にCMIであることが示された。

7、 最終的にDMRであるか否かを検討するために、6個のCMIのうち2個について一塩基多型(SNP)部位を同定した。これらのCGIについて、メチル化感受性酵素でゲノムを切断した後、SNPを挟んだprimerによるPCR増幅産物を直接シークエンスする方法で、これらがDMRであるか否かを検討した。この結果、SNPを同定した2個のCGIが、いずれも新規のDMRであることが証明された。

以上、本論文は、これまでに適切な方法論が存在しなかったヒトにおける新規インプリント遺伝子やDMRの網羅的単離を可能にしたものである。これによりインプリント遺伝子やDMRの同定が進み、インプリント遺伝子の生物学的存在意義や発現制御メカニズム、ひいてはインプリンティングが関与する種々の疾患の病因解明にも重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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