学位論文要旨



No 117273
著者(漢字) 大嶋,紀安
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,ノリヤス
標題(和) マクロファージにおける受容体依存的なPAF(血小板活性化因子)の分解
標題(洋)
報告番号 117273
報告番号 甲17273
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1881号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 助教授 中田,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

 血小板活性化因子(PAF; 1-O-alkyl-2-acetyl-sn-glycero-3-phosphocholine)は血小板の活性化、白血球の活性化、気管の収縮、化学走化性、血管透過性など多くの生物活性に関与する脂質メディエーターである。PAFは炎症やアレルギー疾患などの病理学的過程において重要な役割を果たしていると考えられている。

 PAFを除去する仕組みは重要であると考えられており、PAF分解酵素の性質やその臨床応用についてこれまで精力的に研究がなされている。しかしながら、PAFが受容体に結合した後、どのような代謝を受けるかなどPAF受容体がPAF分解にどのような関与をしているかは十分明らかになっていない。我々の研究室で作成されたPAF受容体欠損マウスを用いてこれらを明らかにするのが本研究の目的である。

PAF受容体欠損マウスのPAF分解能

 マウスにチオグリコレートを腹腔内注射して3日間放置し、腹腔マクロファージを誘導させた後、PBSで腹腔を洗浄して細胞を回収した。このようにして得られたPAF受容体ノックアウトマウスのマクロファージは野生型マウスに比べてPAF分解能が大きく減少していた。PAF受容体アンタゴニストWEB2086(10μM)を用いると野生型のマクロファージのPAF分解能はノックアウトマウスと同程度まで減少した。これらの結果はマクロファージによるPAF分解はPAF受容体の存在によって促進される事を示唆している。

PAFとPAF受容体のインターナリゼーション

 次に受容体に結合した後のPAFの動態について検討を行った。G−タンパク共役型受容体(GPCRs)や他の種類の受容体はリガンド刺激によってインターナライズすることが知られている。従って、我々はPAFとPAF受容体のインターナリゼーションを調べた。マクロファージを2nM[alkyl-3H]PAFと4℃で1時間、でインキュベートした後に37℃にすることで受容体のインターナリゼーションを起こした。以前にいくつかのG−タンパク質共役受容体で報告されているように、細胞表面の受容体に結合したリガンドは酸性pH処理で遊離させることが出来る。従って、リガンドが受容体とともにインターナライズするとそれらは酸性洗浄に耐性の部位に移動する。実際、細胞表面のPAF-PAF受容体複合体は、1%BSAを含む酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)で効果的に洗い落とすことが出来た。0分では細胞に結合したPAFのうちほとんど(91%)が酸性緩衝液処理で回収できた。ここで、温度を37℃に変えると細胞に結合したPAFのうち約半分が1分以内に酸性の緩衝液で洗えない画分に移動する。この結果からPAFがPAF受容体とともに素早く細胞内にインターナライズすると考えられた。

 細胞を受容体のインターナリゼーションを阻害するためにコンカナバリンA、0.45Mショ糖による高浸透圧ショック、あるいはphenylarsinoxyde処理を行ったところPAFのインターナリゼーションの速度は著明に減少した。特にphenylarsinoxydあるいは0.45Mショ糖の処理によってPAFのインターナリゼーションはほとんど完全に阻害された。0.45Mショ糖ではクラスリン格子の形成を阻害することによって小胞のエンドサイトーシスを阻害する。PAF受容体のインターナリゼーションがショ糖処理によってほとんど完全に阻害されたことから、PAF受容体はマクロファージにおいてクラスリン被覆小胞とともにインターナライズすると思われた。

受容体に結合した後のPAF代謝

マクロファージによるPAF受容体を介したPAFのインターナリゼーションがPAFの不活性化に重要であることを検証するために、我々は受容体に結合した後のPAFの代謝を解析した。[alkyl-3H]PAFのマクロファージによる代謝産物を抽出し、薄層クロマトグラフィー(TLC)によって分離、それぞれの代謝産物を定量した。マクロファージ内におけるPAF代謝の時間経過から、一度インターナライズしたPAFは最初に分解されてlyso-PAFを生じ、その後再アシル化されて1-alkyl-2-acyl-PCに代謝されることがわかった。20分後以降60分までは、lyso-PAFの割合は約20%で変わらなかった。PAF分解はPAFのインターナリゼーション(半減期約1分)と比べると比較的遅い反応であり、PAFの半減期は約20分であったことから細胞内は比較的緩衝な過程と考えられた。PAF受容体によるPAFのインターナリゼーションがPAF代謝に重要な役割を持っているかどうかを調べるために、PAF受容体のインターナリゼーションをConA処理によって阻害した。このときPAFは時間が経つと分解されるが、その速度は処理しないものに比べて顕著に減少していた。それ故、受容体に結合したPAFが細胞内に素早く取り込まれることで分解が促進されるという機構の存在が示唆された。

PAFのアセチル基の行方

 マクロファージの細胞内へ[alkyl-3H]PAFがインターナライズするとほとんどのPAFは少なくとも60分は細胞の中に残っている。しかしながら[acetyl-3H]PAFを用いるとアセチル基由来の放射活性は細胞外の培養液中に放出された。細胞内に取り込まれた放射活性の半分が培養液中に放出されるのに約40分かかった。これらの現象からlyso-PAFはマクロファージの外には放出されないがPAFのアセチル基(酢酸など)はマクロファージから放出されることが示された。

PAF分解酵素活性のマクロファージからの放出

 PAF受容体野生型と欠損型のマクロファージをPAFによって刺激したときの培養液中に放出されるPAFアセチルヒドロラーゼ(PAF-AH)活性を調べた。培養液中のPAF分解酵素活性は時間依存的に増加し、PAF刺激によって活性が上昇することか分かった。PAF受容体野生型のマクロファージを2nMまたは10nMのPAFで30分刺激するとPAF-AH活性の放出が顕著に増加したが、それに対して受容体欠損型ではPAFによる酵素活性の増加は見られなかった。これらの結果はPAF受容体の活性化によってマクロファージからPAF-AHが放出されることを示している。

PAF分解酵素の検出

 血漿型PAF-AHおよび細胞質型PAF-AH IIのマクロファージでの発現をウェスタンブロットで検出した。この2つのPAF分解酵素の発現は受容体野生型と欠損型の間で違いがないことが示された。このことは野生型のマクロファージのPAF分解能はWEB2086存在下で受容体欠損型のものと同程度になることと矛盾しない結果である。それ故、野生型と欠損型のマクロファージのPAF分解能の差はPAF-AHの発現量の違いが原因ではないと考えられた。

結語

 PAFは炎症の部位で合成される。好中球や好塩基球などと同様にPAF受容体を発現しているマクロファージは炎症性の疾患に関与している。PAFはオータコイドであり拡散しにくく限られた部位で働く。PAF-AHの放出や受容体取り込み依存的なPAF分解は、細胞表面や細胞外空間から素早くPAFを除去するのに重要な役割を果たしていると考えられた。結論として、PAF受容体はPAFと結合してインターナライズすることによって、また下流のシグナル伝達を介しPAF-AHの放出を促進することによって、PAF分解を亢進することに関与していると考えられた。PAF刺激により受容体がインターナライズし、またPAF-AHを放出する分子的メカニズムはまだ明らかでなく、今後の研究課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では生体内でのPAFの代謝におけるPAF受容体の役割を明らかにする一端として、PAF受容体欠損マウスの腹腔マクロファージを用いてPAF代謝について検討した。さらにその受容体依存的なPAF分解のメカニズムについて論じた。本研究により下記の結果を得ている。

1.PAF受容体欠損マウスのPAF分解能

 マウスの腹腔マクロファージを調製し、トリチウムラベルされたPAFを用いることによりマクロファージよるPAF分解を測定した。PAF受容体ノックアウトマウスのマクロファージは野生型マウスに比べてPAF分解能が大きく減少していた。PAF受容体アンタゴニストを用いると野生型のマクロファージのPAF分解能はノックアウトマウスと同程度まで減少した。これらの結果からマクロファージによるPAF分解はPAF受容体の存在によって促進される事が明らかとなった。

2.PAFとPAF受容体のインターナリゼーション

 受容体に結合した後のPAFの動態について検討を行った。マクロファージ上の受容体に結合したPAFが受容体とともにPAFがインターナリゼーションを起こし、その速度は、半減期約1分であることが分かった。細胞を受容体のインターナリゼーションを阻害するためにコンカナバリンA、0.45Mショ糖による高浸透圧ショック、あるいはphenylarsinoxydeで処理したところPAFのインターナリゼーションの速度は著明に減少した。ショ糖処理によってほとんど完全に阻害されたことから、PAF受容体はマクロファージにおいてクラスリン被覆小胞とともにインターナライズすると思われた。

3.受容体に結合した後のPAF代謝

 受容体に結合した後のPAFの代謝を解析した。PAFのマクロファージによる代謝産物を抽出し、薄層クロマトグラフィー(TLC)によって分離、それぞれの代謝産物を定量した。マクロファージの細胞内へインターナライズしたPAFは分解されてlyso-PAFを生じ、その後再アシル化されて1-alkyl-2-acyl-PCに代謝されることがわかった。PAF受容体のインターナリゼーションをConA処理によって阻害した。このときPAFは時間が経つと分解されるが、その速度は処理しないものに比べて顕著に減少していた。それ故、受容体に結合したPAFが細胞内に素早く取り込まれることで分解が促進されるという機構の存在が示唆された。

4.PAFのアセチル基の行方

 マクロファージの細胞内へPAFがインターナライズした後、生じたlyso-PAFはマクロファージの外には放出されないがPAFのアセチル基(酢酸など)はマクロファージから放出されることが示された。

5.PAF分解酵素活性のマクロファージからの放出

 PAF受容体野生型と欠損型のマクロファージをPAFによって刺激したときの培養液中に放出されるPAFアセチルヒドロラーゼ(PAF-AH)活性を調べた。培養液中のPAF分解酵素活性はPAF刺激によって上昇することか分かった。受容体欠損型ではPAFによる酵素活性の増加は見られなかった。これらの結果はPAF受容体の活性化によってマクロファージからPAF-AHが放出されることを示している。

6.PAF分解酵素の検出

 血漿型PAF-AHおよび細胞質型PAF-AH IIのマクロファージでの発現をウェスタンブロットで検出した。この2つのPAF分解酵素の発現は受容体野生型と欠損型の間で違いがなかった。それ故、野生型と欠損型のマクロファージのPAF分解能の差はPAF-AHの発現量の違いが原因ではないと考えられた。

 以上、本論文はPAF受容体がマクロファージにおいてPAF受容体がPAFと結合してインターナライズすることによって、また下流のシグナル伝達を介しPAF-AHの放出を促進することによって、PAF分解を亢進することに関与していることを明らかにした。本研究はPAF受容体のPAF代謝における役割について重要な知見が得られたものであり、PAF代謝のメカニズムの研究に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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