学位論文要旨



No 117278
著者(漢字) 中澤,久仁彦
著者(英字)
著者(カナ) ナカザワ,クニヒコ
標題(和) アテロコラーゲンを用いたアンチセンスオリゴヌクレオチドによる新規癌遺伝子治療法の確立
標題(洋)
報告番号 117278
報告番号 甲17278
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1886号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 助教授 真船,健一
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 渡邊,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

要約

目的

 ポリアミン合成の律速酵素であるオルニチン脱炭酸酵素(ODC)は、ヒトの種々の癌で発現が亢進している。アテロコラーゲンを坦体とするODCアンチセンスオリゴヌクレオチドによる新規の癌遺伝子治療法の確立を目的とする。

背景

 ポリアミンは低分子の非蛋白性の窒素化合物で、代表的なポリアミンとしてプトレシン、スペルミジン、スペルミンがある。DNAと強く結合し、その複製を制御し、タンパク合成や細胞分裂に影響を与え、細胞の成長に必須であることが知られている。ポリアミンの代謝はオルニチンの脱炭酸で始まってプトレシンになるが、このステップはオルニチン脱炭酸酵素(ODC)で制御されている。ODCは、分子量約5万のサブユニットからなる二量体で、オルニチンをプトレシンに変換する律速酵素で、その過剰発現は繊維芽細胞のtransformationを引き起こし、また各種ヒト癌細胞で過剰発現している。

 アンチセンス遺伝子治療は、in vitroでは種々の遺伝子の発現を効果的に抑制するが、in vivoではDNaseによる分解を受けるため、頻回の投与が必要で、より有用な坦体の出現が望まれていた。ポリアミン合成の律速酵素であるODCは、ヒトの種々の癌で発現が亢進していることにより、antisense ODCによるODCの発現抑制は、癌の増殖さらに転移を抑制することが期待される。また腫瘍に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドの十分かつ持続的な運搬を維持する担体や方法の確立が必要がある。

方法

 最も高いODC値を示した3種のヒトの癌のcell line、つまりMKN45(胃癌)、COLO201(大腸癌)、RD(横紋筋肉腫)を実験に用いた。アテロコラーゲンに包埋したODCアンチセンスオリゴヌクレオチドの細胞増殖における効果は、in vitroではMTTassayを用いて評価した。In vivoでは、単回のアテロコラーゲン包埋ODCアンチセンスオリゴヌクレオチドのヌードマウスに植え付けた腫瘍の成長に対する腫瘍内、筋肉内、腹腔内投与の効果を測定し、ODC値とポリアミン濃度を測定した。病理組織学的検索は投与後35日と42日に行った。さらに統計学的解析を行った。

結果

 In vitroではアテロコラーゲン包埋ODCアンチセンスオリゴヌクレオチドはODC値(p<0.0001)とポリアミン濃度(p<0.0001)の著名な抑制とにより、顕著にMKN45、COLO201、RD細胞の成長を抑制した(p<0.0001)。In vivoでは、単回のアテロコラーゲン包埋ODCアンチセンスオリゴヌクレオチドの腫瘍内、筋肉内、腹腔内投与は35-42日間に渡ってMKN45、COLO201、RD細胞の増殖を顕著に抑制した。最も著明なMKN45、COLO201、RD細胞の成長に対する効果は腹腔内投与により得られた。腫瘍のサイズは対照の腫瘍(100%)のそれぞれ0.7、3.5、3.5%であった(p<0.0001)。病理組織学的にはcontrol群ではアテロコラーゲン包埋ODCアンチセンスオリゴヌクレオチド群では、HE染色で広範なnecrosis、Azan染色では線維組織・膠原線維の増生が見られた。幾つかのヒトの癌はODC高値を示しているので、結果はこの新しいアンチセンス法がヒトの癌の治療に有効である可能性を強く示唆している。

結論

1.atelocollagenを用いたODC antisense oligonucleotidesの投与により胃癌、大腸癌、横紋筋肉腫の増殖がin vitro、in vivoにおいて顕著に抑制され、生体では5-6週の長期にわたり著明な増殖抑制効果が持続した。

2.後腹膜肉腫の肝転移を有意に抑制した。

3.atelocollagenは生体内でnucleaseによるantisense oligonucleotidesの急速な分解を防ぐ作用があり、drug delivery systemの担体として有効であると思われた。

4.atelocollagenはインテグリンを介して細胞に接着することがわかった。

5.ヒト各種癌ではODCが過剰発現しているため、臨床での有用性が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はアテロコラーゲンに包埋したODCアンチセンスオリゴヌクレオチドの細胞増殖における効果を、in vitroおよびin vivoで評価し新しい遺伝子治療の確立を目指したもので、審査で指摘された点と修正内容は以下のようである。

1 転移抑制についての実験について「背景を説明」、「必然的理由」、「atelocollagenの役割」についてのコメントが必要との指摘あり。

「背景を説明」、「必然的理由」については「癌細胞が宿主を死に至らしめる主たる理由は、癌が転移するためである。そこで次に転移に対する効果を解析する実験を行った。癌転移の実験モデルとしては人工転移モデルと自然転移モデルがあり、人工転移モデルは原発巣を遊離した癌細胞が血管内に侵入するまでの過程をスキップし、癌細胞が脈管内に侵入した以降の過程を調べることが可能なモデルであり、すべての転移形成過程を反映する自然転移モデルに対して、簡便さ、再現性の高さ、ばらつきの少なさと評価期間を短縮できる利点がある。以上より人工転移モデルとして経尾静脈モデルを採用した。」と補足した。

「atelocollagenの役割」については「RhodamineでラベルしたODCアンチセンスオリゴヌクレオチド(500μg)をFTTCでラベルしたアテロコラーゲン(1.8%)で包埋しRD腫瘍(約200g)移植ヌードマウスの腹腔内に投与した。投与後3日目に、腫瘍組織を切除し、固定、蛍光顕微鏡下に観察した。Fig.25A・Bに示したように、腫瘍においてRhodamineとFITCの蛍光は明瞭に検出された。FITCはアテロコラーゲンをラベルしてあり、アテロコラーゲンも腹腔内から腫瘍まで到達していることがわかった。Rhodamineのみ強く発色している部位(矢印で示す)は核内に取り込まれているものと考えられる。このデータよりアテロコラーゲンがODCアンチセンスオリゴヌクレオチドと共に腫瘍の間質まで運搬され、そこでオリゴヌクレオチドがアテロコラーゲンよりreleaseされオリゴヌクレオチドが核に取り込まれたものと思われる。」と説明した。

2 包埋の具体的構造がわからないとの指摘あり。包埋の具体的方法は、「オリゴヌクレオチドをアテロコラーゲンで包埋する方法は具体的には、抗原とアジュバントを混合する時と同様の方法で低温下でアテロコラーゲンとオリゴヌクレオチドを入れた別々の注射器を三方活栓に接続し、念入りに混合して調整した」と記載し、構造についてはFig.6に示した。

3 atelocollagenの特性など使った背景についての補足が必要との指摘については「コラーゲンは以前から皮革・ゼラチンとして使われてきた天然高分子である。バイオマテリアルとしてのコラーゲンは当初、動物のコラーゲン組織を処理し、置換材料として用いられた。その後、コラーゲンの生化学的な研究、抽出・精製技術の開発、化学修飾により新たな性質が付加された。その一つとして。型コラーゲン分子から作られたアテロコラーゲンに着目し、その低抗原性・生体吸収性・細胞適合性などからオリゴヌクレオチドのdeliverlyの担体としての応用を考えた。

1型コラーゲン分子を用いたのは原料(ウシの皮革)の入手のしやすさ、量の豊富さからである。アテロコラーゲンのバイオマテリアルとしての特徴としては、次のようなことが挙げられる。

 1高い抗張力:フィブリルが多数集まった高次構造を取っているため

 2水との親和性:コラーゲン分子には多量の水を保持する能力がある

 3低抗原性:抗原性の高いテロペプチドを除去してある

 4生体吸収性:生体内ではコラゲナーゼにより分解、あるいは細胞のファゴサイトシスにより分解され、治療の目的を終えた後は吸収される

 5良好な細胞適合性:細胞外マトリックスとしての役割

 6血小板凝集反応の惹起:血栓形成の初期

 7物理的・化学的修飾による諸性質のコントロールのしやすさ

 8各種形状への成形加工が可能。」と補足した。

4 mRNAの抑制はあるのか?との指摘に対しては、in vitro・in vivoでmRNAの発現レベルでの抑制効果がみられ、方法と結果を詳細に説明した。

5 正常組織への副作用を補足する必要があるとの指摘については「このアテロコラーゲンをバイオマテリアルとして用いる際に考えられる副作用としては、粘稠度の高い高次構造を有する物質が血管内に入り、血小板凝集反応の惹起による血栓形成・各臓器の塞栓症状、低抗原性とされながらもウシ由来のバイオマテリアルを生体内に入れることによる抗原抗体反応、操作による感染、精製が不十分だった場合に発熱性物質が含まれること等が挙げられる。」と記載した。

以上より結論として

1.atelocollagenを用いたODC antisense oligonucleotidesの投与により胃癌、大腸癌、横紋筋肉腫の増殖がin vitro、in vivoにおいて顕著に抑制され、生体では5-6週の長期にわたり著明な増殖抑制効果が持続した。

2.後腹膜肉腫の肝転移を有意に抑制した。

3.atelocollagenは生体内でnucleaseによるantisense oligonucleotidesの急速な分解を防ぐ作用があり、drug delivery systemの担体として有効であると思われた。

4.atelocollagenはインテグリンを介して細胞に接着することがわかった。

5.ヒト各種癌ではODCが過剰発現しているため、臨床での有用性が期待される。との知見が得られ、学位の授与に値するものと考えられる。

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