学位論文要旨



No 117279
著者(漢字) 石川,太郎
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,タロウ
標題(和) ラット脳幹シナプスにおける伝達の調節機構
標題(洋) Modulatory mechanisms for transmission at the brainstem synapse of rats
報告番号 117279
報告番号 甲17279
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1887号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 講師 森,寿
 東京大学 講師 廣瀬,謙造
内容要旨 要旨を表示する

 シナプス伝達はさまざまな機構により調節されることが知られている。しかし、中枢神経系におけるシナプス前終末からの伝達物質放出の調節機構については、シナプス前終末を直接的に電気生理学的手法を用いて調べることが困難であったために、不明な部分が残されている。ラット脳幹の聴覚系中継核である台形体内側核(MNTB)に存在するCalyx of Heldと呼ばれる神経前終末は、哺乳類中枢神経系の軸索終末としては例外的に大きく、パッチクランプ法を適応することが可能である。

 サイクロサイアザイド(CTZ)はAMPA型グルタミン酸受容体の脱感作の阻害剤として広く用いられている一方で、シナプス前終末にも作用して伝達物質の放出を増強させることが報告されているが、そのシナプス前終末に対する作用機序は不明である。本論文ではCTZがシナプス前終末のK+チャンネルを抑制することを示し、さらに種々K+チャンネル阻害剤を用いてシナプス前終末のK+チャンネルの薬理学的性質を同定する。また、CTZのシナプス後細胞への作用と関連した問題として、単一シナプス小胞から放出されたグルタミン酸によりシナプス後細胞のグルタミン酸受容体が飽和されているか否かという重要な問題を検討する。

 若年ラットの脳幹スライスを作製し、ホールセルパッチクランプ法を用いて、シナプス前終末のK+電流(IpK)、Ca2+電流(IpCa)および活動電位を記録し、シナプス後細胞より興奮性シナプス後電位(EPSC)を記録した。

 CTZ(100μM)の投与によりEPSCの平均振幅、平均量子数(quantal content)、及び微小EPSCの頻度が増大したが、微小EPSCの振幅は変化しなかった。これらのことから、CTZが神経伝達物質の放出を増強させることが示された。次に、IpK及びIpCaに対するCTZの作用を調べたところ、これらはいずれもCTZ投与により抑制された。これら2つの作用をCa2+濃度を減らし且つ4−アミノピリジン(4-AP)を添加した溶液で模倣した。この溶液を潅流すると、伝達物質放出は有意に増強したが、この増強はCTZによる増強よりも有意に小さかった。したがって、CTZのIpK抑制作用はそのIpCa抑制作用を凌駕して伝達物質放出を増強することが示され、さらに、CTZはこれらイオン電流以外にCa2+流入以降の開口放出機構にも作用して伝達物質放出を増強していることが示唆された。

 シナプス前終末のK+チャンネルの薬理学的性質と伝達物質放出におけるその役割を調べた。IpKは4-APに対し感受性が高く、その投与によりほぼ完全に抑制されたが、テトラエチレンアンモニウム(TEA)によっては部分的に抑制を受けた。デンドロトキシン及びカドミウムイオンはIpKに対して効果がなかった。これらの結果から、IpKにはTEA感受性の成分とTEA抵抗性の成分が存在し、前者はKv3チャンネル、後者はKv1.3もしくはKv1.5に由来するものであることが示唆された。また、EPSCの振幅は4-AP及びTEAにより顕著に増大した。このことから、K+チャンネルは伝達物質放出において重要な役割を担っていることが示唆された。

 CTZはAMPA受容体のグルタミン酸への親和性を増大させるにもかかわらず、微小EPSCの振幅に対して効果がなかった。このことは、シナプス後細胞の受容体が単一小胞から放出されるグルタミン酸により飽和しているという仮説と矛盾しない。この仮説を直接的に検討するため、高濃度のグルタミン酸をシナプス前終末に注入したところ、AMPA受容体性およびNMDA受容体性のEPSCはいずれも著明に増大した。このことから、受容体は飽和していないと結論される。以上の結果から、微小EPSCの振幅は平衡状態における親和性よりもむしろ非平衡状態での結合速度により決定されることが示唆される。

 以上の結果を総合すると、伝達物質放出の効率はシナプス前終末のK+チャンネル、細胞質のグルタミン酸濃度、及びエクソサイトーシス機構のメカニズムにより調節されていると結論される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は哺乳動物中枢神経シナプスにおけるシナプス伝達の調節機構を明らかにするために、ラット脳幹の聴覚系中継核である台形体内側核(MNTB)に存在するCalyx of Heldと呼ばれる巨大神経前終末およびそのシナプス後細胞からパッチクランプ法を用いた電気生理学的記録を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.サイクロサイアザイド(CTZ,100μM)の投与によりEPSCの平均振幅、平均量子数(quantal content)、及び微小EPSCの頻度が増大したが、微小EPSCの振幅は変化しなかった。これらのことから、CTZが神経伝達物質の放出を増強させることが示された。次に、シナプス前終末のK+電流(IpK)、Ca2+電流(IpCa)に対するCTZの作用を調べたところ、これらはいずれもCTZ投与により抑制された。これら2つの作用をCa2+濃度を減らし且つ4−アミノピリジン(4-AP)を添加した溶液で模倣した。この溶液を潅流すると、伝達物質放出は有意に増強したが、この増強はCTZによる増強よりも有意に小さかった。したがって、CTZのIpK抑制作用はそのIpCa抑制作用を凌駕して伝達物質放出を増強することが示され、さらに、CTZはこれらイオン電流以外にCa2+流入以降の開口放出機構にも作用して伝達物質放出を増強していることが示された。

2.シナプス前終末のK+チャンネルの薬理学的性質と伝達物質放出におけるその役割を調べた。IpKは4-APに対し感受性が高く、その投与によりほぼ完全に抑制されたが、テトラエチレンアンモニウム(TEA)によっては部分的に抑制を受けた。デンドロトキシン及びカドミウムイオンはIpKに対して効果がなかった。これらの結果から、IpKにはTEA感受性の成分とTEA抵抗性の成分が存在し、前者はKv3チャンネル、後者はKv1.3もしくはKv1.5に由来するものであることが示された。また、EPSCの振幅は4-AP及びTEAにより顕著に増大した。このことから、K+チャンネルは伝達物質放出において重要な役割を担っていることが示された。

3.高濃度のグルタミン酸をシナプス前終末に注入したところ、AMPA受容体性およびNMDA受容体によって担われている自発性EPSCはいずれも著明に増大した。このことから、これらの受容体はいずれも単一シナプス小胞から放出されるグルタミン酸によっては飽和していないことが示された。

 以上、本論文は伝達物質放出の効率はシナプス前終末のK+チャンネル、細胞質のグルタミン酸濃度、及びエクソサイトーシス機構のメカニズムにより調節されていることを明らかにした。本研究はこれまで未知の点が多かった哺乳動物中枢神経シナプスにおけるシナプス伝達の調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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