学位論文要旨



No 117280
著者(漢字) 並木,繁行
著者(英字)
著者(カナ) ナミキ,シゲユキ
標題(和) 可溶性グアニル酸シクラーゼヘム結合領域の同定及び一酸化窒素蛍光指示薬への応用
標題(洋) Heme binding domain in soluble guanylyl cyclase β1 subunit and its use in the development of fluorescent indicator for nitric oxide
報告番号 117280
報告番号 甲17280
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1888号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 講師 辻本,哲宏
内容要旨 要旨を表示する

 一酸化窒素(NO)は生体内情報伝達物質として多様な生理現象の制御に関与している。循環系では、血管内皮細胞由来のNOが近傍の血管平滑筋細胞に作用し、弛緩させる事で血管トーヌスの制御を行っている。また、中枢神経系では、シナプス間においてシナプス前膜からの刺激に応じてシナプス後膜で産生されたNOが、逆行性の情報伝達物質としてシナプス前膜に作用し、長期増強(LTP)に関与すると考えられている。その他、免疫系などでも多くの生理作用を担っていると提唱されているが、NO自体の化学的な不安定性からその挙動を正確に把握するには至っていない。

 現在までに知られているNOの生理的な受容体は、種々のチオール化合物と可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)である。細胞内のチオール基は、NOと反応する事でニトロソチオールを生成し、必要に応じてNOを供給するNOストアとして働いていると考えられている。また、sGCは内包するヘムによってNOを選択的に認識し、酵素活性を生じGTPからcGMPを産生する。従来からin vitroでのNOの様々な検出・定量法が開発されてきているが、その特異性などには問題が多い。本論文では、可溶性グアニル酸シクラーゼ内のヘム結合領域を明らかにし、それをNOセンサーとして用い得ることの可能性を示し、蛍光可視化プローブへの応用を目的とした。

1、sGCのヘム結合領域の同定

<背景>

 sGCは、α1(82kDa)およびβ1(70kDa)サブユニットからなるヘテロダイマーとしてクローニングされている。sGCは、β1サブユニットに内包されているヘムがNOと結合する事によって活性化され、GTPからcGMPを産生する。それゆえ、ヘム近傍の環境を明らかにすることは、その酵素活性の発現の機構を理解する上で必要不可欠である。β1サブユニット内のヘムは、中心金属がFe(II)であり、不活性化状態では105番目のヒスチジン(His105)をFe(II)の軸配位子とする5配位型の錯体構造を取る。NO付加に伴う活性化状態では、ヒスチジンの配位がはずれ、NOをFe(II)の軸配位子とする5配位型の錯体構造を取ることが、分光学的な研究から明らかになっている。ただし、His105はアポタンパク質へのヘムの結合には絶対必要不可欠なものではない。現在までの研究で、β1サブユニットの1-385番目のアミノ酸残基が存在すれば、ネイティブなsGCと一致するスペクトル特性を示す事が明らかになっている。本論文では、sGCの欠失タンパク質をチオレドキシンとの融合タンパク質として作製し、それぞれのヘム結合能及びヘムの状態を評価した。

 C末端の欠失タンパク質では、1-120番目のアミノ酸部位[β1(1-120)]がヘム結合能を示す最短のものであった。N末端の欠失タンパク質ではβ1(100-385)、β1(120-385)およびβ1(160-385)はヘム結合を示さなかったものの、β1(80-385)はヘム結合能を示した。したがって、β1(1-120)とβ1(80-385)に共通の部位である80-120アミノ酸部位は、ヘムを認識・結合する際の「essential domain」と言える。この領域にはヘム鉄の軸配位子であるHis105も存在しており、ヘム結合に関与する領域は非常にコンパクトにまとまっている。essential domainの他にヘム結合に影響のある2つのドメイン、「auxiliary heme-binding domain」(341-385アミノ酸部位)と「inhibitory domain」(196-341アミノ酸部位)を見い出した(図)。auxiliary heme-binding domainには、sGC同様にFe(II)の高スピン・5配位型錯体のヘムを有するAxcyt c'のヘム近傍のアミノ酸残基と高いホモロジーを有する領域(LVLLGEQF)を持っており、この領域がヘムポケットの一部としての構造を有している事を示唆している。また、essential domainを含んだN末端・C末端を共に欠失させた変異体β1(80-195)とβ1(60-195)でも大きなヘム結合能を示した。

 続いて、このようにして得られた最小に近いsGCのヘム結合骨格がNOを選択的に結合できるか否かについて解析を行った。NO存在下で生じるβ1(80-195)とβ1(60-195)のニトロシル錯体は、吸収スペクトル測定の結果、399nmに強い吸収(Soret吸収)を示し、485nmには肩吸収を示した。これらの吸収スペクトル特性はネイティブなsGCのニトロシル錯体と同様に、Fe(II)の高スピン・5配位型錯体タイプのものであった。したがって、これら欠失変異体もニトロシル錯体形成の際のヘム近傍の環境は正常に保持されていた。以上の結果より、今後、β1(80-195)とβ1(60-195)はさらに三次構造変化の解析を行う際に有用なモデルを提供すると期待できる。

2、sGCを基本骨格とするNO蛍光指示薬の開発

<背景>

 現在まで、生体内のNOの動態を研究するためのツールがいくつか開発されており、実用に堪えうるものとしては、NOの酸化代謝物の動態を蛍光指示薬で観察する方法やsGCの活性化によって生じるcGMPの定量などが挙げられる。しかしながらいずれの方法も極めて短寿命な分子であるNOの動態を直接測定しているとは言い難い。電極法は直接NOを測定しているが、その使い易さという点で難がある。、そこで、本研究ではNO動態の直接的な観察を可能とする蛍光指示薬の開発を目指した。

 生体内でのNO分子を選択的に認識し、蛍光強度変化をそのシグナルとして捕らえるためには、以下のような条件が満たされなければならない。1)NO分子を選択的に認識すること。2)センサー部位で検出したNO濃度の変化を、効率良く蛍光強度変化に変換し出力する事。

 それぞれの問題点を以下のようなストラテジーで解決する事を狙った。1)sGCのNO認識に関与する骨格を用いる。前項で明らかにしたように、sGCのβ1サブユニットの欠失変異体β1(80-195)とβ1(60-195)は酸素存在下でも選択的にNOを認識する事ができる。また、一般にヘムタンパク質とNOの反応は極めて速く、NO動態の観測に有利である。2)センサー部位(sGC骨格)でのNO認識の結果生じる高次構造変化を、センサー部位のN末端側とC末端側に融合させた緑色蛍光タンパク質(GFP)の変異体間の蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)効率の変化として観測する。以上のようなストラテジーに基づき種々の分子設計を行い、その性能評価を行った。

 β1(80-195)骨格をNOセンサーとして含む、様々な長さのβ1サブユニット欠失変異体のN末端とC末端にGFPのシアン色変異体(CFP)とGFPをそれぞれ融合させた融合タンパク質を大腸菌を用いて発現させた。NO濃度の変化に伴う、3種類の融合タンパク質内の2つのGFP変異体間のFRET効率の変化を評価した所、期待に反し、FRET効率の変化以外の何らかの機序によるGFPの蛍光強度変化が観察された。そこで、GFPのみをβ1サブユニットの1-260アミノ酸領域のC末端に融合させた構造のものを発現・精製し調べた所、NO濃度依存的にGFPの蛍光変化が生じた。吸収スペクトル測定により、この変化はNO濃度の上昇に伴うGFPの蛍光量子収率の増加に起因する事が明らかになった。これは、NOがセンサー部位(ヘム)に結合した際のヘム近傍のアミノ酸残基の高次構造変化が、C末端のGFPの発色団の環境に影響を及したことが原因となっていると考えられる。今後、センサー部分と蛍光タンパク質部分との間のリンカー部を調節する事などでより効率良くNO濃度変化をGFPの蛍光変化として捕らえる事が可能になると予想される。

結語

 本論文では、sGCのヘムの結合に関与する3つのドメインの同定を行った。この結果を基にNOの生体内での可視化を目指し、遺伝子でコードされたタンパク質ベースのNO蛍光指示薬の開発を行った。NOの選択的センサー部としてsGCのヘム結合領域が有用である事を示し、センサー部と蛍光タンパク質との融合タンパク質を用いる事で周辺のNO濃度の変化を蛍光強度変化として捕らえる方法を確立した。この方法論は将来的に生体内でのNO動態の直接的可視化に応用可能である。

図 sGCのヘム結合に関与する残基のドメイン構造

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、生理的な一酸化窒素(NO)の受容体である可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)内のヘム結合領域をsGCの欠失タンパク質とチオレドキシンとの融合タンパク質として作製し、それぞれのヘム結合能より同定した。また、それをNOセンサーとして用い得ることの可能性を示し、蛍光可視化プローブへの応用を試み、下記の結果を得ている。

1.C末端の欠失タンパク質では、1-120番目のアミノ酸部位[β1(1-120)]がヘム結合能を示す最短のものであった。N末端の欠失タンパク質ではβ1(100-385)、β1(120-385)およびβ1(160-385)はヘム結合を示さなかったものの、β1(80-385)はヘム結合能を示した。したがって、β1(1-120)とβ1(80-385)に共通の部位である80-120アミノ酸部位は、ヘムを認識・結合する際の「essential domain」と言える。この領域にはヘム鉄の軸配位子であるHis105も存在しており、ヘム結合に関与する領域は非常にコンパクトにまとまっている。

2.essential domainの他にヘム結合に影響のある2つのドメイン、「auxiliary heme-binding domain」(341-385アミノ酸部位)と「inhibitory domain」(196-230アミノ酸部位)を見い出した。auxiliary heme-binding domainには、sGC同様にFe(II)の高スピン・5配位型錯体のヘムを有するAxcyt c'のヘム近傍のアミノ酸残基と高いホモロジーを有する領域(LVLLGEQF)を持っており、この領域がヘムポケットの一部としての構造を有している事を示唆している。また、essential domainを含んだN末端・C末端を共に欠失させた変異体β1(80-195)とβ1(60-195)でも大きなヘム結合能を示した。

3.NO存在下で生じるβ1(80-195)とβ1(60-195)のニトロシル錯体は、吸収スペクトル測定の結果、399nmに強い吸収(Soret吸収)を示し、485nmには肩吸収を示した。これらの吸収スペクトル特性はネイティブなsGCのニトロシル錯体と同様に、Fe(II)の高スピン・5配位型錯体タイプのものであった。したがって、これら欠失変異体もニトロシル錯体形成の際のヘム近傍の環境は正常に保持されていた。

4.β1(80-195)骨格をNOセンサーとして含む、様々な長さのβ1サブユニット欠失変異体のN末端とC末端にGFPのシアン色変異体(CFP)とGFPをそれぞれ融合させた融合タンパク質を大腸菌を用いて発現させた。NO濃度の変化に伴う、3種類の融合タンパク質内の2つのGFP変異体間のFRET効率の変化を評価した所、期待に反し、FRET効率の変化以外の何らかの機序によるGFPの蛍光強度変化が観察された。

5.GFPのみをβ1サブユニットの1-260アミノ酸領域のC末端に融合させた構造のものを発現・精製し調べた所、NO濃度依存的にGFPの蛍光変化が生じた。吸収スペクトル測定により、この変化はNO濃度の上昇に伴うGFPの蛍光量子収率の増加に起因する事が明らかになった。これは、NOがセンサー部位(ヘム)に結合した際のヘム近傍のアミノ酸残基の高次構造変化が、C末端のGFPの発色団の環境に影響を及したことが原因となっていると考えられる。

 以上、本論文では、sGCのヘムの結合に関与する3つのドメインの同定を行った。この結果を基にNOの生体内での可視化を目指し、遺伝子でコードされたタンパク質ベースのNO蛍光指示薬の開発を行った。NOの選択的センサー部としてsGCのヘム結合領域が有用である事を示し、センサー部と蛍光タンパク質との融合タンパク質を用いる事で周辺のNO濃度の変化を蛍光強度変化として捕らえる方法を確立した。この方法論は将来的に生体内でのNO動態の直接的可視化を可能にし、生体内でのNOのダイナミクスの解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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