学位論文要旨



No 117283
著者(漢字) 星本,和種
著者(英字)
著者(カナ) ホシモト,カズフサ
標題(和) 子宮体癌の臨床病理学的及び予後に関する研究 : ホルモンレセプター,細胞周期蛋白,接着因子の免疫組織化学的研究を中心に
標題(洋)
報告番号 117283
報告番号 甲17283
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1891号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 渡邉,俊樹
内容要旨 要旨を表示する

 子宮体癌は,欧米において比較的よくみられる婦人科領域の悪性腫瘍である.わが国では,子宮頚癌と比較して子宮体癌の罹患率や死亡率は増加傾向にある.子宮体癌患者の予後は,組織学的異型度,子宮筋層浸潤の程度,リンパ節転移を含む子宮外伸展の程度などに左右される.またp53を異常発現している子宮体癌の多くはestrogen receptor (ER)やprogesterone receptor (PR)を発現せず,比較的予後不良であると言われている.このように,予後に関して高悪性度群を抽出し治療を計画する上で,従来の臨床病理学的因子とは異なったマーカーが有用となる可能性があると思われる.

 子宮体癌の発生にはestrogenの関与がみられる.同様にestrogenの関与がみられる乳癌では,ほとんどがERやPRの他にandrogen receptor (AR)も発現していると報告されているが,子宮体癌のARに関する文献は少ない.子宮体癌の65〜75%にARが発現しているという報告があり,また閉経後の血中ではandrogen濃度が高いのが特徴であり, androgenが子宮体癌の伸展に関与していることが予想される.またARを発現している子宮体癌細胞株MFE-296はandrogenによって増殖が抑制されることが示されている.

 他に重要性が予想されるのは細胞接着分子である.癌細胞の浸潤には細胞の解離が不可欠であり,細胞の解離は細胞間の接着能の低下によって生じる.Cadherinはα-,β-,γ-cateninとの複合体を形成し,細胞の形態形成や機能調節を司っており,E-cadherin及びβ-catenin遺伝子に突然変異が生じると癌細胞に転移能が生じる報告がある.一方CD44遺伝子は20個のエクソンから構成され,標準型CD44(CD44s)は10個のバリアントエクソン(v1〜v10)を持たず,組織に広く分布している.バリアントフォーム(CD44v)は,バリアントエクソンを様々な組み合わせで含み,乳癌や消化管癌のリンパ節転移との関連が報告されている.

 癌抑制遺伝子p53とretinoblastoma(Rb)遺伝子は細胞周期のG1に作用し,細胞増殖を調節している.Cyclin Dやcyclin Eは細胞周期のG1期の進行を刺激する.p16はcyclin D/cyclin-dependent kinase(CDK)複合体のpRbリン酸化能を阻害し細胞周期を抑制する.細胞周期に関する研究により,G1期における周期調節の破綻が悪性転化と深く関連することが示されてきた.

 子宮体癌では,ARや細胞接着分子,細胞周期関連蛋白に関する研究は少なく,これらの因子と予後に関する報告はほとんどない.本研究では,性ステロイドホルモンレセプター(特にAR),細胞接着分子であるE-cadherin,β-catenin,CD44,細胞周期関連蛋白であるp53,pRb,p16,cyclin D1, cyclin Eと臨床病理学的因子との関連を検索し,特に予後についてこれらの蛋白の発現異常がどの程度関与しているかを明らかにすることを目的とした.また,K-ras遺伝子の突然変異とpRbの発現の関連を示唆する報告があり,K-ras遺伝子の点突然変異の検討を加えた.

材料と方法

 1986年より2000年までに東京大学医学部附属病院病理部で扱った子宮体癌,及び子宮内膜異型増殖症189例の子宮摘出材料を用いた.子宮体癌のうち,漿液性腺癌,明細胞腺癌(混合腫瘍も含めて12例)は除外し,すべて類内膜腺癌とした.全例術前治療は行われていない.手術患者情報は東京大学医学部産科婦人科学教室のご好意により得られた情報を基本とし,最近の外来受診状況等を加え可能な限り経過観察期間を追求した.平均の経過観察期間は58.8か月(1〜176か月)であった.病理組織学的検討にはFIGO分類,子宮体癌取扱い規約を用いた.免疫組織化学的検討にはavidin-biotin horseradish peroxidase法(Vectastain Elite ABC-kit)を用い,使用した一次抗体は,抗ER抗体(ER1D5, 1:200, Immunotech), 抗PR抗体(PR10A9, 1:200, Immunotech), 抗AR抗体(AR441, 1:200, DAKO), 抗E-cadherin抗体(SHE78-7, 1:500, Takara), 抗β-catenin抗体(14, 1:2000, Transduction Lab), 抗CD44s抗体(DF1485, 1:100, DAKO), 抗CD44v3抗体(3G5, 1:2000, R&D Systems), 抗CD44v6抗体(2F10, 1:2000, R&D Systems), 抗p53抗体(DO-7, 1:200, Novocastra), 抗pRb抗体(3H9, 1:40, MBL), 抗p16抗体(G175-405, 1:400, Pharmingen), 抗cyclin D1抗体(P2D11F11, 1:50, Novocastra), 抗cyclin E抗体(13A3, 1:80, Novocastra), 抗Ki-67抗体(MIB1, 1:200, Immunotech)である.さらに,腫瘍の境界が明瞭で非腫瘍部との区別が容易な88例についてPuregene DNA isolation kit (Gentra)を用いてパラフィン切片からのDNAの抽出を行い,PCR-based RFLP法を用い,K-ras遺伝子突然変異の有無を検討した.

結果

 ER, PR, ARは腫瘍細胞の核に染色され,その陽性率はそれぞれ84.7%, 73.4%, 40.7%であった.ERは組織grade,筋層浸潤,脈管侵襲,リンパ節転移,付属器浸潤と,PRは組織grade,脈管侵襲,リンパ節転移と,ARは組織grade,筋層浸潤,脈管侵襲,リンパ節転移,頚部浸潤と有意な逆相関関係がみられた.予後との関係では,ER強陽性例が有意に予後良好であった.PR陰性例及びAR強陽性例の予後が悪い傾向がみられたが有意ではなかった.

 AR強陽性例と予後に関連が示唆されたため,AR強陽性例に着目した.強陽性例の大部分が,組織型が類内膜腺癌G1あるいはリンパ節転移陰性例であったため,類内膜腺癌G1症例・リンパ節転移陰性例に限って,それぞれARと臨床病理学的因子や予後との関連を検討した.類内膜腺癌G1では,ARは脈管侵襲,頚部浸潤と有意な逆相関関係がみられた.リンパ節転移陰性子宮体癌においては,ARは組織grade,脈管侵襲,頚部浸潤に有意な逆相関関係がみられた.また両群とも,AR強陽性例はKi-67のlabeling indexが高い傾向にあったが,統計学的に有意ではなかった.予後との関係では,両群ともARの強陽性例が有意に予後不良であった.予後規定因子である臨床病理学的因子を加えた比例ハザードモデルでは,両群ともARと脈管侵襲が予後規定因子であることが得られた.

 E-cadherin,β-cateninは腫瘍細胞の細胞膜に染色され,陽性率はそれぞれ71.2%, 89.3%であった.またβ-cateninについては, 28.8%において腫瘍細胞の核・細胞質にも染色性がみられた.E-cadherin,β-cateninは子宮内膜増殖症・子宮内膜異型増殖症では全例陽性であり,β-cateninが陰性を示したのは,筋層浸潤を伴う類内膜腺癌のみであった.

 E-cadherinは組織grade,筋層浸潤,脈管侵襲,頚部浸潤,付属器浸潤と有意な逆相関関係がみられた.反面,β-cateninの膜の染色性と相関関係を示す臨床病理学的因子はなかった.しかしβ-cateninの核陽性所見はリンパ節転移との間に有意な相関関係がみられた.予後との関係では,E-cadherin強陽性例は予後が有意に良く,逆に細胞膜のβ-catenin強陽性例,核陽性例は有意に予後不良であった.比例ハザードモデルでは,p53の発現,β-catenin核内発現が予後規定因子であった.

 CD44s, CD44v3, CD44v6は腫瘍細胞の細胞膜に染色され,陽性率はそれぞれ67.8%, 7.9%, 35.0%であった.他に扁平上皮への分化を示す部にCD44v3, CD44v6の染色性がみられた.子宮内膜増殖症では,CD44の発現がほとんどみられなかった.子宮内膜異型増殖症ではCD44s, CD44v6の染色性が増すものの,類内膜癌と比較すると弱い発現であった.CD44v3の発現がみられたのは,筋層浸潤を伴う類内膜腺癌のみであった.

 CD44v3には組織grade,リンパ節転移と正相関がみられたが,CD44s及びCD44v6と相関関係を示す臨床病理学的因子はなかった.予後との関係では,CD44v3陽性例及びCD44v6強陽性例の予後が有意に不良であった.CD44sについては強陽性例の予後が悪い傾向にあったが,統計学的に有意ではなかった.比例ハザードモデルでは,p53の発現,CD44v6強陽性,リンパ節転移,筋層浸潤が予後規定因子であった.

 pRb, p16, p53, cyclin D1, cyclin Eは腫瘍細胞の核に染色され,その陽性率はそれぞれ89.8%, 89.3%, 18.1%, 51.4%, 66.7%であった.

 pRbは脈管侵襲と,p16はリンパ節転移と,p53は組織grade,脈管侵襲,リンパ節転移,付属器浸潤と,cyclin D1は組織grade,脈管侵襲と,cyclin Eは組織gradeと有意な相関関係がみられた.予後との関係では,pRb強陽性例,p16強陽性例,p53陽性例が有意に予後不良であった.cyclin D1及びcyclin Eと予後との間に関連はみられなかった.比例ハザードモデルでは,pRb, p53の発現,リンパ節転移,脈管侵襲が予後規定因子であった.

 K-ras遺伝子の突然変異は,コドン12については42.0%にみられたが,コドン13についてはみられなかった.K-ras遺伝子コドン12の突然変異と臨床病理学的因子や予後との相関関係はみられなかった.

 各分野における比例ハザードモデルで有意な予後規定因子であることが示されたβ-cateninの核染色性,CD44v6, p53, pRbについて,臨床病理学的因子を含めて比例ハザードモデルでのハザード比の比較を行ったところ,ハザード比の高い順にp53, CD44v6, pRb, リンパ節転移であった.

考察

 我々が検討した蛋白の中で,予後に関連がみられたものは,ER, E-cadherin, β-catenin, CD44v3, CD44v6, pRb, p16, p53であった.興味深いことに,癌抑制遺伝子産物であるpRb, p16については,非発現例ではなく,過剰発現例の予後が不良であることが示された.

 ERについてはgrade,筋層浸潤や脈管侵襲などの浸潤因子,リンパ節転移と逆相関することにより,陽性例が予後良好となっているものと思われる.E-cadherinについてもgrade,浸潤との関連がみられ,β-cateninの核内発現とCD44v3はリンパ節転移との関連がみられるため,予後への影響はこれらの因子を介したものと考えられる.同様に,pRbは浸潤と,p16はリンパ節転移と,p53はgrade,浸潤,リンパ節転移との関連がみられた.しかし,β-cateninの細胞膜発現とCD44v6は臨床病理学的因子との関連がみられず,独立した予後因子であると考えられた.各分野における比例ハザードモデルで有意な予後規定因子のハザード比を比較した結果,ハザード比の高い順にp53, CD44v6, pRb, リンパ節転移であった.従来から指摘されているp53,リンパ節転移の他にCD44v6, pRbも新たな予後規定因子として有用であり,生検材料などを用いた検討に応用されることが期待される.

 ARについてはERと同様に,その発現が子宮体癌の発生,浸潤,転移に関連しているものの,予後に有意差はみられなかった.しかし,類内膜癌G1の患者群やリンパ節転移陰性類内膜癌患者群に限局して検討すると,AR強陽性例は,脈管侵襲に乏しいにも関わらず有意に予後不良であった.この理由には,AR強陽性例で細胞増殖能力が高い傾向にあることが考えられたが明らかでなく,今後の研究を要する.しかし予後良好と考えられているG1群やリンパ節転移陰性群の中で予後不良群を選別することは有益であり,特に類内膜癌G1の診断は生検でも可能であることから,G1においてARが強陽性であることは,予後が不良であることを推測するのに有意義であると考えられた.また乳癌の研究でAR陽性群はhormone療法への感受性が高いと報告されており,追加療法を選択する上でも有用であると考えられる.

 さらにCD44v3陽性例,CD44v6強陽性例,細胞膜のβ-catenin染色陰性例は筋層浸潤を伴う癌のみでみられ,子宮内膜増殖症や内膜内癌にはみられなかった.従って,CD44v3の発現,CD44v6の強い発現,細胞膜のβ-cateninの欠失は,生検の段階での癌の診断や浸潤の予想に有用であると考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,ホルモンレセプター(特にAR),細胞接着分子であるE-cadherin, β-catenin, CD44,細胞周期関連蛋白であるp53, pRb, p16, cyclin D1, cyclin Eと臨床病理学的因子との関連を検索し,特に予後についてこれらの蛋白の発現異常がどの程度関与しているかを明らかにすることを目的としたものであり,下記の結果を得ている.

1.予後に関連がみられたものは,ER, E-cadherin, β-catenin, CD44v3, CD44v6, pRb, p16, p53であった.興味深いことに,癌抑制遺伝子産物であるpRb, p16については,非発現例ではなく,過剰発現例の予後が不良であることが示された.

2.ERについてはgrade,筋層浸潤や脈管侵襲などの浸潤因子,リンパ節転移と逆相関することにより,陽性例が予後良好となっているものと思われる.E-cadherinについてもgrade,浸潤との関連がみられ,β-cateninの核内発現とCD44v3はリンパ節転移との関連がみられるため,予後への影響はこれらの因子を介したものと考えられる.同様に,pRbは浸潤と, p16はリンパ節転移と, p53はgrade, 浸潤,リンパ節転移との関連がみられた.しかし,β-cateninの細胞膜発現とCD44v6は臨床病理学的因子との関連がみられず,独立した予後因子であると考えられた.各分野における比例ハザードモデルで有意な予後規定因子のハザード比を比較した結果,ハザード比の高い順にp53, CD44v6, pRb, リンパ節転移であった.従来から指摘されているp53, リンパ節転移の他にCD44v6, pRbも新たな予後規定因子として有用であり,生検材料などを用いた検討に応用されることが期待される.

3.ARについてはERと同様に,その発現が子宮体癌の発生,浸潤,転移に関連しているものの,予後に有意差はみられなかった.しかし,類内膜癌G1の患者群やリンパ節転移陰性類内膜癌患者群に限局して検討すると,AR強陽性例は,脈管侵襲に乏しいにも関わらず有意に予後不良であった.この理由には,AR強陽性例で細胞増殖能力が高い傾向にあることが考えられたが明らかでなく,今後の研究を要する.しかし予後良好と考えられているG1群やリンパ節転移陰性群の中で予後不良群を選別することは有益であり,特に類内膜癌G1の診断は生検でも可能であることから,G1においてARが強陽性であることは,予後が不良であることを推測するのに有意義であると考えられた.また乳癌の研究でAR陽性群はhormone療法への感受性が高いと報告されており,追加療法を選択する上でも有用であると考えられる.

4.CD44v3陽性例,CD44v6強陽性例,細胞膜のβ-catenin染色陰性例は筋層浸潤を伴う癌のみでみられ,子宮内膜増殖症や内膜内癌にはみられなかった.従って, CD44v3の発現, CD44v6の強い発現,細胞膜のβ-cateninの欠失は,生検の段階での癌の診断や浸潤の予想に有用であると考えられた.

 以上,本論文はER, E-cadherin, β-catenin, CD44v3, CD44v6, pRb, p16, p53が予後に関連がみられることを明らかにした.子宮体癌では,ARや細胞接着分子,細胞周期関連蛋白に関する研究は少なく,これらの因子と予後に関する報告はほとんどない.本研究は,予後に関して高悪性度群を抽出し治療を計画する上で重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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