学位論文要旨



No 117287
著者(漢字) 小岩,司
著者(英字)
著者(カナ) コイワ,ツカサ
標題(和) HTLV−1の潜伏感染とLTRのDNA CpGメチル化制御
標題(洋)
報告番号 117287
報告番号 甲17287
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1895号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 助教授 高崎,誠一
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 講師 鄭,子文
内容要旨 要旨を表示する

<研究の背景と目的>

 HTLV-1はヒトで初めて発見されたレトロウイルスであり、成人T細胞性白血病(ATL)、HTLV-1関連せき髄症(HAM/TSP)およびHTLV-1ぶどう膜炎(HU)を引き起こす事が知られている。これらの疾患はいずれも中年から老年に至って発症するが、ウイルスの主な感染は母乳を介して乳幼児期に成立している。従って、HTLV-1は数十年の潜伏期の後に初めて病原性を示し、白血病や炎症性疾患を引き起こすことになる。

 一方、HTLV-1感染者の生体内の単核球では、感染者が炎症性疾患を起こしているか否かに関わらず、ウイルスの遺伝子発現はほとんど検出されない事が知られている。またマウスや猿を用いた動物実験では、HTLV-1接種後短期間のウイルス発現の後、感染細胞ではウイルスの発現が見られなくなる事が知られている。つまり、生体内の感染細胞においては、組み込まれたプロウイルスからの遺伝子発現はきわめて限局されていると考えられている。

 従来より様々なウイルスで、C-G(シトシン−グアニン)2塩基のDNA配列のシトシン側のメチル化、いわゆるCpGメチル化による遺伝子発現抑制が潜伏感染に関与している事が示唆されている。HTLV-1についても、いくつかの報告があり、培養細胞や腫瘍細胞でプロウイルスがメチル化されている事等が報告されている。しかしこれらの報告では、同じ認識配列を持つメチル化感受性(MspI)と非感受性(HpaII)の制限酵素による切断の有無をサザンブロット法によって検出する方法をとっており、この認識配列以外のメチル化は解析されていない。また、生体内の非腫瘍化感染細胞の情報も限られている。

 そこで本研究では、HTLV-1の潜伏感染におけるCpGメチル化の関与について、全てのCpGサイトのメチル化状態を明らかにできるbisulfite genomic sequence法により、培養細胞のみならず、無症候性キャリアーの感染細胞におけるHTLV-1プロウイルスLTRのメチル化についても詳細な検討を行い、CpGメチル化の潜伏感染における役割を解析した。

<方法と結果>

 in vitroでHTLV-1のLTRをSssI methylaseを用いてCpGのメチル化を行い、培養細胞に導入してそのプロモーター活性を解析したところ、強く抑制される事が示された。

 さらに、種々のHTLV-1感染T細胞株に組み込まれているプロウイルスのLTRの1から453番目の塩基配列の間に存在する24個のCpGサイトのメチル化状態をbisulfite genomic sequence法で解析した。その結果、それぞれの細胞株におけるウイルス遺伝子の発現レベルとLTR CpGメチル化頻度の間に逆相関が認められた。MT-1やTL-om1等の潜伏感染細胞株のLTRにおいては、解析したそれぞれのCpG siteは約50%の頻度でメチル化されていた。これらの潜伏感染細胞株をメチル化阻害剤である5'-Azacytidineで処理すると、2日後からウイルス遺伝子発現が誘導され、CpGメチル化が遺伝子発現の抑制に関与している事が示された。

 また、ATL患者由来の腫瘍細胞を用いた解析の結果、プロウイルスLTRが高頻度にメチル化されたものと、脱メチル化状態にあるものとに2群に区別された。これらの検体についてプロウイルスゲノムの構造を検討した結果、高頻度にメチル化された検体は完全型のプロウイルスゲノムをもっている一方、非メチル化検体ではプロウイルスの欠損が多く認められた。

 ウイルス感染キャリアーの末梢血の感染細胞を用いて同様の解析を行った結果、無症候性キャリアーでは、約50%と高い頻度のメチル化を示したが、各炎症性疾患(HAM/TSP, HU)では約10〜20%と、LTR CpGメチル化は比較的低い頻度で認められた。

 これらHTLV-1 LTRはプロウイルスの両端(5'-LTRおよび3"-LTR)に存在しており、ウイルス遺伝子の発現には、5'-LTRのみがプロモータとして機能している。そこで、これらの細胞株および生体内の感染細胞のプロウイルスLTRのメチル化について、5'-LTRと3"-LTRのLTRのメチル化レベルをそれぞれ個別に解析した。

 5'-LTRに隣接する宿主細胞側の隣接配列をinverse PCR法を用いて決定し、それに基づいたBisulfite PCR用のプライマーを設定して、5'-LTR特異的にCpGメチル化を解析した。さらに、3'-LTRについてはその5'側に隣接するpX領域の塩基配列を用いてプライマーを設定し、3'-LTR特異的なCpGメチル化を解析した。その結果、潜伏感染細胞TL-Om1では、3'-LTRのCpGサイトがメチル化が見られない一方、5'-LTRのCpG siteは解析した各CpG site全てにおいて、ほとんど100%のメチル化が確認された。

 ATL患者由来の腫瘍細胞を用いた同様の解析でも、HTLV-1 LTRのCpGメチル化は、5'-LTR特異的に見られ、3'-LTRのCpGメチル化は認められなかった。

 無症候性キャリアーの感染細胞は、末梢血中においてポリクローナルであるため、組み込み部位の塩基配列を利用した5'-LTR特異的な解析は困難である。そこで3'-LTRのみについて特異的な解析を行ったところ、メチル化されたCpGサイトほとんど認められなかった。5'-と3'-LTRを合わせて解析した結果が約50%のメチル化レベルを示したことから、CpGメチル化は5'-LTRを中心におこなわれていることが示唆される。

<考察>

 HTLV-1の潜伏感染機序の一因として、ATL腫瘍細胞中のプロウイルスゲノムの欠損が報告されているが、これらは約半数の例で認められているだけで、ほぼ全てのATLで見られる潜伏感染を説明するに至っていない。

 今回の解析では、HTLV-1 LTRの高頻度なメチル化は、欠損のない完全型のプロウイルスを有していた検体でのみ見られた。

 また、感染細胞株、ATL腫瘍細胞の解析の結果、HTLV-1 LTRのメチル化は、ウイルス遺伝子の発現プロモータとして機能する5'-LTRが特異的に行われていた。

 これらの結果は、ウイルスゲノムの欠損と共に、DNA CpGメチル化が積極的なウイルス遺伝子の発現抑制を行っていることを示唆している。

Fig.1 共焦点レーザー走査蛍光顕微鏡によるHTLV-1 gag抗原の検出

 HTLV-1潜伏感染細胞株は、メチル化阻害剤5AzaC処理により、48時間以降で抗原発現が見られるようになり、72時間でより多くの細胞で認められた。

Fig.2 ATL腫瘍細胞をもちいたHTLV-LTR CpGメチル化の解析

完全長プロウイルスにを保持しているATL検体の多くで、プロウイルスLTRに高頻度(50%〜90%)のメチル化が認められた。

Fig.3 潜伏感染細胞株TL-om1における5'-,3'-LTRの選択的CpGメチル化

 HTLV-1プロウイルスLTRのCpGメチル化は、5'-LTR選択的であり、3'-LTRでは、ほとんど認められない。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒトレトロウイルスHTLV-1の潜伏感染における、DNA CpGメチル化の役割について検討をするため、HTLV-1感染細胞株、HTLV-1キャリアーおよび成人T細胞性白血病(ATL)患者由来のPBMCを用いて、プロウイルスLTRのメチル化レベルを詳細に解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.ウイルス遺伝子発現の認められない、HTLV-1潜伏感染細胞株では、そのプロウイルスLTRの高い頻度でのCpGメチル化が認められた。また、これら感染細胞株をメチル化阻害剤5−アザシチジンにて処理することにより、プロウイルスLTRの脱メチル化、およびウイルス遺伝子発現の再活性化が確認された。これにより、HTLV-1潜伏感染細胞株は、プロウイルスLTRのCpGメチル化を介して遺伝子発現の抑制を行っていることが示唆された。

2.無症候性HTLV-1キャリアの末梢血感染細胞(AC)では、そのプロウイルスLTRの高い頻度でのメチル化CpGサイトが認められた。これら無症候性キャリアの感染細胞は、ウイルス遺伝子発現がほとんど認められないため、プロウイルスLTRのCpGメチル化を介した潜伏感染であることが示唆された。

3.炎症性疾患を伴うHTLV-1感染キャリア(HTLV-1ブドウ膜炎(HU)、HTLV-1関連せき髄症(HAM/TSP))の末梢血感染細胞では、プロウイルスLTRのCpGメチル化の頻度は低い頻度にあった。これら炎症性疾患キャリアの末梢血中の感染細胞量は、いずれも無症候性キャリアにくらべ増加しており、非メチル化プロウイルスLTRを持つ感染細胞クローンの増殖によるものであると考えられた。

4.ATL腫瘍細胞のプロウイルスLTRのCpGメチル化頻度は、プロウイルスゲノムの上流側に欠損のみられる検体ではほとんど認められず、完全長のプロウイルスゲノムを保存していた検体では、多くの例で高い頻度でプロウイルスLTRのCpGメチル化が見られた。これにより、ATL腫瘍細胞では、そのプロウイルスゲノム構造の欠損、またはプロウイルスLTRのCpGメチル化により不活性化されていることが知られている。

5.HTLV-1プロウイルスLTRを、上流側の5'-LTRと下流側の3'-LTRに、それぞれ分けて解析したところ、メチル化は、ウイルス遺伝子のプロモータとして機能する5'-LTRのみにおこなわれており、3'-LTRではほとんど認められなかった。

以上、本論文は、各種潜伏感染細胞株、HTLV-1感染キャリアやATL患者の感染細胞の、HTLV-1プロウイルスLTRのCpGメチル化による、遺伝子発現の制御に関与を明らかにした。また、本研究では、CpGメチル化が5'-LTR選択的に行われていることが明らかになり、これは他のウイルスを含めても全く新しい知見であり、ウイルス潜伏感染の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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