学位論文要旨



No 117289
著者(漢字) 齋藤,桃実
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,モモミ
標題(和) 血管新生、血管透過性におけるアンジオポエチン−Tieシステムの作用の解析
標題(洋) Analysis of Angiopoietin-Tie system in angiogenesis and vascular permeability
報告番号 117289
報告番号 甲17289
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1897号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 客員教授 横田,崇
 東京大学 助教授 小林,一三
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 講師 鄭,子文
内容要旨 要旨を表示する

 血管新生(angiogenesis)は胎生期における血管系形成の中心的過程であるばかりでなく、成熟個体の卵巣における黄体形成、胎盤形成などに関与する。一方、これらの正常な血管新生以外にも病的血管新生や血管透過性亢進が、固形腫瘍の増殖と進展、糖尿病網膜症やリウマチ様関節炎などの様々な疾患の病態に関与していることが知られている。これらに深く関わっている血管内皮細胞特異的増殖因子、血管透過性因子としてVEGF(vascular endothelial growth factor)が見出され、VEGFとその受容体による血管新生の機構がin vitroおよびin vivo両面において解析されつつある。近年、VEGFとその受容体系とは異なる新たな血管制御系として、Tie受容体ファミリーとそのリガンドであるアンジオポエチン(Ang)ファミリーが単離された。Tie受容体ファミリーはチロシンキナーゼ型受容体であり、現在Tie1、Tie2が知られている。また、アンジオポエチンファミリーはアンジオポエチン1(Ang1)からアンジオポエチン4(Ang4)までが単離されており、これらはすべてTie2のリガンドである。Tie2チロシンキナーゼに対してAng1およびAng4は自己リン酸化を誘導するのに対し、Ang2、Ang3は結合はするものの自己リン酸化を誘導しないことから、前者はTie2のアゴニスト、後者はTie2のアンタゴニストとして機能すると考えられている。ノックアウトマウスの解析により、VEGFとその受容体がvasculogenesis(血管発生)と呼ばれる血管の初期発生からその後の血管新生に至るまで非常に広い範囲の血管系形成に関与するのに対して、アンジオポエチン−Tie受容体系は胎生中期・後期の内皮細胞と平滑筋細胞(および周皮細胞)の相互作用に重要であることが明らかにされた。しかしながら、Ang-Tie2系のin vitro、in vivoにおける血管系への作用に関しては不明な点が多い。

 本研究では、血管新生および血管透過性におけるAng-Tie2系の作用を解析することを目的にふたつの実験を行った。(1)Ang-Tie2系の分子細胞生物学的な解析を目的に、そのシグナル伝達および管腔形成への影響を、その他の血管新生因子VEGF、HGF(hepatic growth factor)およびbFGF (basic fibroblast growth factor)と比較検討した。(2) in vivoにおける血管新生、血管透過性へのAng-Tie2系の関与を検討する目的で、マウス腹水癌におけるAngの発現変化およびアデノTie2-FcによるAng-Tie系阻害の影響を調べた。

(1) Ang-Tie2系のシグナル伝達および管腔形成への影響

 結果

 ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)の一次元培養系においてAng1はMAP kinaseを弱く活性化したが、HUVECの増殖に影響は見られなかった。しかしながら、Ang1は無血清下において誘導されるHUVECのアポトーシスをVEGF、HGFおよびbFGFと比較すると弱いながら阻害することが分かった。アポトーシス阻害に関わるシグナルとしてPI3-kinase-Akt系に注目し、Ang1がこの系に関与するか検討した。Ang1はAktを弱くリン酸化し、この活性化はPI3-kinaseの阻害剤であるWortmanninで阻害された。また、Ang1の誘導する無血清下での抗アポトーシス効果もWortmanninで完全に抑制されることから、Ang1によるアポトーシス阻害はPI3-kinase系が関与していることが示唆された。Ang1による管腔形成への影響を調べるために、HUVECとヒト繊維芽細胞の共培養による管腔形成のモデル系を用いた。この系においてAng1は、VEGF、HGFおよびbFGF同様、管腔形成量を増大させた。Ang1単独ではコラーゲンゲルやマトリゲル内でHUVECの管腔形成を誘導できないことが報告されているため、この共培養系においてAng1が誘導した管腔形成量の増大は、内在性のVEGFに依存しているのではないかと考え、抗VEGF中和抗体を各リガンドとともに加えた。その結果、予想通りAng1に誘導される管腔形成は著しく阻害された。興味深いことに、HGFやbFGFによって誘導される管腔も強く阻害され、このことからAng1のみならずHGFやbFGFによる管腔形成の促進も内在性VEGFに強く依存していることが示唆された。また、管腔を形成するHUVECのアポトーシスの割合を調べた結果、Ang1はPI3-kinase系を介してHUVECのアポトーシスを抑制し管腔形成を促進することが分かった。管腔形成中にアポトーシスを起こすHUVECでは活性化Caspase-3の発現亢進が免疫染色により確認され、Ang1の抗アポトーシス効果はCaspase-3活性化の阻害が関与していることが示唆された。

 考察

 マウスの角膜血管形成モデルを用いた実験で、Ang1単独では血管新生が認められないものの、VEGFとAng1を同時投与するとVEGF単独と比べより緻密な血管構造を形成するという報告がある。本研究において、Ang1は一次元培養系および共培養系のHUVECにおいて抗アポトーシス活性を示した。共培養系においてAng1の活性は内在性VEGFに強く依存していることから、in vivoではVEGF存在下でAng1は内皮細胞のアポトーシスを阻害し、結果として管腔形成量の増大につながると考えられる。

(2)マウス腹水癌におけるAng-Tie2系の関与

 結果

 本研究では、マウス腹水癌株細胞、乳癌MM2を用いた。MM2細胞はVEGFを分泌しており、腹水の産生や腹壁における血管新生を誘導する。これらの誘導は抗VEGF中和抗体により抑制されることが以前の報告で分かっている。MM2細胞内のAng1、Ang2の発現はRT-PCR法により確認したところ、ともに発現していなかった。6週齢、C3H/HeマウスにMM2細胞(1×106 cells)を腹腔内移植し、移植後7日目に腹壁を摘出しAng2の発現の変化をRT-PCR法で調べた。その結果、MM2細胞移植により腹壁中のAng2のmRNAレベルの上昇が認められた。MM2細胞の分泌するVEGFに誘導される腹壁の新生血管においてAng2の発現が亢進しているのではないかと考え、抗VEGF中和抗体を投与したときの腹壁におけるAng2のレベルの変化をRT-PCR法および免疫組織染色法により確認した。その結果、腹壁中Ang2の発現はVEGF中和抗体の投与により減少する傾向が見られ、興味深いことにAng1はAng2と反対に、MM2移植により発現が下がり、抗VEGF中和抗体投与により回復する傾向が見られた。また、免疫組織染色の結果、Ang2は新生血管の内皮細胞で主に発現していることが確認された。腹水癌におけるAng-Tie2系の阻害による影響を検討するため、アデノウイルスTie2-Fcを作製した。アデノTie2-Fc(5×108pfu)を6週齢、BALB/Cヌードマウスに腹腔内投与し、12時間後にMM2細胞(1×106 cells)を腹腔に移植した。血清中のTie2-Fcタンパク量はアデノTie2-Fc投与後4日目に約34μg/mlに達し、10日目には約9μg/mlまで減少した。アデノlacZ投与と比較し、アデノTie2-Fc投与によりMM2細胞移植後7日目における腹水の量、腹水中の腫瘍細胞数に有意な減少が見られた。

 考察

 腫瘍におけるAng-Tie系の関与についてはいくつかの固形癌で報告されている。Ang1が主に腫瘍細胞で発現しているのに対し、Ang2は腫瘍血管の内皮細胞で発現が上昇していることが分かっている。本研究では、腹水癌細胞が産生するVEGFに誘導される腹壁の新生血管内皮細胞でAng2の発現が亢進していることが示された。このことから、腹壁においてAng2がVEGFと協調して血管新生を誘導している可能性が示唆される。これらの新生血管は周皮細胞などの裏打ち構造が少なく脆弱なため、血清や血球が漏出しやすいと考えられる。今回、アデノTie2-Fc投与により腹水量の減少が見られたのは、Tie2-Fcが主にAng2を阻害することで血管新生を部分的に阻害したためと考えられる。Ang2、VEGFの同時阻害がVEGFの単独阻害に比較し効果が高いことが示されれば、腹水癌治療の可能性の一つになることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は血管内皮細胞特異的因子アンジオポエチン(Ang)とその受容体Tie2のシステムが血管新生および血管透過性にどのように作用しているかを明らかにするため、(1)培養ヒト血管内皮細胞を用いてAng-Tie2系の分子細胞生物学的な解析を、(2)マウス腹水癌の系を用いてin vivoにおける血管新生、血管透過性へのAng-Tie2系の関与の検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

(1-1).培養ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)においてAng1はMAP kinaseを弱く活性化したが、HUVECの増殖に影響は見られなかった。しかしながら、無血清下においてHUVECにアポトーシスを誘導した系では、Ang1はVEGF、HGFおよびbFGFと比較すると弱いながら阻害することが分かった。Ang1の抗アポトーシス効果にはPI3-kinase/Akt系の活性化が関与していることが示唆された。

(1-2).HUVECとヒト繊維芽細胞の共培養による管腔形成のモデル系を用いた結果、Ang1はVEGF、HGFおよびbFGF同様、管腔形成量を増大させた。抗VEGF中和抗体を各リガンドとともに加えた場合Ang1に誘導される管腔形成は著しく阻害されたことから、Ang1による管腔形成の促進は内在性VEGFに強く依存していることが示された。

(1-3).共培養の系においてHUVECのアポトーシスの割合を調べた結果、Ang1はPI3-kinase系を活性化することでHUVECのアポトーシスを抑制し、管腔形成量を増大することが示された。管腔形成中にアポトーシスを起こすHUVECでは活性化Caspase-3の発現亢進が免疫染色により確認され、Ang1の抗アポトーシス効果はCaspase-3活性化の阻害が関与していることが示唆された。

(2-1).マウス腹水癌株細胞、乳癌MM2細胞内のAng1、Ang2の発現をRT-PCR法により確認したところ、ともに発現は認められなかった。6週齢、C3H/HeマウスにMM2細胞を腹腔内移植し、移植後7日目に腹壁を摘出しAng2の発現の変化をRT-PCR法で調べた結果、MM2細胞移植により腹壁中のAng2のmRNAレベルの上昇が認められた。抗VEGF中和抗体を用いてMM2細胞の分泌するVEGFを阻害したところ、腹壁中Ang2の発現は抗VEGF中和抗体の投与により減少する傾向が見られ、興味深いことにAng1はAng2と反対に、MM2移植により発現が下がり、抗VEGF中和抗体投与により回復する傾向が見られた。また、免疫組織染色の結果、Ang2は新生血管の内皮細胞で主に発現していることが示された。

(2-2).腹水癌におけるAng-Tie2系の阻害を目的に、アデノTie2-Fcを6週齢、BALB/Cヌードマウスに腹腔内投与し、12時間後にMM2細胞を腹腔に移植した。血清中のTie2-Fcタンパク量はアデノTie2-Fc投与後4日目に約34μg/mlに達し、10日目には約9μg/mlまで減少することが分かった。アデノlacZ投与と比較し、アデノTie2-Fc投与によりMM2細胞移植後7日目における腹水の量、腹水中の腫瘍細胞数に有意な減少が示された。

 以上、本論文は(1)HUVECの単独培養系および繊維芽細胞との共培養系を用いて、Ang-Tie2系がHUVECのアポトーシスを阻害し管腔形成を誘導すること、および(2)マウス腹水癌の系を用いて、Ang2の発現上昇が腹壁における血管新生、血管透過性亢進に関与していることを明らかにした。本研究はこれまで解析が進んでいなかったAng-Tie2系の血管新生、血管透過性における作用の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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