学位論文要旨



No 117293
著者(漢字) 山口,英樹
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ヒデキ
標題(和) WASPファミリータンパク質のアクチン重合誘導活性の解析
標題(洋) Analysis of the actin polymerization-inducing activity of WASP family proteins
報告番号 117293
報告番号 甲17293
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1901号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 助教授 高崎,誠一
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 金井,克光
内容要旨 要旨を表示する

 アクチン細胞骨格は多くの細胞機能において重要な役割を果たしており、アクチンの重合と脱重合は厳密にコントロールされている。特に細胞運動においては細胞の先端部での急速なアクチン重合が必要である。運動している細胞の先端部にはマイクロスパイクや膜ラッフリングと呼ばれる構造が観察される。これらの構造は急速なアクチン重合により細胞膜が隆起、突出して形成され、細胞はこれらを足場にして移動していく。これまでに低分子量Gタンパク質RhoファミリーのCdc42とRacがそれぞれマイクロスパイクや膜ラッフリングの形成を制御することが示されていた。これらの分子の下流でアクチン重合を直接制御するメカニズムは長らく不明であったが、最近WASPファミリータンパク質とArp2/3複合体が鍵を握る分子であることが明らかになった。

 WASPファミリーはWASP、N-WASP、WAVE1、WAVE2、WAVE3の5つのタンパク質から構成され、アクチン細胞骨格の再構築を制御する。N-WASPはCdc42の下流でマイクロスパイク形成に、WAVEはRacの下流で膜ラフリング形成において機能している。全てのWASPファミリータンパク質はC末端部にバープロリン相同ドメイン(V)とコフィリン相同・酸性ドメイン(CA)から成る活性領域(VCAドメイン)を持つ。Vドメインは単量体アクチンと結合し、CAドメインはArp2/3複合体と結合する。Arp2/3複合体は、2つのアクチン類似分子、Arp2とArp3を含む7つのサブユニットから成る複合体である。アクチンの重合にはモノマーが重合核を形成する律速段階が存在し、この過程を経るとアクチンは急速に重合していく。Arp2/3複合体はこのアクチン重合核の形成を促進する。VCAドメインはArp2/3複合体のアクチン重合核形成能を活性化し、速いアクチン重合を誘導する活性を持つことが示されている。本研究ではWASPファミリーのアクチン重合誘導活性を解析し、その生体内での機能における重要性を調べた。

 先ず、全てのWASPファミリーVCAドメインをGST融合タンパク質として精製し、ピレンアクチンアッセイを用いてArp2/3複合体を介したアクチン重合誘導活性を比較した。その結果、全てのWASPファミリーVCAはArp2/3複合体を活性化し、急速なアクチン重合を誘導した。その中でも、N-WASP VCAドメインは他のVCAと比較して、10倍から20倍の強い活性を示した。この強い活性がVドメイン、CAドメインのどちらによるものか検証するため、N-WASPとWAVE1のキメラVCAを用いた解析を行い、アクチンと結合するVドメインがこの活性に重要であることを明らかにした。WASPファミリーの中でN-WASPのみが、VCAドメインに2つのVドメインを持っている。そこでVドメイン中のアクチンへの結合に重要と考えられるアミノ酸に点変異を導入し、Vドメインを不活性化したN-WASPのVCA変異体を作成しその活性を解析した。その結果、2つのVドメインのどちらを不活性化してもアクチン重合誘導活性は明らかに低下した。従ってN-WASPは2つのVドメインを有することにより強いアクチン重合誘導活性を持つことが示された。

 次にVCAドメインのアクチン重合誘導活性とWASPファミリータンパク質の機能との関係を培養細胞を用いて解析した。野生型N-WASPをCOS7細胞に大量発現させると、EGF刺激によりマイクロスパイクが形成されることが示されている。しかし、N-WASPのVCAドメインをアクチン重合誘導活性の弱かったWAVE1 VCAに組み換えたキメラタンパク質を発現させると、このマイクロスパイク形成は著しく抑制された。従って、N-WASP VCAの強いアクチン重合誘導活性はマイクロスパイク形成に必要であることが示された。

 さらに、2つのVドメインの重要性を確認するため、Vドメインを2つ持つWAVE1 VCA変異体(WAVE1 V2CA)を作成した。WAVE1 V2CAはN-WASP VCAと同程度の強いアクチン重合誘導活性を示した。さらに、N-WASPのVCAをWAVE1 V2CAと組み換えたキメラタンパク質はCOS7細胞においてマイクロスパイク形成を誘導した。従って、活性の弱いWAVE1のVCAでも2つのVドメインを持つことにより、マイクロスパイク形成に必要な強いアクチン重合誘導活性を持つことが可能になると考えられた。

 以上より、N-WASPは2つのVドメインを持つことにより、Arp2/3複合体を介して急速なアクチン重合を誘導することが可能であり、この強い活性がマイクロスパイク形成に必要であることが示された。先に述べたように、マイクロスパイクの形成は方向性を持った細胞の運動に必要なプロセスであることから、本研究は細胞運動が関わる様々な生物現象(血球系細胞のケモタキシス、発生過程における形態形成、癌細胞の浸潤や転移等)の理解に貢献するものと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はアクチン細胞骨格系の制御において重要な役割を果たすと考えられるWASPファミリータンパク質に注目し、そのアクチン重合誘導活性と細胞運動に伴う細胞形態変化との関係を明らかにすることを試み、下記の結果を得ている。

1.In vitroでのアクチン重合アッセイにより、全ての哺乳類WASPファミリータンパク質(WASP、N-WASP、WAVE1、WAVE2、WAVE3)の活性ドメイン(VCAドメイン)が、Arp2/3複合体によるアクチン重合核形成を活性化し、アクチン重合を誘導する活性を持つことが示された。また、この中でN-WASPが他の分子と比較し10-20倍強い活性を持つことが明らかになった。

2.キメラVCAドメインを用いたアクチン重合アッセイの結果、Arp2/3複合体との結合サイトであるコフィリン相同/酸性(CA)ドメインはなく、アクチンとの結合サイトであるバープロリン相同(V)ドメインがVCAドメインのアクチン重合誘導活性に重要であることが示された。

3.点突然変異を導入したN-WASPのVCAドメインの解析から、N-WASPの強いアクチン重合誘導活性は、WASPファミリーの中で唯一VCAドメインに2つのVドメインを持つことに起因することが示された。

4.N-WASPをCOS7細胞に強制発現させ、上皮増殖因子(EGF)刺激を行うと細胞運動に重要なマイクロスパイクというアクチンフィラメントに富む構造が形成される。しかし、N-WASPのVCAドメインを活性の弱いWAVE1のそれと置き換えたキメラタンパク質ではマイクロスパイク形成を誘導できなかったことから、N-WASP VCAドメインの強いアクチン重合誘導活性はN-WASPによるマイクロスパイク形成に必要であることが示された。

5.Vドメインを2つ持つWAVE1 VCA変異体を作成し、そのアクチン重合誘導活性を調べた結果、N-WASPと同程度の強い活性を示した。さらに、N-WASPのVCAをこのWAVE1 VCA変異体と置き換えたキメラタンパク質はCOS7細胞においてマイクロスパイク形成を誘導した。従って、活性の弱いWAVE1のVCAドメインにおいても2つのVドメインを持つことにより、マイクロスパイク形成に必要な強い活性を持つことが可能になると考えられた。

以上、本論文はWASPファミリータンパク質のArp2/3複合体を介したアクチン重合誘導のメカニズムを明らかにし、そのアクチン重合誘導活性とマイクロスパイク形成との関係を明らかにした。マイクロスパイク形成は方向性を持った細胞の運動に必要なプロセスであることから、本研究は細胞運動が関わる様々な生命現象(血球系細胞のケモタキシス、発生過程における形態形成や癌細胞の浸潤・転移など)の理解に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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