学位論文要旨



No 117295
著者(漢字) 加藤,昌彦
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,マサヒコ
標題(和) 切断部位特異抗体を用いたカスパーゼ標的分子の解析
標題(洋)
報告番号 117295
報告番号 甲17295
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1903号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 河岡,義裕
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 助教授 小林,一三
 東京大学 助教授 菅理,純夫
内容要旨 要旨を表示する

 能動的細胞死であるアポトーシスにおいて、カスパーゼと呼ばれる一群のシステインプロテアーゼが活性化し、アポトーシスのシグナル伝達およびその実行に重要な役割をする。現在までに14種類のカスパーゼが同定されているが、このうちカスパーゼ−3およびカスパーゼ−7がアポトーシスの実行に直接的関与することが知られている。この2つのカスパーゼは基質タンパク質中のDXXD配列(Xは任意のアミノ酸)を認識し、アスパラギン酸のC末端側(DXXD-X)を好んで切断する。このタンパク質分解によりアポトーシスの形態的特徴である核の断片化やDNAの切断などが誘導され細胞死が起こる。

 アポトーシスではカスパーゼが中心的な役割を担っているが、他の細胞内プロテアーゼもアポトーシスに関与する。カルシウム依存性システインプロテアーゼであるμ−カルパインもアポトーシスで活性化する。通常、細胞内カルシウムイオン濃度はカルパイン活性化の閾値以下に保たれている。加えて、細胞内にはカルパイン阻害タンパク質であるカルパスタチンが存在し、カルパインの活性化はカルシウムイオンとカルパスタチンによって厳密に調節されている。アポトーシスにおいて細胞内カルシウムイオン濃度が上昇することが報告されており、これがアポトーシスでのカルパイン活性化の誘因と考えられている。しかしながら、カルシウムイオン濃度が上昇してもカルパスタチンが存在するためカルパインの活性化は阻害される。このため、アポトーシスでのカルパイン活性化機構の詳細は不明であった。

 本研究では第一章において、カルパイン活性化機構を解明する目的でカルパスタチンのアポトーシスにおける挙動解析を行った。この結果、アポトーシスでカルパスタチンがカスパーゼ−3様プロテアーゼで切断されることが明らかとなった。この切断はカルパイン活性化に先んじて起こること、切断により細胞内のカルパイン阻害活性が減少することが明らかとなり、このカスパーゼによるカルパスタチン分解がカルパイン活性化と基質分解を誘導する一因であることが示唆された。また、第二章では、抗体によるカスパーゼ−3基質タンパク質の解析を行った結果について論じる。これはカルパスタチンの切断部位を認識する抗体を用いた実験を発端に見出された基質解析法であり、カスパーゼ−3の切断によって新たに露出されるC末端配列を認識する抗体を用いて基質タンパク質を解析する方法である。

 第一章 アポトーシスにおけるカルパイン阻害タンパク質カルパスタチンの分解

 ヒト白血病性T細胞株Jurkatに抗Fas抗体を添加してアポトーシスを誘導し、アポトーシスにおけるカルパスタチンの挙動についてイムノブロットで解析した。カルパスタチンはSDS-PAGEで120 kDaに観察されるが、アポトーシス誘導によって減少し、誘導後12時間で完全に消失した。また、カルパスタチンの消失に伴い分解物である90 kDaフラグメントがアポトーシス誘導4時間以降で見られた。この90 kDaフラグメントは120 kDaフラグメントが消失しても増加が見られないことから、さらに分解されていることが推測された。カルパスタチンの分解はカスパーゼ−3の代表的基質タンパク質であるpoly(ADP-ribose)polymerase(PARP)の切断と時間的に一致していた。また、μ−カルパインの活性化はアポトーシス誘導12時間以降で確認された(図1)。

 Jurkat細胞に抗Fas抗体を添加しアポトーシスを誘導した。各時間で細胞を回収し、カルパスタチン(A)およびPARP(B)、活性型μ−カルパイン(C)についてイムノブロットを行った。(C)はμ−カルパインの活性化に伴う自己消化により活性型μ−カルパインに新たに露出されるN末端配列を認識する抗体を用いた。

 アポトーシスにおけるカルパスタチン分解に関与するプロテアーゼを同定するために、種々のプロテアーゼ阻害剤を用いて解析を行った。結果として、カスパーゼ−3/−7阻害能を有する阻害剤でのみカルパスタチン分解は抑制された。このことから、カルパスタチンはカスパーゼ−3様プロテアーゼで切断されることが示唆された。また、大腸菌で発現させたカルパスタチンをアポトーシス細胞より調製した細胞質画分およびカスパーゼ−3、カスパーゼ−7と反応させることによりアポトーシス細胞で観察される90 kDaフラグメントが確認された。90 kDaフラグメント生成はカスパーゼ−3阻害剤によって抑制されることから、カルパスタチンはアポトーシスにおいてカスパーゼ−3/−7によって切断されることが明らかとなった。また、90 kDaフラグメントのN末端配列解析の結果から、カルパスタチンは233残基目のアスパラギン酸(DAID233/A)で切断されていることが判明した。

 カルパスタチンは4つのカルパイン阻害領域を持つため、1分子で4分子のカルパインを阻害する。カスパーゼ−3の切断によって生じる90 kDaフラグメントはN末端側にある阻害領域を消失しているためカルパイン阻害活性が減少する。また、アポトーシス細胞で90 kDaフラグメントの増加が見られないことから、細胞内のカルパスタチン活性は減少していると考えられる。アポトーシスでカルパスタチンの分解後にμ−カルパインが活性化することから、カスパーゼによるカルパスタチン分解がカルパイン活性化に必要であると推察された。このことは、カスパーゼがカルパスタチン分解を介してカルパイン活性化を誘導するという、プロテアーゼ間のcross-talkがアポトーシスにおいて存在することを示唆している。

 第二章 切断部位特異抗体によるカスパーゼ−3基質タンパク質の解析

 カスパーゼ−3およびカスパーゼ−7(以下、カスパーゼ−3で代表表記)はアポトーシスの実行に重要な働きをする。これらのプロテアーゼは基質タンパク質に存在するDXXD配列を主に認識し切断する。この切断によって生じる基質タンパク質のN末端側断片にはDXXD-COOHという新たなC末端配列が露出される。切断部位特異抗体はプロテアーゼの切断によって生じるN末端配列またはC末端配列を認識する抗体である。今回、第一章で同定したカルパスタチンの切断部位に対する抗体によってアポトーシス依存的にカルパスタチンとは異なるタンパク質が検出された。解析の結果、この抗体はカスパーゼ−3の切断により生じたC末端配列を認識していることが明らかとなった。この結果から、切断部位に対する抗体(カスパーゼ−3切断部位特異抗体)によってカスパーゼ−3の基質検索が可能であることが示され、本研究ではこの方法を用いて基質タンパク質の解析を行った。

 今回、カルパスタチンの切断部位に対する抗体(#1234抗体)とHsp 110 familyに属するApg-2(ATP and peptide-binding protein in germ cells-2)に存在するカスパーゼ−3認識配列に対する抗体(#1339抗体)の2種類の抗体を作製した。これらの抗体によってアポトーシス依存的にイムノブロットで観察されるフラグメントの構造解析を行った。作製した抗体および抗原ペプチド配列、アポトーシス依存的に認識されたフラグメント、同定したタンパク質を表1に示した。

 本研究において非骨格筋型ミオシン重鎖(A型)(nonmuscle myosin II-A;以下、myosin II-Aと略)とDNA依存性プロテインキナーゼの構成要素であるKu80がアポトーシス依存的に抗体によって検出された。これらのフラグメントはアポトーシス誘導時にカスパーゼ−3阻害剤を添加することによって観察されなかったことからアポトーシスにおいてカスパーゼ−3によって切断されることが示唆された。また、今回作製した抗体はアポトーシス細胞でmyosin II-AやKu80を認識したが、アポトーシスを誘導していない細胞ではこれらのタンパク質を検出しなかった。抗体作製に使用した抗原ペプチドにはカスパーゼ−3の切断によって生じるC末端配列DXXD-COOHが存在し、このC末端配列に対する抗体が生成されている事を確認している。よって、今回作製した抗体はカスパーゼ−3切断によって新たに露出されたmyosin II-AやKu80のC末端配列を認識していると考えられ、抗体の認識配列は切断部位と一致していることが推測された。そこで、抗体の認識配列解析を行った。解析は合成ペプチドを用いて行った。実際にはmyosin II-AやKu80に存在するカスパーゼ−3認識配列およびそれに類似した配列をC末端に持つペプチドを合成し、抗体のフラグメント認識を阻害するペプチドを見出した。このフラグメント認識を阻害するペプチドの配列から抗体の結合部位、すなわちカスパーゼ−3の切断部位を決定した。解析の結果、同定された切断部位を表2に示した。なお、myosin II-Aは表2で示した以外にも#1234抗体で検出された95 kDaフラグメントのN末端配列解析の結果から1153残基目のアスパラギン酸(DTLD1153/S)でも切断されていることが明らかとなった。

 以上の結果から、カスパーゼ−3切断部位を認識する抗体によって基質タンパク質の検索と切断部位の解析が可能であることが示された。これまでにカスパーゼ−3の基質タンパク質は多数報告されているが、その同定方法は第一章で見たカルパスタチンと同様にアポトーシスでの挙動変化を指標に解析されてきた。これに対して抗体を用いた基質タンパク質解析法は切断されたフラグメントから解析する方法で、切断による分子量変化が少ない基質タンパク質の検索も可能である。また、切断部位の決定は切断フラグメントのアミノ酸配列解析によるものが主な方法であったが、今回行った抗体と合成ペプチドによる切断部位解析法は従来の解析法に比べ非常に簡便な方法である。本研究で行った抗体を用いた基質検索法および切断部位解析法はカスパーゼの基質検索に有用であると考えられ、この方法を用いたさらなる基質解析が期待される。

 切断部位特異抗体はカスパーゼ−3の切断によって生じるC末端配列を認識する。この配列と類似するC末端配列を持つタンパク質はアポトーシス未誘導細胞でも認識される。

図1.アポトーシスにおけるカルパスタチンの分解とμ−カルパインの活性化

表1.作製した抗体と同定されたタンパク質

表2.抗体結合反応阻害実験による切断部位の解析

図2.切断部位特異抗体による基質タンパク質検索の概念図

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はアポトーシスにおいて活性化するカルシウム依存性プロテアーゼμ−カルパインの活性化機構の解明およびアポトーシス実行に重要なプロテアーゼであるカスパーゼ−3の基質タンパク質解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.アポトーシスにおけるカルパイン阻害タンパク質カルパスタチンの分解

 これまでにアポトーシスにおいてカルシウム依存性プロテアーゼμ−カルパインが活性化することが報告されていた。カルパイン活性化はカルシウムイオンと細胞内在性カルパイン阻害タンパク質であるカルパスタチンによって厳密に調節されている。そこで本研究では、アポトーシスでのμ−カルパイン活性化機構の詳細を解明する目的で、カルパスタチンの挙動についての解析を試みた。その結果、抗Fas抗体によるヒトTリンパ球細胞Jurkatのアポトーシスにおいてカルパスタチンはカスパーゼ−3様プロテアーゼによって分解されることが明らかとなった。この分解によって細胞内のカルパスタチン量が減少し、そのカルパイン阻害活性も低下していることが示唆された。アポトーシスにおいてμ−カルパインはカルパスタチンが分解された後に活性化することから、カルパスタチン分解がμ−カルパイン活性化の一因であると考えられた。

2.切断部位特異抗体によるカスパーゼ−3基質タンパク質の解析

 アポトーシス実行に関与するカスパーゼ−3およびカスパーゼ−7(以下カスパーゼ−3で代表する)は基質タンパク質に存在するDXXD配列を主に切断する。この切断によって基質タンパク質のN末端側切断断片にはDXXD-COOHという新たなC末端配列が露出される。本研究では、この切断によって生じるC末端配列に反応する抗体を用いてカスパーゼ−3の基質検索を試みた。その結果、今回新規カスパーゼ−3基質タンパク質として非骨格筋型ミオシン重鎖(A型)とDNA依存性プロテインキナーゼの構成要素であるKu80を同定した。また、同定した基質タンパク質の切断部位を抗体と合成ペプチドを用いて決定した。

 以上、本研究はアポトーシスにおいてμ−カルパインの活性化に先んじて阻害タンパク質であるカルパスタチンが分解されることを明らかにし、この分解がμ−カルパイン活性化に関与している可能性を見出した。更に、アポトーシス実行に重要な役割を果たすプロテアーゼであるカスパーゼ−3の新規基質タンパク質を同定した。アポトーシスにはカスパーゼを始めとする種々のプロテアーゼが関与する。よって、本研究で行われたアポトーシスにおけるプロテアーゼ活性化機構の解析やプロテアーゼの基質タンパク質解析はアポトーシスのメカニズムを解明する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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