学位論文要旨



No 117300
著者(漢字) 岩井,しのぶ
著者(英字)
著者(カナ) イワイ,シノブ
標題(和) ODFとM−CSFを介した破骨細胞形成制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 117300
報告番号 甲17300
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1908号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 御子柴,克彦
 東京大学 客員教授 横田,崇
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 三宅,健介
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景1】破骨細胞は血液細胞が分化誘導を受けて形成され、骨吸収を司り血液中のカルシウム濃度を一定に保つホメオスタシスに関与している。造血細胞から破骨細胞への分化には、骨芽細胞/間質細胞との細胞間接着が必須である。マウスの骨髄細胞培養系や骨芽細胞・ストロマ細胞と脾細胞の共存培養系に活性型ビタミンD〔1α,25(OH)2D3〕などの骨吸収因子を添加すると、6〜8日後に破骨細胞様多核細胞が形成される。この多核細胞は、本来の破骨細胞と同様に酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ(tartrate-resistant acid phosphatase; TRAP)、カルシトニン受容体、炭酸脱水素酵素II(carbonic anhidorase II)、ビトロネクチン受容体、液胞型プロトンATPase、c-src遺伝子産物(p60c-src)を発現しており、象牙質切片上で吸収窩を形成する。この共存培養系を用いた解析は、破骨細胞は単球・マクロファージ系細胞から分化することを示唆する。骨芽細胞/ストロマ細胞は、破骨細胞分化誘導因子(Osteoclast Differentiation Factor; ODF)を発現する。ODFは膜貫通領域を有するTNFファミリーに分類されるサイトカインであり、ODFのリセプターは既に知られていたNFκB活性化受容体(Receptor Activator of NFkappaB; RANK)であることが示された。破骨細胞形成阻害因子として同定されたOCIF(OPG)は、Fasと同じくDeath Domainを有するTNFRファミリーの分子で、ODFのおとり受容体(Decoy Receptor)として作用することが明らかになった。破骨細胞形成に関してはこれまで主にマウスが用いられてきており、ヒトの系による解析は少ない。本研究では、ヒト破骨細胞の分化誘導およびNotch系による分化抑制について解析した。

【目的1】マウスで蓄積されてきた知見をもとにして、ヒトの破骨細胞前駆細胞と、その形成機構を解明する目的で、未分化で幼若な造血前駆細胞から分化誘導させ、破骨細胞を形成することができる細胞群はどのような性質のものであるかを検討した。

【結果1】

1)健康な成人ドナーより得られた末梢血単核球層をフィコールパックで分離し、単球・マクロファージ系細胞に発現する表面マーカーを用いて免疫染色した細胞をセルソーターで分離し細胞培養系に用いると、M-CSFの存在下において培養皿への接着性を示す末梢血単核球から破骨細胞が形成された。

2)ヒトの末梢血中に含まれる破骨細胞前駆細胞を同定するため、破骨細胞前駆細胞を含む細胞を末梢血中から単離することを試みたところ、重要な表面マーカーはCD11b,CD18,CD40,c-Fmsがともに陽性で、CD11cが陰性であることが判った。

3)未分化で幼若な造血前駆細胞から分化誘導させ、破骨細胞を形成することができる細胞群はどのような性質のものであるかを調べるため、臍帯血CD34陽性造血前駆細胞からの分化誘導を行った。培養条件は2段階で、最初にSCF,IL-3,IL-6,GM-CSF,M-CSFを添加して骨髄球系細胞を増幅し、次にM-CSF,ODFを添加した分化培地で破骨細胞を誘導した。この二段階培養法で効率的に破骨細胞を分化誘導できる事が明らかになった。

4)破骨細胞前駆細胞がどの分化系統のコロニーから生じるかを調べる目的でシングルセルソートを行った。臍帯血CD34陽性細胞を精製し、2週間の培養を行ったところ、破骨細胞はマクロファージもしくはGMコロニーからのみ分化したが、マクロファージもしくはGMコロニーであると形態学的に判定されたコロニーの細胞の総てが破骨細胞に分化できるのではなく、そのなかの一部30%から60%が破骨細胞になりうる前駆細胞を含んでいることが明らかになった。

5)M-CSFとODF存在下でFlt-1強陽性CD11b強陽性細胞群はFlt-1弱陽性CD11b弱陽性細胞群よりも増殖能力が低かったが、前者から分化する破骨細胞には単核の破骨細胞が相対的に多かった。後者は増殖活性を示し、多核破骨細胞の割合が高かった。

【考察1】ヒト破骨細胞前駆細胞は、幼弱な造血前駆細胞からの分化を行うことでCD11b,CD18,CD40,c-Fms,Flt-1がともに陽性細胞であると判った。臍帯血CD34陽性細胞を用いて新たに考案した二段階法で培養すると、末梢血単核球細胞から分化させた場合に比べて遥かに効率よく破骨細胞形成が観察された。この方法はヒト破骨細胞前駆細胞を解析するうえで有効な手段となりうる。分化培養した破骨細胞は常にマクロファージとともに存在するが、その混在割合が一つのCD34陽性CD38陽性細胞由来のコロニーごとに異なっている。破骨細胞分化能に関してCD34陽性CD38陽性細胞の段階ですでに分化の可能性が運命決定されてしまっているのか、それともコロニー内の近傍の細胞からの影響なのか、この点はさらに詳細に検討しなければならない。

【目的2】造血幹細胞を含む血液系細胞の分化に関与するとの研究報告がなされつつあるNotchによる細胞運命決定メカニズムが、破骨細胞を形成する微細環境において骨芽細胞/ストロマ細胞と破骨細胞前駆細胞との相互作用において用いられ、破骨細胞形成を負に調節する機構に関与している可能性を検討した。

【結果2】

1)破骨細胞形成が骨髄中の微細環境でODFとM-CSFによる正の制御以外にも、細胞接着を介した何らかの負の制御を受けると仮定した場合、破骨細胞形成に影響を与える可能性がある細胞として、骨芽細胞、肥大化軟骨細胞、増殖軟骨細胞が考えられる。これらを用いた共存培養によって比較すると、培養液中に十分量添加したODFとM-CSFの存在にもかかわらず、増殖軟骨細胞上では破骨細胞の形成が明らかに阻害された。肥大化軟骨細胞上では、破骨細胞前駆細胞を含むGMコロニー由来細胞が、所々で大きなコロニーを形成し、コロニー形成細胞が軟骨細胞層を剥がして浸潤し、その下で大量の破骨細胞を形成した。骨芽細胞上では破骨細胞形成に抑制的な働きは認められなかった。

2)破骨細胞の前駆細胞であるCD34陽性細胞に関して、可溶性Notchリガンドとの結合アッセイによってNotchの発現を調べた。Delta1,Delta2,Jagged1,Jagged2は、いずれもCD34陽性造血前駆細胞と特異的に結合し、細胞の分化増殖を刺激するサイトカインSCFとIL-6、可溶性IL-6受容体が存在する培養条件に、さらに可溶性Notchリガンドを添加した場合、細胞増殖を抑制した。また、Jagged1とJagged2は自己増殖能を持つ細胞をむしろ増幅することが、7日間の液体培養に引き続いて行ったコロニー形成アッセイで明らかになった。

3)Notchリガンドのもたらす分化抑制効果が破骨細胞形成システムに影響を与える可能性を確認するため、可溶性Notchリガンドを破骨細胞前駆細胞培養に添加し、その効果を調べた。破骨細胞形成は明らかに抑制を受けたが、この抑制は可逆的で、可溶性Notchリガンドを培養液の中から除去して引き続き培養すると、破骨細胞の形成が進行した。

4)ODF刺激による破骨細胞の形成にはNFκB活性化とJNK活性化が不可欠であるが、可溶性Notchリガンド刺激によってNFκB活性化とJNK活性化の阻害が認められた。

5)肥大化軟骨細胞と増殖軟骨細胞ではJagged1が強く発現していたが、骨芽細胞でその発現はほとんど認められなかった。破骨細胞前駆細胞はNotch2を発現しており、Jagged1を破骨細胞形成培養中に添加すると明らかに破骨細胞形成を阻害したことから、増殖軟骨細胞が破骨細胞分化を抑制的に制御しているシステムには、Jagged1を介したNotchシグナルの関与の可能性があると考えられた。

【考察2】正常な生体内では、破骨細胞が形成されるのは骨化した組織の上であり、軟骨組織のなかに破骨細胞と考えられる細胞はほとんど見られず、僅かに血管が侵入してくる部位においてTRAP陽性の破骨細胞が認められる。しかしながら、軟骨細胞にもM-CSFとODFは発現しており、破骨細胞分化を促進する条件が整う環境であるにもかかわらず、そこではほとんど破骨細胞が出来ない。破骨細胞前駆細胞はNotch2を発現しており、Jagged1やJagged2のリガンド刺激により分化抑制がみられ、増殖軟骨細胞、肥大化軟骨細胞、では強くJagged1の発現が認められ破骨細胞分化に対して抑制的な作用を示した。このことから、破骨細胞形成に抑制的働きを示す機構には、ODFの作用をブロックするOCIFを介したものの他に、細胞接着によるNotchシグナルを介した機構も関与していると考えられる結果を得た。異なる種類の細胞をストロマ細胞層として用いた検討は、部位特異的な破骨細胞形成調節のしくみを解く手がかりのひとつになると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はヒトにおける破骨細胞形成過程において重要な働きを演じているODFとM-CSFの役割と骨髄微小環境におけるNotch系による新たな破骨細胞形成制御機構を明らかにするため、ヒトの造血前駆細胞とヒト骨組織由来の培養細胞を用いて破骨細胞の分化制御機構の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1)ヒトの末梢血中に含まれる破骨細胞前駆細胞を同定するため、破骨細胞前駆細胞を含む細胞を末梢血中から単離することを試みたところ、重要な表面マーカーはCD11b,CD18,CD40,c-Fmsがともに陽性で、CD11cが陰性であることが判った。

2)未分化で幼若な造血前駆細胞から分化誘導させ、破骨細胞を形成することができる細胞群はどのような性質のものであるかを調べるため、臍帯血CD34陽性造血前駆細胞からの分化誘導を行った。培養条件は2段階で、最初にSCF,IL-3,IL-6,GM-CSF,M-CSFを添加して骨髄球系細胞を増幅し、次にM-CSF,ODFを添加した分化培地で破骨細胞を誘導した。この二段階培養法で効率的に破骨細胞を分化誘導できる事が明らかになった。

3)破骨細胞前駆細胞がどの分化系統のコロニーから生じるかを調べる目的でシングルセルソートを行った。臍帯血CD34陽性細胞を精製し、2週間の培養を行ったところ、破骨細胞はマクロファージもしくはGMコロニーからのみ分化したが、マクロファージもしくはGMコロニーであると形態学的に判定されたコロニーの細胞の総てが破骨細胞に分化できるのではなく、そのなかの一部30%から60%が破骨細胞になりうる前駆細胞を含んでいることが明らかになった。

4)M-CSFとODF存在下でFlt-1強陽性CD11b強陽性細胞群はFlt-1弱陽性CD11b弱陽性細胞群よりも増殖能力が低かったが、前者から分化する破骨細胞には単核の破骨細胞が相対的に多かった。後者は増殖活性を示し、多核破骨細胞の割合が高かった。

5)破骨細胞形成が骨髄中の微細環境でODFとM-CSF以外による正の制御だけでなく、細胞接着を介した何らかの負の制御を受けると仮定した場合、破骨細胞形成に影響を与える可能性がある細胞として、骨芽細胞、増殖軟骨細胞、肥大化軟骨細胞が考えられる。これらを用いた共存培養で比較すると、培養液中に十分量添加したODFとM-CSFの存在にもかかわらず、増殖軟骨細胞上では破骨細胞の形成が明らかに阻害された。肥大化軟骨細胞上では、破骨細胞前駆細胞を含むGMコロニー由来細胞が、所々で大きなコロニーを形成し、コロニー形成細胞が軟骨細胞層を剥がして浸潤し、その下で大量の破骨細胞を形成した。骨芽細胞上では破骨細胞形成に抑制的な働きは認められなかった。

6)可溶性Notchリガンドのもたらす分化抑制効果が破骨細胞形成システムに影響を与える可能性を確認するため、可溶性Notchリガンドを破骨細胞前駆細胞培養に添加し、その効果を調べた。破骨細胞形成は明らかに抑制を受けたが、この抑制は可逆的で、可溶性Notchリガンドを培養液の中から除去して引き続き培養すると、破骨細胞の形成が進行した。

7)ODF刺激による破骨細胞の形成にはNFκB活性化とJNK活性化が不可欠であるが、可溶性Notchリガンド刺激によってNFκB活性化とJNK活性化の阻害が認められた。

8)増殖軟骨細胞と肥大化軟骨細胞ではJagged1が強く発現していたが、骨芽細胞でJagged1の発現はほとんど認められなかった。破骨細胞前駆細胞はNotch2を発現し、Jagged1を破骨細胞形成培養中に添加すると明らかに破骨細胞形成を阻害したことから、軟骨細胞が破骨細胞分化を抑制的に制御しているシステムには、Jagged1を介したNotchシグナルが関与する可能性があると考えられた。

以上、本論文はヒト破骨細胞形成培養系においてM-CSFとODFの果たす役割と、骨組織における部位特異的な破骨細胞形成が細胞接着を介したNotchシグナリングの働きで制御を受けることを明らかにした。本研究はこれまで未知であった詳細なヒト破骨細胞形成における新たな制御機構の存在の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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