学位論文要旨



No 117301
著者(漢字) ガリナ,ディミトロバ
著者(英字) Galina,Dimitrora
著者(カナ) ガリナ,ディミトロバ
標題(和) 糖尿病患者及び加齢黄斑症における球後血流動態
標題(洋) Retrobulbar circulation in diabetic patients and in patients with age-related maculopathy
報告番号 117301
報告番号 甲17301
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1909号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 大鹿,哲郎
 東京大学 助教授 朝戸,裕貴
 東京大学 講師 林田,真和
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 この研究は二つの部門により成り立っている。一つは、糖尿病症例における球後血流動態の研究であり、もう一つは加齢性黄斑症症例における球後血流動態の研究である。双方とも研究の目的は、各々の疾患の病態に対し循環状態の変化がどのような役割を果たしているのかを明らかにすることである。

 今回の検討では主要な眼の血管が眼球後部に位置するため、球後の循環動態について検討した。検討された血管は網膜に血流を送り込んでいる網膜中心動静脈、脈絡膜に血流を送り込んでいる後毛様動静脈、眼球後部や眼窩及びその周囲に血流を送り込んでいる眼動静脈である。

 はじめに血管病とも考えられ、全身に細小血管症を引き起こす糖尿病症例における球後血流動態について検討した。眼血管の障害のため、細小血管症として糖尿病網膜症、糖尿病脈絡膜症が出現する。今回の検討では、糖尿病網膜症眼における脈絡膜循環の変化の断面的解析をはじめに行い、次にそれらの患者を経過観察した研究を行った。

 もう一つの研究として、眼疾患の一つである加齢黄斑症の球後血流の検討を行った。血流に影響する様々な因子(加齢、高血圧、喫煙など)が加齢黄斑症の危険因子として知られている。それゆえ、加齢黄斑症に眼血流動態の障害が関与すると考えられている。

 先進諸国においては糖尿病網膜症及び加齢黄斑症とも主要失明原因の一つとなっている。生活様式の変化や高齢者人口の増加のため、これらの疾患に罹る人口が今現在も増加し続けている。それゆえ、これらの病態の治療法や予防法を検討することは大変重要なことと考えられる。

検討1

 糖尿病患者における球後血流動態

糖尿病網膜症については臨床的、病理学的に様々な検討がなされており、同様に糖尿病脈絡膜症についても検討されてはいるが、その存在が示されたのは最近のことである。その発症は、糖尿病網膜症と関連していることが考えられている。そこで、はじめに単純糖尿病網膜症の有無による脈絡膜循環の違いを超音波カラードプラ法を用いて明らかにすることとした。

 次に糖尿病網膜症の進行とともに循環状態がどのように変化するかの検討は2型糖尿病を用いての検討は今までに報告されていない。そこで、超音波カラードップラ法を用いて糖尿病網膜症の進行と循環状態の変化について経時的に検討した。

方法

 糖尿病患者73例において、超音波カラードプラを用い、後毛様動脈、網膜中心動脈、眼動脈および各々の静脈にて収縮期最高血流速度(PSV)、拡張期最低血流速度(EDV), Resistivity Index(RI:収縮期最高流速値−拡張末期最低流速値/収縮期最高流速値)を指標として座位にて測定した。糖尿病症例を糖尿病網膜症を認めない38例と糖尿病網膜症を認める35例の2群に分けた。73例中36例は経時的に観察を行った。統計学的手法として断面的解析には、クラスカル・ワーリス検定をダンの方法にて行った。経過観察期間中に網膜症が進行した群としなかった群との差の検定にはマン・ホィットニ検定を用いて解析した。観察初期と最終観察時の値の差はウイルコクソン符号付順位和検定で解析した。

結果

 1) 断面的検討

 単純糖尿病網膜症群では非糖尿病群に比較して後毛様動脈における拡張期最低血流速度(EDV)は減少しており(p=0.01)、Resistivity Index (RI)は増加していた(p=0.0003)。また、同様に網膜中心動脈のRIは単純糖尿病網膜症群では非糖尿病群に比し、有意に増加していた(p=0.006)。眼動脈のRIは単純糖尿病網膜症群では非糖尿病網膜症群および非糖尿病群に比較して有意に高値であった(p=0.007, p=0.004)。

 後毛様動脈のRIは、非糖尿病網膜症群では非糖尿病群に比較して有意に高値であった(p=0.01)が、網膜中心動脈のRIは非糖尿病群と有意差は認められなかった(p=0.32)。網膜中心動脈におけるEDVの減少は非糖尿病群に比較して、非糖尿病網膜症群でも認められた(p=0.007)。

 網膜中心静脈の平均血流速度は非糖尿病網膜症群に比較して、単純糖尿病網膜症群で有意に増加していた(p=0.0007)。同様に単純糖尿病網膜症群の網膜中心静脈のRIは、非糖尿病網膜症群および非糖尿病群に比し、有意に増加していた(p=0.0004, p=0.0002)。

 2) 経時的検討

 経過観察期間中に糖尿病網膜症が進行した症例では、網膜中心静脈の全ての指標(PSV, EDV, RI)が網膜症が進行する前の値に比し有意に増加していた(p=0.004, p=0.04, p=0.02)。その一方、経過観察期間中に糖尿病網膜症が進行しなかった群ではが全ての指標で有意な変化は見られなかった。

結論

 今回の検討では、後毛様動脈の循環が非糖尿病網膜症群および単純糖尿病網膜症群で変化していたことは脈絡膜循環の異常を示唆させるものである。非糖尿病網膜症眼で後毛様動脈のRIが増加していたことは、糖尿病網膜症発症以前に脈絡膜血管壁が硬化していると考えられる。

 経時的検討からは、糖尿病網膜症の進行に最も影響を受けるのは網膜中心静脈であることが示唆された。

検討2

 加齢黄斑症患者の球後血流動態

 加齢黄斑症は、50歳以上の高齢者に起こる黄斑部の変性疾患である。米国をはじめとする先進諸国では、失明原因の第一位となっている。加齢黄斑症では、血管変性が存在し、この疾患の発症原因として血流動態の低下が考えられている。それゆえ、加齢黄斑症の発症原因を検討する上で血流動態の変化を重要な意味を持つと考えられる。

 そこで、本研究では加齢黄斑症程度にステージにおける球後血流動態と片眼性滲出型加齢黄斑症の健眼の球後血流動態を明らかにすることとした。

方法

 44例の加齢黄斑症患者および32例の正常患者において超音波カラードプラを用い、後毛様動脈、網膜中心動脈、眼動脈にてPSV, EDV, PI, RIを指標として座位にて測定した。加齢黄斑症患者を

 初期加齢黄斑症11例、滲出型後期加齢黄斑症25例、線維型後期加齢黄斑症8例に分類し、比較した。また、片眼性滲出型加齢黄斑症21例を対象として健眼の血流を検討した。

結果

 滲出型加齢黄斑症例での後毛様動脈のPIは正常例に比較して有意に増加していた(p=0.0075)。初期加齢黄斑症および線維型後期加齢黄斑症では正常眼に比較して有意差は見られなかった。

 片眼性滲出型加齢黄斑症眼では、正常例に比し有意にRIは高値であり(p=0.0157)、その健眼では正常例に比し、EDVが有意に減少していた(p=0.0164)。両眼とも正常例に比し、PIが有意に高値であった(p=0.0191, p=0.0327)。しかし、片眼性滲出型加齢黄斑症眼とその瞭眼ではどの指標でも有意差は見られなかった。

結論

 滲出型加齢黄斑症での後毛様動脈のPIが有意に増加していたことは、この段階の加齢黄斑症では脈絡膜循環が低下していることが考えられた。片眼性の滲出型加齢黄斑症眼では、患眼および健眼ともに差がなく、後毛様動脈のRIおよびPIが正常例に比し有意に上昇していたことは、健眼であろうともすでに脈絡膜循環が低下していることを示唆させるものであった。

 今回の結果から、循環動態の変化は初期加齢黄斑症の発症に関与する因子ではないが、滲出型加齢黄斑症へ進展する際に何らかの役割をしていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は糖尿病症例と加齢黄斑症症例球後血流動態を、超音波カラードップラ法を用いて明らかにしたものであり、各々の疾患において、下記の結果を得ている。

1.糖尿病例における断面的検討

 単純糖尿病網膜症群では非糖尿病群に比較して後毛様動脈における拡張期最低血流速度(EDV)は減少しており、Resistivity Index (RI)は増加していた。また、同様に網膜中心動脈のRIは単純糖尿病網膜症群では非糖尿病群に比し、有意に増加していた。眼動脈のRIは単純糖尿病網膜症群では非糖尿病網膜症群および非糖尿病群に比較して有意に高値であった。

後毛様動脈のRIは、非糖尿病網膜症群では非糖尿病群に比較して有意に高値であったが、網膜中心動脈のRIは非糖尿病群と有意差は認められなかった。網膜中心動脈におけるEDVの減少は非糖尿病群に比較して、非糖尿病網膜症群でも認められた。網膜中心静脈の平均血流速度は非糖尿病網膜症群に比較して、単純糖尿病網膜症群で有意に増加していた。同様に単純糖尿病網膜症群の網膜中心静脈のRIは、非糖尿病網膜症群および非糖尿病群に比し、有意に増加していた。

2.糖尿病例における経時的検討

 経過観察期間中に糖尿病網膜症が進行した症例では、網膜中心静脈の全ての指標(PSV, EDV, RI)が網膜症が進行する前の値に比し有意に増加していた。その一方、経過観察期間中に糖尿病網膜症が進行しなかった群ではが全ての指標で有意な変化は見られなかった。

3.加齢黄斑症患者の球後血流動態

 滲出型加齢黄斑症例での後毛様動脈のPIは正常例に比較して有意に増加していた。初期加齢黄斑症および線維型後期加齢黄斑症では正常眼に比較して有意差は見られなかった。

 片眼性滲出型加齢黄斑症眼では、正常例に比し有意にRIは高値であり、その健眼では正常例に比し、EDVが有意に減少していた。両眼とも正常例に比し、PIが有意に高値であった。しかし、片眼性滲出型加齢黄斑症眼とその瞭眼ではどの指標でも有意差は見られなかった。

以上本論文は、今までに未知であった糖尿病眼における脈絡膜循環の異常を立証し、加齢黄斑症においては、循環動態の変化が発症に関与する因子ではないが、滲出型加齢黄斑症に進展する際に影響を及ぼすことを証明したものであると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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