学位論文要旨



No 117304
著者(漢字) 冨田,雅典
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,マサノリ
標題(和) 細胞の温熱および放射線感受性におけるDNA−PK、ATMの役割
標題(洋) Role of DNA-PK and ATM in cellular heat or radiation sensitivity
報告番号 117304
報告番号 甲17304
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1912号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 篠原,邦夫
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 講師 中川,恵一
内容要旨 要旨を表示する

「背景と目的」

 癌治療における治療効果の指標として、これまでclonogenicな増殖死を用いてきたが、近年、アポトーシスの分子機構が解明されるにつれ、癌研究におけるアポトーシスの重要性が指摘されるようになってきた。その根拠のひとつとして、アポトーシス関連タンパク質の異常が、細胞の癌化の要因となるとともに、治療抵抗性の原因となることがあげられる。

 DNA依存性プロテインキナーゼ(DNA-PK)は、DNA結合性Kuヘテロダイマー(Ku70、Ku86)と触媒サブユニット(DNA-PKcs)からなる複合体である。DNA-PKcsおよび毛細血管拡張性運動失調症(AT)の原因遺伝子産物であるATMは、ともにPI3キナーゼ(PI3K)と相同的な活性部位を有するプロテインキナーゼである。DNA-PKおよびATMは、これまでの研究から、DNA2本鎖切断修復および細胞周期チェックポイントに重要であることが知られているが、放射線感受性への関与については、主にコロニー形成能を指標として研究されており、アポトーシスについては十分検討されていなかった。

 温熱は、時に放射線と組み合わせて、癌治療に用いられている。研究室では、温熱処理がDNA-PK活性に及ぼす影響について検討し、44℃温熱処理により、DNA-PK活性が著しく損なわれることをこれまでに明らかにしている(Matsumoto et al. 1997)。

 プロテインキナーゼ阻害剤は、細胞内におけるプロテインキナーゼの機能を推定する上で有効である。Wortmanninは、PI3Kの阻害剤として知られているが、PI3Kの阻害濃度より100倍以上高い数μMの濃度で、DNA-PK、ATM両者を同時に阻害し、細胞の放射線感受性を高めることが明らかにされている(Hosoi et al. 1998)。

 本研究では、細胞の温熱およびX線誘発アポトーシスにおけるDNA-PK、ATMの役割を明らかにすることを目的とし、wortmanninや遺伝子欠損細胞を用いて検討した。

「材料と方法」

1.本研究で用いた細胞を以下に示す。

Chinese hamster V79細胞、Chinese hamster XR-V15B細胞、scidマウス由来SCF細胞、C.B17マウス由来CBF細胞、ATM+/+、+/−、−/−マウス由来細胞、ヒトT細胞白血病MOLT-4細胞、マウスbcl-2遺伝子導入MOLT-4細胞。

2.温熱処理は、44.0℃恒温水槽中に培養フラスコを沈めることにより行った。X線照射は、Pantak社製X線発生装置(200kV-20 mA)を用いて行った。

3.WortmanninおよびCaspase阻害剤(Z-VAD-FMK、Ac-DEVD-CHO他)は、DMSOで溶解し、温熱処理およびX線照射1時間前に培養液中に添加した。

4.細胞生存率はコロニー形成法により、viabilityはエリスロシンB染色による色素排除試験により求めた。アポトーシスの誘導は、annexin VおよびTUNEL陽性細胞の出現、Western blot法によるPARPの切断などを指標として求めた。種々のタンパク質の蓄積、リン酸化をリン酸化特異的抗体などを用いて、Western blot法により検出した。

「結果と考察」

1) Wortmanninによる温熱誘発アポトーシスの促進とDNA-PK、ATMの関与

 Wortmanninが細胞の温熱感受性に及ぼす影響を、細胞の感受性測定に最も良く用いられている細胞の一つであり、DNA断片化を伴う温熱誘発アポトーシスを生じることを明らかにしている(Sakai et al. 1997)、Chinese hamster V79細胞を用いて検討した。Wortmanninにより、V79細胞がX線だけでなく、温熱に対しても高感受性になることを初めて示した。増感作用は、温熱処理に先駆けてwortmanninを添加した場合に顕著であり、DNA-PK、ATMが細胞内で阻害される数μM以上の濃度で認められた。Wortmanninが温熱による細胞死の促進に及ぼす影響を調べたところ、wortmanninの添加により温熱処理後のviabilityの低下、DNAラダーおよびPARP切断断片の出現が著しく促進された。一方、HSP70の蓄積も阻害されたが、PARPの切断に遅れて認められた現象であったことから、積極的には関与していないと考えられた。以上の結果から、wortmanninが温熱誘発アポトーシスを促進することが示唆された。

 温熱増感作用がDNA-PKおよびATMが阻害される濃度域で認められたことから、次にDNA-PK、ATMのどちらがターゲットであるのかを解明するため、遺伝子欠損細胞を用いて検討した。Ku86欠損XR-V15B細胞およびDNA-PKcs欠損SCF細胞は、コントロール細胞であるV79細胞、CBF細胞と比べ、コロニー形成能、色素排除能を指標とした温熱感受性に顕著な差は認められなかった。一方、ATM−/−細胞は、ATM+/+、ATM+/−細胞と比べて温熱高感受性であり、viabilityの減少、annexin VおよびTUNEL陽性細胞の出現、PARPの切断、が著しく促進された。以上の結果から、ATMが細胞の温熱感受性に関与し、温熱誘発アポトーシスを抑制することが示唆された。

 以上の結果を踏まえ、wortmanninの増感作用が、ATMの阻害によって生じるのか検討したが、ATM−/−細胞でも、相加的な増感効果が認められた。よって、少なくともATMの阻害が、wortmanninによる増感作用の要因の一部であると思われるが、ATM以外のDNA-PKや他のPI3Kファミリー、未知のキナーゼの関与も否定できない。

2) WortmanninによるX線誘発アポトーシスの促進とDNA-PK、ATMの関与

 V79細胞において、wortmanninの添加によりX線照射後の色素排除能の低下、PARPの切断が促進されたことから、X線誘発アポトーシスの促進が示唆された。次に、アポトーシスの促進に関与するシグナル伝達機構を解明するため、p53およびJNKの活性化を伴うX線誘発アポトーシスを生じるMOLT-4細胞を用いて、DNA-PK、ATM、p53、Akt/PKB、JNK/SAPKなどのリン酸化や活性化を検討した。

 MOLT-4細胞は、1-2μM以上のwortmanninを添加した場合に顕著な放射線増感作用を示した。一方、V79細胞を含めた、これまでに報告されている線維芽細胞に比べ、MOLT-4細胞では、wortmannin単独での毒性が強く認められたが、増感作用は、それを上回って相乗的であった。DNA-PK、ATMの細胞内リン酸化基質であるXRCC4、p53 Ser15のリン酸化を指標として、DNA-PK、ATM活性化の阻害効果を検討したところ、増感作用が認められる1μM以上の濃度で両者の活性は抑制された。よって、MOLT-4細胞においても、wortmanninによる増感作用は、DNA-PK、ATMの阻害に起因すると示唆された。

 Annexin V陽性細胞の誘導が、1μM以上のwortmanninにより促進され、Z-VAD-FMKの添加、マウスbcl-2導入により抑制された。同様にPARPの切断もwortmanninにより促進され、Ac-DEVD-CHOにより抑制された。よって、wortmanninは、カスパーゼの活性化を伴うX線誘発アポトーシスを促進することが明らかになった。

 1μM以上のwortmanninにより、X線照射後のJNKのリン酸化およびc-Junのリン酸化を指標としたJNKの活性化が著しく増強、持続されたが、p53の活性化(p53 Ser15のリン酸化、p53およびWAF1の蓄積)は阻害された。一方、Akt/PKBのPI3K依存的な恒常的リン酸化は、X線照射に影響されず、増感作用が認められない0.1μMで、完全に阻害されていた。MOLT-4細胞のX線誘発アポトーシスが、p53の活性化によって誘導される(Nakano et al. 2001)ことを考えると、wortmanninによるX線誘発アポトーシス促進作用およびJNK活性化の増強は、p53非依存的であることが示唆される。

「結語」

 Wortmannin(DNA-PK、ATM、PI3Kの阻害剤)は、細胞のX線のみならず温熱感受性をも高めること、およびこれまで知られていた増殖死におけるrepairの抑制に加え、JNK活性化の増強を伴うアポトーシス促進作用があることを明らかにした。濃度依存性の結果は、DNA-PKもしくはATM(あるいは両者)のアポトーシスへの関与を示唆するが、温熱および放射線感受性における役割の解明には、今後、DNA-PKおよびATM欠損細胞を用いた分子機構の詳細な検討が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、DNA2本鎖切断修復や細胞周期チェックポイントの初期段階において重要なプロテインキナーゼであるDNA-PKおよびATMの温熱および放射線(X線)誘発アポトーシスにおける役割を解析するため、両者の阻害剤であるwortmanninや欠損細胞を用いた系にて、温熱処理およびX線照射後の細胞致死効率や細胞致死過程の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.Wortmanninが細胞の温熱感受性に及ぼす影響をChinese hamster V79細胞を用いて検討した結果、温熱に対して高感受性になることを初めて示した。増感作用は、DNA-PK、ATMが細胞内で阻害される数μM以上の濃度で認められた。Wortmanninが温熱誘発細胞死に及ぼす影響を調べたところ、温熱処理後のviabilityの低下、DNAラダーおよびPARP切断断片の出現が著しく促進された。一方で、HSP70の蓄積も阻害されたが、PARPの切断に遅れて認められた現象であったことから、積極的には関与していないと考えられた。以上の結果から、wortmanninが温熱誘発アポトーシスを促進することが示された。

2.次にDNA-PK、ATMのどちらがターゲットであるのかを解明するため、欠損細胞を用いて検討した。Ku86欠損XR-V15B細胞およびDNA-PKcs欠損SCF細胞は、コントロール細胞であるV79細胞、CBF細胞と比べ、コロニー形成能、色素排除能を指標とした温熱感受性に顕著な差は認められなかった。一方、ATM−/−細胞は、ATM+/+、+/−細胞と比べて温熱高感受性であり、viabilityの減少、annexin VおよびTUNEL陽性細胞の出現、PARPの切断が促進された。しかしながら、ATM−/−細胞でも、wortmanninによる相加的な増感効果が認められた。よって、ATMが温熱誘発アポトーシスに関与することが示唆されるが、ATM以外のDNA-PKや他のPI3Kファミリー、未知のキナーゼの関与は否定できない。今後、ATM−/−細胞へのATM遺伝子の導入や、シグナル伝達機構の検討が必要である。

3.V79細胞において、wortmanninの添加によりX線照射後の色素排除能の低下、PARPの切断が促進されたことから、X線誘発アポトーシスの促進が示唆された。次に、アポトーシスの促進に関与するシグナル伝達機構をMOLT-4細胞を用いて調べた。MOLT-4細胞では、1-2μM以上のwortmanninを添加した場合に顕著な放射線増感作用を示した。DNA-PK、ATM活性化の阻害効果を検討したところ、増感作用が認められる濃度で、両者の活性は抑制された。Annexin V陽性細胞の誘導が、1μM以上のwortmanninにより促進され、Z-VAD-FMKの添加、マウスbcl-2導入により抑制された。同様にPARPの切断もwortmanninにより促進され、Ac-DEVD-CHOにより抑制された。よって、wortmanninは、カスパーゼの活性化を伴うX線誘発アポトーシスを促進することが明らかになった。1μM以上のwortmanninにより、X線照射後のJNKのリン酸化およびc-Junのリン酸化を指標としたJNKの活性化が著しく増強、持続されたが、p53の活性化(Ser15のリン酸化、p53およびWAF1の蓄積)は阻害された。一方、Akt/PKBのPI3キナーゼ依存的な恒常的リン酸化は、X線照射に影響されず、増感作用が認められない0.1μMでは完全に阻害されていた。よって、wortmanninがDNA-PK、ATMを抑制するとともに、JNK活性化を増強、持続し、X線誘発アポトーシスを促進することが示唆されたが、今後、DNA-PK、ATMのX線誘発アポトーシスへの直接的な関与を欠損細胞を用いて検討する必要がある。

 以上、本論文は、wortmannin(DNA-PK、ATM、PI3Kの阻害剤)により、細胞のX線のみならず温熱感受性をも高めうること、およびJNK活性化の増強を伴うアポトーシス促進作用があることを明らかにした。また、ATMが温熱誘発アポトーシスに関与することが示唆された。本研究は、wortmanninおよびDNA-PK、ATM欠損細胞を用いたアポトーシス促進作用の解明を通じて、細胞の温熱および放射線(X線)感受性におけるDNA-PK、ATMの役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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