No | 117306 | |
著者(漢字) | 井垣,浩 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イガキ,ヒロシ | |
標題(和) | ヒトCDC45L遺伝子の構造と転写調節 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 117306 | |
報告番号 | 甲17306 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1914号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ヒトCDC45L蛋白質はDNA複製起点に結合し、複製開始を制御している因子の一つである。DNA複製は、誤動作が致命的となる細胞機能であり、従ってCDC45L遺伝子の発現は極めて厳密に調節されていると考えられる。有核細胞の遺伝子発現調節については、酵母やウイルスのプロモーターについて詳しく調べられているものの、ヒト遺伝子の転写調節について詳細に調べた報告は少ない。本研究では、CDC45L遺伝子の転写調節に注目し、プロモーターと転写産物について詳細に検討した。 DNA複製起点に集合し複製前複合体を形成する蛋白質の多くは酵母からヒトまで保存されている。そこで、出芽酵母Cdc45p蛋白質との相同性を手掛かりに、ヒトCDC45L遺伝子由来cDNAをクローニングした。まずCdc45p蛋白質のアミノ酸配列と相同性の高いcDNAを、National Center for Biotechnology InformationのESTデータベースに探し、互いに重複する配列を持つ複数のcDNA断片を検出した。このcDNAの塩基配列をもとにプライマーを合成し、HeLa細胞由来cDNAライブラリー中のヒトホモログ(CDC45L遺伝子由来のcDNA)をPCRで増幅し、また、それと並行してヒト胎盤由来cDNAライブラリーからも通常のコロニーハイブリダイゼーション法により、CDC45L遺伝子由来の全長cDNAをクローニングした。また、このcDNAが位置するゲノムの塩基配列情報をもとにしたDNA断片をプローブにして、ヒト胎盤由来ゲノムライブラリーを探索し、CDC45L遺伝子の転写調節領域を得た。 CDC45L遺伝子は染色体22q11.2に位置しており、その5'側にはUFD1L遺伝子の存在が示されていた。UFD1L蛋白質はユビキチン付加後の蛋白質分解に関わることが知られている。クローニングしたCDC45Lの転写調節領域の塩基配列を明らかにしていくと、CDC45Lと逆向きに、極めて近接してUFD1L遺伝子が位置していることがわかった。この2つの遺伝子の翻訳開始コドンは884塩基しか離れていなかった。UFD1Lの翻訳開始コドンの1塩基上流を塩基番号1(nt 1)とし、CDC45L方向に番号を付けると、CDC45Lの翻訳開始コドン(ATG)はnt885-887に位置し、nt1からnt884の領域にCDC45L及びUFD1Lの発現を調節する主要なシス因子が存在することが推定された。 両遺伝子の転写開始点を5'-RACE法およびオリゴキャッピング法によって調べた。UFD1L由来のmRNAはnt69(G)から転写されていた。CDC45L由来mRNAの大部分はnt809(G)から、一部はnt382(A)から転写されていた。従って、UFD1Lは1つの、CDC45Lは2つのコアプロモーター(下流側:PCDC45L/major及び上流側:PCDC45L/minor)を持つことが示された。 一般に、転写開始点の約40塩基対上流から約50塩基対下流の領域はコアプロモーターと呼ばれる。この領域には基本転写因子群が結合することが知られており、in vitroではコアプロモーターのみでも低レベルの転写が観察できる。コアプロモーターのすぐ上流には複数の転写因子が結合する数百塩基対の制御プロモーターと呼ばれる領域があり、基本転写因子群のコアプロモーターへの結合のしやすさを制御している。制御プロモーターとコアプロモーターが協同することにより、転写が能率よく起こる。そこで、nt1からnt884のDNA断片をクローニングし、両端にホタルないしウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子をつないだプラスミドを作成した。このプラスミドをHeLa細胞に導入して一過性に発現するルシフェラーゼ活性を測定する方法で、コア及び制御プロモーターの領域を解析した。欠失変異を導入したプラスミドの転写活性を調べると、UFD1L方向へは、nt 1-133のDNA断片で低レベルの転写があり、nt 1-487のDNA断片からは884塩基全体からとほぼ等しい転写が認められた。また、CDC45L方向へは、nt 760-884のDNA断片から低レベルの、nt 355-884のDNA断片からは全長とほぼ等しい転写が見られた。上流側転写開始点からの転写は全長DNA断片ではほとんど観察できないが、nt 488-884の領域を欠失させると、高い転写活性がみられた。更に、nt 355-458の短い断片からCDC45L方向へ低レベルの転写が見られた。これらの成績は、3つのプロモーターとも、転写開始点に近い104〜133塩基の領域内にコアプロモーターが存在することを示している。いずれのコアプロモーターもTATAボックスを含んでいなかった。制御プロモーターはPUFD1Lではnt 1-487、PCDC45L/majorではnt 355-884の範囲内に存在していた。PCDC45L/minorからの転写活性は884塩基対のDNA断片ではほとんど観察できないが、PCDC45L/majorとその制御プロモーターの大半を欠失させると高い活性が観察できるようになり、PCDC45L/minorの制御プロモーターとPUFD1Lの制御プロモーターとは互いにほとんど重複していた。また、3つのプロモーターとも、コアプロモーターからの転写活性が制御プロモーターにより約2倍に増強されていた。 さらに、884塩基長のDNA断片に結合する可能性がある転写因子およびその結合配列をTFSEARCHプログラムで検索した。その転写因子結合配列の一部に塩基置換を導入することにより転写因子が結合できなくなる置換変異体を作成し、転写活性の差を調べた。転写に影響を与えている可能性が考えられたE2F、GATA-1、AML-1a(以上はUFD1L方向)、E2F、CP2、Staf、CHOP-C/EBPα2量体(以上はCDC45L方向)の結合配列の変異では、明らかな転写活性の変化は見られなかった。しかし、PCDC45L/minorからの基底レベルの転写を反映するDNA断片に対して、StafもしくはCHOP-C/EBPα2量体の結合配列に変異を導入すると転写活性が消失した。従って、StafおよびCHOP-C/EBPα2量体の転写因子は、PCDC45L/majorからの転写には影響を与えていないが、PCDC45L/minorからの転写を制御している可能性が示唆された。 次に、cDNAライブラリーからクローニングしたCDC45LのcDNAを解析して、塩基配列の一部が異なる512〜610アミノ酸の蛋白質をコードする5種類のcDNAを得た。これらの塩基配列をGenBankに登録されいているヒトゲノムの塩基配列と比較したところ、これらはすべて20のエクソンで構成された単一の遺伝子から転写され、オルタナティブスプライシングによって作られた複数種類のmRNAに由来することがわかった。一部のcDNAは第4、第7、第14エクソンのいずれかを持たず、第18エクソンはcDNAにより長さが異なっていた。即ち、CDC45Lでは2種類のプロモーターから、スプライシング部位の異なる多種類のmRNAが転写され、複数の蛋白質が作られることがわかった。 また、CDC45Lから最も大量に作られるmRNA由来のcDNAをin vitro翻訳系に加えて、蛋白質を合成した。このCDC45L蛋白質は、大腸菌で作ったGST-hMCM7融合蛋白質およびGST-p70融合蛋白質と結合した。hMCM7蛋白質はDNA複製起点に結合するライセンス因子のひとつであり、p70蛋白質はDNAポリメラーゼαのサブユニットなので、MCM2-7蛋白質複合体が複製開始転点に結合すると、CDC45L蛋白質を介してDNAポリメラーゼαが複製起点に誘導されると考えられる。 UFD1L及びCDC45Lの3つのコアプロモーターが、884塩基対の極めて短い領域にあり、転写を制御する領域が互いに重なり合っていることは、これらの遺伝子の発現が共通の転写因子によって制御されている可能性を示している。また、CDC45Lの2つのプロモーターは、転写されるmRNAの5'リーダー配列の違いを利用して、mRNAの半減期や翻訳効率を調節しているのかもしれない。このような遺伝子発現調節の機構を詳細に知ることは、遺伝子病の理解や遺伝子治療技術の開発に不可欠なものである。厳密な発現調節がなされていると考えられているTATAボックスを持たないプロモーターの研究は遅れており、本研究の成果は今後の研究に有用な情報を提供している。 UFD1LとCDC45Lが存在するゲノム領域は、DiGeorge症候群患者で対立遺伝子の一方に高頻度に欠失が見られることからDiGeorge Critical Region (DGCR)と呼ばれている。この領域には多数の遺伝子が存在するため、原因遺伝子はまだ特定されていないが、UFD1L及びCDC45L蛋白質はどちらも個体の正常な発生と生存に必須であり、これらの発現異常がDiGeorge症候群の原因である可能性を指摘する報告もある。遺伝子の比較的大きな欠失に注目するだけでなく、この2つの遺伝子の発現調節領域の小さな変異や修飾が遺伝子発現に大きく影響している可能性も考慮して、病因遺伝子の特定を進める必要があろう。 | |
審査要旨 | 本研究は、DNA複製開始を制御していると考えられるCDC45L蛋白質に着目し、この蛋白質をコードする遺伝子の転写調節機構および蛋白質の生化学的性質を明らかにするため、転写調節領域のゲノムDNA断片およびCDC45L蛋白質をコードするcDNAをクローニングし、それを用いた解析を行ったものであり、以下の結果を得ている。 1.CDC45L遺伝子のすぐ上流にはUFD1L遺伝子が存在し、両遺伝子は互いに離れる向きに転写が行われているという、高等真核生物では非常に珍しい構造をしていることを発見した。両遺伝子の開始コドンはわずか884塩基対しか離れておらず、この884塩基対のDNA断片が2つの遺伝子の転写調節領域として機能することを示すと同時に、この領域内には、UFD1L方向への転写のために1箇所、CDC45L方向への転写のために2箇所の合計3箇所の転写開始点が存在することを5'-RACE法とサザンブロットによって明らかにした。これらの転写開始点から転写を行うコアプロモーターは、いずれもTATAボックスを持たないいわゆるTATA-lessプロモーターであることが示された。 2.ホタルルシフェラーゼ遺伝子あるいはウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子に884塩基対のDNA断片もしくはその変異体DNA断片をつないだプラスミドを用い、HeLa細胞にトランスフェクションして行った一過性発現実験により、転写に作用するコアプロモーターおよび制御プロモーターとして機能する領域がそれぞれの転写開始点について詳細に示された。また、CDC45L遺伝子の上流側コアプロモーターPCDC45L/minorからの転写にはCHOP-C/EBPα2量体あるいはStafという転写因子が影響を及ぼしている可能性が示唆された。 3.HeLa細胞cDNAライブラリーおよびヒト胎盤cDNAライブラリーから、CDC45L蛋白質をコードする合計5種類のcDNAをクローニングし、その塩基配列を明らかにした。また、CDC45L遺伝子の位置するゲノム領域の塩基配列と比較することにより、クローニングされたcDNAはいずれも単一の遺伝子から転写され、スプライシング部位の差によって作り分けられたものであることが示された。 4.得られたcDNAを用いてCDC45L蛋白質をin vitro翻訳系で合成し、pull-down assayにより、大腸菌を用いて合成したGST-p70融合蛋白質およびGST-hMCM7融合蛋白質がCDC45L蛋白質と結合することを明らかにした。この生化学的性質は、CDC45L蛋白質が、DNAポリメラーゼαのサブユニットであるp70蛋白質と結合し、さらに、複製前複合体の構成蛋白質であるhMCM7蛋白質と結合することにより、DNA複製開始時にDNAポリメラーゼαをDNA複製起点に誘導する役割を持つことが強く示唆されるデータである。また、スプライシング部位の差によって生じた複数の蛋白質種の一部では、GST-p70融合蛋白質との結合能に差が認められ、これらの蛋白質種間に機能上の差があることも示唆された。 以上、本論文はCDC45L遺伝子の転写調節領域をクローニングしてその転写調節領域を詳細に解析し、さらに、その遺伝子産物であるCDC45L蛋白質の生化学的性質を明らかにした。特定の遺伝子プロモーターをこれほど詳細に解析した報告はこれまでほとんど例が無いだけでなく、一般的な転写調節のメカニズムは十分には解明されていないため、CDC45L遺伝子とUFD1L遺伝子の両者について転写調節を細かく行った研究は、今後の転写メカニズム解明の重要なデータとなる。また、CDC45L蛋白質はDNA複製制御にかかわることは知られていたもののその作用機序はこれまで不明であったが、本論文が示したCDC45L蛋白質の性質は、CDC45L蛋白質の機能を強く示唆するものであり、DNA複製制御メカニズムの解明のための基礎となる。従って、本論文は学位の授与に値すると考えられる。 | |
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