学位論文要旨



No 117308
著者(漢字) 張,磊
著者(英字) ZHANG,LEI
著者(カナ) チョウ,ライ
標題(和) ムスカリン性アセチルコリン受容体によるTRP6 Ca2+チャネルの調節 : 3つのチャネルアイソフォームの分子構造と機能特性
標題(洋) Muscarinic acetylcholine receptor regulation of TRP6 Ca2+ channel isoforms : molecular structures and functional characterization
報告番号 117308
報告番号 甲17308
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1916号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 御子柴,克彦
 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 助教授 中福,雅人
内容要旨 要旨を表示する

 Ca2+による細胞内シグナル伝達は、細胞の増殖、分化、アポトーシスなどの制御に重要な役割を担っている。細胞内のCa2+上昇は、主に小胞体内からのCa2+放出と細胞外からのCa2+流入により起こることが、およそ10年前からの研究により明らかになってきている。多くの細胞と組織においては、イノシトール三リン酸(IP3)の産生を促すGタンパク質共役型受容体を活性化すると、二相性の細胞内Ca2+上昇が見られる。最初のCa2+上昇は、小胞体の膜に局在するIP3受容体のCa2+チャネルの開口により、小胞体内に貯えられたCa2+が細胞質に放出されることにより生ずる。次のCa2+上昇は、形質膜に局在するCa2+チャネルの開口により細胞外のCa2+が細胞質へ流入することにより生ずる。一方、小胞体からのCa2+放出は一過性に起こるのに対し、細胞外からのCa2+流入は持続的に起こる。細胞内のCa2+ストアの枯渇より引き起こされるCa2+流入は、この研究の開拓者の一人であるJames Putneyによりcapacitative calcium entry (CCE)と名付けられた。現在、CCEを司るCa2+チャネルの分子レベルの同定は、細胞内Ca2+シグナル伝達の分野における大きい研究課題の一つとなっている。

 CCEチャネルの最初の候補として見つけられたのは、ショウジョウバエの視覚系で機能するDrosophila transient receptor potential (dTRP)とTRP-like (dTRPL)の二つCa2+チャネルであった。その後、dTRPとdTRPLと高い相同性を示す、七種類のほ乳類のCa2+チャネル(TRP1-7)をコードするcDNAが単離された。それぞれのTRPチャネルのmRNAは、種々の組織で異なった発現分布を示す。各々のTRPチャネルの機能的性質は、主に培養細胞におけるcDNAにより発現系で調べられている。その研究の結果、七つのTRPチャネルは、二つのグループに大別されることができることが判明した。TRP1/2/4/5は、Ca2+ストアの枯渇により活性化されるチャネルであるのに対して、mTRP3/6/7は、Ca2+ストアと関係なく、Gqと共役する受容体の制御を受けるチャネルである。しかし、それぞれのTRPチャネルの制御機構に関して議論の余地がある。例えば、TRP6チャネルについては、Gタンパク質共役型受容体により制御されるチャネルである報告と、Ca2+ストアにより制御されるチャネルである報告もある。最近、ヒトのTRP3/6とマウスのTRP7は、ジアシルグリセロール(DAG)の直接的作用により活性化される報告もあったが、その活性化の機構や、活性化に関与するTRPチャネルの部位等は、未だ分かっていない。

 今回の研究で、TRP6の調節機構を研究するため、ラット(r)TRP6 cDNAのクローニングをRT-PCRの手法を用いて行い、3つの異なるアイソフォームをコードするcDNAを得た。もっとも長いアイソフォームであるrTRP6Aは930個のアミノ酸から成り、rTRP6BはN末端の54個のアミノ酸(3-56)が欠損し、rTRP6CはさらにC末端付近の68アミノ酸(735-802)が欠損している。rTRP6AとrTRP6Bをコードする発現べクターをCOS細胞に一過性に導入すると、ムスカリン性アセチルコリン受容体のM5サブタイプの活性化を介したCa2+の流入が上昇し、Ba2+の流入も引き起こした。一方、rTRP6アイソフォームを発現させた細胞では、小胞体のCa2+ポンプ(Ca2+-ATPase)阻害剤サプシガージン(thapsgargin)処理による細胞内Ca2+ストアの枯渇は、Ba2+の流入を引き起こさなかった。また、rTRP6Aを発現させた細胞では、Ba2+の流入がDAGの類似体であるOAGの処理により促進されたが、rTRP6Bを発現させた細胞では、OAG依存的なBa2+の流入は見られなかった。rTRP6のcDNAを導入したCOS細胞で、rTRP6BのN末端(1-30 1aa)あるいはrTRP6AのアンチセンスRNAの発現によりムスカリン性アセチルコリン受容体のM5サブタイプ依存的なBa2+の流入が抑制された。これらの実験結果からrTRP6が、細胞内Ca2+ストアには非依存的で、G蛋白質共役型受容体により調節されるCa2+チャネルの形成に関与していると判明した。rTRP6AやrTRP6Bの実験結果とは異なり、rTRP6Cを発現させたCOS細胞ではM5サブタイプの活性化により引き起こされるCa2+の流入増加やBa2+の流入は見られず、またOAG依存的なBa2+の流入も見られなかった。糖鎖の分析よりrTRP6AとrTRP6BはCOS細胞では糖鎖付加されるが、rTRP6Cはほとんど糖鎖付加されないことを明らかにした。これらの実験結果から、DAGによるrTRP6Aの活性化にはN末端(3-56 aa)が重要で、第6膜貫通領域のすぐ下流に位置する735-802 aa領域が、rTRP6蛋白質のプロセッシングに重要であることが示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はムスカリン性アセチルコリン受容体によるTRP6 Ca2+チャネルの分子構造と機能特性について、下記の新しい事実を明らかにした。

1.ラット(r) TRP6 cDNAのクローニングをRT-PCRの手法を用いて行い、3つの異なるアイソフォームをコードするcDNAを得た。もっとも長いアイソフォームであるrTRP6Aは930個のアミノ酸から成り、rTRP6BはN末端の54個のアミノ酸(3-56)が欠損し、rTRP6CはさらにC末端付近の68アミノ酸(735-802)が欠損していた。

2.rTRP6AとrTRP6Bをコードする発現ベクターをCOS細胞に一過性に導入すると、ムスカリン性アセチルコリン受容体のM5サブタイプの活性化を介したCa2+の流入が上昇し、Ba2+の流入も引き起こした。一方、rTRP6アイソフォームを発現させた細胞では、小胞体のCa2+ポンプ(Ca2+-ATPase)阻害剤サプシガージン(thapsgargin)処理による細胞内Ca2+ストアの枯渇は、Ba2+の流入を引き起こさなかった。rTRP6のcDNAを導入したCOS細胞で、rTRP6BのN末端(1-301aa)あるいはrTRP6AのアンチセンスRNAの発現によりムスカリン性アセチルコリン受容体のM5サブタイプ依存的なBa2+の流入が抑制された。これらの実験結果からrTRP6が、細胞内Ca2+ストアには非依存的で、G蛋白質共役型受容体により調節されるCa2+チャネルの形成に関与していると判明した。

3.rTRP6Aを発現させた細胞では、DAGの類似体であるOAGの処理によりBa2+の流入が促進されたが、rTRP6Bを発現した細胞では、OAG依存的なBa2+の流入は見られなかった。この実験結果から、DAGによるrTRP6Aの活性化にはN末端(3-56 aa)が重要であることが示唆される。

4.rTRP6AやrTRP6Bの実験結果とは異なり、rTRP6Cを発現させたCOS細胞ではM5サブタイプの活性化により引き起こされるCa2+の流入増加やBa2+の流入は見られず、またOAG依存的なBa2+の流入も見られなかった。糖鎖の分析よりrTRP6AとrTRP6BはCOS細胞では糖鎖付加されるが、rTRP6Cはほとんど糖鎖付加されないことを明らかにした。これらの実験結果から、第6膜貫通領域のすぐ下流に位置する735-802 aa領域が、rTRP6蛋白質のプロセッシングに重要であることが示唆される。

以上、本論文はTRP Ca2+チャネルの分子構造と制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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