学位論文要旨



No 117309
著者(漢字) 吉田,典弘
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ノリヒロ
標題(和) Gタンパク質共役受容体キナーゼ(GRK2)によるチュブリンのリン酸化
標題(洋)
報告番号 117309
報告番号 甲17309
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1917号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御子柴,克彦
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 講師 小山,文隆
内容要旨 要旨を表示する

 Gタンパク質共役受容体キナーゼ(GRK2)は、アゴニストを結合したGタンパク質共役受容体のみを特異的にリン酸化する。アゴニスト結合受容体とG蛋白質βγサブユニットが相乗的にGRK2を活性化することで、厳密な基質特異性を示すと考えられる。GRK2がアゴニスト結合受容体以外にチュブリン、シヌクレイン、フォスデューシンという3種のタンパク質をリン酸化することが最近見いだされた。

 本研究では、GRK2によるチュブリンのリン酸化部位の同定を目的とした。同時に、基質特異性の厳しいGRK2がチュブリンをリン酸化するのは何故か、生体内でもチュブリンはリン酸化されているのか、という疑問に関わる実験をいくつか行った。

 チュブリンは、ブタ脳から重合・脱重合を3回繰り返した後、ホスホセルロースカラムを用いて精製した。GRK2でリン酸化したチュブリンをAchromobacter protease Iで消化し、陰イオン交換クロマトグラフィーを用いてリン酸化ペプチドを単離した。分子量が約6kDaのリン酸化ペプチドが得られ、そのN末端の配列はAFLHWYTGEGであった。この配列は、ブタβ−チュブリンのC末端領域の配列に一致した。このペプチドをendoproteinase Asp-Nで消化後、C18逆相クロマトグラフィーに添加し2種類のリン酸化ペプチドを単離した。それぞれのペプチドのアミノ酸配列は404DEMEF409TEAE413SNMN416と417DLV420SEYQQYQ426であった。最初のペプチドの水解物からは32P-Thrが、次のペプチドからは32P-Serのみが検出された。これらの結果から、GRK2によるチュブリンの主要なリン酸化部位がβ−チュブリンC末部分の409Thrと420Serであると結論した。

 チュブリンにはβI,βII,βIII,βIVという4種のアイソフォームがあるが、内在性リン酸化部位としてはβIII−チュブリンの444Serのみが報告されている。409Thrと420SerはβIからβIV−チュブリンに共通に存在するが、444SerはβIII−チュブリンのみに存在する。グルタチオンS−トランスフェラーゼ(GST)とβI−チュブリン(GST-βI−チュブリン)、GSTとβIII−チュブリン(GST-βIII−チュブリン)、およびGSTとそれぞれのチュブリン変異体との融合蛋白質を大腸菌で発現させ、GRK2によるリン酸化を検討した。GST-βI−チュブリン、GST-βIII−チュブリンともGRK2によってリン酸化された。βI−チュブリンの変異体T409A、S420AはGRK2によるリン酸化量が野生型の約半分であった。さらに2重変異体T409A/S420Aはほとんどリン酸化されなかった。βIII−チュブリンの2重変異体T409A/S420Aは野生型βIII−チュブリンと比較してリン酸化量が約30%で、3重変異体T409A/S420A/S444Aはほとんどリン酸化されなかった。以上の結果から、GRK2によるチュブリンのリン酸化部位が409Thr, 420SerおよびβIII−チュブリンでの444Serの3ヶ所に限定されることが明らかになった。

 GRK2でリン酸化したチュブリンをグリセロールもしくはタクソール存在下で重合させ遠心分離を行うと、リン酸化されたチュブリンはすべて沈殿画分に回収された。また脳から精製したチュブリンをタンパク質脱リン酸化酵素(PP2A)で処理し、チュブリンの微小管形成を濁度測定法により測定した。その結果、GRK2によるリン酸化依存的に微小管形成の増加が見られた。GRK2によるチュブリンのリン酸化が、微小管形成を促進することが明らかになった。チュブリンの3次元構造の結果と照らし合わせると、チュブリンのリン酸化部位が微小管の外側に位置していることが分かった。この領域はキネシンやMAPs (Microtuble Associated Proteins)との結合に関わることから、GRK2によるチュブリンのリン酸化がMAPs等との相互作用に影響を与える可能性が考えられる。

 GRK2がアゴニスト結合受容体のみをリン酸化するのは、受容体中の塩基性部分(細胞内第2ループ、第3ループ、第4ループの膜直近部分)がGRK2に作用して活性化するためと考えられている。事実、ムスカリン受容体のGRK2によるリン酸化部位を含む細胞内第3ループは、それ単独ではGRK2のよい基質ではない。チュブリン中にも、このような塩基性の活性化部分が存在する可能性が考えられる。そこで塩基性アミノ酸をほとんど含まないβI−チュブリンのC末端部分(393-455)とGSTとの融合タンパク質(GST-βI−チュブリンC)を調製した。予想に反して、GST-βI−チュブリンCはGST-βI−チュブリンと同程度にリン酸化された。この結果は、アゴニスト結合型Gタンパク質共役受容体とは異なった機構で、チュブリンがGRK2によってリン酸化されていることを示唆している。最近報告された、シヌクレイン、フォスデューシンもチュブリンと同様に酸性アミノ酸が非常に多いC末端部分がリン酸化されている。これらの酸性アミノ酸部分がGRK2の活性化に関与している可能性が考えられる。

 GRK2によってリン酸化されたチュブリンは、プロテインフォスファターゼ2A(PP2A)によって脱リン酸化された。脳から精製したチュブリンをPP2Aで脱リン酸化処理すると、GRK2によるチュブリンのリン酸化量が約2倍に増加した。この結果は、β−チュブリンの409Thr, 420Ser, 444Serのいずれかが脳内でリン酸化されていることを示唆する。GRK2をHEK293 tsA201細胞に過剰発現させて共焦点顕微鏡で観察したところGRK2は微小管上に存在し、抗GRK2抗体で免疫沈降を行うとβ−チュブリンも共沈した。また、野生型GRK2を過剰発現すると、内在性チュブリンのリン酸化が増加した。以上の結果は、培養細胞においてGRK2がβ−チュブリンと結合し、GRK2がチュブリンのリン酸化に関与していることを示唆している。生体内でもGRK2がチュブリンのリン酸化に関与している可能性が考えられる。脳内でのGRK2によるチュブリンのリン酸化の実証、その生理的意義の解明が今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はGタンパク質共役受容体キナーゼ(GRK2)によるチュブリンのリン酸化について、下記の新しい事実を明らかにした。

1.ブタ脳から精製したチュブリンをGRK2でリン酸化後、陰イオン交換カラム、逆相カラムクロマトグラフィーを用いてリン酸化ペプチドを単離した。GRK2によるチュブリンの主要なリン酸化部位はβ−チュブリンC末部分の409Thrと420Serであると結論した。

2.グルタチオンS−トランスフェラーゼ(GST)とβI−チュブリン(GST-βI−チュブリン)、βIII−チュブリン(GST-βIII−チュブリン)、およびそれぞれのチュブリン変異体との融合蛋白質を大腸菌で発現させ、GRK2によるリン酸化を検討した。GST-βI−チュブリン、GST-βIII−チュブリンともGRK2によってリン酸化された。βI−チュブリンの変異体T409A, S420AはGRK2によるリン酸化量が減少し、さらに2重変異体T409A/S420Aはほとんどリン酸化されなかった。またβIII−チュブリンの2重変異体T409A/S420AはGRK2によるリン酸化量が野生型と比較して約30%に減少し、3重変異体T409A/S420A/S444Aはほとんどリン酸化されなかった。以上の結果から、GRK2によるチュブリンのリン酸化部位が409Thr, 420SerおよびβIII−チュブリンでの444Serの3ヶ所に限定されることが明らかになった。チュブリンの3次元構造の結果と照らし合わすと、リン酸化部位が微小管の外側に位置していた。この領域はキネシンやMAPs (Microtuble Associated Proteins)との結合に関わることから、GRK2によるチュブリンのリン酸化がMAPs等との相互作用に影響を与える可能性が示唆される。

3.GRK2でリン酸化したチュブリンをグリセロールもしくはタクソール存在下で重合させ遠心分離を行うと、リン酸化されたチュブリンは沈殿画分に回収された。また脳から精製したチュブリンをタンパク質脱リン酸化酵素(PP2A)で処理し、チュブリンの微小管形成を濁度測定法により測定した。その結果、GRK2によるチュブリンのリン酸化依存的に微小管形成の増加が見られた。GRK2によるチュブリンのリン酸化が、微小管形成を促進することが明らかになった。

4.GRK2がアゴニスト結合受容体のみをリン酸化するのは、受容体中の塩基性部分がGRK2に作用して活性化するためと考えられている。チュブリン中にもこのような塩基性の活性化部分が存在する可能性が考えられるため、塩基性アミノ酸をほとんど含まないβI−チュブリンのC末端部分(393-455)とGSTとの融合タンパク質(GST-βI−チュブリンC)を調製した。GST-βI−チュブリンCはGST-βI−チュブリンと同程度にリン酸化された。非受容体型基質に存在する酸性アミノ酸部分がGRK2の活性化に関与している可能性が考えられる。この結果は、アゴニスト結合型Gタンパク質共役受容体とは異なった機構で、チュブリンがリン酸化されていることを示唆している。

5.GRK2によってリン酸化されたチュブリンは、プロテインフォスファターゼ2A(PP2A)によって脱リン酸化された。脳から精製したチュブリンをPP2Aで脱リン酸化処理すると、GRK2によるチュブリンのリン酸化量が約2倍に増加した。この結果は、チュブリンの409Thr, 420Ser, 444Serのいずれかが脳内でリン酸化されていることを示唆する。

6.GRK2をHEK293 tsA201細胞に過剰発現させて共焦点顕微鏡で観察したところ、GRK2は微小管上に存在し、抗GRK2抗体で免疫沈降を行うとβ−チュブリンも共沈した。また、野生型GRK2を過剰発現すると、内在性チュブリンのリン酸化が増加した。以上の結果は、培養細胞においてGRK2がβ−チュブリンと結合し、GRK2がチュブリンのリン酸化に関与していることを示唆している。生体内でもGRK2がチュブリンのリン酸化に関与している可能性が考えられる。

以上、本論文はGタンパク質共役受容体キナーゼ(GRK2)によるチュブリンリン酸化の生理的意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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