No | 117310 | |
著者(漢字) | 小薮,芳男 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コヤブ,ヨシオ | |
標題(和) | Znフィンガー蛋白質、Zic、Gli、NKLの蛋白質間相互作用とその神経発生における役割 | |
標題(洋) | Physical and functional interaction between Zic, Gli and NKL zinc finger proteins in neural development | |
報告番号 | 117310 | |
報告番号 | 甲17310 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1918号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | (序論)Zic(zinc finger protein of cerebellum)は小脳に限局して発現する遺伝子としてクローニング、命名された。現在マウスとアフリカツメガエル(ツメガエル)では4種類のサブタイプが報告されている。ツメガエル胚を使った研究によって、Zicは神経誘導や神経堤誘導に積極的な役割をもつことが明らかにされている。 またZicファミリーと良く似たC2H2型Znフィンガーモチーフをもつ遺伝子群が他に2つ存在する。1つはヘッジホッグ(Hh)シグナルの下流因子であるGliファミリーであり、もう1つはNKL(neuronal Kruppel-like)である。 Gliファミリーは発生過程において、Zicファミリーと発現部位の重なる部分が多いことや、ZicとGliとは神経堤の発生では拮抗的に、また椎弓の前後軸に沿った形態形成では協調的に働くことが明らかにされている。また、Gliはゲノム上の特定の塩基配列(Gli binding sequence(GBS))を特異的に認識して結合し、遺伝子の発現制御をすることが分かっている。Zicの結合塩基配列の探索の結果、ZicもGBSを最もよく認識して結合することが明らかとなった。しかし、ZicのGBSに対する親和性はGliに比べて低いことや、レポーターアッセイの結果、GliがGBS依存的な転写活性を示すのに対してZicはGBS様の配列を持たない様々なプロモーター(チロシンキナーゼ(TK)、SV40、Ziclプロモーターなど)に対しても活性をもつことなど、ZicとGliの分子的性質の違いも明らかにされた。 一方、NKLはニワトリの神経管で過剰発現させた場合、分裂増殖中の神経前駆細胞の分化を促進させることから、神経細胞分化を促進する因子と考えられている。また、ツメガエルの神経胚の時期の神経板境界部から神経堤細胞の発生分化が起るが、NKLはこの領域でも発現していることから神経堤発生との関わりが示唆された。 そこで今回の研究では、Zicによる発生制御の分子メカニズムの解明を目的にGli、NKLとZicとの関係について調べた。 (結果1)始めに、ZicとGliとの相互作用を調べるため、293T細胞にヘマグルチニン(HA)のタグを付けたZic遺伝子とFlagタグを付けたGli遺伝子を導入し発現させ、その細胞溶解液を使って抗HA抗体で免疫沈降反応を行った。ウエスタンブロッティングの結果Gliに相当するバンドを検出できた。最終的にZic1、Zic2、Zic3とGLI1、Gli2、GLI3とはZicとGliのどのような組み合わせでもそれぞれの複合体を形成することが分かった。また、Zic-Gli蛋白質間結合に必要な領域を決定するため、GLI3を様々な断片に分割化し、その領域を含むGST融合蛋白質を精製して、このGST融合蛋白質とZic1および様々なZic1変異蛋白質を発現させた細胞溶解液との間で結合実験を行った。その結果、ZicとGliとは互いにZnフィンガー領域で結合することが明らかになった。さらに、大腸菌で発現精製したZic1とGLI3蛋白質の精製蛋白質同士でも結合が見られたことから、この結合は他の因子を介さない直接的なものであることが示唆された。 次に、ZicとGliの細胞内局在について調べた。実験で使用した細胞株の全てにおいてZicは核に局在した。Gliは従来の研究報告の結果と同様に、細胞株により細胞質と核にさまざまな割合で分布した。NIH3T3細胞ではGLI3は細胞質に優位に存在した。ところが、Zicと共発現させたときには、GLI3が核に優位に局在して発現する細胞数の割合が上昇した。また、Zicとの結合に必要なZnフィンガーモチーフを除いたGLI3では、Zicと共発現させても細胞内での局在に変化が生じなかった。 次に、ZicとGliの転写活性における機能的相互作用について調べた。TKプロモーターの5'側にGBSを6つ付けた場合と付けない場合のルシフェラーゼ発現プラスミド(pGBS-TK-LucまたはpTK-luc)をレポーターにして、ZicとGliによる転写活性の制御を調べた。その結果、NIH3T3細胞ではZiclとGLI1を共発現させると協調的に転写活性が増強することが明らかになった。GLI3についても、GLI3とZic1とCBPの3者を共発現させるとGBS依存性のGLI3による転写の活性がZic1によって増強された。 (考察1)培養細胞におけるZicとGliの細胞内局在の実験結果では、Zicと共発現することで核に発現するGliの割合が増えることから、細胞内でZicとGliは相互作用をもつことが示唆された。またレポーターアッセイの結果、ZicはGliの核への局在を増加させるなどによって、GliのGBS依存性の転写活性を調節する可能性が示唆された。 GliはHhシグナルを介在する因子として知られているが、これまでZicがどのようなシグナルを介在するかは分っていなかった。今回の研究の結果、ZicもHhシグナルになんらかの影響をもつ因子として働いている可能性が示唆された。 今回の研究によって、ZicとGliの関わる発生現象の分子的基盤の可能性のひとつとして、ZicとGliとの互いのZnフィンガーモチーフを介した蛋白質間相互作用が関わっていることが示唆された。 (結果2)MycタグをツメガエルZic3(Zic3)、マウスGli2(Gli2)とマウスNKL(NKL)のcDNAにつけた遺伝子を作製し、そのmRNAをツメガエル胚の2細胞期の片側割球に注入し蛋白質を過剰発現させる実験を行った。そして中期神経胚で神経堤分化マーカーXenopus slugの発現をin situ hybridizationによって観察した。その結果、NKLを過剰発現させた側で神経堤領域の減少または消失が観察された。また、従来の研究報告と同様に、Zic3を過剰発現させた場合は神経堤領域の拡大が観察され、Gli2の場合はNKLと同様に神経堤領域の減少が見られた。そこでZic3とNKLを同時に過剰発現させたところ、神経堤領域のZic3による拡大とNKLによる減少の効果が互いに打ち消され、内在性の発現パタンに近づいた。この現象はZic3とGli2を同時に過剰発現させた場合にも観察された。また、Zic3を過剰発現させると神経堤細胞に由来する色素細胞の細胞塊が生じることが分かっているが、NKLとZic3の共発現により色素細胞の細胞塊は減少した。 ゲルシフトアッセイの結果、NKLはZnフィンガー領域でGBSに結合することが報告されている。そこでNKLがGBS依存性の転写活性を示すかを調べた。レポーター遺伝子としてpGBS-TK-LucまたはpTK-lucを、NKLまたはZic3mRNAと同時に2細胞期のツメガエル胚に注入した。後期胞胚期にアニマルキャップと呼ばれる動物極側表皮予定外胚葉領域を切り取り培養し、姉妹胚が中期神経胚に達した時期にルシフェラーゼの発現量を測定した。その結果、NKLはGBS依存的にルシフェラーゼの発現を抑制した。Zic3はTKプロモーターに反応してルシフェラーゼの発現を僅かながら増強した。さらに、Zic3とNKLを同時に発現させた場合、NKLの発現量の増加に応じてZic3による転写活性化作用は抑制された。 次に、NKLはZicやGliに良く似たZnフィンガー構造をもつことから、ZicとNKLの結合の可能性を免疫沈降反応によって調べた。その結果ZicとNKLはZicとGliの場合と同様にZnフィンガーモチーフを介して結合することが明らかになった。また、293T細胞やNIH3T3細胞ではNKLはZicと同じように核に局在していた。しかし、NKLのZnフィンガーモチーフを除くと核への局在はなくなり、細胞全体に発現するようになった。 (考察2)以上の結果から、神経堤発生の過程ではNKLはGliと同じように抑制的に働きZic3とは拮抗的な作用をもつことが示唆された。 転写活性の実験では、NKLはGBS依存的に抑制な転写活性を示したことから、NKLはin vivoでGBS様の配列に結合して転写を抑制的に調節する可能性が示唆された。また、ZicとNKLは転写制御のレベルでも相互作用をもつ可能性が示唆された。 さらに、NKLのZnフィンガーモチーフを除いた蛋白質では、核への局在が観察されなくなることから、Znフィンガーモチーフに核移行シグナルが存在する可能性が示唆された。 (結論)今回の2つの研究からZic、Gli、NKL蛋白質のZnフィンガーモチーフは、蛋白質間相互作用に利用されることが明らかになった。今回の研究によって、Zic、Gli、NKLが関わる発生過程における機能的な相互作用の分子的基盤の可能性のひとつとして、Zic、Gli、NKL蛋白質のZnフィンガーモチーフを介した蛋白質間相互作用の関わりが示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は高等動物初期発生過程において重要な役割を演じていると考えられるZnフィンガー蛋白質Zic、Gli、NKLの分子メカニズムを解明するために、培養細胞を使った実験系およびアフリカツメガエル胚にmRNAを注入して蛋白質を過剰発現させる系にて、Zic、Gli、NKL蛋白質の蛋白質間相互作用および神経堤発生における役割を検討しており、下記の結果を得ている。 1.Zic、Gliの蛋白質間相互作用を検討するため、293T細胞にZicとGliを発現させ、その細胞溶解液で免疫沈降反応を行った結果、ZicとGliとは互いのZnフィンガー領域で分子間相互作用することが明らかになった。大腸菌で発現精製した蛋白質どうしでの結合実験の結果、このZicとGliの結合は他の因子を介さない直接的なものであることが示唆された。従って、試験管の中では、ZicとGliが互いのZnフィンガー領域を介して結合することが示された。 2.NIH3T3細胞にZicとGliを発現させ、細胞内でのZicとGliの局在を観察した。その結果、単独ではZicは核に局在し、GLI3は細胞質に優位に存在した。同一の細胞でGLI3とZicとが発現している場合には、核に局在して発現するGLI3の細胞数の割合が増加した。また、Znフィンガー領域を除いたGLI3で同様の実験を行ったところ、単独発現またはZicとの共発現に関わらず、細胞内の局在に変化は認められなかった。従って、細胞内でもZicとGliが相互作用する可能性が示された。 3.Thymidine kinase(TK)プロモーターの5'上流にGliの最適結合塩基配列(GBS)を6つ付けたルシフェラーゼ発現レポーター遺伝子(pGBS-TK-luc)を使って、Zic1とGLI3の転写活性における影響を調べた。その結果GLI3結合性蛋白質CREB-binding protein(CBP)、GLI3の2者に比べZic1、CBP、GLI3の3者を発現させたときには、GLI3によるGBS依存性の転写活性をおよそ6倍増加させた。この転写活性増加の可能性として、Zicとの共発現によって核に局在するGliが増加するなどのZicによるGliの転写活性への影響が示唆された。 4.NKLはツメガエル胚の中期神経胚において、神経堤が生じる神経板境界部で、Zicの発現部位と一部重なって発現している。そこで、2細胞期のツメガエル胚の片側割球にNKLまたはZic3のmRNAを注入して、蛋白質を過剰発現させ、中期神経胚での神経堤マーカーの変化を観察した。その結果、NKLは神経堤マーカーの発現を抑制し、Zic3の神経堤マーカー拡大の作用に拮抗することが示された。また、NKLの様々な変異蛋白質で同様の実験を行ったところ、最終的に神経堤発生の抑制およびZic3との拮抗作用にはZnフィンガー領域が必要かつ充分であることが示された。 5.Gel shift assayの結果NKLはGBSに特異的に結合することが報告されている。そこでNKLの転写活性を検討した。ツメガエル胚にpGBS-TK-lucとNKL mRNAを同時に注入し、胞胚期にanimal cap explantsを切り取り、中期神経胚に相当する時期まで培養し、ルシフェラーゼの発現を測定した。その結果、NKLはGBS依存的に転写を抑制することが示唆された。また、NKLの様々な変異蛋白質で同様の実験を行ったところ、最終的に転写の抑制にはZnフィンガー領域が必要かつ充分であることが示された。 6.NKLのZnフィンガーモチーフはGliのZnフィンガーモチーフに非常に似ていることから、ZicとNKLの分子間相互作用について検討した。293T細胞にZicとNKLを発現させ、その細胞溶解液で免疫沈降反応を行った結果、ZicとNKLとは分子間相互作用することが明らかになった。さらに、実験を進めた結果、ZicとNKLとの分子間相互作用には互いのZnフィンガー領域が重要であることが明らかとなった。 以上、本論文は培養細胞およびツメガエル胚を用いた実験系において、Zic、Gli、NKL蛋白質が互いのZnフィンガー領域で蛋白質間相互作用すること、ZicとNKLとは神経堤発生において拮抗的に働き、NKLの作用にはZnフィンガー領域が必要かつ充分であることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、発生初期に働くと考えられる、Zic、Gli、NKL蛋白質の関わる発生現象の分子メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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