No | 117320 | |
著者(漢字) | 百瀬,義雄 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モモセ,ヨシオ | |
標題(和) | パーキンソン病の一塩基多型を基盤とした疾患感受性遺伝子の同定とpersonalized medicineの構築に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 117320 | |
報告番号 | 甲17320 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1928号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.はじめに パーキンソン病(以下PD)は主に中脳黒質から線条体に至るドパミンニューロンが障害され、病理学的にはLewy小体の出現を特徴とする神経変性疾患である。振戦、筋固縮、寡動、姿勢反射障害を四主徴とし、一部の症例では痴呆や自律神経症状を合併する。本邦における有病率は10万人中約100人であり、神経変性疾患の中ではアルツハイマー病に次いで遭遇する機会が多い。好発年齢は60歳前後であり社会の高齢化に伴い患者数の増加が予想されている。 PD発症における遺伝因子の存在に関しては近年まで議論があったが、1) 遺伝形式の推定可能な大家族の存在、2) 約10%のPD患者の第一度近親内にPD患者が存在すること、3) subclinicalな症例を含んだpositron emission tomograhy(PET)による研究の結果では一卵性双生児の疾患一致率が約60%もあり二卵性の約3倍であること、などから多因子遺伝性疾患であることが示唆されている。さらに2000年にアイスランド国民を対象とした大規模な疫学的調査の結果が発表され、50歳以上発症のPD患者の同胞、子供、甥あるいは姪のrisk ratioはそれぞれ6.7、3.2、2.7であった。患者の配偶者の発症率は統計学的に高くはなく、PD発症には遺伝因子が強く影響していることが示された。 一部のメンデル遺伝形式をとる家族性パーキンソニズムについてはα-シヌクレイン遺伝子やパーキン遺伝子、ubiquitin carboxy-terminal hydrolase-L1 (UCH-L1)遺伝子の変異が発見された。一方、症例的には大多数(90%以上)の孤発性PDの原因は現時点では不明である。現在まで種々の遺伝子多型により関連解析が行われてきたが、Alzheimer型老年痴呆におけるAPOE遺伝子ε4多型のような確実に発症リスクを高める遺伝因子はPDにおいては現在まで確認されていない。 PDは神経疾患の中でも特に治療薬の種類が豊富で新規薬剤が次々と開発されており、その効果も臨床症状ごとに若干異なる。また、脳定位手術が再び見直されて来ており、治療の選択肢は益々広がる傾向がある。一方、抗PD薬による副作用の出現は個々人によって差があり、wearing-off現象(薬効のある時間が短縮し、次の内服時間まで効果が続かないこと)、dyskinesiaや悪性症候群の出現しやすい群が存在する。薬剤の選択や投与量の決定は臨床家の経験的知識に頼る部分が大きかったが、今日個人個人のゲノム情報を裏付けとしたpersonalized medicineが必要とされている。 一塩基多型、すなわちSNPs(single nucleotide polymorphisms)はDNA配列上に存在し、個人差を決定する一塩基の差異である。多因子疾患の疾患感受性遺伝子探索において関連解析の重要性が指摘され、解析の手段としてSNPsが注目されている。また薬剤に対する反応性の個人差を決定する多型マーカーとしても応用が期待されている。PDの疾患感受性遺伝子の同定とpersonalized medicineの確立を目的としてSNPsを基盤とした関連解析を行った。 2.対象・方法 患者診察時のデータシートを作成し、振戦優位型や姿勢反射障害型などの特異な臨床病型の抽出を図った。 SNPタイピングの対象はPD患者232名(男114名、女118名)と対象249名(男127名、女122名)である。患者から血液検体を採取する際には先程のデータシートを用い、問診と診察を十分に行い臨床情報を得るようにした。発症年齢は54.1±10.5(平均±SD)歳[24〜80歳]。18名は40歳未満発症であり、13名には家族歴が認められた。古典的なASO法でタイピングを行うとともに、SNaPshotTM法、PyrosequencingTM法、TaqManTM法の比較検討を行い、最もハイスループットな方法としてTaqManTM法を選択した。TaqManTM法での解析には他施設の検体も含めPD患者436名、対照440名にまで増やした。PDの臨床診断にあたっては症候性パーキンソニズムは極力除外するように努めた。検体の採取においては各患者から文書によって同意を得た。 ゲノムDNAは白血球より通常の方法により抽出し、SNPのタイピングは主にアリル特異的オリゴヌクレオチド(ASO)法を用い、その他PCR-RFLP法、TaqManTM法を行った。統計処理にはX2検定を用い、観察値が10未満の際にはYatesの補正を行いp<0.05を有意とした。SNP情報の多くはWeb上に公開されているWhitehead Institute for Biomedical ResearchやHuman Cytochrome P450 Allele Nomenclature Committee、東京大学医科学研究所のデータベースより得た。 3.結果 PDの発症や薬剤への反応性に関与する可能性のある21遺伝子の24SNPsについて検討した。検討した遺伝子は以下の4つのカテゴリーに分かれる。すなわち:(1)ドパミン関連:aromatic L-amino acid decarboxylase (AADC); catechol-O-methyltransferase (COMT); dopamine-hydroxylase (DBH); dopamine receptor D3 (DRD3); dopamine receptor D5 (DRD5); and solute carrier family 6, member 3=dopamine transporter (SLC6A3=DAT1) (2)神経栄養因子関連:brain-derived neurotrophic factor (BDNF); ciliary neurotrophic factor (CNTF); nerve growth factor, beta polypeptide (NGFB); and neurotrophic tyrosine kinase, receptor, type1 (NTRK1).(3)毒物代謝・輸送関連:cytochrome P450 1A2 (CYP1A2); cytochrome P450 2E1 (CYP2E1); cytochrome P450 2C9 (CYP2C9); paraoxonase1 (PON1); 5,10-methlenetetrahydrofolate reductase (MTHFR); diaphorase 4 (DIA4); and ATP-binding cassette, sub-family B, member 1=multidrug-resistance 1 (ABCB1) (4)家族性パーキンソニズム:ubiquitin carboxy-terminal hydrolase L1 (UCH-L1); dystonial (DYT1), G protein-coupled receptor 37=parkin-associated endothelin receptor-like receptor (GPR37=Pael receptor); ubiquitin-conjugating enzyme E2L 3 (UBE2L3)である。ABCB1, DYT1, GPR37, UBE2L3のSNP以外はすべてアミノ酸の変化を伴うcoding SNPであるが、ABCB1のSNPもmessenger RNAの安定性に変化が生じることが判っている。 検討した24SNPsのうち7つには変異が見い出されなかった。BDNF遺伝子G196A(Val66Met)のAAホモ接合体がPD患者では正常対照に比し有意に頻度が高かった(X2=5.46, p=0.019)。またUCH-L1遺伝子C53A(Ser18Tyr)のCアリルがPDで有意に頻度が高いことが確認された(X2=5.41, p=0.020)。 さらに患者の階層化を行い、それぞれのSNPについてwearing-off易出現群、dyskinesia易出現群、悪性症候群易出現群との関連について検討したが、有意なものは見つからなかった。振戦優位型や姿勢反射障害型などの層化を行うにはさらに症例数を増やす必要があった。 4.考察 神経栄養因子BDNFは中枢神経系、末梢神経系においてニューロンの生存、成長を助け、1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine(MPTP)のような神経毒からドパミンニューロンを保護する。また、PD患者の黒質ではBDNFが減少することが知られている。今回検討したBDNFのVal66Met多型は翻訳後に切り離されるproBDNF上に存在するが、proBDNF自体にも生理活性が存在することが最近判明した。BDNF遺伝子G196A(Val66Met)のAAホモ接合体がPD患者で有意に頻度が高いという結果が得られたが、もしこのSNPが発症に関与するとすれば、proBDNFのプロセッシングに影響が生じるか、proBDNF自体の生理活性の変化が生じる可能性が考えられる。また、このSNPが他の疾患感受性を有するSNPと連鎖不平衡にある可能性もある。 一方、UCH-L1は脳可溶性蛋白分画の1〜2%を占める脱ユビキチン化酵素の1つであり、ポリユビキチンの加水分解に関与する。UCH-L1遺伝子のIle93Met変異が家族性パーキンソニズムの原因として知られるが、Ser18Tyr変異が孤発性パーキンソン病の発症に対し、抑制的に働くという報告が複数のグループよりなされている。これには反論も存在するが、我々の検討でもSer18Tyr変異はPD患者で有意に頻度が少ないという結果が得られた。神経変性疾患におけるユビキチン−プロテアーゼ系の重要性を考えるとUCH-L1の役割は大変興味深い。 以上まとめると、我々はSNPsを基盤とした関連解析によりPD発症においてBDNFのSNP(G196A,Val66Met)が関与している可能性を初めて示唆し、UCH-L1のSNP(C53A,Ser18Tyr)が発症に対し抑制的に働いていることを確認することができた。PD発症における遺伝因子の解明とpersonalized medicineの構築を目指し、さらに解析を進めて行く予定である。 | |
審査要旨 | 本研究は多因子遺伝疾患であるパーキンソン病の疾患感受性遺伝子の同定とpersonalized medicineの構築を目標としてSNPsを基盤とした患者対照関連解析と薬剤反応性及び副作用による層化解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。 1.SNPs(single nucleotide polymorphisms)を基盤とし、パーキンソン病の発症や薬剤への反応性に関与する可能性のある4つのカテゴリー(ドパミン関連、神経栄養因子関連、毒物代謝・輸送関連、家族性パーキンソニズム関連)に属する21遺伝子24SNPsについて検討し、BDNF遺伝子G196A(Val66Met)のAAホモ接合体がPD患者では正常対照に比し有意に頻度が高かった(X2=5.46,p=0.019)。またUCH-L1遺伝子C53A(Ser18Tyr)のCアレルがPDで有意に頻度が高いことが確認された(X2=5.41,p=0.020)。 2.古典的なASO法でタイピングを行うとともに、SNaPshotTM法、PyrosequencingTM法、TaqManTM法の比較検討を行い、今後採用する最もハイスループットな方法としてTaqManTM法を選択した。 3.患者診察時のデータシートを作成し、患者から血液検体を採取する際には問診と診察を十分に行い臨床情報を得るようにした。wearing-off易出現群やジスキネジア易出現群、悪性症候群易出現群を抽出し、上記のSNPsについて層化解析を行ったところ、有意差は認められなかった。 以上、本論文はSNPsを基盤とした関連解析によりパーキンソン病発症においてBDNFのSNP(G196A,Val66Met)が関与している可能性を初めて示唆し、UCH-L1のSNP(C53A,Ser18Tyr)が発症に対し抑制的に働いていることを確認した。今までパーキンソン病の関連解析の報告は1つのSNPにつきパーキンソン病か否かの検討のみが行われてきたものがほとんどで、本研究はパーキンソン病の候補遺伝子21遺伝子24SNPsと数多くの興味深いSNPsについて関連解析を行っており、さらに患者の薬剤に対する反応性により層化解析を行っている点で独特であり、学位の授与に値するものと思われる。 | |
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