学位論文要旨



No 117322
著者(漢字) 畑中,一仁
著者(英字)
著者(カナ) ハタナカ,カズヒト
標題(和) ラット虚血心筋におけるコネキシン43の動態に関する研究
標題(洋) A Study on the Alternation of Connexin43 in the Rat Ischemic Heart
報告番号 117322
報告番号 甲17322
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1930号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 横山,和仁
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 石川,昌
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】細胞間を結合する形態の一つにギャップ結合があり、心筋細胞では隣接する細胞間の介在板に存在する。ギャップ結合を介して種々のイオンや分子が細胞間を伝達されることから、ギャップ結合は細胞間の電気的、代謝的な共役に関与するとされる。ギャップ結合は膜貫通型タンパクの六量体で構成されたコネクソンからなり、その膜貫通型タンパクはコネキシンと称される。心筋細胞の大部分では分子量43-kDaのコネキシン43が発現している。コネキシン43は、半減期が約1.3時間という非常に代謝速度の速いタンパクであり、粗面小包体およびゴルジ装置で生合成され、リン酸化を受けた後、プロテアソームまたはライソゾームで分解される。

 近年、ギャップ結合の生理的機能から、その構成要素であるコネキシン43の障害と催不整脈性との関連が注目されており、コネキシン43のノックアウトマウスを用いた研究では、その発現が抑制された場合には不整脈が生じやすいとされている。また、動物モデルやヒトの虚血心の介在板における免疫染色性低下が認められており、その原因としてエピトープマスキング、つまり脱リン酸化等による抗原構造の内包化による機序が提唱されているが、コネキシン43の分解に関しては不明である。また灌流心での虚血モデルにおいてコネキシン43の脱リン酸化現象が報告されており、非虚血下では介在板でリン酸化型優位であったものが、虚血下では脱リン酸化型が経時的に増加する現象が確認されている。しかし、比較的早期の虚血心筋でのコネキシン43の動態に関しては不明な点が多い。また短時間虚血の先行による梗塞心筋保護作用および不整脈抑制効果はIschemic preconditioning (IP)として知られているが、IPの効果が梗塞心筋のコネキシン43にもたらす影響に関しては不明である。

 本研究では、ラット心筋梗塞モデルを用いて、梗塞早期のコネキシン43の脱リン酸化および分解の分子機構を明らかにするとともに、IPが梗塞心筋のコネキシン43に及ぼす影響について調べることを目的した。

【材料・方法】8週齢の雄性Sprague-Dawlyラットの左冠動脈結紮により心筋梗塞を作成し、以下の各実験モデルを作成した。1)梗塞モデル:1、2、3時間梗塞モデル(経時変化)、2)阻害剤投与モデル:カルシニューリン阻害剤(サイクロスポリンA)、ライソゾーム阻害剤(E64c)、およびプロテアソーム阻害剤(PSI)を前投与した1時間梗塞モデル、3)IPモデル:冠動脈結紮3分開放5分を3回反復後の1時間および3時間梗塞モデル。またIPとの関連性が報告されているprotein kinase C (PKC)の影響を調べるために、PKC阻害剤(ケレレスリン)を前投与したIPモデル(梗塞1時間)を作製した。摘出心は虚血部と非虚血部に分けてホモジナイズ後、核・筋原線維分画(P1)、膜分画(P2)、細胞質分画(S)に分離し、SDS (sodium dodecyl sulfate)-PAGE (polyacrylamidegel electrophoresis)後、抗コネキシン43抗体(ポリクロナールおよびモノクロナール抗体)および抗PKC抗体によるウェスタンブロッティングにより分析を行った。なおプロテアソームによるコネキシン43の分解を検証するために、プロテアソームの特異的基質であるIκB-αについて同様に分析を行った。コネキシン43 mRNAはノーザンブロッティングにより分析を行い、また蛍光抗体法による免疫組織学的検討も併せて行った。なお、使用した抗コネキシン43ポリクロナール抗体はリン酸化型コネキシン43および脱リン酸化型コネキシン43の両方を認識し、同モノクロナール抗体は脱リン酸化型コネキシン43のみを認識するという特性を持つ。

【結果】対照群(非虚血)におけるコネキシン43は大部分が膜分画にリン酸化型として存在し、免疫蛍光染色法による組織像では心筋細胞の介在板に存在することが確認された。梗塞1時間ではリン酸化型コネキシン43の減少と脱リン酸化型コネキシン43の増加が認められた。全コネキシンの減少は全量の約15%であり、梗塞1時間では大部分が脱リン酸化されると考えられる。その後、両者は梗塞の進行に従って経時的に減少した。組織像では梗塞1時間で脱リン酸化型を示すモノクロナール抗体陽性像が介在板で強く認められたが、梗塞3時間ではその染色性は低下し、また心筋全体が弱くびまん性に染色された所見が認められた。これはコネキシン43分解産物の存在を示していると考えられる。なおS分画のウェスタンブロッティングでは明らかなコネキシン43のバンドは確認できなかったが、同分画のドットブロットでは経時的なドットシグナルの増強が認められたことから、コネキシン43分解産物が細胞質において増加していると考えられる。

 サイクロスポリンAによりコネキシン43の梗塞1時間における脱リン酸化が抑制された。また、E64cおよびPSIにより梗塞1時間におけるリン酸化コネキシン43の減少が有意に阻害され、両者の部分的な協調作用も認められたが、脱リン酸化型への影響はいずれも認められなかった。S分画のドットブロットでは対象群でE64cおよびPSI投与群でのドットシグナル増強を認め、梗塞1時間ではこれらの阻害剤投与によりドットシグナル増強が抑制された。またプロテアソームの基質であるIκB-αは梗塞1時間で有意に減少したが、PSIによりその減少は抑制された。コネキシン43のmRNAは梗塞1時間では対照とほぼ同レベルであったが、3時間後には著減した。なおIPはコネキシン43 mRNAレベルには影響を及ぼさなかった。

 IPにより梗塞1時間でのリン酸化型コネキシン43およびIκB-αの減少が有意に抑制されたが、3時間ではその減少抑制は認められなかった。またIPによるリン酸化型コネキシン43の減少抑制がケレレスリンにより阻害されたことから、IPによるリン酸化型コネキシン43の減少抑制効果にはPKCが関与すると考えられる。なお、ウェスタンブロッティングによる分析ではIPモデルにおけるPKCの膜分画への転移等を示す明らかな所見は認められなかった。

【考察】本研究により、早期心筋梗塞モデルにおけるカルシニューリンによるコネキシン43脱リン酸化、プロテアソーム及びライソゾームによるコネキシン43分解、さらに虚血3時間でのコネキシン43遺伝子発現減少が示された。すなわち、梗塞初期にはコネキシン43の脱リン酸化と蛋白分解が起こり、その後、転写活性低下およびmRNAの不安定化が起こると考えられる。またIPによりコネキシン43の減少が抑制されることが示され、その機序としてPKCの関与が示唆された。一般的な組織学的検索では心筋の変化が殆ど認められない段階での早期梗塞において、コネキシン43が脱リン酸化・分解されていること、またIPが虚血によるコネキシン43の変化を抑制することから、心筋梗塞早期の不整脈による突然死の機構及び狭心症発作反復による梗塞時不整脈発生の抑制機構が虚血によるコネキシン43の変化と関連することが示唆される。

 以上の結果より、コネキシン43を維持するような薬物療法による心機能保護および不整脈抑制の治療の可能性が示唆され、例えばプロテアソーム阻害剤やPKC活性化剤などの応用が考えられる。また突然死例は臨床診断のみならず剖検診断および病理組織的診断においても診断が困難であり、特に法医学実務上では、事故、喧嘩、過労などによるストレス負荷が虚血性心疾患の誘因であった事例も多く、その診断が困難である場合が多い。早期虚血性心疾患の組織診断にはミオグロビンの逸脱等が用いられてきたが、これは細胞膜破壊の結果の指標であり特異的な診断方法とは言い難い。本研究で示されたように、コネキシン43の変化は梗塞の初期より出現し、特にその変化は不整脈と密接に関連することが示唆されることから、コネキシン43の免疫染色性の変化が心臓性突然死を示唆する指標として、また不整脈の指標として有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は心筋細胞間の電気的、代謝的な共役に関与するギャップ結合の構成タンパクであるコネキシン43の心筋虚血下における動態を明らかにするため、ラット心筋梗塞モデルを用いてその解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.非虚血心筋におけるコネキシン43は大部分が細胞分画の膜分画にリン酸化型として存在し、免疫蛍光染色法による組織像では心筋細胞の介在板に存在することが確認された。

2.梗塞1時間では膜分画でのリン酸化型コネキシン43の減少と脱リン酸化型コネキシン43の増加が認められ、さらに両者の梗塞の進行に従った経時的な減少も確認された。組織像では梗塞1時間で脱リン酸化型陽性像が介在板で認められたが、梗塞3時間ではその染色性は低下した。また経時的に心筋全体が弱くびまん性に染色された。細胞質分画では明らかなブロット像は認められなかったが、そのドットブロットでは経時的なシグナルの増強が認められた。以上より、早期心筋梗塞におけるコネキシン43の減少および脱リン酸化、また細胞質におけるコネキシン43分解産物の増加が示された。なお全コネキシンの減少は全量の約15%であり、梗塞1時間では大部分が脱リン酸化されることが確認された。

3.カルシニューリン阻害剤であるサイクロスポリンAによりコネキシン43の梗塞1時間における脱リン酸化が抑制された。よって心筋梗塞早期における脱リン酸化型コネキシン43の増加にカルシニューリンによる脱リン酸化作用が関与することが示された。

4.ライソゾーム阻害剤E64cおよびプロテアソーム阻害剤PSIにより梗塞1時間におけるリン酸化型コネキシン43の減少が阻害された。また細胞質分画のドットブロットでは非虚血群でE64cおよびPSI投与によるドットシグナル増強を認め、梗塞1時間ではこれらの阻害剤投与によりその増強が抑制された。よって早期心筋梗塞におけるリン酸化型コネキシン43の減少にはライソゾームおよびプロテアソームが関与していることが示された。

5.Ischemic Preconditioning (IP)により梗塞1時間でのリン酸化型コネキシン43の減少が有意に抑制されたが、3時間ではその減少抑制は認められなかった。またIPによるリン酸化型コネキシン43の減少抑制がプロテインキナーゼC(PKC)の阻害剤であるケレレスリンにより阻害されたことから、IPによるリン酸化型コネキシン43の減少抑制にはPKCが関与すると考えられた。

6.コネキシン43のmRNAは梗塞1時間では対照群とほぼ同レベルであったが、3時間後には著減した。よって梗塞初期にはコネキシン43の脱リン酸化と蛋白分解が起こり、その後、転写活性低下およびmRNAの不安定化が生じ、コネキシン43の合成に影響を及ぼす可能性が示された。

以上、本論文はラット心筋梗塞モデルにおける解析から、早期心筋梗塞におけるカルシニューリンによるコネキシン43の脱リン酸化、プロテアソーム及びライソゾームによるコネキシン43分解、虚血3時間でのコネキシン43遺伝子発現減少、さらにIPによりPKC依存性にコネキシン43の減少が抑制されることを明らかにした。本研究はこれまで不明な点が多かった心筋虚血下でのコネキシン43の動態の解明、ならびに法医学実務上診断が困難である心臓性突然死症例の診断に新たな指標を確立するための基盤となる重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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