学位論文要旨



No 117323
著者(漢字) 浅井,隆司
著者(英字)
著者(カナ) アサイ,タカシ
標題(和) AML1(Runx1)はTリンパ球の分化、成熟に必須である
標題(洋) AML1 (Runx1) is essential for development and maturation of T lymphocytes.
報告番号 117323
報告番号 甲17323
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1931号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 三崎,義堅
 東京大学 講師 米山,彰子
内容要旨 要旨を表示する

 AML1はCBFα2、PEBP2αB、Runx1とも呼ばれ、急性骨髄性白血病においてしばしば観察されるt(8;21)転座に関与する。ショウジョウバエのpair-rule遺伝子であるruntとホモロジーを有するRunt転写ファミリーに属し、βサブユニット(PEBP2β/CBFβ)とヘテロ二量体を形成し標的となる遺伝子の転写調節をすることが知られている。

 血液細胞の発生は、卵黄嚢で起こる胎生型造血と、それと独立して大動脈・生殖隆起・中腎(いわゆるAGM領域)で起こる成体型造血の2系列が波状に起こることが知られているが、AML1欠損マウスでは胎生型造血を認めるものの、成体型造血が完全に欠失していた。さらに胎生期12.5日にて脳室、脊柱管を中心とする出血にて胎生期致死を示した。AML1が成体型造血のマスターレギュレーターであることは、様々な研究にて明らかにされているが、成体においてAML1がどういう機能を示しているかについてはAML1欠損マウスが胎生期致死であるため十分に解明されてはいない。

 AML1は胸腺の各分化段階から末梢のT細胞までTリンパ球系で強く発現していることが知られている。従来のTリンパ球系cell lineを用いた解析、AML1に対してドミナントネガティブな作用を有するとされるruntドメインのみを強制発現させたruntトランスジェニックマウスによる解析から、AML1が末梢T細胞のCD4,8各分画への分化誘導に大きな影響を与えることが指摘されていた。しかしながら、AML1の胸腺内での機能に関しては依然不明と言える状況であった。

 Cre-loxP系では同一方向を向いたloxP配列により挟まれたDNA断片がCreリコンビナーゼの作用により環状に切り出されることが知られている。近年ではこの系を用いたコンディショナルノックアウトマウスの作製が可能となり、従来のジーンターゲティング法では胎生致死の為に解析不可能であった時間軸、空間軸を限定した遺伝子欠損マウスの解析が可能となっている。今回私はCre-loxP系を用いたAML1コンディショナルノックアウトマウスを樹立した。さらにTリンパ球特異的にCreリコンビナーゼを発現するlck-Creトランスジェニックマウスとの交配により、T細胞特異的にAML1を欠損するマウスを作製した。

 胸腺細胞は最も幼弱なCD4-CD8-ダブルネガティブ(DN)細胞からCD4+CD8+ダブルポジティブ(DP)細胞を経て、CD4+またはCD8+シングルポジティブ細胞に到り、さらに成熟した上で末梢に放出されることが知られている。幼若なDN細胞はさらに細胞表面のCD25、CD44の発現により分類され、最も未熟なCD25-CD44+(DN1)細胞から、CD25+CD44+(DN2)細胞、CD25+CD44-(DN3)細胞、CD25-CD44-(DN4)細胞へと分化段階が進むことが知られている。

 T細胞特異的AML1欠損マウスは著しい胸腺低形成を示し、胸腺細胞数はコントロール群の1/7まで減少していた。CD4, CD8分画を調べたところ、全分画とも大きく細胞数が減少していた。DN細胞をさらにCD25, CD44分画で解析したところ、CD25+CD44-(DN3)分画で細胞が蓄積し、それ以降の分化が著しく抑制されていた。DN3細胞からDN4細胞に分化する過程でTCRβの遺伝子再構成を契機としてpre-TCR複合体(pTCRα-TCRβ-CD3複合体)が形成され、その刺激により急激なDP細胞への分化増殖が見られるが、DN3分画での分化抑制はpre-TCR複合体またはその下流シグナルの発現低下を疑わせた。細胞表面CD3ε、TCRβの発現をFACSにて調べたところ、特にCD3εの発現が大きく低下していた他、TCRβの発現もDP分画で軽度低下するともにCD4SP分画にて大きく低下していた。

 さらにこれらのマウスに抗CD3ε抗体を直接投与し40時間後の胸腺細胞を解析した。pre-TCR複合体の各構成要素遺伝子の欠損マウスでは抗CD3ε抗体により分化抑制が解除され、DN細胞が大部分DP細胞まで分化することが報告されているが、T細胞特異的AML1欠損マウスではDN3分画における分化抑制が部分的に解除されたものの、本来誘導されるはずの細胞表面TCRβの発現はほとんど誘導されなかった。さらにpre-TCR複合体の各構成要素遺伝子の欠損マウスの分化抑制を解除することが知られているTCRβのトランスジェニック遺伝子をT細胞特異的AML1欠損マウスとコントロールマウスに導入したマウスを作製し、これら胸腺を解析した。同様にDN3分画における分化抑制は部分的にしか解除されなかった。確かにAML1欠損胸腺細胞では細胞表面へのpre-TCR複合体の発現は低下しているが、それのみではなくpre-TCR複合体下流のシグナル遺伝子の発現も抑制されていることが示唆された。

 さらに、RAG2欠損を遺伝的に背景に持ったT細胞特異的AML1欠損マウスを作製した。RAG2欠損マウスでは上述の通りDN3分画にて胸腺分化が完全に停止するが、大変興味深いことに作製したマウスの胸腺細胞はDP細胞からCD4SP細胞まで分化誘導された。同様の胸腺細胞はSrcファミリーPTK(蛋白チロシンリン酸化酵素)リプレッサーであるcsk欠損マウスで報告されている。これらTCR非依存的胸腺細胞を詳細に検討したが、胸腺内での成熟が著明に抑制していることが明らかになった。以上のことからAML1欠損マウスではpre-TCR複合体下流のシグナル遺伝子のリプレサー活性も低下している可能性が考えられる。

 最後に胸腺内の最終分化である細胞表面CD24/HSA発現を解析した。HSAは胸腺内で幼弱期には陽性であるもののCD4, 8SP分画にて陰転化し、これ以後成熟した末梢Tリンパ球として機能を果たすことが知られている。T細胞特異的AML1欠損マウスではCD4SP細胞でのHSAの陰転化が明らかに抑制されていた。この現象は抗CD3ε抗体負荷ならびにTCRβのトランスジェニック遺伝子導入によっても変化しなかった。HSA陰転化の抑制と共にこれらCD4SP細胞では細胞表面TCRβの発現低下も観察され、CD4SP細胞での成熟障害を起こしていることが明らかになった。末梢リンパ臓器ならびに末梢血中でもCD4+Tリンパ球はCD8+Tリンパ球と比較して大きく減少しており、今までに報告された各種遺伝子欠損マウスの結果から、AML1はCD4+Tリンパ球への方向付けへの関与している可能性が高いと考えられる。

 以上のように私はコンディショナルノックアウトマウスのシステムを用いて、AML1がT細胞の胸腺内初期分化と成熟に大きく関与していることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 Aml1 (runx1)遺伝子は成体型造血のマスターレギュレーターとして知られているが、その遺伝子欠損マウスモデルが胎生致死を示すために成体におけるAML1の機能解析は困難であった。本研究ではCre-loxP系を用いたT細胞特異的AML1欠損マウスの機能解析を行い、下記の結果を得ている。

1 T細胞特異的AML1欠損マウスは著しい胸腺低形成を示し、胸腺細胞数はコントロール群の1/7まで減少していた。CD4, CD8分画を調べたところ、全分画とも大きく細胞数が減少していた。CD4, 8DN細胞をさらにCD25, CD44分画で解析したところ、CD25+CD44- (DN3)分画で細胞が蓄積し、それ以降の分化が著しく抑制されていた。DN3細胞からDN4細胞に分化する過程でTCRβの遺伝子再構成を契機としてpre-TCR複合体(pTCRα-TCRβ-CD3複合体)が形成され、その刺激により急激なDP細胞への分化増殖が見られることが知られている。このマウスの細胞表面CD3ε、TCRβ発現をフローサイトメーターで解析したところ、TCRβ、CD3εの発現が共に大きく低下していた。DN3分画での分化抑制はpre-TCR複合体またはその下流シグナルが関与していることが示された。

2 これらマウスに抗CD3ε抗体を直接投与し40時間後の胸腺細胞を解析した。pre-TCR複合体の各構成要素遺伝子の欠損マウスでは抗CD3ε抗体により分化抑制が解除され、DN細胞が大部分DP細胞まで分化することが報告されているが、T細胞特異的AML1欠損マウスではDN3分画における分化抑制が部分的に解除され、胸腺細胞数も若干の減少に収まっていたものの、本来誘導されるはずの細胞表面TCRβの発現はほとんど誘導されなかった。

3 さらにpre-TCR複合体各構成要素遺伝子の欠損マウスの分化抑制を解除することが知られているTCRβのトランスジェニック遺伝子をT細胞特異的AML1欠損マウスとコントロールマウスに導入したマウスを作製し、これら胸腺を解析した。DN3分画における分化抑制は部分的にしか解除されず、胸腺細胞数の回復も不十分であった。AML1欠損胸腺細胞では細胞表面へのpre-TCR複合体の発現は低下しているだけでなく、pre-TCR複合体下流のシグナル遺伝子の発現も抑制されていることが示された。

4 RAG2欠損を遺伝的に背景に持ったT細胞特異的AML1欠損マウスを作製した。RAG2欠損マウスでは上述の通りDN3分画にて胸腺分化が完全に停止するが、作製したマウスの胸腺細胞はDP細胞からCD4SP細胞まで分化誘導された。同様の胸腺細胞はSrcファミリーPTK(蛋白チロシンリン酸化酵素)リプレッサーであるcsk欠損マウスで報告されている。これらTCR非依存的胸腺細胞を詳細に検討したが、胸腺内での成熟が著明に抑制していることが明らかになった。以上のことからT細胞特異的AML1欠損マウスではpre-TCR複合体下流のシグナル遺伝子のリプレサー活性も低下している可能性が示唆された。

5 これらマウスの胸腺細胞表面CD24/HSA発現を解析した。HSAは胸腺内で幼弱期には陽性であるもののCD4, 8SP分画にて陰転化し、これ以後成熟した末梢T細胞として機能を果たすことが知られている。T細胞特異的AML1欠損マウスではCD4SP細胞でのHSAの陰転化が明らかに抑制されていた。この現象は抗CD3ε抗体負荷ならびにTCRβのトランスジェニック遺伝子導入によっても変化しなかった。HSA陰転化の抑制と共にこれらCD4SP細胞では細胞表面TCRβの発現低下も観察され、CD4SP細胞での成熟障害を起こしていることが明らかになった。

 以上、申請者の研究は、AML1がT細胞の胸腺内初期分化、成熟に大きく関与していることを明らかにした。AML1変異と未知の免疫不全疾患との関連の可能性もあり、その点でも、今後の発展が期待できると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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