No | 117324 | |
著者(漢字) | 中山,雅晴 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカヤマ,マサハル | |
標題(和) | Cre−loxP systemを利用した活性化型K-ras発現系の構築 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 117324 | |
報告番号 | 甲17324 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1932号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | K-rasは分子量21000(p21)のGTPase活性を持つたんぱく質である。wild typeのK-rasは癌抑制遺伝子である。逆に、突然変異を持ったK-rasは癌遺伝子として機能する。ras遺伝子の突然変異は、膵臓、大腸、肺のadenocarcinomaで高率に認められる。K-rasの突然変異はExon 1に集中しており、codon12、codon9-32、61にもpoint mutationを認める。Codon12ではG→T transversionが非常に多い。K-rasの突然変異がある腺癌では既に転移していることが多い。マウス肺では活性化型K-rasの発現のみで100%癌が生じる。このように肺癌を初めとする癌では、活性化型K-rasが発癌の過程で重要な役割を果たしている。しかし、活性化型K-rasの発現時期はコントロールできない。また、活性化型K-rasのcDNAのtransfectionを用いた実験系ではK-rasは強発現してしまう。 活性化型K-rasの発現時期を外部からコントロールできれば、K-rasにmutationが起きてから発癌に至るtime courseが追えるし、また、k-ras遺伝子の強発現が伴わずにgenome上のK-ras遺伝子にpoint mutationのみが生じる方が現実の発癌過程に近い。特定の細胞や組織のみに遺伝子の突然変異が起きることが普通で、正常に機能する生物個体の中で突然変異が生じて癌が発生することを考えると、特定の組織や細胞に意図的に遺伝子の変化を生じさせるコンディショナルジーンターゲティングのマウスの実験系が最適と思われる。 活性化型K-rasのコンディショナルジーンターゲティングのマウスの実験系にはCre-loxP systemを利用した。Cre-recombinaseは、loxP配列を認識し、組み換えを起こす。Cre-recombinaseは、二つのloxP配列が同じ向きに存在する場合は、loxP配列に挟まれたDNA配列が環状となって切り出され、一つのloxP配列のみが残る形となる。また、loxP配列が逆向きに存在する場合は、挟まれたDNA配列の反転が起こる。ノックアウトマウスの作成技術を応用してloxP配列がゲノムに入ったマウスを作成する手技が確立していること、Cre-recombinaseを発現する手段として、組織特異的に発現するCre-recombinaseを持ったtransgenic mouseが多種存在して応用されていることやCre-recombinaseをのせたアデノウイルスベクターが存在して、組織特異的に、また、発現時期をコントロールできることなどから、コンディショナルジーンターゲティングが容易に行うことができる。 このシステムをin vitroの系で、図のようなtester plasmidを作成して検討した。また、Cre-recombinaseとしてはAdexCre(AxCANCre)というアデノウイルスベクターを使用した。Cre-loxP systemを用いた活性化型K-rasの発現系をin vitroで検討する目的でテスタープラスミドを作成した。特徴としては、極力genome上のk-rasに近いよう設計し、1. rotation typeとtrap type 2. point mutationでG12V 3. 内因性のpromoter、4. splicing acceptorも内因性 5. genomeのDNAは全く削れていない、6. 活性化型k-rasが発現しないときはGFPもしくはLacZが発現する、などが挙げられる。 上記テスタープラスミドをNIH3T3細胞にtransfectionしてfocus形成を検討することにより、trap typeでtransform能の出現が認められた。trap typeについては、Cre-recombinaseが作用するとloxP配列に挟まれたLacZ遺伝子が欠失して活性化型K-rasが発現するかを確認するために、K-rasZがstableにintegrateされたNIH3T3細胞を獲得することを試みた。 K-rasZをneomycin耐性遺伝子とco-transfectionすることによって取れたstable cloneについての検討では、通常はLacZ遺伝子が発現して活性化型K-rasは発現していないが、Cre-recombinaseが作用するとloxP配列に挟まれたLacZ遺伝子が切り出されてLacZの発現が消失し、活性化型K-rasが発現してtransform能が出現した。これによりtrap typeのシステムは十分機能することが証明された。 rotation typeでもtransform能は出現すると思われるが、focus形成数が少なかった。しかし、これらのfocusを形成した細胞をsubcloningして活性化型K-rasの発現をRT-PCRとAci I digestを組み合わせた方法で検討したところ、trap typeでもrotation typeでもfocusが形成された部位ではG12Vのpoint mutationの入ったK-rasが発現していた。 FACS-galによる方法では、6クローン得られたが、実際に活性化型K-rasが企図通り発現しなかった。予定外に挿入されるloxP配列の問題を克服するには、特殊なベクターに組み込んでtransfectionするか、homologous recombinationを利用したknock inのシステムにする方がよい。 3回FACS-galを行っても濃縮できない理由としては、K-rasのpromoter自身の性質やK-rasZがintegrateされたlocusで、細胞の状態にLacZの発現が左右されるものがあることや、このような細胞の方がLacZを常に発現している細胞より増殖が速いことなどが原因として考えられる。これを改善するには、常にLacZ遺伝子が発現するもの以外は細胞が死ぬようにしなければならない。LacZ遺伝子にneomycin遺伝子をさらにつなげてnegativeな細胞が死ぬように設計するべきであろう。FDGの毒性も考えられる。また、transfectionしたDNAが24kbと非常に長く、LacZ遺伝子のみの発現で細胞を取っても、完全長入っているとは限らないことからも、特殊なベクターに組み込んでtransfectionするか、homologous recombinationを利用したknock inのシステムにする方がよいと思われる。 rotation typeでは普段はEGFPが発現しているが、Cre-recombinaseを作用させるとEGFPの発現が消失すると考えられた。活性化型K-rasの発現に関しては、focusの形成数が少なかったが、形成されたfocusでは活性化型K-rasが発現しており、システムが全く動かないとは断定できなかった。しかし、K-rasGのtransfectionでGFPが発現する数と同等数のfocusができてもよいと思われる。rotation typeでtransform能が十分得られない理由としてはEGFP遺伝子とloxP配列の位置が原因と思われる。EGFPの発現のためには数kbのfragmentが連続してintegrateされればよいのに対し、活性化型K-rasが発現するには二十数kbのfragmentが連続してintegrateされなければいけないという点も影響する。このallele構造による活性化型K-rasの発現を妨げという問題を断定するにはhomologous recombinationを用いた実験系かintegrateされるコピー数をコントロールできるvectorを用いたtransgenicの実験系で検討する必要がある。 今後trap typeのマウスを作る際に、FACS-galを利用してES細胞のselectionを行うことも考えられるが、細胞のダメージが大きいこと、細胞の濃縮がなかなかない事を考えると、実用は困難と思われる。染色操作の必要なLacZ遺伝子ではなくEGFP遺伝子でtrap typeを作るほうがより実用的であろう。 :point muation(G12V)黒い三角:loxP配列 SA: splicing acceptor EGFP: enhanced GFP遺伝子 PA: poly A EnLacZ: enhancer+SV40T抗原核移行シグナル+LacZ遺伝子 BGHPA: bovine growth hormone poly A 数字のboxはK-rasのexon LacZマウスの肺でLacZ遺伝子が発現しているかX-gal染色を行って確認した。その結果、血球を除く肺を構成するあらゆる細胞で発現していることが分かった。このことから、sLacZマウスの肺でCre-recombinaseが働けばLacZ遺伝子が発現するはずである。sLacZマウスの鼻からAdexCre100μlを吸入させ、肺のX-gal染色を行った。その結果、気管支上皮、肺胞上皮で青く染まる部分が認められ、LacZ遺伝子の発現が確認された。Cre-loxPシステムを利用した活性化型K-rasの発現マウスの作成は可能で、マウス肺におけるconditional gene targetingは、AxCANCreの吸入によって行うことが可能である。 図4 種類のtester plasmid. 1. K-ras G 2. K-rasGl 3. K-rasL 4. K-rasZ | |
審査要旨 | 本研究は、Cre-loxPシステムを利用した活性化型K-ras発現コンディショナルジーンターゲティングマウスを作成するために設計したalleleが機能するか、in vitroの系で検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.rotation typeとtrap typeの2種類のalleleを検討する目的で4種類のテスタープラスミドを作成した。特徴としては、極力genome上のk-rasに近いよう設計し、1.rotation typeとtrap type 2.point mutationでG12V 3.内因性のpromoter、4.splicing acceptorも内因性 5.genomeのDNAは全く削れていない、6.活性化型k-rasが発現しないときはGFPもしくはLacZが発現する、などが挙げられる。 2.上記テスタープラスミドをNIH3T3細胞にtransfectionしてfocus形成を検討し、さらに、focusを形成した細胞をsubcloningして活性化型K-rasの発現をRT-PCRとAci I digestを組み合わせた方法で検討した。また、X-gal染色を行ってLacZ遺伝子の発現や、蛍光を観察してGFP遺伝子の発現をみた。その結果、trap typeでは、普段はLacZが発現しているが、Cre-recombinaseを作用させてloxP配列に挟まれた部分が切り出された形になるとLacZの発現が消失し、G12Vのpoint mutationの入った活性化型K-rasが発現してtransform能が出現することがわかった。rotation typeでは、普段はEGFPが発現して、Cre-recombinaseを作用させて反転するとEGFPの発現が消失した。しかし、transform能に関しては、形成されたfocusでは活性化型K-rasが発現しているものの、focusの形成数が少なく、弱いtransform能しかないと考えられた。 3.trap typeのalleleにCre-recombinaseを作用させると実際にloxP配列に挟まれた部分が切り出され、transfectionの実験で予想されたような結果が得られるか、trap typeのテスタープラスミド(K-rasZ)をneomycin耐性遺伝子と共にNIH3T3細胞にco-transfectionし、K-rasZがintegrateされたstable cloneを獲得して検討した。その結果、このクローンは通常はLacZを発現しており、cre-recombinaseを作用させるとLacZの発現が消失してfocusを形成し、そのfocusではG12Vのpoint mutationが入った活性化型K-rasの発現が認められた。 4.コンディショナルジーンターゲティングマウスの作成におけるES細胞のスクリーニングの際、ターゲティングベクター上のLacZ遺伝子を利用できないかということも念頭に置き、trap typeのテスタープラスミド(K-rasZ)をNIH3T3細胞にtransfectionし、FDG染色を行って蛍光をFACSで検出する方法により、LacZ遺伝子がstableに発現するcloneを獲得した。しかし、transform能の出現は企図する通りには動かなかった。この方法は、selection効率が悪く1回のsortingでは目的の細胞を集められない、細胞の生存率が低いなど致命的な欠陥があり、ES細胞のスクリーニングへの応用は非現実的であることがわかった。 5.trap typeのalleleを持つ活性化型K-rasコンディショナルジーンターゲティングマウスの肺におけるtargetingを行うには、Cre-recombinase発現アデノウイルスベクターの鼻腔からの吸入で実現可能であることをsLacZ mouseを使って証明した。この方法により肺の中の気道上皮細胞や肺胞上皮細胞でのコンディショナルジーンターゲティングを確認した。 以上、本論文は、設計したtrap typeの活性化型K-rasのalleleが機能し、Cre-recombinase発現アデノウイルスベクターの鼻腔からの吸入で肺特異的にジーンターゲティングを行うことが可能であることを示した。本研究は、trap typeのallele構造を持つ活性化型K-rasコンディショナルジーンターゲティングマウスが実際に作成でき、このマウスが肺癌のinitiationやprogressionの解析に使用できることを示し、これまで未知であった肺癌の発癌のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |