学位論文要旨



No 117325
著者(漢字) 長瀬,洋之
著者(英字)
著者(カナ) ナガセ,ヒロユキ
標題(和) 好酸球ケモカイン受容体の発現・機能とその制御 : 好酸球CXCR4発現の新規同定
標題(洋)
報告番号 117325
報告番号 甲17325
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1933号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 森,庸厚
 東京大学 講師 本倉,徹
内容要旨 要旨を表示する

 アレルギー疾患の罹患患者数は年々増加の一途をたどり花粉症、アトピー性皮膚炎等の疾患は社会的に広く認知される問題となっている。また、難治性気管支喘息症例の治療における有効なマネージメントは模索されている最中であり、喘息死患者も未だに年5000人を越える現状である。これらの疾患に対する新しい治療戦略の開発は社会的要請でもある。

 アレルギー性炎症は選択的な好酸球集積を一大特徴とする病態であり、その集積機構を詳細に解明することがアレルギー性炎症の新たな治療戦略の開発に直結しうる。炎症細胞の局所集積には走化性因子が重要な役割を果たしていることが知られてきた。中でも、近年白血球に対して強力な走化性を持つサイトカインであるケモカイン(chemotactic cytokine)が注目されている。

 アレルギー疾患においては、エフェクター細胞である好酸球の選択的集積に関与するケモカイン/ケモカイン受容体の知見が集積してきている。本研究開始時にはCCR3、CCR1、CXCR1、CXCR2の好酸球上での発現が報告され、中でもCCR3を介する好酸球活性化が最重要視されてきた。浸潤過程においては、CCR3を介する刺激は好酸球に強力な一方向性遊走を誘導すると共に、接着分子受容体発現増強、血管内皮細胞への好酸球のfirm adhesionの増強、transendotherial migration等に重要であることが示されている。また、好酸球活性化の点では、スーパーオキサイドの産生、顆粒蛋白の遊離を惹起する。CCR3は好酸球の他、好塩基球や、ヒト肥満細胞の亜群(McTC)、Th2リンパ球にも発現が報告されている。しかし、通常状態ではCCR3は単球、好中球には発現されておらず、その発現細胞のパターンはアレルギー性炎症局所での好酸球を中心とした炎症細胞の選択的集積をケモカイン受容体の側からよく説明している。

 また、CCR3は共有型受容体であり、CCR3リガンドとしてeotaxin、eotaxin-2、eotaxin-3、MCP-2、MCP-3、MCP-4、RANTESが結合する。中でもeotaxinスーパーファミリーのみが他の受容体と結合しないCCR3の特異的リガンドである。さらに、スーパーオキサイド産生、遊走においてはeotaxinスーパーファミリーが最強の活性化因子である。これらの事実はeotaxin/CCR3が好酸球の選択的集積を特徴とするアレルギー性炎症の病態に重要な役割を果たしていることを示唆している。

 好酸球のCCR3以外のケモカイン受容体に関しては、CCR1はCCR3の5%程度の発現がアレルギー性疾患あるいは喘息患者において認められるとの報告がある。また、一定の状況下でのCXCR1,CXCR2の発現と機能に関しても報告が見られる。一方でその他の新規に同定されてきたケモカイン受容体発現に関する報告は無く、好酸球集積に関与するケモカイン・ケモカイン受容体が包括的に検討されてはいなかった。事実CCR3の制御だけでは好酸球性炎症を完全にはcontrolできないとの知見も認められており、他のケモカイン受容体を介する好酸球活性化機構が存在する可能性があった。そこで本研究では、

 第1章で、新規受容体に対応する新規に同定されてきたケモカインが機能的に好酸球遊走を誘導しうるかどうかを、新規に確立したEPO活性定量を用いた簡便なアッセイ系を用いてリガンド側からの包括的解析を行った。その結果、分離直後の好酸球はCCR3リガンドのみに対して遊走しうること、中でもEotaxinが最強のリガンドであることを示した。また、RANTES、MCP-3等のCCR3とCCR1双方に結合しうるリガンドについては、抗体による阻害実験で遊走の責任分子はCCR1ではなく、CCR3であることを確認した。

 第2章では、受容体側からの検討を15種のケモカイン受容体について行った。その過程でCXCR4 mRNAがCCR3 mRNAに並んで、恒常的に好酸球で強く発現していることを見出した。また、一定の状況下でCXCR4表面発現も誘導され、リガンドのSDF-1はeotaxinに匹敵する遊走を誘導しえた。さらに、サイトカインによる発現制御パターンが特徴的で、Th2サイトカインで発現は抑制、Th1サイトカインで増強することを見出した。これより、リガンドのSDF-1が構築的に多くの組織に発現調節を受けることなく発現していることを考慮すると、CXCR4/SDF-1はアレルギー性炎症局所への直接の遊走に関連するというより、非炎症部位へ係留(anchoring)することにより生体内でのhomeostaticな好酸球分布に影響する可能性が考えられた。

 また、ケモカインの生体内での作用はリガンド側の産生調節のみならず、受容体側の発現制御もまたケモカインの作用を規定しうると考えられが、好酸球ケモカイン受容体発現にサイトカインが与える影響に関する包括的な知見は無かった。そこでCCR3、CXCR4を含め包括的に検討したところ、CXCR4のみが上記のような強力な発現制御を受けていた。一方CCR3は構築的に発現しており、殆ど発現制御を受けていない点で対照的な結果であった。CCR3/eotaxin系はリガンド産生レベルで、一方CXCR4/SDF-1系は受容体発現レベルで制御されていると考えられ、これらの生物学的影響のバランスが、好酸球分布と遊走に影響する重要なシステムであると考えられた。

 さらに、CXCR4のサイトカインによる発現調節は細胞特異的であった。好中球CXCR4発現調節に関する報告が無かったため、同様にサイトカインによる制御を検討したが、好酸球、リンパ球、好中球では同一のサイトカインで全く異なるCXCR4発現調節が生じることから、CXCR4の生体内での細胞特異的な集積への関与が示唆される結果となった。

 ステロイドは全身投与下で、流血好酸球や炎症組織における好酸球を速やかに消失させることが臨床的に知られており、種々のアレルギー疾患においてfirst-lineの治療薬として有用性が認められている。ステロイドはCCR3リガンド産生を抑制するが、好酸球ケモカイン受容体発現にいかなる影響を与えるかに関する検討はなかった。第3章では、ステロイドによる好酸球ケモカイン受容体の発現制御を検討した。グルココルチコイド処理により、臨床的に達成可能な濃度で好酸球CXCR4が機能変化を伴う著明な発現増強を示したが、CCR3発現の変化はなかった。グルココルチコイドは流血中の好酸球CXCR4発現を増強し、非炎症組織に発現するSDF-1への感受性を高めうる。流血中からCXCR4/SDF-1を介して非炎症組織への好酸球流出を増加させる結果アレルギー性炎症部位への好酸球局所集積を低下させる可能性が考えられた。一方で好中球CXCR4発現レベルはグルココルチコイドにて殆ど影響を受けなかった。デキサメタゾンが好酸球及び好中球に異なる影響を与える結果、これらの細胞が異なる動態をとる可能性があり、グルココルチコイドの全身投与により流血好酸球は速やかに消失するが、流血中の好中球の数が減らないという臨床的知見を説明する可能性が考えられた。

 最後にIn vivoでは流血からの浸潤過程で局所好酸球は多彩なアレルギー性炎症細胞との相互作用により活性化を受けうる。また、サイトカイン等の微小環境により、ケモカイン受容体の発現が変化して、ケモカインの作用を変調させる可能性がある。事実マウスでは腹腔内遊走好酸球では新規にケモカイン受容体の発現が誘導されたとの定性的な報告がある。第4章では実際の最終的な炎症局面でいかなるケモカイン受容体がヒト好酸球に発現しているかを好酸球性肺疾患患者の気管支肺胞洗浄液(BALF)より分離した好酸球について検討した。同時に同一人より採取した末梢血好酸球とBALF好酸球での発現を比較したが、BALF好酸球で新規受容体発現は認められず、質的な発現パターンの違いは認められなかった。また、CCR3、CXCR4以外の既報の受容体も量的な発現変化はなく、炎症局所集積、活性化においてもCCR3の中心的な役割が想定された。CCR3, CXCR4発現に関しては量的変化が認められ、CCR3はBALF好酸球で発現が低下する一方、CXCR4は局所で発現が増加しており、リガンドに対する機能的変化も伴った。炎症局所でのCCR3発現低下は局所に存在するCCR3リガンドヘの曝露によるinternalizationによる効果が考えられた。前章までの結果から、好酸球CXCR4の生体内での役割を非炎症組織へのbaseline trafficking、およびanchoringとして想定し、むしろ発現を増強することで非炎症組織分布が高まると考えた。しかしながらCXCR4発現の炎症局所での発現増強はその仮説に一石を投ずる結果となり、生体内での好酸球CXCR4発現の意義をさらに追求する必要があると考えられた。

 Eotaxin/CCR3システムは炎症部位への好酸球集積に直接関わるinflammatory chemokine systemとして考えられる。多種のCCR3リガンドの作用を媒介するCCR3が治療標的たりうる分子ととらえられ、現在検討が積極的に行われており臨床面への応用が期待される。一方本研究で中心的に検討したSDF-1/CXCR4システムはhomeostatic chemokine systemと考えられ、非炎症組織へのbaseline trafficking, anchoringを通じて組織に偏在する好酸球のhomeostaticな生体内分布に関与しているものと現時点では推定している。生体内での好酸球CXCR4の役割のさらなる解明が今後の課題と考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、アレルギー性炎症において重要な役割を演じていると考えられる好酸球の遊走、活性化に関わる好酸球ケモカイン受容体の発現・機能とその制御機構を明らかにすることを目的としたものであり、以下の結果を得ている。

1.好酸球の機能的ケモカイン受容体発現を明らかにする目的で、リガンド側からの包括的解析を行った。その手段として、EPO活性定量による簡便な遊走アッセイ系が新規に確立された。この系を用いて、末梢血好酸球はCCR3リガンドのみに対して遊走しうること、中でもeotaxinが最強のリガンドであることが示された。また、RANTES, MCP-3等のCCR3とCCR1双方に結合しうるリガンドについては、抗体による阻害実験で遊走の責任分子はCCR1ではなく、CCR3であることが確認された。

2.ケモカイン受容体側からの包括的検討を行い、CXCR4 mRNAがCCR3 mRNAに並んで、好酸球で構築的に強く発現していることが初めて示された。CXCR4蛋白の表面発現が誘導可能であり、リガンドのSDF-1はeotaxinに匹敵する遊走を誘導し、CXCR4が機能的受容体であることが示された。また、CXCR4発現はTh2サイトカインで抑制、Th1サイトカインで増強されるが、CCR3は殆ど発現制御を受けていないことが示された。さらに、CXCR4のサイトカインによる発現調節は細胞種特異的であることが示された。CXCR4のリガンドであるSDF-1が構築的に多くの非炎症組織に発現し、発現調節を受けていないこと、好酸球CXCR4発現がTh2サイトカインで抑制されることから、CXCR4/SDF-1はアレルギー性炎症局所への好酸球集積に直接関与するというより、非炎症部位に好酸球を導き、保持、係留(anchoring)する可能性が述べられた。

3.臨床的に好酸球集積を消失させることが知られているステロイドの好酸球ケモカイン受容体の発現への影響を検討した。グルココルチコイドは、CCR3発現へは影響を及ぼさないが、CXCR4発現を機能変化を伴って著明に増強することが示された。この結果より、グルココルチコイドは流血中の好酸球CXCR4発現を増強することにより、非炎症組織に発現するSDF-1への感受性を高め、非炎症組織への流出を増加させる結果、アレルギー性炎症部位への局所集積を低下させる可能性が述べられた。また、好酸球と異なり好中球CXCR4発現はグルココルチコイドの影響を殆ど受けておらず、グルココルチコイドの全身投与により流血好酸球は速やかに消失するが、流血中の好中球の数が減らないという臨床的知見を一部説明する可能性が述べられた。

4.実際の生体内炎症局所での好酸球ケモカイン受容体発現を、好酸球性肺疾患患者の気管支肺胞洗浄液(BALF)中の好酸球および末梢血好酸球を同時に比較することで検討した。流血中で発現していない受容体は、BALF好酸球で新規に発現することはなく、質的な発現パターンの差異が無いことが示された。量的にはCCR3はBALF好酸球で発現が低下する一方、CXCR4発現は弱いながら増加しており、各々のリガンドに対する機能的変化も伴っていた。炎症局所でも流血中と発現パターンに質的な差異がないことから好酸球の炎症局所集積、活性化においてもCCR3の中心的な役割が想定されたが、生体内でのCXCR4の役割に関しては今後の検討課題であるとした。

 以上、本論文は好酸球に対するケモカインの遊走誘導能を包括的に検討することで、CCR3リガンドの重要性を示した。また、ケモカイン受容体発現の包括的解析を通じて、好酸球にCXCR4が機能的に発現しうることを初めて示し、その発現制御パターンを明らかにすると共に、生体内でも実際に好酸球CXCR4が発現しうることを示した。本研究はケモカイン・ケモカイン受容体の作用を介した、好酸球の生体内分布の決定機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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