学位論文要旨



No 117327
著者(漢字) 伊佐山,浩通
著者(英字)
著者(カナ) イサヤマ,ヒロユキ
標題(和) 切除不能悪性胆道閉塞に対するCovered Metallic Stentの有用性に関する検討
標題(洋)
報告番号 117327
報告番号 甲17327
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1935号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 仁木,利郎
 東京大学 講師 丸山,稔
 東京大学 講師 平田,恭信
内容要旨 要旨を表示する

 [研究の背景および目的]

 胆膵領域の悪性腫瘍は高率に閉塞性黄疸を呈し、根治切除可能な症例が少なく、予後、患者quality of life(QOL)ともに不良な疾患群である。切除不能悪性胆道閉塞症例(高度進行癌で根治切除が不能な症例、または高齢や合併症のために耐術不能な症例の両方を含む)では、内瘻術を施行し、tube freeとし、死亡時まで再閉塞を起こさないことが理想である。従来のplastic stentを用いた内瘻術では、経皮的挿入ではtube freeを達成できず、内視鏡的挿入では鉗子チャンネルサイズによる制限のため長期開存の期待できる大口径ステントは挿入できなかった。Expandable metallic stent(EMS)は、経皮的にも内視鏡的にもtube freeが可能であり、細いintroducerに収納でき、留置後は大口径(30Fr)が得られる。EMSとplastic stentを比較した主なrandomized studyでは、EMSの方が閉塞率が低く、累積開存率に有意差を認めた。EMS閉塞の主原因は腫瘍組織が金属メッシュの間隙からstent内へ増殖するtumor ingrowthである。Covered EMSはtumor ingrowthを防止し、更に閉塞率を改善することを目的に開発された。その有用性を検討するために我々は自作のcovered EMSを用いてpilot studyを施行し、その結果をもとにprospective randomized studyを計画した。

 [Pilot study:方法と結果]

 対象は1997年8月から1998年6月の期間に当科に来院した全ての切除不能悪性胆道閉塞21例(膵癌16例、胆管癌3例、胆嚢癌1例、乳頭部癌1例)。7.5%のpolyurethane溶液を用いてpolyurethane covered Wallstentを作製し、両端5mmをuncoverとした。Covered EMSは内視鏡的挿入を基本としたが、内視鏡的挿入不能例や、患者希望例は経皮的挿入でも構わないこととした。

 Kaplan-Meier法を用いた累積生存率は3、6、12ヶ月でそれぞれ88%、53%、18%、累積開存率は3、6、12ヶ月でそれぞれ94%、94%、66%であった。平均生存期間は233日(60-498日)で、EMSの平均開存期間は206日(54-498日)であった。EMSの閉塞は3例(14%)に認め、その平均開存期間は188日(54-287日)であった。Tumor ingrowthによる閉塞は認めず、閉塞原因は2例でEMSを超えた腫瘍増殖(overgrowth)、もう1例で食物残渣の逆流であった。早期合併症(EMS挿入30日以内)は胆嚢炎2例(10%)、膵炎1例(5%)であった。胆嚢炎の2例は胆嚢管が癌浸潤により不完全に閉塞していた症例であり、EMS挿入翌日に発症し、経皮経肝的胆嚢穿刺吸引術を施行した。1例は速やかに改善したが、もう1例は再増悪したため2週間の持続ドレナージを要した。膵炎は軽症、保存的治療で改善した。剖検し得た10例中9例でtumor ingrowthを認めず、polyurethane coverは保たれていた。1例のみpolyurethane coverに開いたpin-hall状の小孔から腫瘍が侵入増殖しているのを認めたが、閉塞はしていなかった。

 [Randomized study:方法と結果]

 対象は当該施設に来院した全ての切除不能悪性胆道閉塞症例で、covered EMS群、uncovered EMS群に無作為に割り付けた。背景を揃えるために1.膵癌、2.胆管癌、3.胆管周囲リンパ節転移、4.その他(胆嚢癌、乳頭部癌、など)の4つの疾患群に対し層別randomizationを行った。Covered EMSの有効性を統計学的に検証するのに必要な症例数を各群70例ずつ、計140例と設定した。Pilot studyの結果(閉塞率14%)とuncovered EMSを用いたDavidsらの報告(閉塞率33%)からcovered EMSにより期待される閉塞率の減少を20%とし、第一種過誤(αエラー)を5%、第二種過誤(βエラー)を両側20%(検出力80%)に設定して必要症例数を算出した。登録症例数が各群50例ずつに達した時点で中間解析を行い、この時の解析で累積開存率に有意差がある場合には試験への症例登録を終了することとした。また有意差がない場合には各群10例ずつ増加する毎に解析を行うこととした。使用したEMSはDiamond stentで、Wallstentよりもdelivery systemが太く、coverを厚くすることができる。pilot studyと同様にcovered EMSを作製し、挿入した。本studyのendpointはEMSの閉塞と患者の死亡とした。

 登録は1998年8月より開始し、2001年8月に各群50例ずつとなったため中間解析を施行、累積開存率に有意差を認めたため登録をcovered EMS群57例、uncovered EMS群55例、計112症例で終了した。原疾患は膵癌66例、胆管癌11例、胆管周囲リンパ節転移23例、その他12例(胆嚢癌9例、乳頭部癌3例)であった。累積生存率は両群間で有意差を認めず、平均生存期間はcovered EMS群で208日(11-790日)、uncovered EMS群で196日(12-669日)であった。累積開存率はcovered EMS群、uncovered EMS群で3ヶ月(100%、80%)、6ヶ月(90%、67%)、12ヶ月(70%、46%)であり、有意差(p=0.0016)を認めた。Covered EMS群とuncovered EMS群それぞれの平均開存期間は181日(11-600日)、154日(1-669日)であった。Subgroup analysisでcovered EMSの累積開存率が有意に良好だったのは膵癌(p=0.0363)と胆管周囲リンパ節転移(p=0.0354)の2群であった。

 EMSの閉塞はcovered EMS群7例(12%)、uncovered EMS群20例(36%)に認め、閉塞したEMSの平均開存期間は239日(90-434日)、118日(1-530日)だった。Covered EMS群の閉塞原因は4例がovergrowth、2例が胆泥、1例は原因不明で、tumor ingrowthは認めなかった。Uncovered EMSの閉塞原因はtumor ingrowth16例、overgrowth2例、食物残渣の逆流2例であった。

 早期合併症例は、covered EMS群で10例(18%)、uncovered EMS群で7例(14%)であった。Covered EMS群では胆嚢炎3例(5%)、膵炎6例(11%)、EMSの迷入1例(2%)であった。胆嚢炎の3例はいずれも膵癌で、経皮経肝的胆嚢穿刺吸引術で速やかに改善した。2例は胆嚢管が癌浸潤により不完全に閉塞していた症例で、胆嚢結石の合併はなく、発症はEMS挿入翌日であった。もう1例は胆嚢管に癌浸潤を認めず、胆嚢炎の既往が有る有石胆嚢を保有し、発症はEMS挿入1ヶ月後であった。胆嚢炎の発症率は胆嚢管をcoverした42例のうち5%、そのうち胆嚢管に癌浸潤を認めた8例では25%、癌浸潤を認めなかった34例では3%であった。6例の膵炎は全例軽症で、禁食期間は平均4.8日(2〜8日)。膵炎の発症率は膵管口をcoverした49例で12%、主膵管閉塞33例で9%、主膵管閉塞のない16例で19%であった。更に主膵管閉塞の無い症例のうち乳頭部にバルーン拡張(endoscopic papillary balloon dilation : EPBD)か乳頭切開術(endoscopic sphincterotomy : EST)を付加しなかった4例では50%と高率であった。Uncovered EMSの早期合併症はEMS閉塞4例(7%)、膵炎1例(2%)、胆道出血2例(4%)であった。EMS閉塞4例のうちの3例はtumor ingrowthであった。

 [考察]

 Pilot studyではcovered EMSの閉塞率は14%であり、既存のstudyの閉塞率(22%〜33%)よりも低かった。Randomized studyではcovered EMS群の閉塞率はuncovered EMS群の閉塞率よりも低く、累積開存率の検討でも有意差(p=0.0016)を認めた。疾患群別では膵癌、胆管周囲リンパ節転移で累積開存率に有意差を認めた。閉塞原因の検討からpolyurethane coverがtumor ingrowthを防止し、閉塞率を低下させたと考えられる。一方、covered EMSを用いた既存のstudyではtumor ingrowthを防止できず、有用では無かったと報告している。これらのstudyで使用したpolyurethane coverの厚さは15μmであり、我々の作製したcoverの方が約50μmと厚かったため、tumor ingrowth防止効果が高かったと考えられる。低下した閉塞率は患者QOLの向上に寄与したと考えられる。Covered EMSの主な合併症は胆嚢炎と膵炎である。胆嚢炎は胆嚢管に癌浸潤がある症例で高率に発症するが一時的な経皮的ドレナージで対処可能である。膵炎は重症例はなく、全例保存的に改善した。主膵管非閉塞症例が高危険群であり、挿入時に乳頭に対しEPBDもしくはESTを付加することで防止することが可能である。このように合併症に留意して用いれば、切除不能悪性胆道閉塞症例に対しpolyurethane covered EMSは有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は切除不能悪性胆道閉塞症例(高度進行癌で根治切除が不能な症例、または高齢や合併症のために耐術不能な症例の両方を含む)に対する内瘻術におけるcovered metallic stentの有用性について臨床的に検討を行なったものである。切除不能悪性胆道閉塞症例は高率に閉塞性黄疸を呈し、予後、患者quality of life(QOL)ともに不良である。このような疾患群に対する内瘻術はtube freeの状態を長く保ち、死亡時まで再閉塞を起こさないことが理想である。Expandable metallic stent(EMS)の登場で閉塞率は低下し、患者QOLは向上した。しかしEMSの弱点であるtumor ingrowth(腫瘍組織が金属メッシュの間隙からstent内へ増殖する)による閉塞を防止すれば更に閉塞率は低下すると考えられる。Tumor ingrowthを防止するために始まった試みがcovered EMSであり、その有用性を検討するために自作のpolyurethane covered EMSを用いて臨床試験を行ない下記の結果を得ている。

1.臨床試験はまずconsecutiveなpilot study(n=21)を施行し、その結果を受けてrandomized study(n=112)を施行している。いずれもprospective studyで、randomized studyの症例数も多い。

2.Pilot studyで使用したcovered Wallstentの閉塞率(14%)は既存のuncovered Wallstentを用いたstudyの閉塞率(22-33%)よりも低く、成績良好であった。

3.Randomized studyではDiamond stentを使用し、Kaplan-Meier法で解析した累積開存率はcovered EMSの方がuncovered EMSよりも有意に(p=0.0016)良好であり、両群の閉塞率は12%と36%であった。疾患群毎のsubgroup analysisでは膵癌(p=0.0363)、胆管周囲リンパ節転移(p=0.0354)でcovered EMSの方が有意に成績良好であった。

4.累積生存率については両群間で差は無く、閉塞時に適切なドレナージを施行し、胆管炎による死亡例が無かったからと考えられる。

5.閉塞原因の検討からpolyurethane coverのtumor ingrowth防止効果が成績改善に寄与したと考えられる。既存のcovered EMSを用いたstudyの成績が不良であった理由は、coverしているにも拘わらずtumor ingrowthが多かったからである。これらのstudyで使用したcoverの厚さは15μmであったが、本studyで使用したcoverの方が約50μmと厚く、tumor ingrowthの防止効果が高かったと考えられる。

6.合併症に関しては、uncovered EMSでは認められない胆嚢炎、膵炎の発症を認めた。胆嚢炎は胆嚢管への癌浸潤により不完全閉塞となっている症例で高率に発症するが、一時的な経皮的ドレナージで対処可能である。膵炎は重症例はなく、全例保存的に改善した。主膵管非閉塞症例が高危険群であり、挿入時に乳頭に対しEPBDもしくはESTを付加することで防止することが可能である。

7.二つのstudyからcovered EMSは切除不能悪性胆道閉塞症例の内瘻術において有用であると結論付けた

 以上、本論文は切除不能悪性胆道閉塞に対するcovered EMSの有用性を検討したものである。現在までにcovered EMSに関するrandomized studyは発表されておらず、初めてrandomized studyでcovered EMSの有用性を証明したstudyであり、学位の授与に値すると考えられる。

審査会時点から、論文の内容中、以下の点が改訂された。

抗腫瘍療法について

 Expandable metallic stent(EMS)による治療は切除不能悪性胆道閉塞に対する集学的治療の一環として捉えるべきであり、第三章Prospective randomized studyの結果の中で、登録症例の中で抗腫瘍療法を施行した症例数を記載した。

また第四章全体の考察及び結論の考察の中で、抗腫瘍療法とEMSの併用について考察を追加した。

累積生存率及び死亡例の取り扱いについて

 累積生存率を解析することとし、死亡例を打ち切りとして扱ったことを明記した。また二つのstudyでの累積生存率とKaplan-Meierのグラフを記載した。

剖検例の検討について

 剖検例を開存例と閉塞例に分けて検討した。

膵癌のSub group analysisについて

 症例数が少ないので、第三章Prospective randomized studyの結果のなかで膵癌症例を局所進行例と遠隔転移例に分けて検討した箇所を削除した。

Coverの厚さについて

 既存のstudyと比較してtumor ingrowthが少ない理由を考察し、coverの厚さについて文献を読み直した結果、欧米のstudyで使用されたpolyurethane covered Wallstentは15μm、本studyと同様の作成方法をしている川瀬らの報告では約50μmであることが判明した。この厚さの違いがtumor ingrowth発症率の差になっていると推察したことを第四章全体の考察及び結論の考察に記載した。

切除不能悪性胆道閉塞症例の定義について

 切除不能悪性胆道閉塞症例を「切除不能(高度進行癌で根治切除が不能な症例、または高齢や合併症のために耐術不能な症例の両方を含む)」と定義し、各項の初出の部分に記載した。

記載法について

 論文中の外国語単語の最初の文字を、文頭または固有名詞を除き小文字に統一した。

誤字、脱字の訂正

誤字、脱字、スペルミスを訂正した。

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