学位論文要旨



No 117331
著者(漢字) 天木,幹博
著者(英字)
著者(カナ) アマキ,トシヒロ
標題(和) 心血管細胞のストレス応答機構と液性因子による修飾 : 転写因子BTEB2/KLF5及び液性因子Klothoの心血管リモデリングにおける役割の検討
標題(洋)
報告番号 117331
報告番号 甲17331
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1939号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 助教授 山崎,力
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
内容要旨 要旨を表示する

要旨

 心血管細胞は常に変動する外的ストレスにさらされ、遺伝子発現や細胞の性質を変化させている。心血管リモデリングはストレスに対する生体の適応現象とも考えられるが、同時に病態進展と密接に結びついている。心臓リモデリングは、心筋梗塞後心拡大や高血圧による心肥大等で認められるが、過度に進むと逆に心機能を悪化させる。血管リモデリングは、細胞増殖、細胞遊走、細胞外マトリックスの産生分解などの過程を含む血管壁の構造の変化であり、動脈硬化症、PTCA後再狭窄等で認められる。これらの機序については細胞内シグナルに注目した研究が主として行われてきたが、遺伝子転写制御レベルでの解明は進んでいない。我々は、心血管リモデリングの分子機構に関し、特に血管平滑筋細胞の活性化に着目した研究から、転写因子BTEB2/KLF5を単離同定した。BTEB2/KLF5は、血管傷害に応答して新生内膜を形成する平滑筋細胞に強い発現を認める。In vitroの検討では胎児型ミオシン重鎖遺伝子等の発現を亢進させる転写因子であることが分かっており、ストレス応答としての心血管リモデリングの転写制御に機能している可能性が考えられる。しかしin vivoでのBTEB2/KLF5の意義は解明されていない。そこで本研究では、BTEB2/KLF5遺伝子ノックアウトマウスを新たに樹立し、転写因子BTEB2/KLF5の心血管リモデリング応答における意義を明らかにすることを第一の課題とした。

 一方、心血管リモデリングは多くの液性因子によって修飾されている。アンギオテンシンII(Ang II)、エンドセリン等のリモデリングを正の方向に修飾する一連の因子と、アドレノメデュリン、NO等に代表されるリモデリングを負の方向に修飾する一連の因子がある。老化関連遺伝子klothoは老化に伴う組織リモデリングを修飾する液性因子と考えられている。klothoはトランスジェニックマウス開発中に、動脈硬化,異所性石灰化,骨粗鬆症,肺気腫等ヒトに見られる多彩な老化特徴を示すマウスから老化抑制遺伝子として単離された。しかしKlothoの分子機構は全く不明である。そこで本研究ではKlothoの心血管リモデリング修飾における分子機構の解明を第二の課題とした。

 BTEB2/KLF5ノックアウトマウスの作成にあたっては、エクソン2-3をネオマイシン耐性遺伝子で置換した。Southern blot法にてgerm line transmissionを示す2ラインを確認し以後の解析に用いた。ホモ接合体は発生早期に致死であった。ヘテロ接合体(BTEB2/KLF5 +/−)は、野生型と比較して有意に体重減少を認める他は外見上異常が認められなかった。BTEB2/KLF5 +/−の大動脈は、野生型と比較して大動脈壁が薄く外膜の発達不良を認めた。胸部大動脈を摘出し、大動脈リング標本において薬剤による反応を検討したところ、12ヶ月齢の加齢マウスにおいては、アセチルコリン、アドレノメデュリンに対する血管弛緩反応、エンドセリン−1、Ang IIに対する血管収縮反応とも野生型に比べ低下していた。次に病態モデルを作成して、傷害に対するBTEB2/KLF5 +/−の心血管リモデリング応答の変化を検討した。大腿動脈内膜剥離血管傷害モデルでは、BTEB2/KLF5 +/−マウスにおいて、新生内膜肥厚が有意に抑制されていた。また、大腿動脈カフ傷害モデルでは、BTEB2/KLF5 +/−において、炎症に伴う線維性組織の増殖、新生内膜形成、外膜における反応性微小血管の形成が低下していた。更に、下肢動脈結紮モデルで血流回復を測定したところ、BTEB2/KLF5 +/−では血流回復の遅延が認められ、BTEB2/KLF5が虚血に伴う血管新生に関与している可能性が示された。

 次に心リモデリングの検討として、持続的Ang II負荷実験を行ったところ、野生型では心筋細胞の肥大と間質の線維化、冠動脈周囲の線維化が認められたが、BTEB2/KLF5 +/−マウスでは、いずれの反応も著明に低下していた。

 以上の結果はBTEB2/KLF5が、臓器傷害後に誘導される線維芽細胞、平滑筋細胞、免疫系細胞の活性化と増殖、その結果としての肉芽形成、線維化、血管新生、ひいては臓器リモデリングを制御している重要な転写因子であることを示している。一方、腸間膜動脈虚血再灌流傷害モデルを作成し、急性傷害への応答を検討したところ、BTEB2/KLF5 +/−マウスでは傷害性変化が強く現れ、急性傷害に対する応答においては、BTEB2/KLF5が保護的に働いている可能性も示唆された。

 次に我々はKlothoについて検討を進めた。klotho遺伝子欠損マウスホモ接合体では、動脈硬化の自然発症がみられた。一方へテロ接合体は、定常状態では動脈硬化性変化は認めないが、大動脈リング標本におけるAch投与に対する血管拡張作用は野生型と比べ低下しており、また、尿中のNO代謝産物は野生型に比較し著明に低下していた。こうした結果からKlotho蛋白は血管に対して、一酸化窒素(NO)産生を介した内皮機能制御に関与する可能性が考えられた。

 Klothoの作用機序を更に検討するために膜型Klothoの全長を発現するアデノウイルス及びpartialのアデノウイルスを作製した。klotho遺伝子変異マウスへテロ接合体に、膜型klotho遺伝子を組み込んだアデノウイルスを筋注によって投与したところ、膜型Klothoの全長では野生型と同程度まで内皮弛緩反応の改善がみられ、N末274アミノ酸を発現するpartialのものでは改善がみられなかった。

 次に我々は、Klothoの血管内皮細胞における機能を調べるため、アデノウイルスのヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)への導入実験を行った。まず、Klothoの培養血管内皮細胞生存への影響を検討するために、MTS assayを施行した。しかし、アデノウイルスを導入したHUVECではKlothoの発現に関わらず、MTS値の上昇を生じてしまった。Aktシグナルの検討でも、アデノウイルス蛋白自体によるHUVEC活性化を生じてしまった。以上の結果よりアデノウイルスを用いた評価は困難であると考えられたため、次にバキュロウイルスを利用した蛋白発現系を用いることを試みた。ウイルス膜にKlothoが発現したバキュロウイルスを用い、HUVECにおけるAktリン酸化シグナルの変化に差は見られなかった。次にセンダイウイルスを用いてKlothoを導入してシグナルの検討を行った。コントロールと比較してeNOSのリン酸化の増強が認められ、Klothoの細胞内シグナルはeNOSのリン酸化を介している可能性が示された。培養細胞での情報伝達メカニズムの解析については更なる検討が必要である。

 本研究では、遺伝子改変マウスを用いた検討から、BTEB2/KLF5が傷害応答としての心血管リモデリングを正の方向に転写制御していることを明らかにした。一f方Klothoは、液性因子として機能し、血管内皮機能を改善することでリモデリングを抑制する方向に修飾している可能性を示した。今後、BTEB2/KLF5を中心とした転写制御と、液性因子Klothoの情報伝達経路との関係を更に明らかにする必要がある。同時にこうした分子機構の理解が、心血管リモデリングを制御する新たな治療法の可能性を開くものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、心血管リモデリングを転写レベルで制御すると考えられるBTEB2/KLF5のin vivoでの意義を明らかにするため、ノックアウトマウスを作成し病態モデルにおける解析を行い、また、心血管リモデリングを修飾する液性因子と考えられるKlothoの分子機構の解明を進めたものであり、下記の結果を得ている。

1.BTEB2/KLF5ノックアウトマウスホモ接合体は発生早期に致死であった。成体が得られたへテロ接合体(BTEB2/KLF5 +/−)において、ノーザンブロットによりBTEB2/KLF5の発現が低下していることが確認された。

2.血管機能を評価するため、大動脈リング標本において薬剤による反応を検討したところ、12ヶ月齢の加齢マウスでは、BTEB2/KLF5 +/−において、アセチルコリン(Ach)、アドレノメデュリンに対する血管弛緩反応、エンドセリン−1、アンギオテンシンIIに対する血管収縮反応とも野生型に比べ低下していた。

3.血管傷害及び炎症時の血管リモデリングにおけるBTEB2/KLF5の役割を検討するため、病態モデルを作成して解析を行った。大腿動脈内膜剥離血管傷害モデルでは、野生型と比較して、BTEB2/KLF5 +/−において新生内膜肥厚が有意に抑制されていた。大腿動脈カフ傷害モデルでは、BTEB2/KLF5 +/−において、炎症に伴う線維性組織の増殖、新生内膜形成、外膜における反応性微小血管の形成が低下していた。BTEB2/KLF5が傷害に対する間葉系細胞の反応に関与していることが示された。また、下肢動脈結紮モデルで血流回復を測定したところ、BTEB2/KLF5 +/−では血流回復の遅延が認められ、BTEB2/KLF5が虚血に伴う血管新生に関与していることが示された。

4.心リモデリングの検討のために持続的Ang II負荷実験を行ったところ、野生型では心筋細胞の肥大と間質の線維化、冠動脈周囲の線維化が認められたが、BTEB2/KLF5 +/−ではいずれの反応も著明に低下しており、BTEB2/KLF5が心リモデリングにおいても重要な役割を果たしていることが示された。一方、急性傷害応答の検討のために行った腸間膜動脈虚血再灌流傷害モデルでは、BTEB2/KLF5 +/−で傷害性変化が強く現れ、急性傷害に対する応答においてはBTEB2/KLF5が保護的に働いている可能性が示された。

5.心血管リモデリングを修飾する液性因子と考えられるKlothoの作用機序を検討するため、膜型Klothoの全長を発現するアデノウイルス及びpartialのアデノウイルスを作製した。Ach投与による内皮依存性血管拡張反応は、野生型と比較し、klotho遺伝子変異マウスへテロ接合体(Klotho +/−)において低下していた。膜型klotho遺伝子を組み込んだアデノウイルスを筋注投与したところ、膜型Klothoの全長では野生型と同程度まで血管拡張反応の改善がみられ、N末274アミノ酸を発現するpartialのものでは改善がみられなかった。

6.Klothoの血管新生への影響を検討するために下肢動脈結紮モデルで血流回復を測定したところ、Klotho +/−では、野生型に比べ虚血肢の血流の回復の遅延が認められた。Klothoは、虚血にともなう血管新生については促進する方向に働いている可能性が示された。

7.センダイウイルスを用いてKlothoを導入してシグナルの検討を行った結果、Klothoの導入により、コントロールと比較してeNOSのリン酸化の増強が認められ、Klothoの細胞内シグナルはeNOSのリン酸化を介している可能性が示された。

以上、本論文は、遺伝子改変マウスを用いた検討から、BTEB2/KLF5が傷害応答としての心血管リモデリングを正の方向に転写制御していることを明らかにした。一方Klothoが、血管内皮機能を改善することでリモデリングを抑制する方向に修飾している可能性を示し、これまで全くわかっていなかった細胞内シグナルの一部を明らかにした。当研究は、BTEB2/KLF5, Klothoの心血管リモデリングにおける役割の解明、血管障害・動脈硬化に対する臨床応用につながる非常に貢献度の高い研究であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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