学位論文要旨



No 117333
著者(漢字) 鈴木,将敏
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサトシ
標題(和) アデノウイルスを用いたヘムオキシゲナーゼ(HO)遺伝子導入による血管病変に対する治療の可能性の検討
標題(洋)
報告番号 117333
報告番号 甲17333
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1941号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 助教授 谷,憲三朗
 東京大学 講師 平田,恭信
内容要旨 要旨を表示する

【背景】ヘムオキシゲナーゼ(Heme oxygenase, HO)は、ヘムをビリルビンに分解する反応の律速段階の酵素であり、ヘムの分解に伴い、一酸化炭素(Carbon nomoxide, CO)、自由鉄が放出される。HOには誘導型のHO-1と構成型のHO-2、HO-3の3種類のアイソフォームが存在する。HO-1は、エンドトキシン、ヘム、サイトカイン等の酸化障害、生体へのストレスによって誘導され、組織防御的な作用を有するとされる。動物実験モデルにおいて、HO-1の阻害剤の投与により昇圧反応が認められることや、HO-1の誘導が、頚動脈のバルーン障害後に生じる新生内膜の増殖を抑制することなどから、HOが生体内で生理的な役割を担っていることが理解される。一方、HO-1を誘導または抑制する薬物は、非特異的な作用を有するため、HO-1の特異的な作用の検討には適さない、という批判も存在する。そこで、今回の検討では、ratHO-1遺伝子を第二世代のアデノウイルスに組み込み、血管および生体内に導入し、その作用を検討することとした。

 まず、生体外において血管にHO-1遺伝子を導入し、phenylephrine(PE)に対する反応性の検討を行うこととしたが、アデノウイルスを用いた血管への遺伝子導入効率は低いため、遺伝子導入時に静水圧を加え、導入効率改善効果の検討も行うこととした。次に、HO-1の代謝産物であるCOは血管拡張作用を有し、他のガス性分子である一酸化窒素(Nitric oxide, NO)と共通の性質を持つことが知られており、NOは血管新生において重要な役割を演じていることが示されている。また、最近のin vitroにおける研究では、HO-1遺伝子を内皮細胞に導入すると血管形成が促進されることが示されている。これらより、HOが血管新生において何らかの役割を担っている可能性が考えられるため、HO-1遺伝子導入が、ラット下肢虚血モデルにおいて血流改善効果を有するか否かの検討を行うこととした。

【方法および結果】

1.静水圧加圧による摘出大動脈への遺伝子導入

ラビット腹部大動脈に対し、静水圧加圧装置を用いAd-lacZとともに、最大8気圧、10分間の加圧を行い遺伝子導入を行った。導入後48時間組織培養し、X-Gal染色により組織学的検討を行い、β-galactosidase活性測定により導入効率の検討を行った。光顕像では、内膜面、外膜面に著明なβ-galactosidase陽性細胞を認め、中膜にはごく少数の細胞に発現を認めるのみであった。加圧による導入効率の検討では、8気圧の加圧にて、0気圧(大気圧下)での遺伝子導入と比較し、約5倍のβ-galactosidase活性の上昇を認めた。

2.血管張力の検討

静水圧加圧によりHO-1遺伝子を導入した血管リングにおいて、PEに対する収縮反応は有意に抑制され、この抑制はHO阻害剤であるtin-protoporphyrin(SnPP)の投与により消失した。

3.ラット下肢虚血モデルに対する遺伝子導入が血流改善に及ぼす効果の検討

右大腿動脈より経動脈的にアデノウイルスを注入し、下肢筋肉に遺伝子導入を行った。その際、大腿静脈を10分間クランプし、その後大腿動脈を摘出し、下肢虚血モデルを作製した。血流改善の程度は、レーザードップラー血流計を用いて経時的に測定し、健常肢と虚血肢の比を用いて検討した。また、摘出した下肢筋肉にアルカリフォスファターゼ染色を行い、毛細血管密度の計測を行った。一部のラットに対しては、虚血作成2日前より7日後まで、HOの阻害剤であるzinc-protoporphyrin(ZnPP)を連日腹腔内投与し、検討を行った。レーザードップラー血流計による検討では、虚血作製7日目より、HO-1群において、有意な血流改善効果を認め、この効果は、HO-1+ZnPP群では認めなかった。また、術後14、28日にて、HO-1群において有意な毛細血管密度の上昇を認めた。これに対し、HO-1+ZnPP群では、毛細血管密度はコントロール群と同程度であった。

【考察および結語】

静水圧加圧により、摘出大動脈に対し短時間で高効率の遺伝子導入が得られることが示され、この手法を用いてHO-1遺伝子を導入した血管リングで、PEに対する収縮反応が抑制された。虚血下肢へのHO-1遺伝子導入では、有意な血流改善効果が認められ、毛細血管密度の上昇も認めたことから、HOには虚血下肢筋肉において血管新生を促進する作用があることが示された。HO-1はさまざまな刺激により誘導されることが知られており、将来的に、閉塞性動脈硬化症の治療への応用の可能性があることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ヘムをビリルビンに分解する反応の律速段階の酵素であり、その発現亢進がさまざまな組織において、ストレスに対する防御作用を有するとされるヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)が、血管拡張作用を有するか、また、虚血下肢において血流改善作用を有するかを明らかにするために、アデノウイルスを用いて遺伝子導入し、その効果を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.HO-1遺伝子を導入した大動脈リングでは、フェニレフリンに対する収縮反応が有意に抑制され、この収縮抑制作用はHOの阻害剤であるZnPPの投与により消失した。また同時に、アデノウイルスを用いて生体外で、動脈に遺伝子導入する際、静水圧を加えると導入効率が改善することが示された。

2.アデノウイルスを用い、ラット健常下肢にHO-1遺伝子を導入すると、レーザードップラー血流計による下肢血流では、遺伝子導入肢において対側との比較で、有意に血流が上昇していることが示された。

3.HO-1遺伝子を導入した虚血下肢では、コントロール群との比較で、血流改善の程度が有意に良好であり、また、毛細血管密度の上昇、VEGFの発現亢進を認めた。また、これらの作用は、HOの阻害剤の投与により有意差を認めなくなった。

以上、本論文はアデノウイルスを用い生体外で血管に遺伝子導入する際、静水圧を加えるとその効率が改善することを示し、この手法を用いてHO-1遺伝子を導入した大動脈リングではフェニレフリンに対する収縮反応が抑制されることを明らかにしている。また、健常下肢にHO-1遺伝子を導入すると、血流が上昇すること、さらに虚血下肢においては、HO-1遺伝子の導入により、血流回復の程度が有意に良好であり、その作用の一部は血管新生作用によることを明らかにした研究である。本研究は、遺伝子治療の分野において、また血管生理学の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク