学位論文要旨



No 117335
著者(漢字) 武藤,真祐
著者(英字)
著者(カナ) ムトウ,シンスケ
標題(和) ヒストンアセチル化酵素p300によるKLF5/IKLF/BTEB2のアセチル化と転写調節
標題(洋) Acetylation and Transcriptional Regulation of KLF5/IKLF/BTEB2 by the Histone Acetyltransferase p300
報告番号 117335
報告番号 甲17335
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1943号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 講師 林,泰秀
 東京大学 講師 本田,善一郎
内容要旨 要旨を表示する

 KLF5/IKLF/BTEB2はSp/KLFファミリーに属する転写因子である。Sp/KLFファミリーはC末端部に、システインとヒスチジン2つずつが亜鉛イオンをキレートして三次構造を形成する、C2H2タイプのzinc fingerが3個並ぶDNA結合ドメインをもつことが特徴である。ヒトのSp/KLFファミリーには現在Sp1からSp4の4個とKLF1からKLF12までの12個の計16個が属している。特にKLF1からKLF12はそのDNA結合ドメインがショウジョウバエの転写因子Kruppelのものに高い相同性をもつことからKruppel-like factor(KLF)と呼ばれている。KLFファミリーは空間的特異性や組織特異性をもつものが多いのも特徴の一つである。KLF5は最初BTEB2(basic transcription element binding protein 2)としてクローニングされた。BTEB2はラットの大動脈の新生内膜でバルーン傷害後に誘導される遺伝子である。動脈硬化巣やヒトの冠動脈拡張術の再狭窄病変で発現される、正常血管にはない、ミオシン重鎖遺伝子のアイソフォームSMemb/Nonmuscle myosin heavy chain B遺伝子の発現をBTEB2は制御していることからも、BTEB2は血管の病的狭窄部位の平滑筋増殖に関わる因子であると考えられている。またBTEB2は分化、発生、癌化に関与するWnt-1のシグナル伝達において下流の標的遺伝子の一つであることも明らかにされている。IKLF(Intestinal Kruppel-like factor)は、KLF2/LKLF(Lung Kruppel-like factor)のzinc fingerドメインと相同性の高い因子としてdbEST(expressed sequence tag database)を用いてクローニングされたものである。IKLFは消化管上皮の増殖している細胞に多く発現しており、NIH3T3細胞にIKLFを過剰発現させると細胞の増殖速度が上昇することが報告され、IKLFも細胞増殖に関与する因子であると考えられている。BTEB2はその後IKLFの一部であることが判明し(IKLFは446アミノ酸、BTEB2は219アミノ酸からなる)現在ではKLF5と統一して呼ばれている。

 p300はさまざまな転写因子と相互作用し、転写コアクチベーターとして機能する核内因子であり、細胞周期、分化、アポトーシスなどの生物現象において大変重要な役割を担っている。p300は多くの遺伝子発現制御を行っているがその機序としては、(1)転写制御因子と基本転写因子を橋渡しする、(2)多くの転写に関わる因子が複合体を形成する際の足場となる、(3)ヒストンをアセチル化することによりクロマチン構造を壊し転写因子が目標DNAに結合できるようにする、などが挙げられる。最近ではp300はヒストン以外のp53、MyoD、E2Fなどもアセチル化しその転写活性を制御することが報告されている。

 私は今回p300のヒストンアセチル化ドメイン(HAT)がKLF5をin vitroでアセチル化し、KLF5と結合することを初めて見出した。このアセチル化は別のヒストンアセチル化酵素であるTip60やGCN5では見られず酵素特異性がある。私はまずKLF5の全長及びその一部を精製し、アセチル化される部位がDNA結合ドメインであることをin vitro HAT assayを用いて決定した。その後zinc finger毎のタンパクと合成ペプチドを用いてさらにアセチル化リジン残基のある部位を限局した。アセチル化リジン残基を含む合成ペプチドをアセチル化後精製し、TOF-MS spectrometerで質量を測定した。その結果アセチル化されていないペプチドの質量と、アセチル基1個分が追加された質量に相当する2つのピークが検出され、アセチル化されるリジン残基数は1個と同定できた。次にアセチル化された合成ペプチドをエンドペプチダーゼであるLys-Cで切断後TOF-MS spectrometerで断片の質量を測定した。Lys-Cはアセチル化されていないリジン残基のC末端側でペプチドを切断する酵素である。この方法によりKLF5の369番目のリジン残基のみがp300によりアセチル化されることを見出した。このリジン残基は1番目のzinc fingerを構成する375番目のシステイン残基のN末端側に位置する。

 KLFファミリー因子の中で最初にクローニングされたKLF1/EKLF(Erythroid Kruppel-like factor)はβグロビン遺伝子の転写制御に関わる赤血球特異的な遺伝子である。KLF1もp300でアセチル化されることが知られそのリジン残基も同定されている。アセチル化されるリジン残基は2つあり、1つは1番目のzinc finger内に位置する。HIV-1遺伝子プロモーターのGCに富む領域に結合するKLF6/GBFのDNA結合ドメインはp300によりアセチル化されないことが報告されている。私はKLF5, KLF1, KLF6の1番目のzinc finger内にある9つのリジン残基で、アセチル化されるリジン残基1つとアセチル化されないリジン残基8つの周囲のアミノ酸配列を比較した。私の研究室の同僚は以前に、ヒストンアセチル化酵素(p300/CBP, Hat1p, Gcn5p, TAF230, SRC-1)がアセチル化するヒストンテイルにあるリジン残基15個を、その周囲にあるアミノ酸の配列パターンで6種類に分類した。この分類は酵素の特異性と一致した。この分類により、p300はモチーフGXGKXGとGGKXXXKの下線を引いたリジン残基をアセチル化することが明らかになった。私はSp/KLFファミリー因子の1番目のzinc finger内では、アセチル化されるリジン残基はN末端側にグリシンがあるが、アセチル化されないリジン残基のN末端側はグリシンではないことを見出した。従ってヒストンで提唱された法則と類似した法則がSp/KLFファミリー因子でもあるのではないかと考えた。Sp1のDNA結合ドメインはp300HATでアセチル化されることが過去にin vitroで示されていたが、そのリジン残基はまだ同定されていなかった。Sp1の1番目のzinc finger内にはGKと並ぶ配列が2ヶ所あり、私の仮説が正しければこの2ヶ所ともp300によりアセチル化されるのではないかと予想した。私はKLF5同様にSp1でもzinc finger毎の3つのペプチドを合成した。ペプチドをアセチル化後精製し、TOF-MS spectrometerで質量を測定したところ、1番目のzinc fingerは2ヶ所、3番目のzinc fingerは1ヶ所アセチル化され、2番目のzinc fingerはアセチル化されないことが示された。その後Lys-Cで切断しアセチル化リジン残基を決定したところ、1番目のzinc finger内では、私の提唱した法則どおりGKと並ぶ2つのリジン残基であった。3番目のzinc finger内ではSKと並ぶリジン残基がアセチル化されていた。これらの結果より、Sp/KLF family因子の1番目のzinc fingerにおいてはGKと並ぶKがp300によりアセチル化されると推測できる。この法則により、他のSp/KLFファミリー因子のp300によるアセチル化の有無とその部位を予想することが可能となった。

 特異的DNA結合因子のアセチル化はDNA結合能を上げることがp53, GATA1などで知られている。Sp/KLFファミリー因子では、KLF1はアセチル化されてもDNA結合能が上昇せず、Sp1ではp300との結合はDNA結合能を上昇させるがアセチル化自体は影響しないことが報告されている。私はKLF5が転写制御をしていることが示されているSMemb遺伝子プロモーターのcis-elementをプローブとして用いて、KLF5のDNA結合能に及ぼすp300HATとアセチル化の影響をgel shift assayで検討した。その結果KLF5のDNA結合能はp300 HAT存在下でわずかに上昇したが、acetyl-CoAを加えたアセチル化条件では相乗的な結合能の上昇は認められなかった。Sp1とKLF5の差異は、アセチル化されるリジン残基の位置が、Sp1ではzinc finger内にあるのに対し、KLF5ではzinc finger外にあることが影響していると考えられる。

 Platelet-derived growth factor(PDGF)-Aは血管の狭窄病変の開始と進行において重要な役割を演じている増殖因子である。今回私は初めてKLF5が用量依存的にPDGF-Aのプロモーター活性を上げることをreporter gene assayで示した。さらにこの転写活性化はp300の共発現により相乗的に上昇した。KLF5を細胞に導入していない条件下ではp300の影響は認められないことより、この効果はKLF5依存であることが示唆される。また、アセチル化酵素ドメインを欠損させたp300ではこの相乗的効果はないことから、KLF5のアセチル化を介した機序であると考えられる。

 p300がKLF5のアセチル化を介してPDGF-A遺伝子の転写制御に関与するメカニズムは、p300との結合やp300によるアセチル化がKLF5のDNA結合にほとんど影響しないというデータから、分子内相互作用もしくは分子間相互作用によるものと考えられる。癌遺伝子であるc-Mybはヒストンアセチル化酵素であるCREB binding protein(CBP)によりアセチル化され、アセチル化されたc-MybはCBPとの相互作用を増強する。CBPは筋分化のマスター遺伝子であるMyoDもアセチル化し、アセチル化されたリジン残基はCBPのHATドメインのN末端側に位置するブロモドメインに認識される。この結果CBPとMyoDの結合は増強され、CBPはMyoDの標的遺伝子のプロモーターにリクルートされやすくなる。KLF5のアセチル化もp300との結合能を上昇しPDGF-Aプロモーターへp300が接近することを容易にしている可能性がある。KLF1のzinc finger内のリジン残基はアセチル化されると、KLF1とSWI/SNF複合体との結合を強くすることが報告されている。SWI/SNF複合体はクロマチンリモデリング因子の一つである。クロマチンリモデリング因子はヌクレオソームの破壊を行い、標的となるDNAからヒストンをどかす役割を担う。KLF5がPDGF-Aプロモーターに結合する際にはそのcis-elementから障害物となっているヒストンをどかす必要がある。従ってKLF5のアセチル化リジン残基はクロマチンリモデリング因子が認識する標識となり転写制御に関与していることも考えられる。basic helix-loop-helix型の転写因子であるTAL1/SCLはアセチル化されると、転写抑制因子であるSin3Aとの結合が抑制され転写は活性化される。Sp1のDNA結合ドメインには、転写抑制作用をもつヒストン脱アセチル化酵素HDAC1が結合することが報告されている。KLF5のアセチル化は,、KLF5と転写抑制因子の結合を抑制することにより転写活性化に寄与している可能性がある。最後にKLF5のアセチル化される369番目のリジン残基は、KLF4/GKLF(Gut Kruppel-like factor)から推定されるnuclear localization signal(NLS)の近傍に存在する。class II transactivator(CIITA)やhepatocyte nuclear factor-4(HNF-4)においてアセチル化されるリジン残基はそれぞれのNLSに存在し、このリジン残基を他のアミノ酸に置換すると核内移行が阻害されると報告されている。従ってKLF5のアセチル化は核内移行に関与していることも考えられる。

 今回私は、動脈硬化形成に重要な役割を果たしていると考えられるKLF5がp300によるアセチル化を介してPDGF-A遺伝子の転写制御を行っているという知見を得た。今後はアセチル化されないKLF5の遺伝子導入などが細胞レベルや個体レベルに及ぼす影響を検討し、この知見の臨床的有用性を示すことを目標としている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は動脈硬化形成過程において重要な役割を演じていると考えられる特異的DNA結合型転写因子であるKLF5(Kruppel-like factor 5)の化学修飾による転写制御の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.転写コアクチベーターとして機能し、細胞周期、分化、アポトーシスなどにおいて重要な役割を演じているヒストンアセチル化酵素であるp300がKLF5のDNA結合ドメインをアセチル化し、KLF5と結合することを初めて見出した。他のヒストンアセチル化酵素であるGCN5やTip60ではKLF5はアセチル化されず酵素特異性がある。

2.KLF5のDNA結合ドメインを構成する3つのzinc finger毎の合成ペプチドを基質としてfilter binding HAT assayを行い、アセチル化されるzinc fingerを決定した。

3.アセチル化した合成ペプチドをエンドペプチダーゼであるLys-Cで切断し、断片をTOF-MS spectrometryで質量を測定することによりアセチル化されるリジン残基を同定した。

4.そのリジン残基のみがアセチル化されることをKLF5全長及び一部と、mutant(K→R)をタグ付蛋白として精製し、アセチル化アッセイを用いて示した。

5.上で得た知見と過去の論文で報告されたデータを基にSp/KLFファミリー因子のN端にあるzinc fingerにおいて、アセチルされるリジン残基のルールを提唱した。

6.そのルールを検証するためにSp1のDNA結合ドメインにおいても3つのzinc finger毎の合成ペプチドを基質として、アセチル化されるzinc fingerを決定した。さらに、TOF-MS spectrometryでアセチル化されるリジン残基を同定し、私が提唱したルールが正しいことを示した。

7.KLF5が血管の狭窄病変の開始と進行において重要な役割を演じている増殖因子Platelet-derived growth factor(PDGF)-Aのプロモーター活性を用量依存的に上げることをreporter gene assayで示し、さらにp300の共発現が相乗的にこの転写活性を上昇することを示した。アセチル化ドメインを欠損させたp300ではこの相乗的効果は見られなかった。

以上、本論文はKLF5がp300によりアセチル化されることを示しそのアセチル化リジン残基を同定した。さらにKLF5はアセチル化を介してPDGF-Aの転写活性を制御すすることを明らかにした。また、非ヒストン蛋白におけるアセチル化リジン残基のルール化を提唱することができた。本研究は、これまで未知に等しかった動脈硬化とアセチル化の関係を転写因子のアセチル化という観点から明らかにし、また非ヒストンのアセチル化のルールを提唱した初めての研究であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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