学位論文要旨



No 117337
著者(漢字) 奚,航
著者(英字) Xi,Hang
著者(カナ) ケイ,コウ
標題(和) イソプロテレノール過刺激後のジストロフィンの断片化と心筋細胞内への移行:急性心不全進展に関する仮説
標題(洋) Disruption and Translocation of Dystrophin in Cardio-myocytes by Isoproterenol Stimulation : Novel Scheme of Acute Heart Failure
報告番号 117337
報告番号 甲17337
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1945号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 講師 大野,実
 東京大学 講師 竹中,克
内容要旨 要旨を表示する

[背景と目的]

 心不全患者で血中カテコーラミン濃度が著増している。β刺激薬のisoproterenol(I)は、心収縮力を増強するために強心剤として使われている。Iにより心収縮力は一過性に高まるが、続投により、β受容体のダウンレギュレーションし、また心筋障害を起こして、患者の予後は投与前より増悪する。反対に心不全の患者にβ遮断薬を投与すれば予後が改善する多くの報告が有る。

 Dystrophin(D)遺伝子異常による筋ジストロフィー症は心筋を含め、進行性に全身の筋肉が変性、脱落し、二十代前半に呼吸不全、或いは重症心不全の結果、殆ど死に至る。Dは細胞膜の直下に存在し、巨大な細胞膜裏打蛋白である。amino末端が細胞内のF-actinと結合し、carboxyl末端がD-Associated Glycoprotein Complex (DAGC)と繋がっている。DAGCは心筋細胞中の張力を細胞外のmatrixに伝える重要な役割の他に、筋収縮時筋細胞膜が伸展されるが、DACGは膜の過剰な緊張を防止する機能がある、Dが何らかの原因により切断されると、筋細胞内の張力を有効に細胞外に伝えられなく、また細胞膜保護作用が減弱して、DMD様の心筋疾患になると予想される。心筋は生涯収縮、弛緩を繰り返すため、骨格筋以上に強迅さが要求される。今回は、β-adrenergic刺激により心筋障害が起きた時の心筋細胞のDとDAGC中のsarcoglycan (SG)の障害を検討する。また心筋細胞ではβ刺激薬によるアポトーシスが報告されたが、Dの障害とアポトーシスとの関係を解析する。

[方法]

 1.I (10mg/kg)をラットの腹腔内投与し、心筋障害のモデルを作製した。対照群には生理食塩水を投与した。

 2.各種の特異抗体を用い、Dと関連蛋白のα-,γ-,δ-SGの障害を免疫組織法とWestern blotting (W)法で確認した。

 3.心筋培養細胞を用い、単離心筋細胞に及ぼすIの作用を検討した。

 4.Dの分解について各種のProtease inhibitorを使い、抑制を検討した。

 5.Evan Blue (EB)静注法による細胞膜透過性を観察した。

 6.TUNEL法も用い、アポトーシスを示す細胞を確認し、そのtime courseを追って、アポトーシスとD崩壊の前後の関係を比べた。

 7.更に二重染色法を使って、同一切片の中で、Dが障害された心筋細胞とアポトーシスが起きた細胞を確定した。

[結果]

1.HE染色により、I刺激後の心筋障害を確定した。刺激18時間後に、macrophageを含め多数の浸潤細胞が認められた。40時間後には筋細胞の一部は完全に消失した。更にAzan染色によって、心筋細胞が無くなった部分にはfibroblastが増殖してきた。

2.Dは対照群動物の心筋細胞膜が均一に認められた。I注射後に、一部の心筋細胞では細胞膜のほかに、細胞質も濃染した。これは心筋細胞の障害によりDが切断され、細胞膜から細胞質に移行した可能性を示した。

3.δ-SGは細胞膜に存在しており、Dを染めた連続切片ではDが壊れたにも関わらず、刺激前と同様細胞膜に局在し続けた。刺激後、α-,γ-SGは淡染された箇所があるが、依然細胞膜に局在する。

4.Wの結果は上記所見を完全に支持した。対照群ではDの全長が保存され、I投与後時間依存性に、限定分解されて特定の大きさに断片化した。しかし、同一のmembraneを使って、δ-SGを染めた結果、全く壊れていなかった。

5.認識部位の異なる三種の抗体を使って、投与18時間後に、carboxyl末端の認識抗体とamino末端の認識抗体は、共に50kDaのbandを認めた。Dのrod domainの認識抗体は50kDa以外の断片も染められた。Dが切断された部位はrod-domainを中心とし、carboxyl末端も、amino末端も別々に且つほぼ同時に切断された。

6.Iを投与後in vitroでincubationしたサンプルは、しなかった場合に比べて、Dの断片は数も量も増え、D分解が亢進した。Incubationする前にserine protease inhibitor, PMSF; cystein protease inhibitor, E-64; papain protease inhibitor, anti-pain; metallo protease inhibitor, EDTA或いはphosphatase inhibitorを十分量加えても、この切断酵素の働きは止まらなかった。しかし、これらのprotease inhibitorのcocktailを投与すると、活性化された酵素反応は一部分抑制された。また標本をincubation前に100℃で加熱処理すると、完全に蛋白分解は阻止された。これは責任蛋白分解酵素が複数存在する事を示す。

7.蛍光色素のEBをラットに静注し、Iで18時間刺激した後に蛍光顕微鏡で観察した。Dが濃染した個所はEBでも染色された。高倍率の観察結果Dは細胞膜下から細胞質に移行し、EBも細胞内に取り込まれた。これは、心筋細胞膜の通過性が増加することを示す。

8.ラット胎児心筋から単離した培養細胞を用い、10-5MのIと24時間incubationした場合、in vivoとは違って、約200kDaの二本のbandだけ示した。ところが、非adrenergic系の強心剤caffeine(PDE阻害剤)とdigitoxinは濃い濃度で同じく24時間incubationが行われても、Dを壊させなかった。これはDの崩壊はI刺激により心筋細胞に直接作用する事と全ての分解過程をIの作用だけでない事共に示した。

9.TUNEL stainingでは、Dの壊れた細胞とアポトーシスが起きた細胞のtime courseを追跡すると、4時間の時点でTUNEL陽性細胞は対照群に比べると、有意な変化とは見られない。8時間後にはTUNEL陽性細胞が心内膜下に多数見られた。しかも、Dの壊れた部位と一致した。

10.更に二重染色を行った結果、投与18時間後、アポトーシスを起した心筋細胞はDが障害された細胞とは、完全に一致していた。

[結論]

 心筋細胞のDはβ-adrenergic stimulationの直接作用により活性化された複数の酵素により、加水分解された。しかしDAGCの中のSGは分解されなかった。分解されたDは細胞質に移行し、細胞膜の通過性が増加した。Dの崩壊はアポトーシスより先行し、且つ同一細胞で起こった。Dの内因性蛋白分解酵素による分解はIによる心筋障害とアポトーシス進展の重要な原因になる可能性を示す。今回の研究は難治性心不全の進展過程に重要な経路を示すと伴に、今後の治療開発に新たな展開が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は近年筋Dystrophy症に関する研究によって明確にされた筋細胞骨格蛋白のDystrophin及びDystrophin Associated Glycoprotein Complex (DAGC)はβ-adrenergicの過剰刺激による急性心筋傷害が発生する時の役割と、病態について解明を試みたものであり、下記の結果を得た。

1.特異抗体を使って、免疫染色及びWestern blottingを行った結果、Dystrophinはβ-agonistのIsoproterenol (10mg/Kg)投与により早期(4時間)に分解し、心筋細胞膜の直下から細胞質に移行する事が示された。しかし、DAGC中のα-,γ-,δ-Sarcoglycansは依然細胞膜に保存された。これは心筋のdystrophinはβ刺激により他の細胞骨格蛋白より早く分解される事を示した。

2.Dystrophinの分解は時間依存性に特定の大きさに断片化された。認識部位の異なる三種類の抗体でWestern blottingを行った結果、carboxyl terminal抗体とamino terminal抗体は共に50kDaのbandを染め、rod-domainに対する抗体は更に分子量の大きいbandを染めた。これはDystrophinが蛋白分解酵素によりrod-domainを中心とし、両端が同時に切断される事を示した。更に、心筋をhomogenizeして、37℃で4時間をincubationする前に数種類のprotease inhibitorを充分量で加えても、この酵素反応を抑制できなかった。これらのinhibitorのcocktailを使い、この反応は部分的に止められる事ができ、これはDystrophin分解酵素は心筋細胞の内因性に含まれ、複数存在する事を示している。

3.蛍光色素Evans blueを静注後に、二重蛍光染色によりDystrophinが崩壊した心筋の細胞質にEvans blueも見出された。更に連続切片と二重染色して、心筋細胞のapoptosisとDystrophin崩壊の時間変化と位置関係を確認した結果、Dystrophinの崩壊はapoptosisより先行し、且つ同一の細胞で起きた。この結果はDystrophinの崩壊により膜の安定性が失われ、透過性が上昇し、終に心筋細胞のapoptosisが起きる事を示している。

4.Isoproterenol(10-5M)は培養心筋細胞のDystrophinも壊させた。CaffeineとDigitoxinは同じ現象を起こさなかった。これはIsoproterenolの直接刺激により、Dystrophinが活性化した酵素に分解された事を示す。この分解酵素の活性化路径はβ-adrenergic signaling pathwayのupstreamにあり、収縮力の増強によるものではない事を示唆する。

 以上、本論文は心筋Dystrophinがβ-adrenergic刺激により、蛋白分解酵素によって分解され、細胞質に移行する事を明らかにした。また心筋細胞膜が破損された結果、apoptosisが発生した事も示した。本研究はβ-adrenergicの刺激による急性心筋傷害の病因がDystrophinの崩壊による事を示した。そのmechanismには内因性の蛋白分解酵素が関与する事を解明したうえ、今後の治療開発に役立つと考えられ、学位の授与に値するものと判断する。

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