学位論文要旨



No 117338
著者(漢字) 赤沼,真夫
著者(英字)
著者(カナ) アカヌマ,マサオ
標題(和) Helicobacter pyloriにおける胃粘膜障害因子の動物モデルによる検討
標題(洋)
報告番号 117338
報告番号 甲17338
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1946号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 真船,健一
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 河原,正樹
内容要旨 要旨を表示する

 [研究の背景および目的]

 種々の胃粘膜障害の原因として認識されているHelicobacter pyloriの感染率は非常に高率であるが、その病原性はそれぞれの患者において大きく異なっている。この原因の一部は菌株の多様性によるものと考えられており、様々な病原遺伝子がこれまでに報告されてきた。

 それらの遺伝子の中で、cag pathogenicity island (cag PAI)と名付けられた遺伝子群は最も頻繁に研究されており、ヒト細胞を用いたin vitroの系において完全型cag PAIの存在がNF-κBの活性化及びIL-8の誘導に不可欠である事やcag PAIの中の遺伝子のひとつであるcagE遺伝子をノックアウトしたH.pylori変異株を用いたin vivoの系においてcag PAIがMongolian gerbils(モンゴル スナネズミ)における胃炎と胃潰瘍の発生に重要な役割を果たしている事を我々は報告してきた。

 また最近cag PAIの外部にあるHP0499遺伝子やHP0638遺伝子が胃粘膜への生着やIL-8の誘導に関係するとの報告がされているが、これらの遺伝子のin vivoにおける病原性に関わる重要性については報告がない。

 H.pylori長期感染において胃腺癌を生じ得るMongolian gerbilsモデルはH.pyloriによる発癌の解析のみならずin vivoにおける病原因子の評価においても有用であり、本研究において我々はHP0499とHP0638及びcag PAIのin vivoにおける炎症への関与を3週間のMongolian gerbils感染モデルにおいて検討した。

 [方法]

1)細菌株と培養

 以前の報告でMongolian gerbilsに胃癌を生じたTN2GF4株を元株とするH.pyloriの臨床分離株(TN2)、その単遺伝子ノックアウト株(TN2△cagE, TN2△HP499, TN2△HP638)、cag PAI全長ノックアウト株(TN2△cag PAI)を使用した。in vitroで一回液体継代培養の後、Mongolian gerbilsに生着できなかったTN2△HP638を除いた全ての株はMongolian gerbilsの胃内でさらに一回継代培養してから本実験に使用した。

2)変異株の作製

 TN2のcagE,HP0499,HP0638ノックアウト株(TN2△cagE,TN2△HP499,TN2△HP638)はそれぞれの遺伝子配列の途中にカナマイシンまたはクロラムフェニコール耐性遺伝子を挿入したコンストラクトを作製し、これをelectroporation法によりTN2に挿入して作製した。cag PAI全長ノックアウト株(TN2△cag PAI)はcag PAIの両端塩基配列をそれぞれPCR法にて増幅し、これらの産物の間にカナマイシン耐性遺伝子を挿入したコンストラクトを作製し、これをelectroporation法によりTN2に挿入して作製した。

3)サザンブロット解析

 培養したTN2の変異株からDNAを抽出、制限酵素で切断後電気泳動し、ナイロンメンブレンにブロットした後、ラベルしたDNAプローブとハイブリダイゼーションを行った。その後メンブレンを2回洗浄しX線写真を撮影した。

4)動物

 6週令の雄Mongolian gerbilsを標準的な飼育環境下で市販の食餌と水を与えて飼育した。各々5匹ずつの動物を5群に振り分け、TN2野生株,TN2△cagE, TN2△HP499, TN2△HP638 or TN2△cag PAIの培養液5.5±0.5×107 colony-forming units (CFUs) 1mlずつを経口投与した。他の5匹は自然経過群としてH.pylori.培養液を与えずに飼育した。H.pylori.培養液投与後3週に全ての動物を屠殺し、摘出した胃は2分割し、半分は組織標本として固定し、半分は生着菌の定量の為に使った。

5)菌培養定量法

 摘出した胃の半分を生理食塩水に入れホモジナイズした後直ちに寒天培地に塗布し微好気性条件下で37℃にて4日間培養し、生育したコロニーは鏡検上の形態とウレアーゼ活性によりH.pyloriと同定した。プレート上のコロニー数を計量し、ひとつの胃あたりのCFU数をlogで表示した。

6)組織学的検討

 もう一方の胃の半分は濾紙に張り付けカルノア固定液で固定、処理し、パラフィン包埋した切片を切り出し、hematoxylin and eosin (H&E)またはMay-Grunwld-Giemsaにより染色した。活動性慢性胃炎の程度は考案した基準に基づき、0から3点までにスコア化した。スコアは統計学的に比較検討し、p-valueが0.05以下の時に有意差有りとした。

7)IL-8蛋白分析

 24穴プレート上の培養液中で、胃上皮細胞を細菌細胞の存在または非存在下に24時間培養した。細胞培養上清中のIL-8蛋白濃度は適宜希釈した後enzyme immunoassay (EIA)で測定した。

 [結果]

1)変異株の構造確認

 TN2△HP499またはTN2△HP638の構造は、各々のHP0499遺伝子 またはHP0638遺伝子がクロラムフェニコール耐性遺伝子の挿入の為に延長している事をサザンブロット解析で証明し確かめた。TN2△cag PAIの構造は、cag PAIの両端に設定したプライマーを使ったlong PCR法によりelectroporationで置き換わったカナマイシン耐性遺伝子+cag PAIの両端塩基配列が増幅される事で確かめた。

2)胃内への菌の生着

 胃に生着した菌の濃度はTN2野生株,TN2△cagE,TN2△HP499及びTN2△cag PAI投与群においてほぼ同数(P=NS)であったが、TN2△HP638は他の10匹にも追加して投与したが感染は全く成立しなかった。

3)組織学的検討

 H.pylori経口投与後3週のMongolian gerbilsの胃粘膜組織においてTN2△cagEまたはTN2△cag PAIの感染した胃粘膜はTN2野生株の感染した胃粘膜と比べて有意に弱い炎症を示した。しかしTN2△HP499は野生株に匹敵する中等度から高度の胃炎を引き起こした。自然経過群においては胃炎は全く認めなかった。

4)H.pylori各菌株の胃上皮細胞のIL-8分泌に与える影響

 AGS細胞においてTN2野生株,TN2△HP499及びTN2△HP638によって誘導されるIL-8の分泌量はTN2△cagEまたはTN2△cag PAIによって誘導されるIL-8の分泌量より多い傾向を示した。TN2△cagEまたはTN2△cag PAIによって誘導されるIL-8の分泌量は菌体を加えないbase lineと比べて有意差を認めなかった。

 [考察]

 今回報告したH.pylori投与後3週間の検討において確認された胃粘膜障害の程度は、以前我々が報告した62週の検討結果と同様にTN2野生株投与群とcagE欠損株投与群の間で有意差を認め、短期感染モデルはH.pylori各菌株の炎症病原性のスクリーニングの為に十分使用できると考えられる。

 本研究において我々は、胃への生着菌数は野生株と同等であるにも関わらずcag PAIの全ての遺伝子の欠損はcagE遺伝子単独の欠損とほぼ同等に胃の炎症を減弱する事を示した。つまりこれらの遺伝子の欠損は菌の生着、増殖能力は変化させないが宿主細胞の炎症反応を直接的に変化させる事が明らかとなり、このデータは以前我々がin vitroの系で示した完全型のcag PAIがNF-κBやMAPKカスケードの活性化に不可欠であるという結果を裏付けている。

 我々はまた本研究においてHP0499とHP0638という最近報告された2つの病原因子についても検討した。HP0499はマウスの胃粘膜への生着の成立に関係すると報告されているが、我々の検討においては野生株とHP0499欠損株を投与したMongolian gerbilsの間で生着菌量や炎症の程度に差を認めず、野生株とHP0499欠損株は胃癌細胞からのIL-8分泌も同等に誘導した。またHP0638はIL-8の誘導に関係すると報告されているが、本研究では野生株とHP0638欠損株のIL-8の誘導は差がなく、更に、ヒトにおいては無機能型のHP0638が臨床分離株中に存在すると報告されているが、我々の検討においてはHP0638欠損株は他の株が全て感染したにもかかわらず、Mongolian gerbilsに全く感染できなかった。これらの相違はおそらく宿主種の特異性によるものとしか現在の所は結論し得ない。

 まとめとして、人工的な変異菌株を用いた3週間のMongolian gerbils感染モデルはH.pyloriのin vivoにおける胃の炎症の病原因子のスクリーニングに有用である。cag PAIの重要性は確認されたがHP0499の重要性に関しては疑問が残る。HP0638はMongolian gerbilsへの生着に必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、胃炎に関連するHelicobacter pylori(以下H. pylori)の種々の病原遺伝子の報告がされている。本研究は人工的な変異菌株を用いた3週間のMongolian gerbils感染モデルを用いて、H.pyloriのin vivoにおける胃の炎症の病原因子のスクリーニングを行い、下記の結果を得ている。

1 H. pyloriの病原因子として報告されているcag pathogenicity island (PAI)、cagE、HP0499、HP0638遺伝子のノックアウト株(TN2△PAI,TN2△cagE,TN2△HP499,TN2△HP638)を作製した。

2 H.pylori経口投与後3週でMongolian gerbilsの胃に生着した菌の濃度はTN2野生株,TN2△cagE, TN2△HP499及びTN2△cag PAI投与群においてほぼ同数(P=NS)であったが、TN2△HP638は他の10匹にも追加して投与したが感染は全く成立しなかった。

3 H.pylori経口投与後3週のMongolian gerbilsの胃粘膜組織においてTN2△cagEまたはTN2△cag PAIの感染した胃粘膜はTN2野生株の感染した胃粘膜と比べて有意に弱い炎症を示した。しかしTN2△HP499は野生株に匹敵する中等度から高度の胃炎を引き起こした。自然経過群においては胃炎は全く認めなかった。

4 AGS細胞においてTN2野生株,TN2△HP499及びTN2△HP638によって誘導されるIL-8の分泌量はTN2△cagEまたはTN2△cag PAIによって誘導されるIL-8の分泌量より多い傾向を示した。TN2△cagEまたはTN2△cag PAIによって誘導されるIL-8の分泌量は菌体を加えないbase lineと比べて有意差を認めなかった。

 以上、本論文は人工的な変異菌株を用いた短期3週間のMongolian gerbils感染モデルがH. pyloriのin vivoにおける胃の炎症の病原因子のスクリーニングに有用である事を証明し、またHP0499、HP0638遺伝子のin vivoにおける胃の炎症への関与をMongolian gerbilsを用いて検討した初めての論文であり、学位の授与に値すると考えられる。

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