学位論文要旨



No 117340
著者(漢字) 谷口,博順
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,ヒロヨシ
標題(和) C型肝炎ウイルスcore蛋白はTGF−β1の転写を活性化する
標題(洋)
報告番号 117340
報告番号 甲17340
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1948号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 今村,宏
内容要旨 要旨を表示する

 [研究の背景および目的]

 C型肝炎ウイルス(HCV)に感染した患者は多くが慢性の感染へと移行し、慢性肝炎、肝硬変へと進展する。また肝細胞癌の主要な原因ともなりえる。

 HCV RNAは約10kbの遺伝子からなり、約3,000アミノ酸からなる1つのポリペプチドをコードしており、宿主およびウイルスのプロテアーゼにより、4つの構造蛋白(core, E1, E2, p7)と6つの非構造蛋白が作られる。近年HCVが産生する各蛋白が細胞内情報伝達に及ぼす影響に関する報告(HCV core蛋白によるMitogen-activated Protein Kinase (MAPK)の系,nuclear factor κB(NF-κB), activator protein 1(AP-1), serum responsive element(SRE), p53の活性化など)が散見される。

 一方、慢性肝炎、肝硬変患者で血漿Transforming growth factor(TGF)-β1濃度が上昇することが知られれている。TGF-β1は一般に細胞増殖において重要なサイトカインであるとされているが、同時に肝星細胞の活性化、コラーゲン産生の亢進などの作用を介して、肝線維化を促進するとされている。現在までにB型肝炎ウイルス(HBV)蛋白であるHBxがTGF-βの系を活性化し、Smad4と直接結合することについては詳細な報告がなされているが、それに対しHCV蛋白がTGF-β1の産生調節機構についていかなる影響を及ぼすかについては検討はほとんど行われていない。

 そこで、今回肝細胞内に持続的に発現され、宿主細胞に様々な影響をあたえるHCV蛋白が、TGF-β1の転写調節に関わるか否かを検討した。HCV蛋白に加え、5種類のB型肝炎ウイルス蛋白、2種類のD型肝炎ウイルス蛋白の影響についても同時に検討した。

 [方法]

 ヒト肝芽腫細胞株HepG2を用いて検討を行った。

TGF-β1のプロモーター領域にCAT遺伝子が連結したレポータープラスミドpHTG2を用いて、HBV蛋白5種類(precore, core, surface, preS2, X)、HCV蛋白8種類(core, E1, E2/p7, NS2, NS3, NS4A, NS4B, NS5A, NS5B),D型肝炎ウイルス蛋白2種類(δ-small, δ-large)、計15種類を発現するプラスミドとトランスフェクションし、TGF-β1プロモーターに対する肝炎ウイルス蛋白の影響をCAT assayにて検討した。その後TGF-β1のプロモーターにルシフェラーゼ遺伝子が連結したレポータープラスミドを作成した上で解析を行った。

 実際にTGF-β1 mRNAの転写が活性化されているかにつき、HCV core蛋白発現プラスミドをトランスフェクションした細胞よりtotal RNAを抽出し、RNaseプロテクションアッセイを用いて検討した。

 またTGF-β1のプロモーターのいずれの領域がHCV core蛋白による転写の活性化に関与するかについて塩基配列から予測される転写因子結合部位の前後で7種類のdeletion mutants(TGF-β1プロモーターの-847、-745、-517、-440、-376、-331、-310から+11までの配列をもつレポータープラスミド)を作成、HCV core蛋白側の活性化に必要な部位についてもC端側のdeletion mutants 2種類(HCV core-173aa, HCV core-151aa)を発現するプラスミドを作成し、検討した。

 HCV core蛋白が活性化するMAPKやNF-κBなどの系が、HCV core蛋白によるTGF-β1の活性化にも関与していないか検討するため、mitogen-activated protein kinase/extracellular signal-regulated kinase 1(MEK1)の阻害剤(PD98059, U0126), p38の阻害剤(SB203580)、IκBαのスーパーリプレッサーであるIκBα(SS32/36AA)を加えてルシフェラーゼアッセイにて検討した。

 TGF-β1プロモーターのdeletionによる検討で-376から-331の領域がHCV core蛋白のTGF-β1プロモーター活性化に重要であると考えられたため、TGF-β1プロモーターの-398〜-354、-376〜-336、-352〜-304の配列を持つ二本鎖のプローブを構築、pCXN2またはpCXN2-coreをトランスフェクションしたHepG2細胞から核抽出物を精製、Gel Shift Assayにて検討した。

 RNAseプロテクションアッセイとゲルシフトアッセイにおいてはpCXN2/pCXN2 coreと同時に細胞表面マーカーH2-Kk発現プラスミドをトランスフェクションし、H-2Kkに対するモノクローナル抗体を用い、トランスフェクションされた細胞を磁気的に選別、濃縮した上でRNA抽出を核蛋白の抽出を行い検討した。

 [結果]

 15種類の肝炎ウイルス蛋白のうちHBx蛋白、HCV core蛋白のみがTGF-β1プロモーターをそれぞれ1.63倍、2.4倍まで活性化した。HCV core蛋白は用量依存的にTGF-β1プロモーターを活性化した。

 RNaseプロテクションアッセイではHCV core蛋白の発現により約1.5倍のTGF-β1 mRNAの上昇が認められた。

 TGF-β1のプロモーター領域を-376まで欠いてもTGF-β1の活性化に有意な変化は認められなかったが、-331まで欠いたところHCV core蛋白による活性化は有意に低下した。promoterの-376から-331が活性化に重要と考えられた。

 またHCV core蛋白のC型truncated formであるHCV core(173アミノ酸)ではコントロールと比較して1.84±0.05倍の活性化が見られたものの、HCV core(151アミノ酸)では有意な活性化は見られなかった。

 MEK1の阻害剤はいずれも有意にTGF-β1プロモーターの活性化を抑制したことから、HCV core蛋白によるTGF-β1の転写活性化に影響を及ぼさなかった。

 ゲルシフトアッセイでは3種類のプローブのうち-398から-354の配列をもつプローブを用いたときのみDNAと結合した核蛋白のバンドが観察された。HCV core蛋白の発現によりこのDNA-蛋白複合体は増加した。この複合体のバンドは100倍量の非標識specific competitorを加えることで減弱した。MEK1の阻害剤がHCV core蛋白によるTGF-β1の活性化を抑制したことから考え、MAPKの下流の核蛋白に対する様々な抗体(anti-pan-Jun, anti-pan-Fos, anti-c-Jun, anti-c-Fos, anti-Ets-1, anti-Ets-1/Ets-2, anti-Sap-Ia, anti-SRF)を加えたが、supershiftはみとめられなかった。

 [考察]

 HCVに感染している患者の多くは次第に肝線維化が進行する。TGF-β1は肝星細胞を活性化、コラーゲン合成亢進により肝線維化を促進するとされており、近年コラーゲンや星細胞の活性化については多くの研究が見られるが、TGF-β1自体の発現調節についてはあまり検討されていない。

 今回我々の検討ではHCVcore蛋白がTGF-β1プロモーターを活性化し、TGF-β1 mRNAの発現も増強するという結果を得た。ゲルシフトアッセイによる検討ではプロモーター領域の一部に核内蛋白が結合し、HCV core蛋白の発現でこの核内蛋白とプロモーターの結合が増強されることが判明した。

 またMEK1の阻害剤が有意にTGF-β1プロモーターの活性化を減弱していることからHCV core蛋白はMEK1の活性化を介してTGF-β1を活性化すると考えられ、この知見はHCV core蛋白がMAPKの系を活性化するという知見とも合致している。

 全長のHCV core蛋白(191アミノ酸)はおもに細胞質に存在し、core蛋白(173アミノ酸)は核周囲に、core蛋白(151アミノ酸)は核内に存在すると我々は報告してきたが、今回の検討では細胞質に存在するタイプのHCV core蛋白のみがTGF-β1 promoterを活性化しており、HCV core蛋白が細胞質にあるMEK1を介してTGF-β1 promoterを活性化するという推論と矛盾しない。

 肝においてはTGF-β1は主に免疫・炎症により活性化されたKupffer細胞や星細胞から分泌されるといわれているが、肝実質細胞もTGF-β1を放出し、肝星細胞にパラクラインに作用して活性化させるという報告がある。よってHCVに感染した実質細胞がTGF-β1を産生、分泌、星細胞を活性化しコラーゲン産生を促進させるなどの機序で線維化の促進に働く可能性がある。我々はHCV蛋白が免疫、炎症を介さずに直接的に肝線維化を誘導する可能性を新たに提議している。

審査要旨 要旨を表示する

 慢性肝炎、肝硬変患者で血漿Transforming growth factor (TGF)-β1濃度が上昇することが知られれている。TGF-β1は一般に細胞増殖において重要なサイトカインであるとされているが、同時に肝星細胞の活性化、コラーゲン産生の亢進などの作用を介して、肝線維化を促進するとされている。B型肝炎ウイルス蛋白についてはHBxがTGF-βの系を活性化し、Smad4と直接結合するなど詳細な報告がなされているのに対し、C型肝炎ウイルス蛋白においてはTGF-β1の産生調節機構についての検討は殆ど行われていない。本研究は以上のような背景を元に発想、着手された。

 著者らは肝細胞内に持続的に発現され、宿主細胞に様々な影響をあたえる上記C型肝炎ウイルス蛋白が、TGF-β1の転写調節に関わるか否かを検討している。主にCATアッセイ、ルシフェラーゼアッセイ、プロテクションアッセイ、ゲルシフトアッセイを用いて検討しており、下記の結果を得ている。

1.HCV core蛋白はTGF-β1プロモーターを用量依存的に活性化する。TGF-β1mRNAも実際にHCV core蛋白により増加する。

2.TGF-β1のpromoterの-376〜-331が活性化に重要と考えられ、この部位に結合する核内蛋白が実際に認められた。HCV core蛋白の発現によりこの結合は増強した。

3.HCV core蛋白はMAPKの系を介してTGF-β1の転写を活性化する。

 以上、本論文はHCV core蛋白がTGF-β1の転写を活性化することで肝において直接的に線維化の亢進に働く可能性を新たに示唆した点で、学位の授与に値すると考えられる。

尚、審査会時点から、論文の内容中、以下の点が改訂された。

1.先行する研究であり、且つ研究のきっかけとなったHBx蛋白によるTGF-β1の系の活性化に関する論文2報(Seong Jing Kimらによる)につき言及し、研究の背景および目的より詳細に記載した。

2.実験方法の記載につき不十分な点を補った。

3.結論から、「HCV core蛋白はTGF-β1の転写を活性化することで肝において直接的に細胞の増殖調節に働く」との記載を削除し、考察のみにとどめた。

4.図表については、各図と説明文を一枚に収め、本文の末尾にまとめる形で付加、改変した。ゲル泳動写真の視認性を考慮し印画紙に印刷した。

5.誤字の修正・表記の統一を行った。

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